真実の裏に隠された愛
予想外の出来事に、ばらばらになってしまった衣鶴と夕。
そんな衣鶴を心配し、彼方は夕を連れて
彼のもとへ・・・
がたん、がたんと電車が揺れる音が聞こえる。
電車を使って移動なんて、学生時代以来だとのんきに考えてしまう自分がいる。
隣には彼方さんがいて、自信の携帯をぎゅっと握っている。
衣鶴さんの家。
事情も知らなければ、どこに住んでるかも知らない未知の領域。
失礼かと思ってきけなかった、彼の素性。
この思いが不安なのか期待なのか、僕にはよくわからなくて……
「夕君のお母さんは、シングルマザーなの?」
その声が彼方さんのものだと気付くのに、少し時間がかかったのは考えごとをしていたからだろうか。
横を見ると、何かを待っているかのように僕の目を見ている彼方さんがいる。
「はい……中学の時に父が他界して……母曰く、父さん以外の男と再婚なんてありえない、みたいで……」
「ふふ、素敵なお母さんだね。うらやましい」
「そ、そんなことないですよっ」
「でもいい家族だと思うよ。僕はそんな夕君が、すごいと思う」
「どういう意味、ですか?」
そう聞くと、彼は目線をふっとそらす。
困ったように笑いながら、天井を仰ぎ見ていた。
「僕の両親はね、いないんだ。僕を置いて、出ていったっきり」
驚きで声が出なくて、どう反応していいか分からなくて。
それでも彼方さんは変わらぬ調子で、思い出すように話してくれた。
「下に妹と弟がいてね。人数が多いから家計が苦しくなって、きっと耐えられなくなったのかな。二人とも、いなくなっちゃった。だから今は、親戚の人と暮らしてる」
「そうだったん……ですね。でもなんで僕がすごい、って?」
「許せないんだ。小さい妹達を平気でおいて、今は元気にやっているって思うと。僕、心狭いから」
意外だ。彼方さんでも、そう思うことがあるんだって。
確かに自分の親が出ていったら悲しいし、思うことはあるかもしれない。
それが彼方さんの場合は怒りだった、ってだけで……
「夕君は本当に優しいよ。僕なんかとは違う。それは、衣鶴君も一緒」
「衣鶴、さんと……」
「預けられた親戚の家が、彼の実家と近くて。だからアルバイトする前から、知っているんだ。彼の事情のこと」
だから二人は仲がいいんだと、合点がいく。
二人の性格は正反対とはいっても、話が合っていたようにも思える。
衣鶴さんの事情が何なのか……だんだん知るのが怖くなってきたような……
「駅、ついたよ。おりよ?」
優しげな彼につられて、僕はいつにもまして重い腰を上げたのだった。
衣鶴さんの実家、と言っても案内されたのはマンションだった。
近所にあるといった彼方さんの家も軽く紹介されて、そのまま目的地の階へとエレベーターが上がってゆく。
604と書かれた部屋に、「ここだよ」と彼方さんがチャイムを押す。
と同時に、何かが割れる音がした。
がしゃんっ。
その音が何なのか異様に怖くて、何が出てくるか少し不安になってしまう。
「はい……どちら様で……あ、彼方さん! お久しぶりです」
「こんにちは、杙名ちゃん。衣鶴君、いるかな?」
「いるんだけど、今はちょっと……その人は誰? お知り合い?」
出てきたのは衣鶴さんに似た、かわいらしい女の子だった。
ツインテール状に髪を結っていて、清楚な私服を身にまとっている。
「あ、こんにちは。えっと僕、夕貴って言います。お兄さんの会社の、後輩で……」
「そうなんですか……妹の、杙名です。すみません、収まるまで待っててもらっても、いいですか?」
そういうと杙名ちゃんは部屋の一室に通して、どこかへ行ってしまった。
誰にも使われていないのかその部屋は何もなくて、布団などのものが積まれていた。
と、のんきに部屋を見ている僕であったがなおも音は続いている。
皿か何か、割れる音が次々に。
どうすればいいかわからない僕に対して、彼方さんは何が起こっているか分かっているかのように目をつむったままでー
「……金髪の客、ってお前のことかよ……二人一緒なのは、珍しいな」
しばらくたった後、だった。衣鶴さんが、出てきたのは。
ただ彼は額にハンカチを抑えていて、心底迷惑そうにため息をした。
「来るなっていう合図だったのに、気付かなかったのか? 彼方」
「ごめん、衣鶴君。どうしても、何があったか知りたくて……」
「何があったも何も、お前の予想通りだと思うぜ? 夕、お前も同じ要件か?」
「僕はただ、力になるために来たくて……」
力ない言葉で言うと、衣鶴さんは仕方ないとばかりに腰を落とす。
抑えていたハンカチを開くとそこには血がにじんでいて、額には切られたような傷があった。
「い、衣鶴さん、それっ……!」
「かすったただけだ、気にするな」
「でも……!」
「この程度の傷でぐちゃぐちゃ言うとは、お前はホントお人よしだな」
衣鶴さんはそういうと、着ていた上着をめくってみせる。
そこには見るに堪えがたい、あざや手術の跡があった。
「お前が知る限りで、俺が半そでを着てること、みたことあるか?」
「……ない、です」
「親父が昔に死んで以来、お袋は情緒不安定。俺を親父だと思いこんでいる。たまに狂って、俺や妹にあたってくるけどな」
ということはさっきの割れる音は、お母さんが衣鶴さんにあたっていた証拠?
