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迷宮高校の新学期  作者: こうづき
4.みしるしの会
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4.みしるしの会 - 3

「とりあえず、藍は保健室に連れていったよ。しばらく休んでてもらおう」

「それがいいと思います。ありがとうございます」

 戻って来た楓子に、墨香がぺこりと頭を下げる。

「こっちこそ助かったよ。みんながいなかったら、私、きっとどうしていいのか分からなかったから」

「どうする? 水之内さんを呼ぼうか?」

 青海と話していた南が、携帯電話を手に楓子のほうを振り返った。

「連絡先、分かるんですか?」

 意外そうな顔で墨香が訊ねる。

「番号とメアドは聞いてあるんだ。授業始まったらメッセージ出すわけにもいかないから、必要なら、いま電話しちゃった方がいいだろ」

「ちょっと待って、それって、そんなに急ぐことなの? 相談なんて、後でもいいんじゃ」

 楓子の言葉に、「急ぐことなんだよ」と呆れたような顔で答える南。

「正直、青海の話じゃ何が起きたのかよく分からんが、双見さんがおそらく《超能力》で何かをしでかしたのは確かだ。オマケに、それを誰に見られたかも分からないんだろ? 面倒なことになる前に、専門家に一報を入れておいたほうがいい」

 自分で話しているうちに心が決まったのだろう。先生が来ないかと時計を気にしながら、南は水之内に電話をかける。

「そしたらね、ぶわーってなって、ぐわーってなって、どどーんって!」

 教室の後ろで、朱凛が友人たちに今朝あったことを語っている。身振り手振りを交えて一生懸命に説明しているのだが、青海が見る限り、あれではちっとも伝わっていないだろう。白幡が「それでそれで?」と律儀に合いの手を入れているのが涙ぐましい。

「ねえ、ちょっと青海くん、どういうことなの」

 楓子に問われ、青海は首を傾げる。

「あれじゃまるで、南くんは、藍に不思議な力があるって分かってたみたいじゃない」

 ああ、と青海は息を吐いた。

 そうだ。いまの楓子は、昨日の自分と同じ。

「……分かってたんだ。僕も昨日、南から聞いた」

「え?」

「《迷宮症候群》を発症した人間の中には、《超能力》に目覚める連中がいる。帝都大の偉い先生がそう言ってるし、たぶん、さっき演説してた人たちも、そのことを知ってる」

「ち、超能力……?」

 今朝の一件がなければ、おそらく皆、青海の発言を一笑に付したことだろう。

 けれど、あの超常現象――目の前で人間が十数メートル先へと瞬間移動する姿を見てしまった以上は、話が変わってくる。

「な……なんで、黙ってたの」

「南が黙ってろって。たぶん、何か考えがあったんだと思うよ」

 ああ、結局言っちゃったよ……と内心でため息をつく。やっぱり自分は口が軽い。

「それでも、知ってたほうがいいに決まってるじゃない! ねえ、他になにか隠してることはないの?」

「他に、って……」

 青海は思わず、楓子の顔から視線をそらす。

 もうひとつ、黙っていることはある。

 けれどそれは、南に念を押されたとおり、軽々しく話していいことではないのだ。その事実を懸命に隠していると思われる、山畑先生の名誉のためにも。

「あ……そうだ、天音さん」

 ふと思い立って、青海は自分の右耳を指さす。

「黙ってたってわけじゃないんだけど……ちょっと、ここ見せてくれない?」

「え?」

 怪訝な表情で、楓子は右耳にかかる髪をかき上げる。

「あ! フーコ、なんかできてるよ!」

 いつの間にか話を終えてやって来ていた朱凛が、無遠慮に楓子を指さす。

「な、なに? 何の話?」

「あのう、天音さん、鏡はお持ちですか」

 墨香に言われて、楓子は鞄を漁る。四角いミラーを取り出すと、「失礼します」と墨香が自分の手鏡を取り出した。写真シールがべたべたと貼られた楓子のミラーと違い、黒地に白猫が描かれた上品なデザイン。その手鏡を、墨香は楓子の耳の裏にかざした。

