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LAST BEAST  作者: 昼の星
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006,エルフの森

 森の中を駆け抜けるカナサン。こなれた身のこなしで、走るというよりも、半ば飛び跳ねるようにして空中で木の幹を蹴って距離を稼いだりする。



「そろそろいいか」



 胸に抱かれているドゥベが口を開いた。


 カナサンは適当なところで立ち止まり、ドゥベを手放した。地面に降り立ったドゥベは、そのまま腰を下ろす。背中が物寂しさを帯びている。



「どしたのー?」



 傍らにしゃがみこんだカナサンが人差し指でドゥベの頭をつんつんと突きながらたずねる。



「ああ……まさか人間の接近に気づけないなんてな……」



 ドゥベははぁっと息をはいた。体温調整ではない。



「ふーん」



 カナサンは立ち上がり、きょろきょろと周囲を見回している。



「危険な状況だった。見逃してもらえなければ、命を落としていたかもしれん……」



 それだけの状況に陥ったことの原因。敵の接近に気づけなかった自分。ドゥベはちいさな前足で地面に積もった枯れ葉を押しつぶすように踏みしめた。



「にしても、だいぶ深くまで入ってきてしまったか」



 顔を上げて周囲を見回す。



「……何かいるか?」



 ドゥベはどこか遠くを見ているカナサンに問いかける。さきほどの事態を受けて、恥を忍んでたずねることにしたのだ。



「うんにゃ」



 カナサンは首を振った。


 返答の語尾に猫の獣人を懐かしみながら、ドゥベはカナサンが見ていた方向に目をやる。



「ああ、エルフの森が見えるな」



 木々の合間、かなり遠くの距離ではあるが、うっすらと青みを帯びた森が視認できる。そちらを前方とした場合、左右や後方には見られない景色だ。


 辺りには背の高い木が茂っているが、下草は総じて背が低い。どちらかといえば、落ち葉のほうが多く地面を覆っているように見える。



「さすがに視界に入る距離では目をつけられるかもしれないな。できれば移動したいところだが……」



 懸念されるのは当然、件の人間の存在だ。さきほども、ほぼほぼ必死の状態だったのを見逃された関係上、仮に遭遇したとしても殺されない可能性はあるだろうが、生殺与奪の権利を握られる状況はやはり避けるべきだろう。


 ドゥベは自身の眷属のみならず、他神の眷属のレベルも見ることができる。人間や獣人、エルフなどの眷属たちならば、特別にスキルを獲得しなければ不可能なことだ。



「あの人間たちと遭遇する可能性のある方へ移動するのも嫌だな。カナサンとではレベルに差がありすぎる」



 身体能力だけで黒髪の男を追いこめてはいたが、それも向こうが始めから戦う心積もりで向かってくるとしたらどうなるかわからない。おそらくは一対一であっても不利な戦いを強いられるにちがいない。


 それに、そんなことは考える意味がないのだ。なぜなら、こうした魔物の領域にやってくる人間はたいてい、複数人で組んでいるものだからだ。


 さきほどの連中は格好からしてハンターと呼ばれている者たちだ。ハンターとは狩人という意味であり、人間たちのなかで、主に魔物を狩るものたちの総称である。


 そもそもフィールドで出くわす他神の眷属というのは総じて手ごわいものだ。


 魔物が大陸を席巻して以後、レベル上げというのは、その地域にどのような強さの魔物が生息しているのかを基準として行われるようになった


 そのため、魔物の跋扈する地域で出くわす魔物以外の眷属というのは、自然とその場に狩りに出ている己と同等以上の能力を有している可能性が高いということになる。


 なかでも人間はかなり広範に出現するものであり、かつ組織的に情報を集めて分不相応な者が狩りに出ないように調整をおこなっている。


 といっても、さきほど遭遇した三人組はこの例に当てはまらない。あの辺りはドゥベにとって最後の眷属であるカナサンのレベル上げのために訪れていた場所なのである。当然、カナサンに丁度いいレベルの狩場を選んでいたのだ。


 予測されない他神の眷属と遭遇すること事態、ついていないといえるが、場にそぐわないレベルのハンターたちに出くわすなど、もはや運に見放されたといっていい状況だった。



「まったく、あれだけのレベルのハンターがいったい何の用だったのやら……」



 見合わない場にわざわざ足を運んでいたのだから、なにかしら他に用件でもあったのだろう、とまではわかるものの、そこから先を考えるには情報が少なすぎた。


 ぶつぶつとつぶやきながら考えこむドゥベの横で、カナサンは座りこんでうつらうつらとして舟をこいでいる。



「む、待て、寝る前にとりあえず着替えておけ」



 前足でつつくも、カナサンに目を開く気配はない。



「おい」



 両方の前足を上げて体重をかけると、カナサンはそのまま倒れこんでしまった。口元をむにゃむにゃとさせて、そのまま手足を丸めてしまう。



「やれやれ……。俺がいけなかったか」



 ついつい思索に耽ってしまったと自省する。。状況が状況だったのだから仕方がないだろうという思いもないではないが、カナサンをないがしろにしては本末転倒というものだ。


 エルフの領域も近く、例の人間たちもどうしているかわからない。不安は大きいが、ゴブリンの返り血で臭い服をそのままに眠るなど、よほど疲れているにちがいない。


 リスクはあるが、それでも体力を戻しておくことも肝要だろう。


 すやすやと眠るカナサンの傍らで、ドゥベは周囲への警戒に集中することにした。





 4人が森の中を歩いている。


 チゴユリと呼ばれた灰色のフードを被った少女がやや先行している。次いでチゴユリとほとんど横に並ぶようにして金髪の剣士であるツイート。蒼いマントに赤い髪が映えるイノリ。黒髪のドカタが最後尾と続く。



