見たことのない景色を求めて
ついにアイドルデビューの準備を始めることになった夕。
どうやら秘められた力があるようで・・・
「えっ、歌手デビュー? やったじゃない、夕! やっと息子が芸能人デビューするのね~超人気アイドルの親として、お母さんもテレビでれたりするのかしら?」
「ま、まだ予定の話だし……気が早いよ、お母さん」
「何言ってるのよ! 半年でデビューなんて、大出世じゃない! もっと胸張っていいのよ、夕!」
ものすごい勢いで背中をたたかれ、思わずその痛みに顔をしかめる。
デビューするという話を聞いてから翌日。僕は早速、親にそれを連絡した。
案の定、お母さんはオーバーすぎるリアクションをしてくれたけど。
当の本人である僕は、いまだ実感がわかない。
本当にあのステージの上に立てるのか、篤志さんのようになれるのか。
不安しかないのに、なんでこんなお母さんは自慢げなんだろう……
「あ、それで今日なんだけど……上司の人が、うちに来たいって言い出して」
「ええ? こんな散らかってるのに? どうしてもっと早く言わないの~」
「ごめん……何言っても聞かないから……あの人」
「なら夕の部屋に呼びなさいよ。私がいると、お邪魔でしょう?」
薄々、そんな予感はしていた。
デビューするにあたって色々決めないといけないことがある、と言った衣鶴さんはなぜかうちに来ると言い出した。
狭いし、母さんもいるからと言っても彼は全く妥協しない。
僕の住所は昨日電話で教えたけど、本当に大丈夫かな……
「つまめるものくらい、用意しないと悪いわよね。お母さん買ってくるから、お茶くらいは出すのよ? わかった?」
「わ、わかってるよ。なんかお母さん、楽しそうだね?」
「そりゃ夕の上司さんですもの! 親として、あいさつするのは当然でしょ? じゃあいってきまぁす」
相変らずな人だ、と思った。
昔から友達などを呼ぶと、お菓子やお茶を優しく出してくれる。
ただ夕がいつもお世話になっていますとか、余計なことを言うのが厄介だけど。
よし、まだ時間はあるよね。
少し部屋を整理しておこうっと。
そう言えば衣鶴さんや篤志さん……会社の人の家族情報とかプライベートとか、全然知らないな。
聞いてみていいものか、悪いものか……
『ピンポーン』
いきなり家のチャイムが鳴って、びっくりした。
約束の時間までまだあるというのに、だ。
携帯にだって、何も連絡はないし……
郵便か宅配便か、そう信じたかった。
が、ドアを開けた先にいたのは……
「よぉ、夕。来てやったぞ」
予想通り、衣鶴さんだった。
仕事中とは違って黒い革ジャンにジーパンを着ていて、首にはちゃらちゃらしたネックレスをかけていて。
一つ間違えれば、不良にいそうな……そんなかんじだった。
「来てやったって……まだ時間より早いじゃないですか。近くに来たら連絡してほしいって、僕いいましたよね?」
「携帯でなんかやったりするの、あんま好きじゃねぇんだよ。直接口で言った方が失礼もないだろ? だから今言う。待つのめんどくさかったから、早く来た」
この人は、本当に変な人だな……
来てしまったものは仕方ないよね、なんとかしよう。
「あの、少ししか掃除していないので、汚いかもですが……」
「気にしねえよ。あ、あと俺も一つだけ持ってきたものがあってな」
「持ってきたもの?」
そう言って衣鶴さんの後ろからひょっこり顔を出したのは……
「こんにちは。こうして会うの、久しぶりだよね」
「たっ、滝澤さん!?」
それは篤志さんの仕事の際に偶然出会った大学生、滝澤彼方さんだった。
彼は衣鶴さんとは対照的で、なんともおしゃれな服を着ており、爽やかそうに笑って見せた。
「えっ、ちょっ。なんで滝澤さんまで?」
「こういうのは、多いほうが話もまとまりやすいだろ? 経歴はねぇが、こいつは頭が切れるからな」
「褒めすぎだよ、衣鶴君。ごめんね? 急に押しかける形になっちゃって」
