出る月に、決意を照らして
最高のラブソングを完成させ、
ステージで披露させた夕。
そんな成長してゆく夕の背中を、彼はー
〜side 衣鶴〜
「めでたいものですなあ。就職して、あと二年もしたら十年目とは」
グラスに入れられるビールを眺めみながら、そうだなと適当に相槌を打つ。
泡があふれそうになっているのを、俺と彼女は同時に飲み干した。
上村衣鶴。カノンプロダクション就職歴、8年。
現在では夕のマネージャーが、板についてきたと自分でも思っている。
新人の育成や会社の経理、会社の仕事はほぼ俺が仕切ってるも同然。社内で俺を知らない人は、もういなくなっていた。
昔から悪目立ちしてた、おかげなのかもしれねぇが。
「しっかしなんだい。もう三十路手前なのに、女の一人や二人できないとは何事ぉ? なんなら、この美波音ちゃんが付き合って……」
「ねぇわ。お前だけは絶対ない」
「そこまで言うかね~普通~まあうちもつるりんとはあう気しないけどさっ」
同じビールを気持ちよさそうに飲んでいるのは、新納美波音。
昔の同級生で、音楽活動をしていることもありこうしてたまに飲みに付き合わされる。
俺自身酒を飲んだりする仲のいい奴なんていねぇから、相手が女子だろうが気になんないんだが。
「うちらも今年で二十六か~年を取ると、やっぱ考えちゃうよねぇ。あっちゃんのこととか、さ」
「……そうだな」
「なんていうかさぁあっちゃんに会ってなかったら、つるりん不良道まっしぐらっぽいよねえ」
「うるせぇ」
「また三人で飲めたらよかったのになあ。最後に行ったのいつだっけ? 人気だったからなあ、あっちゃん」
あっちゃんこと皆川篤志。
俺達二人の共通する友人でもあり、今は亡き故人。
夕と同じ、天才型のスーパースター。今生きていれば、彼と激しいバドルを繰り広げていたに違いない。
きっとLOVE GATEやJOKERとだって……
「そいやつるりん聞いた? あっちゃんをやった犯人、元アイドルだったって話」
「ああ、マタン事務所所属の真城律……って奴だろ」
「さっすがつるりん、名前までご存知で」
知ってる、というより社長つてで情報が入ると言った方が正しいのだろうか。
あの時不良と一緒にいたのは、真城律という元アイドル。
大昔に名をはせた人気アイドルを銃殺した疑いがあり、そのことが公になって逮捕された。
警察によれば、話を聞いていくうちに篤志をもやったことが分かったらしい。
こういう情報を、なぜあの社長はいとも簡単につかめてしまうのか……そっちの方が気になるが。
「確か~……つるりんもいたんだよね、そこに。酒の勢いでっていっちゃぁなんだが、あたしにも……ですね」
「……そうだな。いい加減吐露して楽になってもいい気もするしな。いいぜ、一時間延長で手を打つ」
「おう! それくらいおちゃのこさいさいだぜい!」
店員に時間と、酒の追加を頼む彼女の姿を眺めみながら、またビールを口にする。
浮く泡を見ながら、俺は思い出していた。
あの日―最後に交わした、あいつとの約束をー
五年前の八月三十日。ちょうど、夕の誕生日一日前だった。
どこから聞きつけたのか、それを知って篤志が俺を呼びつけたのがきっかけ。
プレゼントを買いにがてら、酒でも飲もうと提案してきたのだ。
忙しい中で、こいつと予定があったのは久しぶりにも感じた。
こうして二人で行くのは、いつ以来だろうかーそんなことをのんきに考えていた。
そんな時―
「よぉ? あんたら、皆川篤志と上村衣鶴……だろ?」
見たことがあるような、ないような顔にがんを飛ばす。
いかにもたちが悪そうな男がに三人ほど、野球バッドなどの武器を持って笑っている。
昔やんちゃをしていたため、俺に声をかけてくるのは分かる。
だがそいつは、変装していたにもかかわらず篤志を見分け、正確に声をかけた。
嫌な予感がして、俺はいつも以上に警戒していた。
「確かにオレは篤志だけど……この人、つるちゃんのお知り合い?」
「知るか。いちいち覚えてねえよ」
「これでも昔、現場一緒だったことあるのに。覚えられていないとは残念だなあ。まあ、ここで死んでもらう人間には関係ねぇか」
その男が隠し持っていたのは、刃物だった。
そのほかにいたやつらが、逃がさないようにと俺達を囲む。
「篤志、お前は隙を見て逃げろ。こいつらは、俺が何とかする」
「何とかするって……本気なの、つるちゃん」
