マッチ売りの少女が図太い神経の持ち主だった場合
思いつきの話ですが、楽しんで頂けると幸いです。
ザクザクザクッ
雪が降り続いている今年最後の夜。
私はボロ服を着て、亡くなった母親のぶかぶかの靴を履き、大量の売り物のマッチを持って、人の行き交う大通りを歩いています。
とんでもなく寒いです。早く帰らないと凍死してしまいます。
てか、そもそも何で私がこんな目に遭わないといけない訳?
お婆ちゃんとお母さんが相次いで病気で亡くなってから、くそ親父が酒に溺れ、浪費家になったせいでもともとそんなに裕福じゃなかった家はさらに貧しくなるわ、マッチを全部売ってこなきゃ撲ってくるし!
マッチ作るより売る方が難しいし、大変なんだよ!
今頃、あのくそ親父はボロボロひび割れたくさんの我が家でのんきに寝ているのだろう。
マッチ作っときゃ生きてけると思ってんのか!掃除、洗濯、炊事等の身の回りのことを全部私にやらせるくせして、ろくに売れないマッチを全部売ってこなきゃ撲つとかふざけんな!!
しかも、マッチの収入だけじゃ生きてけないからこっちは新聞配達とかの十二の子供の私でも出来る仕事の掛け持ちもして、なんとか食いつないでいるんだよ!
絶対大人になったら、家出してやる!
心の中で悪態をつきながら歩いていると急に目の前の路地から猛スピードで馬車が飛び出してきました。
私は驚いて思いっきり尻もちをついてしまう。その拍子に私のぶかぶかの靴といくつかのマッチが飛び出して路上に散らばってしまった。靴の片方はどこぞのガキンチョに盗られ、もう一方は馬車に轢かれ、マッチたちは無惨にもその馬車から落下した積荷に押し潰され、売り物にならなくなった。
それを見た私はブチ切れた。
追いつけるはずのない馬車の後を私のマッチを押し潰した積荷を持って全速力で追いかける。くそ親父のおかげでハードな毎日を送っている私はそれなりの体力がある。
さらにありがたいことに積荷はそんなに重くない。そして、馬車は大通りを真っ直ぐ走っているから、馬車と私の距離が開いても見失うことはなかった。
すると馬車は貴族のお屋敷の前で止まる。そこから遠目でも上等だと分かる服を着たおじさんが出てくる。馬車からは、医者っぽい白衣のおじいさんが出てきた。
二人ともなんか焦っているみたいだ。さらに、馬車の荷台を見てパニック状態みたいに見える。
そりゃ、あれだけのスピードで走ってたら、積荷の一つや二つ落ちるよ…
そんなことを考えながら走って、馬車に追いつく。
そして
「どなたがこの馬車の雇い主ですか?この馬車から落下した積荷のせいで、私のマッチがいくつか売り物にならなくなってしまったのですが。」
とブチ切れを隠さずに言う。目の前の大の大人がパニクっていようといまいと、靴はともかく、売り物にならなくなったマッチの代金を支払ってもらわなければ気が済まない。
しかし、二人の視線は私ではなく、私の持ってきた積荷の方を凝視している。私を完全に無視されている感じがして、更にイライラしていると、
「ありがとう!この薬があれば娘は助かる!!」
と、上等な服を着たおじさんに頭を下げられた。
ハッッ?!なに言ってんの、このおじさん?!と驚いていると
「君にお礼をしなければ!ひとまず、屋敷の中に入ってくれたまえ。」
興奮気味のおじさんに半場強制的に屋敷の中に招かれた。
屋敷の中は私のボロボロひび割れたくさんの家とは雲泥の差で暖かいし、清潔だった。
そして、白衣のおじさんに持ってきた積荷を渡して、促されるまま、客間の椅子に座った。
上等の服のおじさんや周りのお手伝いさんたちの会話から
上等の服のおじさんは、この屋敷の旦那様で、私が持ってきた積荷の中身はこのお屋敷のお嬢様の病を治すための大事な薬のようだ。危篤のお嬢様の薬を超特急で運んでいたけど、その薬が入った積荷を落とし、パニックになっているところに私がその積荷を持って現れた。という感じの話らしいことが分かった。
まぁブチ切れた勢いで馬車を追いかけた結果、人助けが出来たのは良かった。これでマッチ代金を支払ってもらえたら、万々歳だ。
しばらく客間で待っていると、上等服のおじさん
が客間に入ってきて、私と向かい合う椅子に座る。
「改めて礼を言わせてくれ。ありがとう。娘は助かったよ。医者も、もう大丈夫だと言っていたよ。」
そうか、お嬢様は助かったか。では、本題のマッチの代金の支払いをしてもらおう!
「そうですか。お嬢様がご無事でなによりです。
そして不躾ですが、その積荷の犠牲となった私のマッチの代金を支払って頂けると幸いです。」
「ああ。もちろんだ!
そして、なにか礼をしたい。君は何を望む?美しい宝石かい?それとも美しいドレスか?私に出来ることなら何でも言ってくれ。」
なんと!!マッチの代金を支払ってくれるうえにお礼をしてくれるだと?!
ならば、ずうずうしく願いを言ってやろうじゃないか!!
「ありがたいことです。では、私を住み込みの手伝いとして、この屋敷に雇って頂けませんか?掃除、洗濯、炊事は一通りのことはできます。決して残念に思われることがないよう、精一杯努めますので、どうかお願いします!」
私みたいな貧乏娘がこんないい所で働けるチャンスは一生に一度あるかないかだ!更に住み込みの手伝いになれれば、衣食住の心配もなくなる!!そしたら、予定より早く家出が出来る!!
必死にお願いをする私を見て上等服のおじさんは
「もちろん、いいだろう!誠意を持って仕えてくれたまえ。しかし、そんなことでいいのかい?君が望めば、美しいドレスも宝石も君のものなのだよ?」
いや、そんなもんあったって売り払って金に替えるだけだ。それでも、それなりの金になるだろうけど、浪費家のくそ親父にかかれば、すぐに湯水のごとくなくなるのが目に見える。
「いえ、私にとってここで働けることが一番の望みなのです。無駄なものはいりません。」
きっぱりと言い切った私を見る上等服のおじさんの目に薄い水の膜が張る。
「君はなんて素晴らしい少女なんだ!こんなに無欲な人間がいるのか!君はまるで聖女のようだ!!」
いや、聖女じゃないし。そもそも、聖女なら、「お礼なんていりません。私はお嬢様を助けるお手伝いが出来ただけで充分です。」なんてことをいうはずだ。
まぁ住み込みの手伝いになれたから万々歳を通り越して、万々×3歳だ!
そして私は、穀潰しのくそ親父と絶縁し、お屋敷の住み込みのお手伝いとして働き始めました。お屋敷の皆さんはとても良くしてくださいます。そして九歳のお嬢様は私にまるで姉のように懐いてくださいました。
えっくそ親父ですか?会ってないので分かりませんが、どこぞの貴族のお屋敷に盗みに入って捕まったマッチ作りがいたと風の噂で聞きましたね。まぁ私には、何の関係もありませんがね。