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LAST BEAST  作者: 昼の星
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004,邂逅

 今日も今日とて空色ゼリーを切り刻み、歩く根菜類をしばき倒していたカナサン。



「あ」



 視線の先、小柄な体に緑の皮膚。体のつくりは獣人や人間と同じ四肢を持って二足歩行する、いうなれば緑の小人がいた。ゴブリンである。



「ちょっと待て」


「小玉スイカー!」



 ドゥベが声をかけるより早く駆け出したカナサンが、ゴブリンの頭に思い切りこん棒を叩きつけた。



「あ、スイカじゃなかった」



 破壊された頭部から、中二病患者の好物である脳漿が飛び散る。それらは魔物特有の青い血に塗れていた。


 ちなみに割れた頭部をスイカと表現するのは怪談好きの部類だろう。



「猟奇っぽいのはちょっとな……」



 ドゥベが嘆息する。


 ゴブリンもまた有名どころの魔物だ。それなりに数が多い。様々な生態を持つ魔物のなかでも繁殖力の高さに重点が置かれたもののようで、1体見かけたら近くに20体はいると思えと言われている。連中は元になっている動物がよくわかっていない。少なくとも、現在のゴブリンは生まれたその瞬間から魔物であり、こうした魔物は血液が青いという特徴がある。



「ギイ! ギイ!」



 すこし離れたところに別のゴブリンがいて、奇怪な声を上げていた。おそらくは仲間でも呼んでいるのだろう。


 この世界に生きる眷属はだいたい共通の言語を用いており、魔物の中にも共通言語を解するものは存在する。つまり、ゴブリンが動物めいた鳴き声でコミュニケーションを取っているのは、知能の低さを物語っていると言っていい。


 とはいえ、だ。いくら知能が低い魔物といっても、それは油断していいということにはつながらない。ゴブリンは主に人間の廃棄物などを利用することを覚えていて、たいていが武装している。鳴き声を上げている個体は曲がった小剣を掲げているし、カナサンの足元に転がっている個体も、クワのようなものを持っていた。


 カナサンが一息に距離をつめて鳴き声を上げているゴブリンの頭をこん棒でなぎ払った。体がほとんど吹き飛ばないほどの勢いで頭が粉々に弾き飛ばされる。


 だが鳴き声はすでに周辺のゴブリンに届いていたようで、周囲の草むらから続々とゴブリンが姿を現し始めた。



「だから待てと言ったんだ……」



 いくら一体一体が弱いゴブリンといえども、囲まれてしまえば不利となる。


 加護の力というのは万能ではなく、たとえ種族離れした身体能力を獲得するぐらいの強大な加護を得たとしても、疲労も感じない超人にはなれないのだ。


 一人に加護を無尽蔵に詰めこんで無双することができないのは、そういった理由からである。個の強みはきっちりと数で止まる。人間の勇者とて、たとえ横に並ぶだけの実力者は無理でも、あとについて支えになれるだけの仲間はつれているものだ。



「一点突破で包囲を脱するぞ」



 ドゥベはカナサンに駆け寄って声をかけた。



「承知!」



 きりっとした顔でいつになく固い感じの返事を返したカナサンだが、とくに危機感は抱いていない表情だ。


 現在ふたりがいるところは、草原と森の中間地点といったところだ。片側には草原が遠くまで広がり、その反対側にはまだ森とも呼べないような林がつづいている。草原の対角側に林を進んでいけば、やがて深い森につながっていることだろう。



