頼れる味方と心の支え
大西夕はどこにでもいそうな高校三年生。
平凡な日々を過ごしていたさなか、突然現れた
上村衣鶴と名乗る青年の登場で
彼の運命は徐々に動き出すー
『えっ、スカウトされた? 夕ちゃんが?』
驚いたような声が、携帯越しに聞こえる。
うんとため息交じりに返事すると、彼は僕とは逆に
『なんていうか……その話をした当日に来るなんて、よくできてるね……』
と冷静に分析したような、口を開いた。
ベランダから見える空から、満天の星空が広がってみえる。
あの一件のことがどうしても夢のように思えてしまう自分がいて、耐えきれずにたかちゃんに電話していた。
現実といわんばかりにおしつけられた名刺は、いつみてもぐしゃぐしゃで綺麗には思えない。
初めて会ったというのに、なんであんなに言われるのかもわからない。
そんなにすごいのかな、僕って。全然実感がわかないっていうか……
『その人、どこの会社の人なの?』
「カノンプロダクションってとこのらしいよ。きょうちゃん、知ってる?」
『うーん……聞いたことがあるようなないような……スカウトされるくらいだから、芸能会社じゃないかな? その人の誘い受けたら、夕ちゃんほんとに人気者になっちゃうかもよ?』
「やめてよ~冗談は~~」
芸能人なんて、やる気にもならなかった。
僕はいたって普通の生活を送ってきた普通の高校生だし、どう見てもテレビに出ている俳優さん達の方が倍にかっこいい。
踊って歌って演技して、同じ人間には思えない。
俺がお前を、もっときれいで輝いたステージへ連れてってやる。
そう、上村さんは言っていた。
そんなことが、可能なのだろうか。
彼にそこまで言わせるほど、僕に魅力があるようには思えないな。
『まあ夕ちゃん、顔はいいし考えてみればいいと思う。少なくとも、オレは賛成かな』
「顔はって……他に褒めるとこないの、たかちゃん」
『ごめんごめん。なんにしても、オレは夕ちゃんを応援するよ。決めるのは、夕ちゃん自身だけどね』
そう言ったたかちゃんは、勉強するからと言って電話を切ってしまう。
通話終了のボタンを押しながら、ご飯でも作ろうかと部屋に戻ろうとした。
そんな、時。
「うわっ、夕! そんなとこにいたのね! もう、帰って来てたなら何か言いなさいよ~」
濡れた髪から、キラキラとした水滴が一滴たれる。
肌を隠したバスタオルが、いつにもまして白く見えて……
「ってお母さん! 服! そんなことより服着てよ! なんでバスタオルのまま出てきちゃうの!」
「だぁってぇ〜風呂あがりって暑いんだもぉん。あ、もしかして夕。お母さんの色気むんむんな裸に、興奮しちゃった?」
「そういうのいいから!!!」
強引に脱衣所に戻らせ、着替えが終わるまでと扉を抑える。
これが僕の母、大西朝香
年齢の割にさばさばしていて、豪快で。僕とは正反対な人だ。
今だから言える。授業参観とかに来てほしくない親のランキングに、君臨してもおかしくないほどのお騒がせっぷりだと。
こんな風に息子の前で裸でも平気なのが、何よりも証拠。
ほんと、どうしたらこの母から僕が生まれたのか……いまだ疑問なんだよね。
「着替えたわよぉ、夕。上着くらいは脱いでもいいでしょ?」
「いいけど……お母さんこそ、帰って来てたなら言ってよ。全然気づかなかった」
「あっはは~いないと思って先にお風呂入っちゃった❤︎ 夕も入ってきな! 晩御飯は母さんにどんと任せなさい!」
言うが否や、早くいけとばかりに背中をたたく。
そんなお母さんを見ながら、僕は思わずため息を漏らすのだったー
「それでね、佐藤さんってば怖くて逃げだしちゃったんだって。若い子は、肝が据わってないわね~」
