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LAST BEAST  作者: 昼の星
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005,獣人と人間

 振り下ろされた剣を半身になって避け、とっさに小剣を振るうカナサン。


 突如として煙の中から現れた人間は、それを剣を持ったのとは反対側の手盾で受ける。盾を持った手はほとんど揺らぐことがなかった。


 人間が再度剣を振るおうとした。予備動作を見たカナサンはとっさに後ろに跳び退り、そのまま距離をとる。


 火球が爆ぜて巻き上げられた煙がじょじょに晴れ、その向こう側の視界が戻ってくる。


 そこには、地面にしゃがみこんでいるナイフの男と、その前に立って杖を構える女がいた。構えた杖に纏わり着いていた青い光の粒子が宙に溶け消えていく。



「わりい、しくじった」



 ナイフの男が声を上げた。声量から、女性よりも離れている盾を持った人間に届くように声を張ったのだとわかる。



「無事ならいいさ」



 手盾と剣を油断なく構え、カナサンを見据えたままの男が言う。男は綺麗な金髪に碧眼を持ち、端正な顔立ちをしていた。黒髪の男に比べると髪の毛は長めであり、鼻筋もすっきりと通り、正しく美青年といった面差しだ。


 片手に両刃の剣を持ち、反対側の手には、少なくとも表面が金属板に覆われた手盾を携えている。腕や脛、胸の部分には金属板と思しき防具を身につけていて、軽戦士といった出で立ちだ。腰にはまだ鞘に収められている剣も見られる。



「どうするのこれ? てかなに、エルフ……じゃないよね?」



 杖を構え、眠そうな目をした女性も口を開く。


 彼女は長く赤い髪をゆるくまとめて背中側に流している。腰にとどくぐらいの長さの蒼いマントをしていて、上半身に身につけているものはほとんど見えない。腰にはスカートをはいているように見えるが、その下にはしっかりとズボンをはいている。裾は脛のあたりまで高さのあるブーツの中に収められ、杖を握る手にも手袋を嵌めている。


