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LAST BEAST  作者: 昼の星
8/33

008,二柱

「ふう、あー……久々に貶されたからついカッとなっちゃったよ。よくないよねえ」



(いや貶してないだろ……)


 樹上から様子をうかがっていたドゥベはカナサンに抱きかかえられながら考えていた。



「おい、ちょっと強い」


「うー」



 小声でカナサンに注意をうながす。抱きしめてくる腕はかすかに震えている。


(ま、仕方がないか)


 あれだけの力の発露を受けて怯えるなというほうが無理がある。じっさい、樹の下では黒髪の男が気絶して倒れている。ああなるのが自然だろう。その男の許に金髪の男が歩み寄る。その様子を見た耳の短いエルフが話しかけた。



「ごめんごめん、そんなに睨まないでよ。死んでないし、べつにいいでしょ? もとはといえば彼がぶしつけな視線を向けてきたのが悪いんだし」



 謝罪の言葉を口にしてはいるが、微塵も悪いなどとは思っていないだろうことは明らかな口調だった。



「……彼に代わって非礼をお詫びいたします」



 金髪の男が頭を下げた。それを見たエルフも、へえ、となにやら感心した様子を見せる。



「人間ってもっとこう、森と見れば火を放つしか能のない馬鹿ばかりと思っていたよ。最低限、程度の差を理解したら自分を律することができるものなんだねえ」



 森と共に勢力圏を拡大するエルフに対して、森を焼き払おうと人間が火を放ったのは一度や二度ではない。しかし蒼い森はほとんど燃えることがなく、エルフ側の抵抗もあり、目に見える戦果が挙げられたことは一度もない。


 金髪の男は頭を下げたままだが、地面に向けた表情が険しいものだろうことは容易に想像がつく。耳の短いエルフの言葉は、明らかに挑発しているものだった。


 なにせエルフの言ってることは滅茶苦茶だ。見ることが禁じられているものでもないのだから、容姿ぐらい確認するだろう。まして斥候とか偵察の役目を負っていたのだろうからして、そうすることは当然だ。そして貶されたなどと言っていたが、黒髪の男は何も口に出してなどいない。


 そんな理不尽に対して、金髪の男が頭を下げているのは、それを訴え出たところで公正に裁定してくれる上位存在など、この場にはいないからだ。仮に相手に道理を説いたところで、圧倒的に強い目の前のエルフにただ無慈悲に殺されて、それで終わりだ。



「まあいいよ。僕も自制できてないのを恥じているところだから」



 エルフは小首をかしげるようにして前髪を指先で弄んでいる。その様子からして、気にしていないというのは本当のことだろう。とはいえ、さっきだっていきなり怒り出したのだから、相対して気の休まるはずがない。



「はい、ありがとうございます」



 それでも男はエルフの意向に沿う以外に選択肢を持たない。拘束されていない暴力のいかに恐ろしいことか。獣人の子供が虫の羽をもいでそのまま放置するように、エルフがあの人間たちの四肢をもいで、この場に放置したとしても、彼女はだれにも罰せられることはないのだ。もし事実が人間たちに露見したとすれば、エルフ滅ぼすべしという風潮は勢いを増すかもしれないが、それだけだ。人間とエルフは、協定のようなものなど何も結んではいないのだから。


 人間たちにとって、ここはそんな場所だ。いや、獣人にとってもそれは同様で、だからこそドゥベはさっさとこの場から去りたいと考えているのだが。


 そんな場所に彼らはわざわざ、たった三人でやってきたのだ。そこにどんな意図があるのかはわからないが、先日、場違いなところで遭遇した理由はこれで判明した。エルフに用があったのだと。


 それにしても……。



「とりあえず、用件を聞こうかと思ったんだけど……やっぱり先にこっちの用事を優先させてもらおうかな?」



 直後、エルフの顔が上を向く。その視線は一直線にドゥベたちが潜んでいる樹上を貫いていた。


(まあ、ばれてるよな)


 ドゥベは嘆息した。



「カナサン、降りるぞ」


「え、降りるの……?」


「ああ、もう見つかってる。どのみち逃げられんぞあれは」


「うー……」



 カナサンはしぶしぶといった様子でドゥベを抱いたまま枝を飛び移りながら樹を降りていき、やがて落ち葉の降り積もった地面に着地した。


 枝を降りはじめたときから音に気づいて警戒していたエルフが、耳の短いエルフとの間に割って入るような位置に立っていた。



「大丈夫だよクララ」



 そのエルフの肩に手を置いて、耳の短いエルフがドゥベを抱いたカナサンの前に歩み出てくる。そしてゆっくりと片腕を持ち上げて、



「くっ……あはははは!」



 堪えきれないといった風に大口を開けて笑い出した。持ち上げた腕は、ドゥベを指差している。



「ずいぶん可愛らしくなっちゃったねえドゥベ」



 声音からも、エルフが心底楽しい気持ちになっていることがわかる。



「悪かったな」



 対するドゥベの声にも言葉ほどの険はない。ツイートが、狼が人語を話していることに驚きつつも、両者が旧知の間柄だろうことを推察するくらいには、気安い調子だった。



「いやあ、君が近くに来ているみたいだったからわざわざ出向いてみたけど……くく」


「おれ以外にも顕現しているものがいたとはな」


「ああ、まあ、うちは君のところと違って安定経営できてるからね。しょっちゅう遊びに来てるんだよ」



 言葉に厭味は含まれていないが、それでもドゥベはわずかにひるんだような様子を見せる。



「ああごめん、どうやら滅亡の危機だもんねえ。もしかしてその子が最後の一人だったり?」



 エルフはあらためてカナサンの全身に視線を巡らす。カナサンは視線が嫌だったのか、半身になって背中を丸めるようにしてドゥベをいっそう抱きしめた。



「ああ、カナサンと言う」


「うーん、なかなかいいね。獣人が滅んじゃうのはやっぱり惜しいなあ」


「ふん、おまえこそ、相変わらずいい趣味をしてるじゃないか」



 ドゥベは皮肉を交えたつもりだったが、エルフのほうはまったく気に留めた様子はない。


 傍らに立つもう一人のエルフの肩を抱き寄せて、頬ずりをしながら口を開く。頬ずりされているクララと呼ばれたエルフは凛とした顔に赤味を差して恥じ入っているが、とくに嫌がってはいない。長身の彼女はわざわざメラクの身長にあわせるようにわずかに膝を曲げているのだから。