「そりゃあ……不良に絡まれたらそうなるでしょ……」
「あら、夕も? 軽く説教したり、しないの?」
「それはお母さんだけ」
並べられた料理の数々に手を付けながら、お母さんの話に突っ込みを入れていく。
僕の家族は現在、母親と二人暮らしだ。
お父さんもいたんだけど、昔に亡くなっちゃって女手一つで僕を育ててくれている。
迷惑ばかりかけるのも悪いと思って再婚も提案したけど、お母さん曰くお父さん以外いい男がいない、らしい。
こんなお母さんだからこそ、僕は好きなんだよね。
「あ、そうそう! その佐藤さんから借りてきたのよ、皆川篤志のライブDVD! 夕もみない?」
「皆川篤志って、今人気の歌手の? まだ好きなんだ」
「いいでしょ~? 好きも嫌いも、年なんて関係ないわっ」
たかちゃんと芸能界の話をし、上村さんに会いスカウトされ、そのあとに人気歌手のDVDを借りてみる。
ここまで聞くと、なんてできた都合の話だと思う。
ただの偶然なのか。まるで僕に、アイドルをしろと言わんばかりのシチュエーションばかりだ。
母が流したDVDに映っている青年、皆川篤志は有名な歌手の一人だ。
抜群の歌唱力と、かなりの美形。
それが重なって女性には特に人気である。
彼のような選ばれた人にしか立ち上がれない、あのステージ。
あそこからは、どんな風に見えるんだろう。
僕にはペンライトが輝いてるようにしか、見えないけど。
違うんだろうなあ。あのステージで見る景色と、ここで見てる景色って。
「お母さん。カノンプロダクションって、知ってる?」
「知ってるも何も、篤志君の所属会社じゃない。結構有名よ?」
「そ、そうなんだ……そのカノンの人にさ、今日……アイドルになれ言われちゃって……」
「うっそ! 夕、それスカウトって奴じゃない! 大出世のチャンスよ、夕! やっちゃいなさい!」
やはりそう来たか、と思った。
昔からお母さんはアイドル好きだし、この反応は予想できたけど……
「やっちゃいなさいって、アイドルだよ? 僕が売れると思う?」
「そんなの、やってみなきゃわからないじゃない。夕はお父さんに似て、顔だけはいいんだから」
「お母さんまで顔だけって……」
「それに、あんたは小さくて覚えてないかもしれないけど……昔から歌ったり踊ったりするの、得意だったじゃない。去年の文化祭だって、お母さん感動して泣いちゃった」
幼い頃のことは、よく覚えていない。
お母さんがCDを聞かせてくれたり、音楽番組を見たりしていた影響か音楽にはなじみがあった。
今も嫌いじゃないし、割と好きな方ではあるけど……
「そりゃあねアイドルなんて、狭き門だって分かってるわよ? でもその手のプロに言われたんでしょ? なら、夕には可能性があるってことよ」
「可能性……」
「自分のやりたいことって案外、身近にありすぎて気付かないものなのよ」
母の言うことが本当なのかどうなのか、わからない。
ただテレビで流したDVDをみて、興味がもくもくわいてきたのは確かだ。
見てみたい。あの上に立った景色を。
そしたら見つかるかもしれない。ずっと探していた、夢中になりたいことー
「お母さん……僕……やってみても、いいのかな?」
「当然っ。夕なら、大丈夫。なんたって、私とお父さんの自慢の息子だもの。目指すなら大きくトップアイドル! 篤志君のサインも、もらってきてねっ」
「はいはい」
大西夕。十八歳の夏。
夢の第一歩が、ゆっくり幕を開けたのです。
(つづく・・・)
ちなみに作者は、
こういったお母さん嫌いじゃないです。
書きやすくて助かります。
何の話してるんだって感じですね、
忘れてください。
次回、そして物語はここからはじまるー!