「草原側に抜けるぞ」



 おそらくゴブリンの集落は林に存在するのだろう。そう推測したドゥベの言葉を受けて、カナサンは林側のゴブリンをこん棒で粉砕した。



「おい」


「ん?」



 きょとんとしてドゥベを見下ろすカナサン。



「逆だ逆。なにやってるんだ」


「近かったからつい」



 てへへ、と笑うカナサン。印象とは裏腹に、造形だけを見ればやや釣り目がちな目が細められて恵比寿のようになっている。



「笑ってる場合か!」



 思わず声を荒げたドゥベ。カナサンの背後に斧を持ったゴブリンが迫っていた。



「ほいっと」



 振り下ろされた斧を、ほとんど横目で一瞬捉えただけで、体をそらして紙一重で避けたカナサン。


 そのまま左手で腰の小剣を抜き放ち、振り下ろした斧の重さで前のめりになっていたゴブリンを切り裂いた。



「グゲッ!」


「ギャギャ!」



 その間にも周囲からゴブリンは殺到してくる。しかし、カナサンがその気になれば、いまからでも連中を振り切って逃げることは可能だろう。


 その途中でまたべつの魔物に出くわすリスクもあるが、草原側であればそうそう強いものはいないはずで、安全を優先するのなら、やはり逃走すべきだとドゥベは考えていた。


 しかし、カナサンは涼しい顔を……暢気な顔をしてゴブリンの攻撃を避けつづけ、一方で自分の攻撃で確実に敵の数を減らしつつあった。


 ドゥベはその様子を見ながら、なんともいえない気持ちになっていた。


 戦闘狂というわけではなさそうだが、まったく怯える様子が見られないのは不安だった。自殺願望に取り憑かれているふうには見えない。だが、なぜ自分の言葉に反してまで戦闘を選んだのか。


 心配しているのはもっぱらカナサンの精神の方だった。なぜなら、戦闘面に関しては、心配がいらないということがすぐにわかったからだ。


 多対個の有利不利についての認識は覆りようもないが、カナサンという個に対処するには、ゴブリンの数は20やそこらではまったく足りていないということは明らかだった。


 考えての行動かどうかは不明だが、カナサンは自然と囲まれないように立ち回っていた。


 包囲の薄い側を切り崩して突破し、ゴブリンが囲もうと分散しても、その端からまた崩していく。


 ゴブリンを倒すのも、ほとんど鎧袖一触といっていいほどの迅速さであり、もたついている間にべつの個体から攻撃を加えられるという場面が見られない。周囲からは絶え間なく紫の輝きが立ち上りつづけていた。



「ふう」



 けっきょく、カナサンは群がってきたゴブリンをすべて倒しきってしまった。


 あたりはゴブリンの流した青い血が地面を覆い、そこかしこの草に付着し、なんとも言えない臭いが漂っていた。


 ゴブリンの死体のただなかに立つカナサンはわずかに肩を上下させていた。


 小剣についた血を払った後、まっすぐ前方に向けて腕を伸ばすと、剣を握ったカナサンの手元から水が噴き出すようにして刀身を覆っていく。付着していた血が浮いたのを見て、覆った水ごと勢いよく振り払った。



「ドベー、布ー」



 異空間から雑巾を取り出して渡してやるドゥベ。布を受け取り刀身を拭ったあと、カナサンは小剣を鞘に収めた。ほい、と放られた雑巾はドゥベが飛び上がって空中で回収した。



「なんで言うことを聞かなかったんだ」


「そうだっけ?」



 カナサンに悪びれる様子はない。きょとんとした顔をしている。いくらか返り血がついていて、見かねたドゥベがさきほどのとはべつの布を異空間から出してやる。



「ほれ、とりあえず顔だけでも拭っておけ」


「はーい」



 髪や服にも青い血は飛び散っている。カナサンは汚れ自体はそれほど気にしない性質だが、臭いは気になるだろう。とはいえ、ここは言わば敵中なので、さすがに着替えまでさせてやるわけにはいかない。



「まあ、実際に余裕で全滅させられたようだからいいが、できれば俺の言うことは聞いてほしいな」


「ん?」



 カナサンはふいに草原のほうに顔を向けた。



「その、なんだ……こんな状況に追い詰められてる俺なんかの指示には従いたくないと思うかもしれないが……」


「んー?」



 カナサンは首をかしげている。



「こんなでもまだおまえよりは場数を踏んでいる。少し慎重になりすぎているとは自分でも思うが……って、聞いてるか?」



 瞬間、カナサンが草原のほうに向かって一気に駆け出す。そして、走り出してすぐに横に飛び退く。直後、カナサンが走っていた場所と、ドゥベと話していたときに立っていた地点を縫うようにナイフが通過していった。