「おそらく、こいつの狙いはお前だ。人気アイドルが暴力事件なんて、シャレにならねえだろ。俺が隙を作る、いつでも走れる準備しとけ」
無傷で篤志を逃がす。それが俺に課せられた課題。
こいつに何かあったってなれば、世間が、夕が悲しむ。
俺なんて所詮、普通に暮らす一般人でしかないんだ。
ここで死んだっていい、篤志を無事に帰せたらそれで……
「オレ狙いならなおさらだめだよ! ここはオレがやる! つるちゃんだけでも逃げて! こうみえてオレ、強いんだから♪」
思えばここで、二人同時に逃げるという選択をすればどんなによかっただろうと今でも思う。
俺の選択が少しでも違えば、あいつが助かったんじゃないかと。
篤志は昔からそうだ。どうしようもなかった俺に、光を差し伸べてくれてー
「お前はここで終わりなんだよ! 皆川篤志!!!」
それは、一瞬だった。
名前を叫んだ、俺の声がこだまする。
赤い水がところどころにちりばめられ、俺の顔にへばりついてー
「かっこ……悪いなあ。こんな姿……もうファンには見せられないね……」
らしくない小さな声で、へへっと笑う。
いつも見てきた彼の笑みは、異常に胸を締め付けた。
周りから、警察のサイレンが聞こえる。
俺が呼んでいたことに感づいたのか、いつの間にか不良達はいなくなっていた。
「でもよかった……つるちゃんが……喧嘩しなくてすんで」
「篤志……なんであんな馬鹿な真似を……」
「つるちゃん……喧嘩はもうしないって約束してくれたから……一度決めたことは曲げたくないって……よく言ってたでしょ?」
これ以上しゃべるな、そう言いたくても声に出なかった。
近づくサイレンの音が聞こえるたび、まだ助かるんじゃないかという希望が湧く。
それでも篤志の笑みは弱々しくて、いつにもまして満足げで……その時の俺は、何もできなかった。
「ねぇ、つる……ちゃん……彼に……夕ちゃんに伝えて? 夕ちゃんなら、きっとオレより上を目指せる……オレがいけなかったステージへ……夕ちゃんが行って……」
「いけないなんて、まだ決まってない。お前の実力があれば、すぐに……」
「オレ……楽しかったよ? 衣鶴と一緒にアイドル出来て……本当よかった……ありがとう」
わずかな力で頬に触れた手は冷たく、あっという間に地に落ちる。
眠るように目を閉じた彼の顔は、笑っていた。
時刻は三十一日、ちょうど。満月が照らされていた、深夜の出来事だったー
「そのあとすぐにメディアに報じられて……ってなんでお前が泣いてんだよ」
「だって……だって……あっちゃんがいいひどすぎでぇ!!」
話し終わった時には、美波音はびえんびえん泣いていた。
みるからにだらしない涙と、鼻水たらして。
酒が入ってるからなおさらかと思いつつ、そこにあった布巾を渡す。
彼女は思い切り鼻をかみながら、ため息交じりに
「いやあ、いい話だった。ごっそうさん」
とつぶやいた。
「そりゃ責任感じるのもわかるわ。苦労したんだねえ、つるりんも」
「まあ、それなりにな」
「でもそれでやめてたら、もっと言われてると思うよ? 逃げるなんてつるりんらしくないもん」
芸能関係から身を引く、それが俺にできる責任の取り方だと思っていた。
暴力事件の元凶がいるとわかれば、カノンプロダクションに火が向く。
社内の人間を巻き込みたくはなかったし、何より夕に悪いと思って。
『僕は篤志さんがいけなかった舞台に立ちたい! それにはまず、衣鶴さんがいてくれなきゃ、ダメなんです!』
あの時社長に向けていった夕の言葉を聞いて、それは違うとわかった。
こいつは俺の想像以上に、成長していたんだと。
篤志や夕がいてくれたから、俺は……
「よし! なんかうち、この勢いで新曲できちゃうかも! そのあかつきには夕ちゃんにプレゼントしてあげようか?」
「……飛ばした曲以外で頼むわ」
二人に出会えた奇跡。今まで見せてくれたこの景色に。
少しずつ何か返していきたい。
それが、俺にできる彼らへの礼なら……
(つづく・・・)
というわけで、衣鶴編です。
前回タイトルに注目して、と言いましたが
実は各キャラの名前が隠されているんです。
分かった方、いましたか?
出る、とかいていづると読みます。
決してでるではなく…
衣鶴といえば忘れてはいけない、篤志の件。
この話も実はLAPIS・JOKERと
つながってたりしますが
二人の友情が描けて切なくもあり、
嬉しくもあります。
篤志のこと、皆さんも忘れないで
あげてくださいね。
次回は誰でしょうか? お楽しみに!




