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迷宮高校の新学期  作者: こうづき
5.きみの名は
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5.きみの名は - 4

 ――界震だ。

 そう気付いた水之内は、携帯電話を通話状態にしたまま寮の部屋を飛び出した。世界の上から滑り落ちそうになる感覚。それを気のせいだとねじ伏せて、足を進める。

 揺れはかなり大きい。震度で例えれば、少なくとも5弱、いやもう少しありそうだ。

「南くん、今、あの校舎の前にいるんですね?」

「そうです」

「今の界震で、何か異変は!」

「ええと……わっ!」

 電話の向こうで慌てた声がする。電話をかけてきた南葉一郎のものだけではない。友人と一緒にいるのだろう。

 すでに寮に戻っていた生徒の一部が、揺れに驚いて部屋を出てきている。「み、みみみんな、おおお落ち着けっ!」と慌てた様子で叫んでいるのは三年生だろうか。揺れが収まってくる中、水之内は廊下を走って階段を駆け下り、スリッパを脱ぎ散らかして外へ飛び出す。様子に気付いた後輩が追ってきたが、彼に指示を出す余裕はなかった。

「どうしました、南くん!」

「じ、地面が揺れて……たぶん、また《迷宮化》です!」

 余震だ、と水之内は舌打ちする。大きな界震のあとには、たまに同じ場所で何度か界震が発生するのだ。地震と同じように、界震のそれも余震と呼ぶ。この規模の余震ならば、また《迷宮化》が起こるのは当然と言えた。

「校舎の様子は!」

「青いシートがかかってるので、よく分かりません! でも今、校舎の中に友達と……あと、たぶん『会』の人が何人か……」

「連れ込まれでもしたんですか?」

「あ、いえ、友達は猫を追いかけていっただけで」

「……また猫か」

「『また』?」

「ああ、すみません、こっちの話です」

 赤いレンガ敷きの道を走りながら、そういえば、と水之内は南に訊ねる。

「そのあたりで、うちの教授を見ませんでしたか」

「いえ、見てないですけど……」

 どうやら、教授までが猫を追い回していたわけではないようだ。だからと言って状況が好転したわけではない。

あいつ(・・・)の能力なら、こうなることは分かってたはず……いつの間に)

