4.みしるしの会 - 4
「水之内くん! それはすごい、さっそく会いに行こうじゃないか! こんなおいしい事例に出会えるなんて、素晴らしいよ!」
南の電話の内容を伝えると、篠懸は目を輝かせる。そんな場合じゃないだろ、と思いつつも、水之内は頷いた。
いまの話では、能力の本質が分からない。たとえば風を操る能力なのか、瞬間移動の能力なのか、見えない手で思いっきり突き飛ばす能力なのか。能力はその気になって発動させたのか、無意識だったのか。おそらく、それは把握しておいたほうがいいことだ。
水之内が知っている数少ない症例の中でも、外部に影響を与える《超能力》を持つのはかなりのレアケースだ。多くは、人に感じ取れないものが感じ取れたり、第六感とでも言うべきものが働いたり、というところ。たとえば「食べられるきのこと食べられないきのこを見分ける」という能力は分かりやすいものだ。「不幸が起きる前にイヤな予感がする」と自己申告している者もいて、これはまさに、いわゆる「第六感」というものだろう。
そのほかにも、何らかの情報を外界から感じ取る能力は多い。カブトムシがオスかメスか(目を瞑っていても分かるようではあったが、なにしろ能力を使うよりも外見で判断したほうが早いので、あまり意味がなかった。幼虫は本人が「気持ち悪い」と嫌がって触れようとしなかったため、能力の対象になるのかは不明)。この場所で最近、界震が起きたかどうか。あるいは、この場所で近いうちに界震が起きるかどうか(これも一見すると役に立ちそうな能力だが、自分の目で震源地に近い場所を見ないと判断できないため、予報として使うには勝手が悪い)。
どれもこれも、それほど役に立たない上に、きのこの場合と違って証明が難しい。《迷宮症候群》を患った上で、そうした能力を申告してきたケースを集めてはいるのだが、正直、《超能力》というセンセーショナルな名前にふさわしいほど派手なものは少なかった。もっとも、同じ現象を《奇跡》と呼ぶ「みしるしの会」よりは、多少はマシだと水之内は思っているが……五十歩百歩、と言われればそれまでである。
「行きましょう。問題の生徒は保健室だそうです」
歩き出しながら、保健室の場所を知らないことに気付いたが、それは誰かをつかまえて聞けばいいことだ。
「ところで教授、なんでそんなにボロボロなんですか? そもそも、夜中にどこをほっつき歩いてたんですか」
「ああ、これかい? ちょっと猫の集会に出かけていてね。知ってるかい? この学校、ずいぶん猫が住み着いているんだ。警戒心が強いんで、なかなか近づけなかったんだがね」
「何でもいいですけど、朝食と夕食の時間には帰ってきてください。食事代は払ってるんですから」
「ああ、そうだったね。すまない」
ちっともすまないと思っていない顔で頭を下げる篠懸。そもそも、なぜ猫なんかと戯れていたのか。《界震》の影響について、猫に訊ねでもしていたのだろうか。この教授なら、種族の壁くらいは越えかねない気もする。なにせ天才の考えることは、凡人には理解不能だ。
水之内は再び、心からのため息をついた。
ようやく保健室にたどり着いたときには、双見藍は泣き止み、教室に戻ろうとしていた。危ういところでそれを押しとどめ、話を聞きたいと水之内が頼むと、藍は覚悟を決めたようにうなずく。
「いいですか、教授は黙って見ていてくだされば、それでいいですからね」
「分かっているよ。指導教官として、君のフィールドワークをじっくり観察させてもらう」
念を押すと、篠懸は拍子抜けするほどあっさりとうなずいた。
幸い、保健室に他の生徒はいなかったので、水之内はふたつ並んだベッドの片方に腰を下ろす。もうひとつのベッドに藍を座らせ、「今朝のことについて聞きたいんですが」と話を切り出した。
「帝都大の方に話せるようなことなんてありません。私にも、何が何だか分からないんですから」
「本当に?」
「……何が言いたいんですか」
充血した腫れぼったい目に抗議の色をこめて、藍は水之内を睨んでくる。
「春菜があなたに話を聞いたときの資料は読みました。それと今朝の件を考え合わせると……もしかして、双見さんはなにか知ってたんじゃないですか? たとえば、《御標》のこととか、《奇跡》のこととか」
「あなた……まさか、あいつらの仲間?」
放っておいたら、今すぐにでも彼女はこの場を立ち去ってしまいそうだ。気色ばむ藍の顔を正面から見つめ、水之内はゆっくりと口を開いた。
「……ありがとう。あなたと話せてよかったわ」
「ぼくもだ。何かあったら、いつでも連絡してくれていいからね」
「ええ。そうする」
ぺこりと頭を下げて立ち去っていく藍を、水之内は笑顔で見送る。
「水之内くん、きみ、年下の女の子と仲良くなるのがずいぶん上手だね。若狭くんといい、彼女といい……」
「失礼な言い方をしないでください。教授だって、ぼくらの話は聞いてたでしょう。別に双見さんが男子だろうが年上だろうが、ぼくは同じ話をしましたよ」
篠懸の顔を見もせずに答え、携帯端末で取ったメモを確認する。
藍に話を聞くことはできたが、結局、肝心なことは分からないままだ。枕を渡し、これを消せないかと頼んでみたが、同じ現象は再現できなかった。
「それにしても、彼女の言う通りなら、能力としては実においしそうな症例だ。外部にこれだけの影響を与えられるとはね」
「そうですね。しかし、こうなると彼女の身が心配です。たぶんあの連中、やっきになって勧誘に来ますよ」
キノコやカブトムシを調べるような能力と違い、藍の能力は外から見ることができる。
これは重要なポイントだ。
外から見えるという意味では、《異色症》もそうなのだが、こちらは神秘的だと思われるよりは、ふざけた格好だと思われる機会のほうが多いだろう。
例外はあの男くらいのものだ、と水之内はある人物の顔を思い浮かべる。引き込まれるような虹色の瞳を持つ男。「みしるしの会」の創始者でありリーダーであり――そして今朝、藍の能力で吹っ飛ばされた男。
彼らが求めるのは、分かりやすい「特別さ」だ。
上手に使えば、藍は彼らにとって非常に便利な存在になるだろう。
「嫌なら断るだろうし、彼らの仲間になるのも彼女の自由だ。きみはともかく、私にそれを止めるつもりはないさ」
「断るに決まってます」
「どうかな。あの時とは状況が違う。それに、きみも聞いただろう? 彼女の母親の名前」
「え? はあ、聞きましたけど」
水之内と藍が話しているあいだ、篠懸は大人しく横で話を聞いていたが、一度だけ口を挟んできた。それが、藍の母親の名前を問う質問だったのだ。
「調べてみると、面白いんじゃないかな」
それじゃあ私は失礼するよ、と手を振って、篠懸は寮とは違う方向へ歩いていった。