「そろそろ野営の準備をしよう」



 ツイートが口を開いた。


 森の中に入って以降、それほど明るさには変化がない。木々が太陽を遮っていて薄暗い。そんな状況がずっと続いていた。


 提案に反対する者はだれもおらず、荷物を降ろしてそれぞれに準備を始める。一通りの準備を終えて落ち着くころには、辺りからは急激に光が失われていき、そこかしこに暗闇がこごりはじめていた。


 4人は石で囲んだ焚き火の周りに集まり、食事を取る。



「チゴ、エルフの森まではあとどのくらいなんだ?」



 早々に食事を終えたドカタが口を開いた。


 問われたチゴユリは口の中のものを慌てて飲み下す。その様子を見ていたドカタは二の句を次いだ。


「あー、わり。ゆっくり食いなよ」


「ん……いえ、あと半日ほどは歩くでしょうか……たぶん」



 自信がなさそうなチゴユリの言葉に、「たぶんかよ」と軽口を叩きつつ、



「まあでも、もうすぐってことだな。向こうから仕掛けられるってことはないんだったよな?」



 横で黙々と食事をとるツイートに顔を向けた。


 ツイートは咀嚼のペースを変えることなく、口の中のものを飲み下してから口を開く。



「そのはずだ。エルフは自分たちの領域である森から出てくることは滅多にないと聞いている」



 その言葉にチゴユリもうなずき、



「はい。エルフは自分たちから森を出てくることは基本的にありません」


「まあその、滅多に~とか、基本的に~ってのがこわいとこだけどなー」



 落ち葉の積もった地面に腰を下ろし、両手を背後の地面について、半ば仰け反るようにして言うドカタ。



「しょうがないでしょ、世の中に絶対はないんだから」



 たしなめるような口調のイノリ。



「逆に言えば、エルフが森から出てくるのってそのくらい珍しいことなの?」


「はい。何十年かに一度あるかないかというところでしょうか……」



 チゴユリは思案するように斜め上に視線を向けている。



「まっ、過剰に警戒する必要はないってことだ、なっ」



 言いながら立ち上がるドカタ。



「んじゃ、いつも通りでいいよな?」


「ああ、頼む」



 ツイートの言葉を受けて、ドカタは焚き火から距離をとる。


 傍らの荷物から布を取り出すと、それを引っかぶって横になった。



「すみません、私だけ……」



 チゴユリがうつむくようにしてすまなそうに口にする。



「いや、見張りは慣れないとなかなか大変だからね。これはチゴユリのためというより、僕ら自身のためだよ」


「あう……あ、ありがとうございます……」



 一層うつむいてしまったチゴユリの顔はほとんどフードに隠れてしまう。頬が赤らんで見えるのは焚き火の照り返しのせいかもしれない。


 イノリは二人のやり取りを眺めながら、もくもくと食事を続けていた。





「わたあめ……」


「まあそうそう穢れん身だから、その点の心配はないかな……」



 寝ぼけているカナサンにあむあむされているドゥベ。眠っている傍らで警戒していたところをつかまえられたのだ。



「んう……」



 ドゥベを手放し、もそもそと身を起こすカナサン。



「うえ」



 起きて早々に口の中のものをぺっぺっと吐き出す。狼獣人であるカナサンには犬のようなところもあるが、基本的には人間なので、毛玉を吐くような習性はない。



「ふん……」



 なんとなく釈然としない表情のドゥベ。ぼさぼさと体の毛は逆立たせたままで、周囲に視線をめぐらせる。



「ふむ、まずいな……」



 耳をぴくぴくとさせながら言う。



「どうかしたの?」



 尻尾をゆっくりと左右に振りながら傍らに立つカナサン。ドゥベはとたんにうんざりとした顔を見せ、盛大にため息をついた。



「もう、いろいろ! 人間もエルフも!」



 ドゥベが感知していたのは、人間とエルフ両方の接近だった。遠くに見えていた蒼い森の方向からはエルフ。そしてその反対側からは人間の気配を感じていた。


 先日、人間の接近に気づけなかったドゥベだったが、その件を省み、ゴブリン討伐で賄ったマナで索敵能力を強化していた。もともとはカナサンの強化を優先するべく後回しにしていたことだったが、カナサン自体がかなり戦えることもわかり、優先して力を戻すことにしたのだ。


 エルフと人間、両方ともまだ距離がある。おそらく人間は先日の連中だろうと推測する。そもそも出くわすことの少ない場所のはずだ。そうそうべつの集団に遭遇することもないだろうというのが主な理由。


 人間がこの森に侵入するとしたら、それはほとんどの場合、べつの方角からになるはずなのだ。そちらには拠点となる砦が築かれているし、近くに人間の街も存在する。人間とエルフはそちらの方面でにらみ合いをしているはずだった。


 だからこそ奇襲の意味合いで別方角からの襲撃を決行する可能性はあるかもしれないが、それにしては戦力が心もとないだろう。陽動にしたってさすがにエルフの森を相手にあの人数と実力では無謀に過ぎる。

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