 マントの隙間からは、腰に巻かれたベルトと、そこに備えつけられた何らかのアイテムが覗く。


 ほとんど洒落っ気の見られない風貌だが、耳には唯一、装飾品が輝いている。


 瞼が落ちかけて半分近く隠されている瞳は髪よりも深い赤色をしていた。


 三人が知り合い……パーティを組んだ仲間、それもどうやら一日二日の間柄ではなさそうだというのがやりとりに漂う雰囲気から察せられた。



「獣人だろ」



 黒髪の男の言葉だ。



「獣人……? 獣人ってまだ生きてるの?」



 女性もまた、視線はカナサンから切らさずに話す。



「耳と尻尾があるだろうが。ありゃ作りもんには見えねえぞ」



 男がそろそろと身を起こしながら言う。どうやらこん棒を投げつけられたときも大した怪我は負わなかったらしい。


 盾の男がじりじりとカナサンとの間合いを計って足を運びながら口を開く。



「十年位前に、隠れ里を見つけて殲滅したってのが獣人が発見された最後の事例じゃなかったかな」



 右手でナイフを構えた黒髪の男が中腰に近い体勢で金髪の男と赤髪の女の間に立つ。



「このあいだ小耳に挟んだんだよ。ちょっと前に中央の方で獣人が見つかって処刑されたってさ。まだ生き残りがいたってことじゃねえの」


「まあ獣人とかはわりとどうでもいいんだけど、なんでこんなことになってんのよ」



 女性の声にはじゃっかんの棘がある。



「いや、いきなり襲われたんだよ」



 対する黒髪の男の声に険はなく、弁明しようという響きがあった。女性のほうが優位にあるような印象を受ける。



「狙ってた」



 ふいにカナサンが口を開く。



「狙って……?」



 赤髪の女性がつぶやく。



「いや、ちがうんよ。いきなり向かってきたから迎撃にナイフ投げただけなんよ」



 焦ったように黒髪の男が反論する。


 カナサンもまた、金髪の男とじりじりと対峙したまま口だけを開く。



「その前からこっち見てた」



 女性が杖は構えたままだが、視線を黒髪の男のほうに動かして、「どうなの」、と問いかける。



「ドカタ、嘘は嫌だな」



 金髪の男も口を開く。ドカタと呼ばれた黒髪の男がナイフを持った手で頭を掻き毟りながら言う。



「んあー! たしかに、討伐の賞金と、奴隷商あたりに売っ払うのと、どっちが儲かんだろうなあとか思ってたよ!」


「……どうすんの、獣人ってたしか、アリオト教では神敵だって言われてたはずだけど」



 女性は表情に不機嫌さを滲ませている。



「どうするってやるに決まってるだろ? 敵だぜ? 敵」



 ドカタが抗議する一方、金髪の男は黙したまま、しかし視線はカナサンから切らさない。



「コミュニケーション取れる相手ってどうにもやりにくいのよね」



 女性が言う。



「かーっ、出たよ戦争を知らない世代!」


「あんたも大して違わないでしょ!」



 二人は向き合ってにらみ合っている。といっても、本気で憎しみをぶつけ合うという感じではなく、じゃれ合っているという雰囲気だ。一見して、カナサンに対しての注意はおろそかになっているようにも見える。



「二人とも」



 声を荒げるでもなく、静かに声を発する金髪の男。



「僕もあまり気が進まないな。こちらにも非はあったようだし。どうだろう、ここは引いて貰えないだろうか」



 落ち着いた声音で金髪の男は問いかける。


 背後ではドカタがあからさまに不満そうな顔を見せ、女性のほうはなんとはなしに得意げなような表情を見せる。


 問われたカナサンは小剣を構えたまま首をかしげる。カナサンの首をかしげる動作には二種類の意味がある。ひとつはドカタの存在を感知した際に見せたような、音の位置を探るための動作。もうひとつはよくわかっていない時だ。頻度はどちらも高いので、前者か後者かを判断するには状況を考慮するほかない。



「おい、三人なら問題ないって。たしかに動きは早いけど、じゅうぶん対処できる範囲だ」



 ドカタが食い下がる。



「そういう問題じゃないよ」


「相手が女だからってんじゃないだろうなツイート」



 背後からドカタの頭に杖が振り下ろされた。コンっという軽い音がする。



「って! あにすんだよ!」


「そんなわけないでしょーが」



 女性が反論する。すでに二人の間にあった緊張感は霧散してしまっていた。ツイートと呼ばれた金髪の男もほんの一瞬、仕方のない連中だというふうに息をついた。


 刹那、カナサンが小剣を投げた。


 とっさに反応したツイートがかろうじて剣で弾き飛ばす。投擲された小剣は、ツイートではなく赤髪の女性に向けられていた。


 弾かれた小剣が宙を舞い、二人よりもさらに遠くへと落下する。



「……やる気ってこと?」


「引いてくれないかなんて殊勝な物言いするもんだから勘違いさせたんじゃねえの」



 女性もドカタも向き直る。焦った様子は見られないが、それはツイートに対する信頼だけが理由ではない。



「わかったろ? レベルも大したことないんだ。ちょっとすばしっこいだけで余裕だぞ」


「……武器も手放しちゃったみたいだし?」



 無手になったカナサンを、それでも剣と盾を構えて油断なく見据えているツイート。



「そうだな……」



 はじめ、剣を盾で受けたときのことを思い出す。勢いの割りに衝撃は軽かった。そして今はじいた投擲も、とにかく正確に命中させないための阻害を目的とした剣筋だったにも関わらず、完全に弾き飛ばすことに成功していた。身体能力には目を見張るものがあるようだが、たしかにレベルは低いのだろうと推察された。


