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僕が君にできるのは

衣鶴の知り合いだという美波音の協力のもと

新曲を完成させていく夕。

その帰り、奈緒ちゃんが突然

泊めてと言い出し・・・


家の玄関を静かに閉め、しーっと人差し指を口にする。

奈緒ちゃんは不思議そうに首をかしげながらも、音を立てないように靴を並べてくれた。

こっちだよとばれないように部屋に行こうとするが……


「あら、夕。お帰りなさい。何こそこそしてるの?」


ああもう。やっぱり見つかってしまったか……

奈緒ちゃんがとめてと言ってきて、まだ数分もたっていない。

いきなりだったから母にどういおうと考えてはみたが、いい理由が見つからなかった。

だから本当は、内緒で僕の部屋にとまらせてあげようって思ったんだけど……


「えーっとお母さん、紹介、するね……彼は宮下奈緒君、僕の後輩で……今日一日だけ、泊めることになっちゃって」


「こんばんは。突然ごめんなさい」


「……夕……何よ、この後輩ちゃんは…………かんわいいじゃなあああああい!」


するとお母さんは勢い良く、奈緒ちゃんに抱き付いて見せる。

奈緒ちゃんは「わぁっ」という声を出し、手足をバタバタさせている。

その光景を見て、やっぱりと思ってしまう自分がいた。

母にばれたくない理由、その大きなものは相手が奈緒ちゃんだったからだ。

奈緒ちゃんはまだ幼いせいか、かわいらしく皆にかわいがられるような弟キャラだ。

そして僕の母は、そんな子が大のストライクで……


「しかもこの綺麗な金髪! 外人さんのハーフかしら? お目めもきれいねえ。あらやだ、ほっぺもこんなにぷにぷにしてるじゃなぁい」


「むにゅむにゅ」


「お、お母さん! 奈緒ちゃん困ってるでしょ、その辺にして!」


「あら残念。ご飯まだでしょ? 作っておくから、二人はお風呂入っちゃいなさい。奈緒君、だったっけ。我が家と思って、ゆっくりしていってね」


そう言ってお母さんは、台所へと走ってゆく。

誰に対してもやさしいのは、母のいいところだ。


「じゃあ奈緒ちゃん、せっかくだし一緒はいっちゃおっか」


僕が笑いかけると、奈緒ちゃんはうんと浅くうなずく。

彼は何かを気にしているような、少しぼーっとした様子で僕を見つめていた。



そのあとは、いつも通りと言っても過言ではない。

どんな状況でも瞬時に順応してもらう、それが母だ。

母の料理がおいしかったのか、奈緒ちゃんは一人でおかずを平らげてしまい僕にはあまり回らなかった。

それがいつもの奈緒ちゃんらしくて、おかしくて少しホッとしてー


「ほんっと食べることが大好きなんだね、奈緒ちゃんって。こんなに食べてくれてうれしいって、お母さん喜んでたよ」

空にはきれいな月が昇っている。

ベッドに腰かけながら僕は、布団の寝心地を確かめている奈緒ちゃんに微笑みかけた。


「ベッドじゃなくて大丈夫? ごめんね、うち狭くて」


「ううん、へーき」


「……ねぇ奈緒ちゃん、本当は何があったの?」


僕の問いに、奈緒ちゃんの動きが止まる。

彼に悪いなと思いつつも、恐る恐る本題を口にした。


「何があったか、やっぱり聞きたいんだ。奈緒ちゃんは僕にとって、弟みたいな存在だから……力になりたい。だめ?」


「……別にダメじゃないけど、夕って優しいよね。彼方と同じくらい」


「あはは、よくいわれる」


「夕のお母さんも、すごい人だね。優しいうえに暖かい……僕のママと一緒」


え? と聞くと、奈緒ちゃんは自分のバッグをごそごそあさくる。

彼はそこから一枚の写真を取り出し、僕に見せてくれた。

そこに写っていたのは奈緒ちゃんと似た女の人と、かっこいいダンディーな男性だった。


「もしかしてこれ、奈緒ちゃんのご両親? お母さんが外国人なんだ?」


「そ。ママは社交性があってね、パパともラブラブだし僕も幸せだよ」


「じゃあなんで、僕に泊めてって……」


「ちょっと、けんかしちゃっただけだよ」


そういうと奈緒ちゃんは、写真に手を置く。

懐かしむようなその目はまるで、寂しそうにも見えた。


「昨日僕の兄さんが、出て行っちゃったんだ。だから探しに行くって、ママと喧嘩になった」


「出てって、なんで……」


「僕が優秀すぎるから邪魔だって、僕さえいなければ自分が一番だったんだって」


なんとなく、話が見えてきた気がする。

最初に出会った時に見た、彼の特集記事。

弟が天才なのに、兄はそれを越えられなかった。

血のつながった兄弟だからこそ、起こってしまう格差。

僕は一人っ子だから、そういう感覚は分からないけど……


「僕の家、昔からそうなんだ。なにもかも僕が一番で、兄さんは二番目。周りの人みんな、僕のこと天才だっていうけどよくわからない。僕だけ特別扱いされるなんて、おかしいと思うから」


「じゃあ、どうしてテレビ局に?」


「特に行きたいとこなかったし、おいしいお菓子をくれるって約束で入った」


「あはは……奈緒ちゃんらしいね」


「なんとなくで入ったけど、ここだと情報が入るし兄さんも見つけやすいでしょ? 結果オーライってこと」


そう言うと、奈緒ちゃんは大きなあくびをする。

まだ小さいのに、背負っているものは僕達と同じくらい大きい。

それでも気にしていないようなそぶりは、彼らしいと納得がいく。


衣鶴や、彼方と同じだ。

二人とも家のことがあるのに、普通に仕事して普通に生活している。

その強さは、奈緒ちゃんにもあるってことなのかな。

天然でボーっとしているけど、男らしいところもあるんだな。奈緒ちゃんって。


「明日、仕事終わったらお母さんに一緒に謝りに行こうか?」


「……いいの?」


「もちろん、だって同じ仲間なんだし」


「……ありがとう、夕」


ぼそりとつぶやいたその声が照れているようにも聞こえて、少し笑ってしまう。

そのまま僕は布団につき、あっという間に眠りについたのだった……


(つづく・・・)

第三部の前半はほぼ、奈緒ちゃんの話と言っても

過言じゃありません。

天才でマイペースだけど、実はその裏には…という

裏に何かがある子がすごい好きなんですよね。私。


ぶっちゃけそんなことより、奈緒ちゃんをみた

夕のお母さんの反応が一番好きだったりします、はい。


次回、次なる試練が夕を襲う!

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