「い、いえ……あ、改めまして、大西夕と言います」
「衣鶴君と篤志君から、話は聞いてるよ。僕のことも、彼方でいいから。よろしくね、夕君」
いつ見てもこの人の笑顔はきれいだなと思いながら、あいまいな返事を返す。
とりあえず中に入ってもらって、僕の部屋に腰かけてもらう。
二人の視線を異常に感じながらも、僕は冷静にお茶を注ぎ始めた。
「へぇ……結構色々なCD集めてんだな」
「あ、はい。自分も芸能界に入るなら、自分なりに勉強もしようかなって思いまして」
「真面目だな、お前。どこかの誰かさんも、見習ってほしいもんだぜ」
「まあまあ衣鶴君、彼には彼なりの努力の形っていうのがあるし……」
二人の話を聞きながら、お茶を机に置く。
確かに僕の棚には、ほぼCDが入っている。
お母さんが篤志さんファンだった影響が強く、無駄に篤志さんのが多くなっちゃったけど。
最近は演劇のためにDVDも借りたりして、色々勉強している。
お茶を一口飲むと、衣鶴さんはよしといって一冊のノートを広げて見せた。
「んじゃ、とりあえずこれからの仕事内容だ。歌手っつったら、歌収録とPVとジャケット撮影がある。それはわかるな?」
「はい。篤志さんのレコーディングとか、見学させてもらってたんで」
「もう一つの問題は、曲と詞だ。篤志のは提供してもらうこともあるが、最近は自分で作っている。お前、そういう経験ねぇの?」
言われてみれば、篤志さんはギターを車の中に持ち歩いていることを思い出す。
これはどう、あれはどうなど僕にも聞いてくれるし、暇さえあればイヤホンでデモテープを聞いている。
まあ確かに、やってみたらどうなんだろうっていう興味は沸くけど。
音楽は授業で習っていた程度だしなぁ……しいて言うなら……
「授業で、ですけど……ピアノで簡単な曲は、作ったことありますよ? 思いついたのを適当につなげただけですけど」
「ふうん……じゃあ曲が浮かんでくるタイプか……なら」
衣鶴さんが何かを言おうとした、ちょうどその時。
「ただいまぁ、夕~お客さんって、一人じゃ……あら! いい男が二人も!」
「お、お母さん!?」
お菓子を買って帰ってきた、母だった。
母は、ちょっと待っててとだけ言うと足早にお盆にお菓子を乗せて、僕の部屋に押しかけてきた。
「お話し中なのにお騒がせしちゃって、ごめんなさいね~。初めまして、夕の母でございます~夕がいつもお世話になってます~」
「どうも……息子さんを預からせてもらってます、上村です」
「カメラマンの滝澤と申します。急にお邪魔してしまって、すみません。これ、つまらないものですが……」
「あらあらどうも~。にしても夕、こぉんないい男に囲まれて仕事してるなんてっ。お母さん、うらやましいわあ。で? どっちが新しいお父さん候補?」
「もう、そういう冗談いいから! 話し中だからあとで!!」
「何よつれないわね~。じゃあお二人さん、今後ともうちの息子をよろしくお願いしますっ」
言いたいことだけ言い残した母は、終始ご機嫌で部屋を去る。
まったく母さんは、ろくなことをしないな……
そう思いながら一つ、深いため息をつく。
「……夕。お前の母ちゃん、すんごいな……」
「よく……言われます。すみません、二人とも」
「素敵なお母さんで、いいと思うけどな。仲も、いいんだね」
そう言われて少し照れくさくなり、本題に入ろうと話題をそらしてゆく。
この時僕は、知らなかった。
知らなかっただけじゃ、すまされないんだろうけど。
気付いてあげればよかったってつくづく思う。
衣鶴さんと、彼方さん。
彼ら二人の本当の姿を知ることになるのは、まだ先の話―
(つづく・・・)
気が付けばもう十月、なんですね。
あっという間に年末年始が近づいている感じで
少し複雑な気もします。
私も日々小説を書いているですが、休日になると
とことんやる気が消えちゃいます。
なんとかしたいものです。
次回、いよいよ曲作りへ!