 ツイートはゆっくりとまばたきをする。


 そのとき、



「オオーン」



 と、空に響き渡るように音が聞こえてきた。



「な」


「狼?」



 ツイートは視線を巡らせ、後ろの二人も武器を手に周囲を見回した。


 三人の注意が周辺へと移った一瞬に、カナサンが林に向かって駆け出す。


 ドカタが舌打ちし、追いかけようと走り出す。



「いや、やはりよそう」



 そういってツイートは盾を持ったほうの手を広げてドカタを制し、剣を下げた。



「いいのかよ」


「いいさ。僕らがここに来た目的を思えば、争うべきじゃない」


「ま、それはそうかもね」



 背後の二人も嘆息しつつ、しかしさほど不満そうな顔をしてはいない。



「にしてもさっきの、狼の遠吠えだよな? このへんに狼が出るって話あったか?」



 ナイフを持った手を下ろしながらも、周囲に視線を走らせてドカタが言う。



「とくには聞かないが……居てもおかしくはないだろう。けど、状況からして、仲間なんじゃないかな」



 ツイートは剣を鞘に収めた。



「炎魔法を避けられたときにも吠え声が聞こえた気がするわね」


「そうなのか?」



 問い返すドカタにジトっとした視線を返すイノリ。



「あんた聞いてなかったの?」


「いやしょうがねえだろ! あんときゃいろいろたいへんだったんだよ!」



 いがみ合う二人をよそに、ツイートはカナサンが走り去った林のほうに視線を送っていた。


 そのとき近くの茂みが揺れ、灰色の大きなローブを着こんでフードを被った小柄な人影が姿を現した。両手で大きな荷物を提げている。人影に向けてツイートは話しかけた。



「チゴユリ、大丈夫だったかい」


「は、はい。だいじょうぶです」


「荷物を任せてしまってすまなかったね」


「いえ、お役に立てたのならよかったです」



 細く儚い声が小柄な人影から返ってくる。フードの下から、肩にかかるくらいの長さをした金色の髪の少女のうつくしい顔が覗く。



「さきほどの……」



 ツイートが見ていた方向に翠色の瞳を向ける。大きな目をした童女のような顔立ちに小さめの背丈をしているが、憂いを含んだ表情が幼い印象を相殺し、浮世離れしたような不思議な雰囲気を与えている。



「獣人だと思うんだけど、何か知ってるかな?」


「そうですね……彼女個人のことは何もわかりません。獣人という種族についても、おそらく皆さんの知識とそう変わりはないと思います」



 すみません、と頭を下げるチゴユリ。細い髪がさらさらと流れた。



「詫びることなんか何もないさ。ところで、ドカタの腕を診てやってくれるか?」


「あ、頼むぜチゴ。いてえのなんのって」



 ツイートの口から自分の名前が出たとたんに、左腕をおさえて歩み寄ってくるドカタ。



「はい、お任せください」



 チゴユリはドカタの左腕に両手のひらをかざす。次第に手のひらから橙色の淡い光が漏れだし、ドカタの腕を覆っていく。


 やがて光が収まると、チゴユリはふぅと息をついた。



「さんきゅー」



 調子を確かめるように左腕をぶんぶんと振り回すドカタに、イノリがじとっとした視線を向ける。



「レベルは大したことなかったんじゃなかったっけ?」


「そうだよ。でなきゃいまごろ、腕だけじゃなくて頭が潰されてたさ」



 言われたドカタは気分がいいのか、にやけた表情を崩さない。



「彼女が去った方向からすると、森で遭遇する可能性もある」



 話し出したツイートに周りの三人の視線が集中する。



「十分に警戒して進もう。ドカタ、頼むぞ」


「おう。そう何度も後れを取ってたまるかってんだ」



 気合を入れるように胸を叩いたドカタだったが、すぐにハッとした表情を見せ、



「その前にちょっとナイフ探してくるわ」



 と言って小走りに駆け出した。

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