二つの天才の対峙
初めてドラマに挑戦した夕は
まさかの実力を発揮し・・・?
クーラーの音だけが響く無言の間が、僕の緊張感を刺激する。
イヤホンから流れている音楽を、彼―衣鶴さんはじっと聞いていた。
この無言があまりにも威圧感がすごくて、ずっとそわそわして気になって……
「悪くないんじゃねぇか? 別に」
その一言が聞けて、思わず肩の荷を下ろした。
「ありがとうございます……今回のベースもすごくよかったので、プレッシャーがすごくて……不安で……」
「その割によくできてるな。ドラマもあったっつーのに……さてはお前、天才だな?」
「いや、篤志さんや衣鶴さんの方が天才ですよ」
「今回のベースは、お前の演技みてるときに作ったんだよ。話題になってるぞ? 歌だけでなく演技もすごいって」
衣鶴さんが言うのはもちろん、篤志さん主演で行った春ドラマ「今宵、舞踏会で会いましょう」というドラマのこと。
僕は「主役と仲がいい王子」、という役だったのにもかかわらず「主役の恋敵」に変えてしまった。
というのも僕が、その役になり切ってしまう体質だったから。
それをよく思ってのことなのか現場はほとんどがアドリブの嵐で、監督も絶賛ばっかりで。
おかげで終わった後の視聴率はすごかったし、終わって結構たつのに篤志さんの演技だけでなく僕まで注目を浴びてしまった。
やってしまったとは、このことを言うんだろうな……
「彼方が言ってたぞ? あんなに台本と違うドラマ、初めて見たって」
「それは……本当に申し訳ないことをしたなと反省しております……」
「脚本家がいい奴でよかったな。中には、自分の作ったものを汚すなとか言うやつもいるし。まあそれは置いといて、この曲を披露する場なんだが……」
衣鶴さんは本当に話を進めるのが早い。
こうなることが分かっていたとでもいうように、物事をさっさと進めていく。
僕なんて、今の状況を把握するのがやっとなのに……
「夕……今度ある、歌唱王決定戦に出てみねぇか?」
歌唱王、決定戦?
「季節ごとにやってるんだ。夏だけ、プロ歌手が主に出ている奴であとは素人の発掘場にもなってる。それに篤志も出るんだ。意味、分かるな?」
「……僕も出て、篤志さんと対決しろって言いたいんですか?」
「正解」
「ムリです! ムリムリムリ! 勝てるわけないでしょう!?」
思わず立ち上がる僕にも、衣鶴さんは顔色一つ変えない。
この人はいつも勝手だ。どうしてこうも、色々なことを思いつくのだろう。
その被害にあっているのは、ほぼ僕だというのに……
「ムリじゃねぇ、やれ」
「嫌です! 第一同じ会社なんですし、競う意味なくないですか!?」
「ある。世の中じゃ、夕派か篤志派かで割れてんだ」
「そんなの知ったこっちゃないんですけどぉ……」
「あいつも決着をつけたいらしい。これで優勝したらお前、相当だぞ」
そんなの、わかってる。
衣鶴さんに番組を説明されて思い出したのは、その大会の優勝者は決まって篤志さんだったってことだ。
お母さんがよく見ていたけど、僕は結果ぐらいしか興味がなくて。
学校でもよく話題になってたから、注目度はすごくある。
だからこそ、その場に出るということはプレッシャーがあって怖くて……
「夕。自分に自信をつけるためだと思って、やってみろ」
衣鶴さんが力強く肩をたたく。
そのまっすぐな瞳に僕は、何も言えなかったー
「ふっふっふ……この時を心待ちにしていたよ! 夕ちゃん! よくぞここまで勝ち上がってきたね!」
「……どうもおほめに預かり光栄です……」
「だがしかぁし! 四年連続トップであるオレが、この座を譲り渡すと思うなよ! ここで白黒はっきりつけよう!!」
なんでこんなにノリノリで話すんだろうと思いつつ、はあと適当に返事をする。
