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迷宮高校の新学期  作者: こうづき
3.その瞳に映るもの
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3.その瞳に映るもの - 4

「……なるほど。もしそれが本当なら、確かにその目のせいかもしれない」

 青海の話を聞き終え、南は難しい表情で腕を組む。

 ふたりがいるのは、南の自転車を停めている駐輪場だ。見通しのいい場所にあり、人が近づけばすぐに分かる。内緒話にはもってこいの場所といえた。

「ねえ、ホントに南は見て分からないの?」

「まったく分からない。お前だって、先週までは知らなかったんだろ? だったら、その目のおかげで見えるようになったと考えるのが自然だ。反対の目では見えないっていうんなら、尚更だろ」

「だよねぇ……僕、いまだに信じられないよ」

 はぁ、と青海が肩を落とす。


「――まさか、山畑先生の髪がカツラだったなんて」


 そう。

 南も耳を疑ったのだが――どうやら青海の目は、ある《超能力》を宿してしまったらしい。

 ――《他人のカツラを見破る》という、恐るべき力を。


「ちょっと色が変わるだけで、身体に害はないって言ってたのに」

「害がないとは言ってないぞ。『ただちに健康に影響はない』だ。実際、べつに健康状態には何の影響もないだろ。目が悪くなったわけでもないんだし」

「いやまあ、そりゃ、むしろ良くなったとも言えるけどさ……ねえ、なんでそんなに冷静なわけ? 僕、けっこうすごい話したよね? いまホントに悩んでるんだけど!」

「あー……」

 そういえば、彼には《超能力》のことを教えていないんだったな、と思い出す。

 逆に考えれば、その状態でよく、この事実を南に話してくれる気になったものだ。

「青海、お前、口は堅いほうか?」

「自慢じゃないけど、けっこう軽いよ! ペラペラ喋るよ!」

 胸を張られてしまった。

「……だったら、まずその性格を治せ。お前の場合、見たものについて不用意に口を滑らせたら大惨事になるぞ」

「う、うっかりってどうやって治せばいいと思う?」

「難しい質問だな」

 人の注意を惹きたくて余計なことまで喋るタイプと、うっかり不注意で口を滑らせるタイプ、どちらが厄介だろうか。青海はまだ自覚がある分、後者の中ではマシなほうかもしれないが。

「とにかく、よく気をつけろ。お前ももう高校生だ。やればできるはずだ!」

 青海の両肩に手を置いて言い聞かせる。身長差があるせいか、少年野球で選手に「お前はやればできる奴だ!」と発破をかける監督のような気分だ。

「お、押忍!」

「よーし。じゃあ、これから言うことはまだ誰にも話すなよ」

 こくりと頷いた青海に、南は《迷宮症候群》と《超能力》の関係について説明する。携帯電話で例の論文を取り上げたサイトを表示し――

「あ」

 ――そこでようやく、思い出した。

 みしるしの会。

 サイトの運営者は、その団体を名乗っていた。


■ ■ ■


「……どうしよう」

 リビングに置いた家族共用のパソコンを前に、天音楓子は頭を抱えていた。

 表示されているのは、とある大手のニュースサイトだ。界震が発生し、大規模な《迷宮化》が発生したという記事。それだけならいいのだが、問題は、記事中にリンクされている動画である。

「誰よ、こんなところに勝手に転載したの……!」

 記事には、「界震発生時の状況を捉えた、貴重な動画」だとある。一本目は、《迷宮化》の様子を建物の中からとらえたもの。二本目は、《迷宮化》によって変貌した建物の中を撮影したもの。

 この衝撃的な映像が、震源のほど近くで撮られたことに疑いはない。

 なにせこの動画は、あのとき楓子が撮影したものなのだから。


 楓子のうなり声を聞きつけたか、窓際で寝ていた白猫がぱちりと目を開け、楓子のほうへと「うるさい」と言いたげな眼差しを向ける。

「……ごめん、まーちゃん」

 謝ると、まーちゃんは幾分か満足げにしっぽをピンと立てた。

 まーちゃんには一応、マーガレットという仰々しい本名があるものの、家族の誰もそう呼ばない。おそらくまーちゃん自身、その名前を忘れているのではと楓子は思っている。

(それにしても……いろいろ変なことになっちゃったな)

 まーちゃんの目は、左右が違う色をしている。左目が黄色がかった茶色で、右目が青。かつて、たまたま出かけた先でやっていた猫の里親募集イベントでまーちゃんを見つけたとき、楓子も姉もこの目に惹かれたのだ。同じくまーちゃんに一目惚れした父と三人で、渋る母を必死に説得し、晴れてまーちゃんが家族の一員となったのが数年前のこと。子猫だったまーちゃんはすっかり立派に成長し、今では天音家の女王様のごとく君臨している。

 その時は珍しいと思ったまーちゃんの目だが、「ねこねこ動画」には同じようなオッドアイの白猫の動画がいくつもあった。まーちゃんがオモチャで遊んでいる動画を投稿したときも、目の色を褒めるコメントがついて嬉しかったものだ。

(目の色が違うなんて、猫なら普通のことなのにな)