「な?」



 ドゥベが驚きとともに草むらを振り返ったとき、カナサンはすでに走り出していた。



「マジかよ!」



 草むらの向こうから、舌打ちとともにそんな男の声が聞こえてくる。


 カナサンが草むらを抜けたとき、そこでは一人の男が背を向けて駆け出そうとしているところだった。顔だけは背後をうかがうように横を向いていて、視線でカナサンを捉えている。



「くそが!」



 男が振り返るような動作でふたたびナイフを放つ。それを今度はわずかに顔をそらすだけで避けるカナサン。数本の髪の毛が宙に待ったが、頬に赤い線が引かれたりはしない。


 最小限の動きで避けたことで、足止めにナイフを放つことを選択した男の背中にカナサンが追いつく。男の頭に向かってこん棒を振り下ろした。


 男はとっさにナイフを持った左手でガードしようとしたが、受け止めきれずに地面に叩きつけられて転がった。だが致命傷にはならなかったようで、すぐに体を起こしてほとんど片膝をつくような低い姿勢で、悠然と立っっている――ように見える――カナサンをにらみつけた。



「なぜこんなところに人間がいるんだ……」



 すこし離れたところにあった岩の上にのぼったドゥベが向かい合う二人の様子を見てつぶやいた。


 男は側頭部を刈りこんだ黒い短髪で、服装も全体的に暗い色調のものを身につけている。胸や腰に巻かれたベルトには、ごちゃごちゃと色々な物が取りつけられている。



「いきなりなにすんだよ」



 男がカナサンと向き合ったままじりじりと移動しながら口を開いた。対するカナサンはいつのまにか抜き放った小剣を左手に持ち、両手を下げた状態で直立している。いつも通りのぼうっとした表情に見えるが、視線ははっきりと男を追いかけていた。



「…………」


「黙ってないでなんとか言えよ。俺はただの通りすがり」



 喋っている途中で男が突然横に向かって走り出すが、即座に反応したカナサンがそれを追った。


 男はそれを確認するや突如反転し、右手でナイフを構え、突っこんでくるカナサンに向かって薙ぐように振りかかった。


 急制動をかけて腰を引き、回避するカナサン。直後に回転し回し蹴りを放つ。それを屈んで避けた男に向かってさらに小剣を振り下ろす。



「ぐっ」



 男は右手で持ったナイフを斜めに構えて小剣を受け、なんとかその軌道を逸らす。さらに後ろに向かって飛び退きながら、手に持ったナイフを投げつけた。


 小剣を受けた直後だったせいで腕でもしびれていたのか、狙いは甘く、カナサンはわずかに身を傾いだだけでナイフを避けた。


 男はすぐに逃走の体勢に入り、一気に駆け出した。全力で逃げることにしたのか、今度は完全に背中を見せている。


 カナサンは駆け出した男の背中に向かってこん棒を投げた。



「うおっ」



 こん棒が走っていく男の足元に着弾し、いくらか地面が弾けた。その衝撃を受けて男は転倒した。


 カナサンが小剣を携えて転倒した男に迫る。瞬間、狼の耳がぴくりと反応し、カナサンはふんばるようにして勢いを殺して立ち止まり、両腕を交差してガードした。


 突如としてカナサンの前方に子供が丸まった程度の火球が飛来し、地面に衝突して爆ぜた。


 周囲に礫が飛び散り、胸や顔を守った両腕をはじめとしてカナサンの体のそこかしこに当たった。それほど大型の礫が命中しなかったことも幸いし、大したダメージは受けていない。


 あたりには焦げくさい臭いが漂う。うっすらとした煙を突っ切って、さきほどの男とはべつの人間がカナサンに向かって剣を振り上げる。

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