「見えますか?」

 楓子が持つ鏡の中に、墨香が持つ鏡が映る。

「あ……」

 そこに映し出されているのは、楓子の耳の裏。

 ――そして、そこに浮き出た橙色のアザ。

 花を思わせる幾何学模様は、見るからに普通のアザではありえない。

 自力で存在に気付くのは、まず不可能な場所だろう。楓子の髪型ならばなおさらだ。美容院にでも行けば、指摘されることがあるのかもしれないが。

「フーコも仲間だね! あ、見て見て、あたしも!」

 朱凛が髪を括っていたシュシュを外す。髪を解いてかき上げれば、左の側頭部に一筋、鮮やかなオレンジ色に変色した部分が見える。今はまだ目立たないが、いずれは髪にメッシュを入れたような外見になるだろう。

「おい、お前ら、ちょっと待て! なんでそんな呑気に遊んでるんだよ!」

 青ざめた楓子の表情に気付いているのかいないのか、白幡がずかずかと一同の元に近づいてくる。

「今朝のこと、アカリンから聞いたぜ! 藍ちゃんはどうしてるんだ? 捕まったりはしてねえのか?」

「捕まる?」

 怪訝そうな顔で青海に訊ねられ、「あれ? オレが間違ってんのか?」と白幡は首をひねる。そして周囲をはばかるようにしながら、声を落として訊ねた。

「藍ちゃんが駅前にいたウザいオッサンにキレて、そいつを道路に突き飛ばして、それでオッサンは危うくウチの学校のバスに轢き殺されるところだったんだろ? それって、ドラマとかだと、『殺人未遂の現行犯で逮捕する!』って言われるトコなんじゃねーの?」

 え、と青海たちは互いに顔を見合わせる。

 相手の印象が悪かったせいか、青海にはそういう発想はなかったが、事実だけを並べてみれば確かにそんな気もしてくる。

「で……ですが、双見さんはあのとき、相手の方に手を触れてはいません。そもそも、あれが双見さんの……その、超能力だったかどうかも、分からないわけですし」

「でも、相手のオッサンはそうだって信じてるんだよな?」

「あの人が信じてても、警察が信じなきゃ意味ないと思うけど。『超能力で殺されかけました』って訴えてきた人がいたら、僕が警察官なら心の病院を紹介するよ。っていうか白幡、あの四十塚さんの説明で、よくそれだけ話が分かったね」

「え? なんで? 分かりやすかったじゃん」

 白幡の発言に、朱凛を除いた生徒達が凍り付く。

「……なあ、白幡」

 電話を切った南が、真顔で白幡の後頭部を指さす。

「ひょっとして、それがお前の《超能力》だったりしないか?」

「ちょっ、ミナミン!? あたしの説明、そこまでヒドいってこと!?」

「さっきの説明はホントにヒドかった。これはもう、白幡がエスパーだとしか考えられない」

「むっかー!」

 仲良くじゃれ合う南と朱凛。楓子と墨香は、どこか一線を引いた雰囲気でその会話を眺めている。無理もない、と青海は思う。墨香はこういうとき、決して出しゃばったりはせず、輪から一歩引いた場所でニコニコと様子を眺めている。楓子のほうは、先ほどアザの存在を指摘されてから、どこか心ここにあらずという雰囲気だ。あの藍の事件があった後で、お前も同類だと知らせたのは良くないことだったかもしれない――と今さらながらに思い至る。

「確かに、結果だけを見るなら……白幡くんの言う通り、もし一歩間違っていたら、あの人はバスに轢かれていたかもしれません。原因はどうあれ、それは事実です」

 片手を顎に添え、墨香が難しい顔でつぶやく。

「だろ? それって結構怖くねえか? 藍ちゃんに殺意があったのかどうかはともかくとしても、マジで《超能力》とやらが存在するんだとしたら、いつか取り返しのつかないことになりかねないぜ」