だから彼は、こんなに傷だらけなのかな……
思えば、思い当たるところがあったのかもしれない。
クーラーが聞いているスタジオや社内とはいえ、彼はいつも長袖だった。
それなのに暑そうにしていたから、半そでを提案したこともあった。
それでも彼は「日焼け防止」と冗談半分に言い出し、それっきり気にもしなくなって……
「それ以前に、そういう組織に入ってた傷もあるけどな。俗にいう、不良ってやつか」
「……そういえば衣鶴さん、篤志さんが死んだのは自分のせいだって……」
「仕事終わりにかち合ったやつらのけんかに、あいつを巻き込んでしまった。責任は、全部俺にあるんだ」
そのあと、彼は重々しくも話してくれた。
心に秘めていた、彼の死因を。
もともとその不良の狙いは、篤志さんだったらしい。
衣鶴さんは、昔芸能界にいたものだろうと推測している。
それに気づいた彼が篤志さんをかばうように向かったが、それを篤志さんは―
『ここはオレがやる! つるちゃんだけでも逃げて! こうみえてオレ、強いんだから♪』
心底、篤志さんらしいと思った。
親友だから、彼の事情も知っていたのだろうか。
聞きたくてももうこの世には、いない。
ただ篤志さんは、不良の仲間に運悪く刺されてしまって……
「夕、お前に篤志から伝言」
「え?」
「夕ちゃんなら、きっとオレより上を目指せる。オレがいけなかったステージへ、夕ちゃんが行って……だとさ」
死ぬ間際まで、僕のことを考えてくれたのだろうか。
ほろりと出てくる涙はもう流しても意味なくて、言いたいことがあっても言えなくてー
悔しい。
なんて無力なんだろう、僕は。
また同じ過ちを繰り返してしまった。一度だけじゃなく、二度までも……
「それで衣鶴君、会社はどうするの?」
「やめる、社長には話した。お袋のこともあるし、これ以上はもう限界だろ」
「違う! そんなことで、あきらめちゃダメですよ!」
気が付くと、そう叫んでいた自分がいた。
ぽかんと僕を見つめる二人の目線が、さすように向く。
「せっかく篤志さんが守ってくれた命を、無駄にするも同然です! 篤志さんがいけなかった舞台に僕が立つなら、あなたがいないと意味がないじゃないですか! 僕は反対です! たとえ罪を償わないといけないとしても、それはあなたじゃない!」
「じゃあお前は、どうするっていうんだよ」
「僕のマネージャーになってもらいます! 社長には僕が言います! だからここで、待っててください!」
「あ、ちょっとっ、夕君!」
彼方さんがとめる声も聞かぬまま、僕は飛び出した。
狂った歯車がまた、違う方向へと動き出すー
(つづく・・・)
このAnother Storyをかくにあたって、
考え直したのが衣鶴、彼方の過去です。
他の作品のキャラクターも
何かしら背負っていましたが
こんなに暗い過去にしたのは、
彼らくらいです。
ぶっちゃけ自分でも悪いことをしたと
思っていますが、
そんな過去があるからこそ、
乗り越えられる何かがあるんじゃないかと
思っています。
次回、夕がどうするのか
最後まで見届けてくださいませ