 考えを巡らせながら、水之内は本日何度目になるか分からないため息をついた。



「アカリン、大丈夫?」

「うー……たぶん……」

 よいしょ、と身を起こした朱凛は、きょろきょろと周囲を見回し、携帯電話のライトで周囲を照らす。

「あたし達、どうなっちゃったの?」

「また《界震》があって、《迷宮化》が進んだんだと思うけど……」

 さっきまであったはずの入口が見えない。代わりに、壁だった場所が開けて、奥に向かって伸びている。

 ぞくり、と白幡の背筋が震えた。

「……なあ、アカリン」

「なに?」

「生きて帰ろうな」

「……へ?」

 ここはおそらく地下だ。以前のように、窓から助けを求めることはできない。朱凛の携帯電話の電池が切れたら、光源もなくなる。

「そうだアカリン、電話は通じる?」

「ううん、圏外。あれ、なんでだろ、さっきまでアンテナ立ってたのに」

 この校舎に二人が入ったことは、藍が知っているはずだ。おそらく助けには来てもらえるだろう。しかし……その助けが、自分達の元まで来るかどうか。

 と、その時。

 ――誰か、こっちに来て。

 どこからか、そんな声が聞こえた気がした。



「ええい、しょうがない!」

 青海が叫んで植え込みから飛び出す。楓子と、電話中の南も後を追った。

「ちょっと、フーコ!? 青海くんも南くんも、いつからそこにいたの?」

「そんなことどうでもいいでしょ、それよりみんな大丈夫?」

 青海に訊ねられ、その場にいた三人は揃ってうなずく。

 そのうちの一人、D組の紅島真那子が、伏せていた顔を上げた。

「……あっ」

 そして、驚いた声と共に青海の顔――右目を指さす。眼帯をしていない、青く染まった瞳。

「……えっ」

 青海のほうも、驚いて真那子の顔を見つめる。見開かれた彼女の左目、その上部だけが赤く染まっている。

「ど……どういうこと? ねえ南」

 真那子の親しげな呼びかけ。南は、こちらに向かっているという水之内との電話を切ると、額の絆創膏を剥がす。その下から現れたものを見て、真那子が驚愕の表情を浮かべる。

「それ……《御標》じゃないの! そっちの子も……」

「そ、そうか、D組には何も話を……ああもう、細かい話は後だ! 青海、とりあえず誰か先生を呼んでこい」

「わ、わかった!」

 南は立ちすくむ鈴木に視線を移す。生徒達に囲まれ、鈴木は困ったように一歩後ずさった。

「おい。この場所に、何の用だ?」

「盗み聞きしてたんでしょう? 聞いてのとおり、双見藍さんを誘いに来たのよ」

「だったらわざわざ、ゾロゾロと学校に忍び込む必要はないだろ。ひょっとして、震源だった場所でなにか儀式でもするつもりか?」

「半分正解、ってところね」

 鈴木は校舎を見やる。ずいぶんな揺れだった割に、校舎の入口には大きな変化がない。

「――儀式をしたのは、震源『だった』場所じゃない。震源に『なる前』の場所よ」



「誰かいるのかー!」

 一縷の望みをかけて、白幡は声を上げる。暗い空間に、わんわんと声が反響していく。

「おーい!」

 ――こっちに来て!

 また、あの声がする。

「アカリン、いまの『こっちに来い』って声、どっちから聞こえたか分かるか?」

「いまの声? なんだか、よく分かんないうなり声ならしたけど……でも、どっちみち、進める道はこっちしかないよ?」

 朱凛が通路を指さす。かつての廊下と同じ板張りの床に、外壁と同じ材質の壁。幸い崩れる予感はないが、この先に何があるかは分からない。それでも、声は誰かを呼んでいる。

「さあ、行くぞ白幡隊員!」

「お、おう!」

 迷路のような通路の中に、朱凛は物怖じすることなく進んで行く。通路には時おり扉が現れ、朱凛はそのたびに扉を開けてみる。すぐに踏み込んでいかないのは、先ほどの失敗があるからだろう。

「白幡隊員、上に行く階段を発見したぞ!」

「さすが隊長!」

 だが、朱凛はその階段には進まず、通路の先に進んで行く。

「あれ? 登らないのか?」

「なんで?」

 暗闇の中、朱凛の表情はうかがえないが、恐らく不思議そうな顔をしているのだろう。

「だって、誰かが呼んでるんでしょ? その人のこと、探さなきゃ」

「あ……そう、か。そうだな」

 当然のように言い切って、朱凛は歩いていく。自分達が遭難すること、あるいはこのまま閉じ込められて出られないことなど、考えてもいないかのように。

「ありゃ?」

 不意に広い場所に出て、朱凛は立ち止まる。

「おい、上! 光が見えるぞ!」

 朱凛がライトを消すと、しばらくして二人のいる空間が見えてくる。教室の半分ほどの空間だが、縦に大きく開けている。デパートの吹き抜けを思わせるような空隙の向こうに、光が射し込む窓が見えた。

 だが、そこまでの高さは、ゆうにビルの三階分ほどありそうに思える。ところどころ壁に段差はあるものの、階段と呼べるようなものではない。ロッククライミングの要領でなら登れるかもしれないが、命綱なしではとてもやる気になれなかった。

「おや」

 そこに、どちらのものでもない声が降ってくる。

「ひょっとして、誰かいるのかね?」

 声の主を捜した白幡の視界に、二階ほどの高さからひょいと飛び降りてきた人影が映る。

「やあ少年少女諸君。良かった、てっきり遭難してしまったかと思ったよ」

 飄々とした態度で片手を挙げた、年齢不詳の男性。近づいて来るにつれ、その姿がよく見えるようになってくる。

「あなたは……篠懸教授! どうしてここに?」

「いやなに、《迷宮化》の様子を調べていたら、さっきの余震に巻き込まれてしまってね。せっかくの機会だから、あちこち探険していたんだよ。まあ、よほどのことがなければ、飢え死にする前に水之内君が助けに来てくれるだろうからね。そういう君は、あの白い髪の子かな」

 篠懸は饒舌に語る。ずいぶん弟子を信用しているんだな、とは思うが、口ぶりからして、彼にも脱出の目処は立っていないらしい。

「そうです。……あの、ここに来るまでに、作業着の男の人を見なかったっすか? たぶん、さっきの界震のとき、まだ建物の中にいたと思うんすけど……」

「ん? さあ、見ていないが……」

 篠懸が言いかけた、そのとき。

「……もしかして、あの声ではないかな?」

「……そうかもしれません」

 どこからか、けたたましい人間の悲鳴が聞こえてきた。

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