 まーちゃんを視界の隅に収めたまま、長いため息をつく。

 パソコンに表示されている動画は、大手の動画サイトに置かれている。「ねこ動」と違い、アカウントを作らなくても自由に見ることができる状態だ。楓子は普段使わないそのサイトに、この動画は見知らぬアカウントから投稿されている。要するに、無断転載というやつだ。

 「ヤバい」「どうなってるのこれ?」「物理法則がおかしい」「本物?」などと、コメントも大量に寄せられている。「宵宮高校か」というコメントに顔をしかめる。近くの住人になら、この制服から学校が分かってしまっても不思議はない。

 楓子はあの《迷宮化》の中、思い立って携帯電話でムービーを撮影、すぐさま「ねこ動」にアップロードした。別に、深い考えがあったわけではない。まーちゃんが鏡の中の自分に猫パンチを出し、硬い感覚にビックリしている瞬間、テレビから流れてきた洋楽に合わせてノリノリで跳ね回っている瞬間、土鍋にすっぽりはまって気持ちよさそうにしている瞬間、そうしたものをカメラに収めて投稿するのと同じようなもの。シャッターチャンスを逃すまいと、いつもの調子で携帯電話のカメラを構えてしまったのだ。

 とはいえ、楓子もまさか、あの動画がこんなに多くの人の目に触れるとは思っていなかった。昨日の深夜、再生数ランキングに入ったことを知らせるメッセージを見て、はじめてことの重大さに気付いたのだ。少なくとも最初の一日は、ほとんど閲覧者もいなかったはずなのに。

 高校名が書き込まれていることに気付き、まずいと思って動画を削除したのだが、それがまた「何かの圧力か」「まずいものが映っていたのでは」などと憶測を生んでしまった。そんな理由じゃない、と反論したいのだが、動画を消してしまった以上、その投稿者コメント欄で主張することもできない。

(それにしても……みんな、好き勝手言うよなぁ)

 転載先の動画にも、既に大量のコメントがついている。たとえば、こんなもの。

「美少女が増殖して俺のハーレムになる展開まだー?」「奇才現る」

「有名な大規模界震は、だんだん東京に近づいてきている。つまり……」

「話は聞かせてもらった! 人類は滅亡する!」

 生活に困っている美空ヶ丘町の住民がいるのに、こうやってネタにできてしまうのは、迷宮化による死者がいないからだろう。怪我人でさえ、ニュースによれば、重軽傷あわせて十数人といったところだ。

 もちろん、「すげー」「こんな風になるんだ、初めて見た」「撮影者の人は大丈夫だった?」「元動画のリンク切れてるけど、これ消さなくていいの?」というようなまともなコメントも、かなりの数ついている。

 他に目に付くのは、「気持ち悪い」という反応だろうか。あるいは、無責任な噂話。「この子達、どうなったの?」「今ごろミュータントになってたりして」「友達にこの学校のヤツいるから話聞いてくるわ」「いやいや、こんなのが人間に起きてたら放送禁止レベルだし」「やばい、想像したら怖くてトイレ行けなくなった」……。

(この分じゃ、青海くんの顔なんか見られたら大騒ぎだね)

 クラスメイトの青海奏太のことを思い出す。昨日、墨香が青海の右目の変色を指摘したとき、楓子もそれを聞いていた。今日も何度か正面から顔を見たが、昨日よりも変色が進んでいるような気がする。

 左目が茶色で、右目が青。まーちゃんと同じ、見慣れたはずの色の組み合わせ。

 なのに、人間の顔にその色を見ると、どうしても一瞬ぎょっとしてしまう。人様の顔を見て驚くなんて、失礼だとは思うのだが。

 色が変わる以外、とくに実害はない――と帝都大から来た研究者は言っていたが、あの目を見ると、本当にそうなのかと疑いたくなる。

 ひょっとすると、迷宮化の力でDNAが組み変わって、人間ではない別の生物になっていたりして。ある日いきなり、目からビームが出たり、手の甲から鉄の爪が生えたり、全身が毛むくじゃらになったり。

(……なんて、映画の見過ぎか。そもそも、青海くんにはそういうの、全然似合わないし)

 そんなことを、すっかり他人事のように考えている自分に気付く。

 今のところ、楓子自身の身体に異変はない。とはいえ、楓子も界震の瞬間はあの校舎にいたのだ。一歩間違っていたら、楓子だってああなっていたかもしれない。

(まーちゃんとお揃いか。それはそれでいいかもね)

 傾き始めた陽の光に照らされながら、まーちゃんはいつもの定位置で、くるりと丸くなっていた。近づくと、しっぽだけが楓子を追い払うようにぱてぱてと揺れる。思わず楓子の口元がゆるんだ。