「そうだろうそうだろう! やはり眷属においてエルフは最強! いや、最高だよ!」



 ああ、人間も悪くないよ? とツイートと、二人が会話しているあいだに歩み寄ってきたイノリたちを振り向いて言うエルフ。


 急に親しげに話しかけられたツイートはなんとか円滑に返事をしなければと焦った。



「そ、そうなのです、か?」



 なんとか言葉を返すものの、顔はかなり引きつっている。しかしエルフは自分の世界に没入しているのか、まったく気にしていない。



「そうさ! そもそも人間の容姿というのは僕らを模しているものだしね」



 突如として現れた規格外の力を持つエルフの口から語られる内容があまりに突飛で、ツイートやイノリは考えが追いついていない。傍らに立つクララでさえ赤い顔に戸惑いの表情をうかべている。


 カナサンはといえば、ぼうっとした顔をしている。そもそも理解しようという気がないのだ。


 そんななかで唯一まともに内容を理解しているのはドゥベだ。



「エルフはメラクの容姿を模したのだったか」


「そう! この何よりもうつくしい僕の姿を元にして最高の肉体を与えてあげたのさ」



 己の体を抱きしめるかのようにして恍惚とした表情をうかべる。



「水鏡に映しておくばかりではもったいないからね。こうして我が子としてほんの少し幅を持たせて複製するのは面白い試みだったよ」



 再度クララを抱き寄せてあちこちぺたぺたと撫で回しながら言う。クララはくねくねと身を捩じらせながら、「ダメです」だとか「いけません」などと、わかりやすい嘘をつぶやいている。



「だが、ひとつ決定的にちがうところがあるようだな」



 ドゥベが言う。


 とたん、空気がひび割れたかのように辺りの雰囲気が変わる。


 メラクとカナサン、そして無様に大口を開けて白目を剥き気絶しているドカタ以外のその場にいるすべての人がドゥベを見た。イノリなどは各々の関係性など忘れたかのようにふるふると首を振って、ドカタの二の舞は避けるべきだと主張している。


 メラクはうつむいていて、前髪が目に掛かり表情はうかがえない。しかし、少なくとも口元はさきほどまでの上機嫌な様子とは一変し、真一文字に引き結ばれていた。


 だがドゥベは臆さず言った。



「耳が長いな」



 時が止まる。


 メラクは何かをこらえるようにぶるぶると震えだす。そして勢いよく顔を上げ、



「そうなんだよー! やっぱりドゥベはわかってるよねー!」



 と叫びながらカナサンの許へ歩み寄り、抱かれているドゥベに紅潮させた顔を思いっきり近づけた。



「近い! 近い!」



 ドゥベが前足でメラクの顔を押しのけながら身をよじる。



「やー。ほら、僕らの耳はそれこそ人間と同じようなものだけど、僕の耳はみんなと違ってちょっと尖ってて、それがカッコいいよなって気に入ってたからさ。エルフの耳は思い切ってもっと長くしてみたわけ! そしたらこれ! このサラサラの金髪からひょっこりと覗く耳の可愛らしいことよ! 大正解だったよねー!」


「ああ、メラク様、お止めください……」



 耳を弄られてクララは息を荒げている。メラクはクララの耳を触りながら、



「あ、でもドゥベの獣人もかわいいと思うよ。その獣耳っていうのかな、すごくいい。尻尾もいい。口では反抗的なことを言ってるのに尻尾は従順さを示したりとかするよね? それってすごくいいよ! まあせっかく獣の特徴を併せ持つんだから、もっと獣に寄せるべきではという意見もあるだろうけど、個人的には耳と尻尾がくっついてるだけでも十分かわいいと思うんだよね! やっぱり僕は、基本的には僕らの姿が好きだしさ!」


「僕ら、ではなく僕の間違いだろう」


「あはは! たしかにね!」



 ドゥベの短い指摘に機嫌よく笑うメラク。


 ツイートとイノリははじめのうち、驚きと畏怖でもって緊張した表情を浮かべていた。だが、二人の表情は次第に、なんなんだこれは、という呆れと諦めに似たものへと変わっていた。



「はぁー、はぁー……ああ、そういえば君たちのこと忘れてたよ、ごめんごめん。ドゥベとの会話は楽しくてついね」



 顔を紅潮させて息を荒げている姿はうつくしい容姿とあいまって妙に色っぽい。



「それで? どうしてチゴユリが君たちといっしょにいるのかな?」



 目の端に溜まった涙を指先で拭いながらメラクが問う。


 それを受けてツイートは背後のチゴユリを振り返った。彼女は首を横に振ってみせる。


 その様子を見ていたメラク。



「ふむ……まあなんにせよ、まずは顔をお見せよ」



 そういって指先をゆっくりとチゴユリへと向ける。すると、メラクの指先からチゴユリの頭部までを一陣の風が吹き抜けた。


 ふわっと浮き上がるようにして、チゴユリの被っていたフードがめくれ上がる。あらわになったものは、金髪に翠眼。そして、尖った耳だった。

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