衣鶴さんに言われ、仕方なくオファーを受けた歌唱王決定戦。
審査員は作曲をする人や、評論家の人はもちろん、観客の人達の意見を聞いて行っている。
プロの人達と対決だから、結構難しいと思っていたにもかかわらず僕はあれよあれよと勝ち進んでしまい……
「にしてもお前、マジですごいな。初決勝にして篤志と対決とか」
「……もともとは衣鶴さんのせいですよね?」
「視聴率も、うなぎのぼりで上がってるんだって。夕君の歌、本当にすごいね」
マネージャーということで現場にいる衣鶴さんはもちろん、ここには記事にできるよう写真を撮っている彼方さんもいる。
そりゃあ、自分でもどうしてここまで行けたのか疑問に思っているが……
審査員の人がほめればほめるほど、恥ずかしくて仕方ない。
休憩中には、母から決勝進出おめでとう! とメールも来てたっけ。
東京大学でなおも勉強中のきょうちゃんや、同級生のみんなからも期待しているの声も聞こえたし……
「決勝戦は自分の歌、しかも最新曲に限る……お前らにもってこいの条件だな」
「二人とも、曲作りうまいもんね。新曲楽しみにしてるよ」
「任してよ、たっきー! 今回の記事は、皆川篤志五連覇! で決まりだから!」
CM開けまーすと、声が聞こえる。
いよいよ始まるんだと思うと、緊張と不安が一気に駆け巡っていく。
なんとなくで始まった芸能生活、流されるようにやってきた活動の数々。
これで一位をとったら、ちゃんと胸を張れるようになるのだろうか。
今まで彼の勢いを止める人はいないって、言われているのに。
「夕」
声がしたと同時に、衣鶴さんが背中を思いっきり押す。
振り返ると、行って来いとばかりにうなずいている。
彼方さんも優し気な微笑みを浮かべていてー
『それでは決勝戦! YOU☆さん対、皆川篤志さんです! はたして篤志さんの五連覇は破られるのか!?』
篤志さんがステージ上で、にっと笑っている。
負けないよ、とでもいうように。
舞台の幕は上がる。
今この場で、僕は試されている。
YOU☆として、一人の人間として。今後も、生き残っていけるのか―
始まった決勝は、最初からクライマックスというように一気に加速していった。
篤志さんのロックなナンバーに対して、僕はバラードを意識したゆっくりした曲調。
そして……
「接戦の末! 優勝は! YOU☆さんでぇぇぇぇす!!!」
紙吹雪が舞う舞台、歓喜する観客。
「おめでとう、夕ちゃん! やっぱ君、最高だよ!!」
肩を組んでくる篤志さんの笑顔を見て僕は、やっとわかった。
篤志さんが見てきた景色が、僕にも見えたんだって。
皆川篤志、五連覇ならず。優勝者はYOU☆
その記事は、瞬く間に広まりつつあった。
みんな、その時は喜びまくっていた。衣鶴さんも、彼方さんも。
この先に、何がまっているかも知らずにー
BELIEVE 作詞作曲YOU☆
この空の向こうには 何が待っているの?
導かれた 光の先へ 自分で走ってゆこう
ねぇ どうして 君は下を向いてるの?
うつむく横顔に 僕は力になれるかな
君の声 みんなの声が 胸を刺激する
ずっと忘れないで そばにいること
性格も 見た目も 人はそれぞれ違うけど
それでも一つになれる日が来ること 信じて
BELIEVE 大切なのは自分の心
胸に手を当てて聞いてみて きっと思いは一つ
大丈夫 いつもこの言葉が 支えになってくれた
だから僕も君に言うよ ありがとう 大切な人
(つづく!!)
ついに夕が篤志と対決。今後の分岐点である一つですね。
個人的に対決よりも、
そっと背中を押してくれる衣鶴の存在感は
作者はたまりません。
推しに対してだけめっちゃ語る癖を、
どうにかしてなおせないですかね~すみません。
次回、物語が大きく、大きく動きます