 いつもの楓子なら、ここで携帯電話を構え、「今日のまーちゃん」映像をアップロードしていただろう。

 けれど、今日はなぜか、そんな気分にはなれなかった。


■ ■ ■


 寮の食堂の片隅に、白幡は思わぬ人物の姿を認めた。

「こんばんは」

 声をかけると、水之内は食器トレイの脇に置いたタブレット端末から顔を上げ、「こんばんは」と会釈する。

「お一人っすか?」

「見ての通りですよ。若いのは春菜と一緒に町に降りちゃいましたし、教授はいつも通り、どこかに行っちゃいました」

 困ったもんです、と水之内は苦笑する。

「オレも、今日は友達に置いていかれちゃって。あの、良かったらご一緒してもいいっすか?」

「ああ、どうぞ。白幡くん、でしたよね」

「覚えててくれたんすね」

 夕食のメインは豚肉と野菜の炒め物だ。そこに白米と味噌汁、サラダがついている。高校生男子にはありがたい、なかなかのボリュームだ。「トマトは好きですか?」と水之内に聞かれたので頷くと、「良かったらどうぞ」と皿にプチトマトを放り込まれた。お前はガキか、とツッコみたいのをこらえながら、「いただきます」と手を合わせる。

「あれから、何か分かりましたか?」

「白幡くんまでそんなことを聞くんですね……色んな人にそう言われて、耳にタコができそうですよ。今はまだ、資料に目を通して整理するので精一杯です。修繕されてしまう前に、現場もできるだけ回らないといけないし」

 ところで、と水之内は自分の後頭部を指さす。

「具合はどうですか?」

「ケガのほうはもう痛くないっす。髪のほうは、オレからは見えないトコなんで、よく分かんないっすね」

「ああ、それはそうですよね。でも、ご家族はずいぶん心配されたんじゃ?」

「連絡してないっす」

 事もなげにそう言って、白幡は肩をすくめた。

「ウチの両親、いま親父の仕事で海外なんで。わざわざ知らせるようなことでもないっすよ。界震が起きたことも知らないんじゃないっすかね」

「界震は、まあ、確かに海外にいたら知る機会はなさそうですけど……縫うほどのケガをしたら、保護者にも連絡が行っちゃうんじゃないですか」

「社会人の姉貴が実家にいるんで、そっちを緊急連絡先にしてます。大したことないって言ってあるんで、それ以上ツッコまれることはないっすよ」

 そんな話をしながらも、箸を持つ手は止まらない。サラダを味噌汁で流し込み、炒め物をかき込む。

「お姉さんがいるんですね。週末は家に帰ったんですか?」

「まさか。あんなトコに帰りたくないっす」

 うっかり吐き捨ててしまってから、慌てて補足する。

「オレの実家、姉貴が彼氏と二人で住んでんすよ。そんなトコに帰っても居心地悪いだけっすから。ラブラブのところをジャマする趣味もないし。むしろジャマしたら姉貴に殺されますし」

「ああ……」

 それは帰りづらいでしょうね、と水之内は苦笑した。

「水之内さんは、きょうだいとかいるんすか?」

「一応、兄がいるんですけどね。仲が悪くて、もう十年くらい会ってませんよ。大学進学で上京してから、ろくに帰ってないですし」

「実家、遠いんすか?」

「出身は熊本です」

「え、じゃあ、水之内さんって九州男児……?」

 思わずまじまじと水之内の顔を見る。気弱そうな眼鏡の青年は、荒事にも酒にも弱そうに見える。というか、篠懸の話によれば、少なくとも酒には弱いはずだ。

 そんな白幡の戸惑いは、水之内にも伝わったのだろう。

「九州の男児にだって色々いるんです。人を見た目や出身地で判断するような大人になっちゃダメですよ!」

 諭すようにそう言って、「では、お先に」と水之内は席を立つ。

「お疲れさまーっす」

 そういえば、彼はこの寮にあとどれくらい滞在するつもりなのだろうか。慣れた様子で食器トレイを返す水之内の姿を見ながら、そんなことを考える。

 同じ寮に住む友人の話によれば、水之内と篠懸が到着したのは界震の当日のことだったという。帝都大という名前の威光もあってのことだろうか、先生達はすぐさま彼らに空き部屋を提供したようだ。早いもので、それからもうすぐ一週間が経つが、とても彼らの調査が終わったとは思えない。

 だからと言って、いつまでもここにいるわけにも行くまい。極端な話、もし今すぐ日本のどこかでまた界震が起これば、彼らはそちらの調査に出向いてしまうだろう。それに、篠懸にはおそらく、大学教授としての仕事もある。手伝いに来ているという大学生達にだって授業があるはずだから、長居はできないに違いない。

(そしたら、オレらはどうなるんだろう)

 聞くからに怪しい《超能力》の話はともかくとしても、だ。傷は治っても、髪の変色のほうは治るものではないという。「若白髪だ」とでも言い張ればなんとかなるであろう白幡はともかく、南は苦労するのではないか。彼の顔のアザは、アザと呼ぶにはあまりに人工的な形をしていて、まるで刺青かなにかのようにも見える。

 考えながら茶碗を空にして、「ごちそうさまでした」と手を合わせる。今日の夕飯も美味しかった。

(……まあ、どうにでもなるか)

 腹が一杯になった途端に色々なことがどうでもよくなり、白幡は食器を下げると、あくびをしながら部屋に戻っていった。


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