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LAST BEAST  作者: 昼の星
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003,加護と過去

「だいこんー!」


「そのまんまだな。ふだんは何言ってんだかよくわからんが」



 カナサンは自立歩行する大根をこん棒で殴り飛ばした。人間の市場で売られているようなものと比べると、短く細い貧相な野生のだいこんだ。妙に野太い断末魔をあげて絶命した。紫の光がカナサンに吸いこまれる。


 これも魔物の一種だ。マナを蓄えてしまえば魔物化するというのは、動物でも植物でも同じことだ。とはいえ、他の神の眷属が世話をしている場合などはベネトナシュの加護が行き届かないということなのか、魔物化することは基本的にありえない。



「根菜げっと!」



 だいこんの骸をドゥベに向かって放り投げるカナサン。



「おまえの知識はよくわからんな」



 言いながら前足でだいこんに触れるドゥベ。


 二人が出会ったのはまだカナサンが子供のころのことだ。そのころはまだ眷属がほかにも数十人生きており、みんなで寄り添って暮らしていた。



「んん?」



 眉根を寄せて首をかしげるカナサン。



「まあ細かいことはいいさ」



 それよりそっちだ、と前足をあげるドゥベ。示された茂みからウサギが飛び出していた。



「いちごだいふくー!」



 振り返りざまに思い切り振り回されたこん棒がウサギの体を弾き飛ばした。体が破裂して真っ白な体毛から赤いものがあれこれ噴き出した。



「よくわからんが生々しいからやめろ」



 そんな調子で二人は狩りを続けた。ここで言う狩りというのは、食料調達の意味もあるが、俗にいうレベル上げの意味も含んでいる。


 そうして日が暮れたころ、二人は草原から引き上げて、森の中で野営をした。といっても、せいぜい火を起こすために薪を集めるていどのことだ。二人ともふつうにそこらの地面で横になって眠るので、寝床の用意などは特にしない。せいぜい周囲を見渡して、よさそうなところを探すぐらいのものだ。


 火を起こした後は、本日の成果を乱雑に鍋に放りこんで煮込む。塩を入れておけばだいたいなんとかなる。それが二人の共通認識だ。その点で二人は人間に感謝していた。


 主にカナサンが使っているあらゆる備品は、人間の街へ行って買い集めてきたものだ。大部分はドゥベが保管している。といっても、小さな背中に大きな荷物袋をくくりつけて歩いているわけではない。


 いくら子犬のような姿に貶められたとしても、神らしい力のひとつやふたつは持っているもので、ドゥベは異空間を用いて荷物を保管し、擬似的に持ち歩いていた。擬似的に、というのは、実際は異空間で荷物は置いたままだからだ。



「おいしーね!」


「んむ」



 ドゥベは神だが、ふつうに食事を摂る。彼の体はそこらの生物のものとはあらゆる意味でわけが違うが、それでもこうして顕現しているからには糧が必要なのだ。それほど大量に必要なわけではないし、現在のような小型の姿であればなおのこと少量で十分ではあるが。


 ちなみに、マナが潤沢であれば、そちらで賄うことが可能だ。というか、普通はそうしているはずだが、ドゥベの台所事情はなにかと厳しい。無い袖は振れない。



「ひょういえはあやひのえへうあやっひゃー?」


「口に物を入れたまま喋らない」



 叱られたカナサンは何も気にした様子はない。もくもくと口を動かして中のものを飲み下したあと、再度、口を開いた。



「私のレベルあがった?」



 地面に置かれた器から顔をあげてドゥベが言う。



「1レベルだけな」


「えー」



 不満そうに口を尖らせるカナサンだが、声色にはそれほど残念そうな響きは含まれていない。どうせ深く考えていないにちがいなかった。だいたい、レベルは自分で確認できるのだから。



「ここいらの雑魚魔物じゃあ付与されてる加護も高が知れてる。まあ、だからなんとかなってるとも言うが」


「もっとつよいのを殺さないといけないのかー」


「言うだけならかんたんだがな」



 空になった器から顔をあげて、前足でついっとカナサンに向かって差し出す。カナサンはそれをひょいと拾い上げると、近くに置いてあった樽から水を掬っててきとうにごしごしとやってすすいだ。おかわりの意味でないことは言わずともわかっている、自然な動きだ。



「ほーい」



 カナサンから差し出された器にドゥベが触れ、器が異空間に収納される。どこにどんなふうに仕舞われるのかはドゥベの匙加減だ。


 ちなみに、樽に溜めてある水はカナサンがスキルで調達したものだ。加減がへたくそなので、都度必要な量をスキルで調達するのではなく、一気に樽に溜めておいて、使うときに異空間から出して、置いておくことにしてある。



「じょああひらはもひのおふいっへみふ?」


「口」



 表情を変えずにもくもくとやった後、喋る。反省していないことは明白だったが、ドゥベもとくに追求はしなかった。



「じゃあ森の奥に行ってみる?」


「そうだなあ……」



 カナサンは弱くない。もとより種族の特性として高目な反射神経も優れているし、体を操るセンスとでもいうべきものにも恵まれている。


 すこし頭が弱いが……ちょっと……多少……かなり頭は弱いが、逆に言えば目立った弱点というのはそのくらいだ。……致命的だ。致命的だが、物覚えが悪いわけではない。しっかりと教育していけばなんとかなるだろう。なんとかなってほしい。



