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悲しみと不安の渦

歌唱王決勝戦を勝ち上がり、二十歳を迎えた誕生日。


そこに飛び込んできたのは先輩であり、

憧れのアイドルだった篤志の訃報で・・・


『八月三十一日未明、皆川篤志さんが他界いたしました。死因、事情などを現在事務所にて調査中です』


訃報、とニュースの見出し欄に書いてあるのを眺めながら、はあっとため息をつく。

毎朝届く新聞にも、毎回のように載り出した記事。

あの日から、まだ三日。

いまだにカノンプロダクションは、報道の対応に追われているらしい。

会社にいたら僕や他の芸能人も取材されるから、という理由で今は活動自粛中だ。


篤志さんが、死んだ。

真実だというのに、いまだ受け入れきれない自分がいる。

いつもは家でうるさいお母さんも、最近じゃ篤志さんのCDをあさくったりして物思いにふけっていた。


彼がいなくなったと同時に、自分が殺したも同然と語って姿を消した衣鶴さん。

どんなに彼に電話をしても留守電ばかりで、メールさえも届かない。

まるで上村衣鶴なんて人が、存在していないとでもいうばかりに。

考えてみたら、僕は何も知らなすぎるんだ。

衣鶴さんにしても、篤志さんのことも。

この状況を何とかしたい。それは、自分が一番わかってるんだけど……


「夕~、三日も部屋にこもりっきりなんて気がめいるでしょ? 一度外にでもでて、気分転換してきたら?」


そんなことを考えていた矢先、僕を気遣ってくれたのか、お母さんが言ってくる。

特に断る理由もなかったし、快く「そうする」とつぶやいた。

動かなきゃ、始まらない。

物語と同じだ。誰かがページを開かない限り、お話は始まらない。

その誰かに、自分がならないと。

自分の手で見つけるんだ。篤志さんが亡くなってしまった、その真実をー


「……じゃあ、いってきます」


「くれぐれも気を付けるのよ? 夕。何かあったら、お母さんすぐ飛んでいくから」


優し気な微笑みと、心配するような言葉。

母に背中を押されながら、僕は家を後にした。



篤志さんが亡くなった……といっても、普通の人にとっては何気ない日常の一日だ。

当然仕事している人もいれば、学校に通っている人だっている。

すれ違う人から聞こえてくるのが、決まって彼の話題だったけど。

大きなビルでうつされている液晶テレビには、篤志さんの昔の映像が流れていた。

それは昔、歌唱王決定戦にでていたものだった。

そして今年―僕が優勝したものも。


……あの時、歌唱王決定戦に僕が出ていなかったら篤志さんは五連覇という名誉を刻めた。

それを自分が横取りしてしまったような気もして、歌っている意味がだんだん分からなくなってきて……


「ねぇ君、少しいいかな?」


ふいに話しかけられ、はい? と声が漏れる。

顔を上げると、眼鏡をかけて微笑んでいる男性がいて……


「やっぱり夕君だった。その変装も、見慣れてくるとかっこよく見えるね」


「か、彼方さん!!」


あの日以来、初めてテレビ業界の知り合いに会ったと思った。

彼方さんは相変わらず爽やかな衣装をまとっていて、どこをみてもかっこよかった。


「えっ、とどうしてここに? 家、近くなんですか?」


「前衣鶴君と一緒に、夕君の家に行ったことがあったでしょ? その道を覚えてたから、今から夕君の家に行こうと思ってたんだ。急に、ごめんね?」


そういえば、そんなことがあった気がする。

僕は彼方さんに近くに公園があると説明し、そこへと二人で向かう。

公園には人っ子一人いなくて、まさに貸し切り状態だった。


「さすがに平日だから、人いないね」


「そうですね……あの彼方さん、どうして僕の家に行こうと?」


「話がしたかったんだ。篤志君が亡くなったってことが、いまいちぴんと来なくて」


やっぱり、彼方さんも僕と同じだ。

彼は僕よりも篤志さんのことを知っているはず。

整理がつかないのは、みんな一緒なんだ……


「夕君、今活動自粛中なんだよね? 衣鶴君から連絡、あったりした?」


「全然……彼方さんの方は?」


「僕もなんだ。彼が死んでから、まったく連絡が取れなくて」


「僕……悔しいです。一番近くにいたのに……なにもわかってなくて、こんなことになっちゃって……何か力になりたいのに……」


自分は臆病だ。そうつくづく思う。

誰かのためになりたい、そう思ってはいてもその一歩が踏み出せない。


昔、家にいることが当たり前だったお父さん。

母と違って穏やかでかっこよくて、憧れの存在だった。

でも父さんは中学校のころに亡くなった。急な心不全だった。

母によれば、もともと体がよくない人で大丈夫じゃない時も、ずっと、「大丈夫」って笑うような人だったって。


その時、僕は痛感した。

分かってもいないくせに、何が力になりたい、だと。

当時の過ちを繰り返すかのように、僕はまた後悔をしている。

亡くなったものは、もう二度と帰っては来ないのに……


「……夕君は、優しいんだね。僕と違って……そういうの、素敵だと思うよ」


「彼方、さん?」


「今から僕は衣鶴君に、真実を聞きに行く。君も、来る?」


「えっ、衣鶴さんの家? 知ってるんですか?」


「ただこれから見る景色やお話は、一人で抱えるには大きすぎるものなんだ……耐えられる?」


彼方さんは何かを決意したような目で、僕を見る。

やはりきれいな目だ、彼方さんの言うことには嘘がない。

衣鶴さんが言っていたことが、嘘か誠か。

僕にそれを判断する能力はない。

だから知りたい。彼が姿を消した理由とその真実を。


「行きます、案内してくれますか?」


「……ありがとう、夕君」


そう笑う彼方さんの笑みは、なんだか切ないようにも見えて胸に来るものがあったー


(つづく・・・)

これから数話は、シリアス展開が続きます。


こういうとき、ここで何を語ればいいのか

私にもわかりません。

あえて明るい話をするべきか、

何も話さないべきか…

迷走はまだまだ続きそうですね


次回、衣鶴、そして彼方の過去も明らかに。

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