「殺意だなんて……確かに双見さんは、あの方とは何か因縁のあるご様子でしたが」

 朝の様子を思い出すように、墨香が目を伏せる。

「そういえば、ご家族がどうとか……天音さん、なにかご存知ですか?」

「私だって、高校からの友達だもん」

 楓子が力なく首を振った。

「本人に聞くか?」

「……好奇心で聞くなら、私は反対。聞き出したって、何かの役に立つとは思えないよ」

「そっかなー? なにか力になれるかもじゃん!」

 朱凛の言葉に、ムッとしたような表情で彼女を睨む楓子。だが、その視線に気付いていないのか、あるいは気付いていて無視しているのか、朱凛はケロッとした顔で笑っている。

 どこかぎくしゃくした雰囲気の中で、教室のドアが開いた。山畑先生が入って来て、生徒達は慌てて自分達の席に着く。



 職員室のある校舎から寮までの道は、もうすぐ授業が始まろうかというこの時間には静かなものだ。赤レンガ敷きの広い道を歩きながら、水之内は深々とため息をついた。

「なんか、面倒なことになってきたなぁ……」

 携帯電話に表示されている時計を見る。時刻は八時半過ぎ。普段の水之内なら、まだまだ惰眠をむさぼっている時間だ。

 もう一眠りしたいところだが、昨日から水之内の部屋には後輩が一緒に泊まっている。彼に仕事をさせて、その間に自分が二度寝をする手もあるとはいえ、そんなことをすればただでさえ足りない先輩としての威厳が本格的に失墜しそうだ。

「どうしたんだね水之内くん、ため息をつくと幸せが逃げていくよ」

「……教授」

 声をかけられて振り返ると、篠懸教授の姿があった。どこで何をしていたのか、青い作業着にはあちこちに泥とひっかき傷のようなものがついている。

「いつからそこに……」

「さっきから後ろにいたし、コソコソしていたつもりもないんだがね。何かあったのかな?」

「……大したことじゃありません。ちょっと宿代を請求されていただけです」

「それは大変だ。皿洗いでもするのかな? 何なら私も手伝おう」

 冗談めかして言う篠懸。彼にしては陽気なその様子に一抹の不安を覚えつつも、「頼むからやめてください」と正直に答える。

「明日の保護者説明会で、三十分ほど話をしてくれと言われただけです。もともと、調査チームの実務責任者として一言あいさつを、とは聞いてたんですけどね……」

「なんだ、帝都大のブランドで保護者を誤魔化そうというのなら、それこそ私を呼んでくれればいいのに」

「ダメです」

 ぴしゃりと水之内は告げる。

「教授に任せると、絶対に余計なことを言いますから。今、このタイミングで保護者の反感を買ったら、大問題になりかねないのに」

「どういうことだい?」

 水之内の悪態には慣れているのか、篠懸は嫌な顔ひとつせずに聞き返す。

「保護者が不安がってるんですよ。校舎は安全かだとか、健康に影響はないかだとか。まあ、家が被災してる生徒も多いから、保護者も気が立ってるのかもしれませんけどね。いつもの連中も、いつも以上に張り切ってるみたいですし――っと」

 片手に握ったままだった携帯電話が震える。電話だ。発信者は南葉一郎。確か額にアザのある、眼鏡で長身の男子生徒だ。被災をきっかけに《界震》について調べた生徒は多くても、さすがに論文まで読み込んできた者は他にいなかったので、よく覚えている。

 篠懸の前だが、気にせず水之内は電話に出た。

「もしもし、宵宮高校一年A組の南葉一郎です。ちょっといいですか」

 南の声はいやに焦った様子だ。

「どうしました?」

「それが、その……同じクラスの子が、《超能力》らしきものを使ったそうなんです」

 意外な言葉に、水之内は目をみはる。

 南のクラスメイトということは、震源のすぐ近くで《界震》に遭遇したということだ。条件は整っている。

 そしてまた、南が《超能力》の存在を信じて連絡してきたことも、水之内にとってはいささか意外だった。まさか、本当に信じてくれていたとは。

「俺が直接見たわけじゃないんですが、友達の話だと――ムカついた相手に『消えろ』って怒鳴ったら、そいつが消えて、十メートルくらい離れたところにパッと現れたそうで」

「……本当ですか?」

 なんと言っていいのか分からず、水之内はようやくそれだけ返す。想定外の話だ。

「しかもそれが、朝、駅前のロータリーで起きたらしくて、たぶん、見てた人もけっこういるんじゃないかと――」

「なんだって!?」

 それが事実だとすれば、これはなかなかにまずい。

「まさか、『みしるしの会』に目撃されたりはしてないでしょうね」

「いや、それが、どうも……」

 南の言葉は歯切れが悪い。

「……消した相手が、その会の人だったみたいです」

 ジーザス、とキリスト教徒でもないのに天を仰ぎ、水之内は深いため息をついた。

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