「ドベ、どしたの?」


「な、なんでもない」



 いつのまにかうなされるように、うんうん唸ってしまっていたドゥベ。気を取り直して思考する。


 カナサンの身体能力の高さについては種族的な特性も相まって、逸材といってもいい素養がある。


 そう、獣人は決して弱い種族などではないのだ。人間の強さを見抜き、動物を利用した魔物の強さを見抜き、良いとこ取りしようとしたドゥベは間違っていない。はずだ。


 これだけの強さがありながら、なぜ滅亡の道を歩むことになってしまったのか。……頭が弱いからか。そうなのか。

 ……もしかして、頭が弱いのは自分から受け継がれた特性なのか。ドゥベは再度、思考の沼にはまりこみそうになる。



「ドベ?」


「な、なんでもない!」



 ぶんぶんと頭を振って気を取り直すドゥベ。



「あーしたはどーするのー?」



 ゆらゆらと体を揺らしながら尋ねるカナサン。倒れこんでしまいそうなところまで体を斜めに傾けるが、そこで少しの間とどまったあと、今度は反対側に同じように倒れこんでいく。こんな動きひとつを見ても、身体感覚に恵まれていることをうかがわせる。


 だが、眷属同士の戦いにおいては、加護の強さが重要な意味を持つ。


 加護の値が低いものが加護の値が高いものに攻撃をしたとしても、与えられるダメージは微々たる物なのだ。


 かなりの差がなければ、完全に無効化されたりということはそうそうないが、かたや防御に気を遣わなくても大丈夫、かたや一撃もらってしまえば致命傷、の状態で戦い続けることがいかに不利かなど、考えるまでもない。



「……もう少し、この辺で狩りを続けよう」


「ふーん、わかった」



 なんとなく元気のない返事のように思われたのでドゥベはカナサンの顔色をうかがったが、当人はといえばべつだん気にした様子は見せない。


 ドゥベは能天気そうな顔を見ながら考えていた。


 いったい自分はこの子になにをどうしてやれば良いのかと。


 カナサンは、ドゥベの眷属の最後の一人だ。


 当然のことながら、眷属がはじめからカナサン一人だったわけではない。彼女が子供のころに――いまでもまだぎりぎり子供の範疇かもしれないが――暮らしていた集落が人間に襲われたのだ。そして、カナサンとその兄だけが生き延びた。そしてその兄もつい先日……。


 もし、カナサンが復讐がしたいというのなら、マナのすべてを加護として与え、狩りを強行させるだろう。何をするにしても、強い加護があって困ることはない。


 だが、たとえどれだけ強い加護を与えたとしても、数の差は覆しがたい。闇雲に突っこんでいっても無駄死にするだけだ。


 加護はたしかに身体能力も多少は引き上げるが、だからといって疲労もしない超人になれるわけではない。基本的には、加護持ち同士の攻守に影響する程度のものなのだ。


 だから、せいぜい3、4人も殺せれば御の字だろう。人間は内輪で争ったりしているわりには連帯感も強い。


 それでも、だ。たとえ復讐の先になにもなくとも、恨みに取り憑かれている限りは同じことだ。それなら、どこまでもやりたいようにやらせてやりたい。


 そうなればその時点で、眷属をすべて失った時点で、ドゥベは脱落するだろう。それはつまり、おそらくは消滅するということだ。


 七柱のうちの一柱が欠けて、六柱の神が争う世界が続いていくことだろう。


 それでも構わないとドゥベは思っているのだ。


 だが、カナサンは復讐を望まなかった。


 だから本当なら、どこか他神の眷属の手が及ばないところで隠棲でもしているほうが安全だったのだ。


 そうせずに、いままで戦ったことなどほとんどないカナサンが狩りをしているのは、ドゥベのためといってよかった。


 領土も持たない。眷属もいないドゥベの所有しているマナは非常に少ない。それこそ、顕現している体をこれだけ小型にしなければ維持できないほど。


 レベルという、どれだけ他神の眷属から加護を奪い取ったかの指標による加護の自動振り分け。それにすら劣る量の加護しか与えることのできない歯がゆさに、ドゥベは苛まれていた。


 本当なら、アリオトがやっている、有名な勇者と呼ばれる人間のように、個別に強い加護を与えてやりたい。


 荒事の担当として、そうしていたカナサンの兄が人間に捕らえられてしまったことは、あらゆる意味で、悔やんでも悔やみきれない。


 ドゥベがふとカナサンに目をやると、彼女はゆらゆれと揺れて倒れこんだ格好のままで眠っていた。


 異空間から布を取り出して口にくわえ、カナサンにかけてやる。寝顔を見ると、涎を垂らして幸せそうに笑っていた。


 ドゥベは奥歯を噛み締めた。


 この笑顔は、もっとたくさんの仲間に囲まれたカナサンにこそ相応しい。


 ふと思い返す。


 カナサンの泣き顔。


 それは、遠い日。集落が襲われた直後の、まだ子供だったころの顔。


 少女に成長したカナサンの泣き顔を、ドゥベは見たことがなかった。

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