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LAST BEAST  作者: 昼の星
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002,カナサン

今話以降は、おおよそ5000字程度の投稿になります。

「そーだぐみー!」



 冒険者然とした格好の女の子はスライムに向かって思い切りこん棒を叩きつけた。スライムの体はぷにょんとへこんだ後、勢いよくこん棒を跳ね返した。



「ふぎゃ!」



 跳ね返されたこん棒は、当然それを振るったものに襲いかかった。女の子は自らの手がしっかりと握っているこん棒を額に受けてふらついた。こん棒も取り落としてふらふらと目を回している。



「はあああ……」



 その様子を少し離れたところから見ていた子狼が大きなため息をついた。体温調節ではなく、ストレスを体外に排出しようとする行為だ。


 空のように透きとおった青い色をしたスライムはぷるぷるとした体を揺らしながらぴょんぴょんと飛び跳ね、茂みの中へと逃げ去っていった。


 辺りにはやわらかな日差しが降り注ぎ、さわやかに風がそよいでいる。草原の葉擦れの音が、まるで波の音のように聞こえていた。


 女の子は草の絨毯の上にぺたんと座りこんで赤くなった額を押さえてうんうんと唸っている。


 灰色の髪の一部は大きく跳ねっかえってでもいるように天に向かって伸びている。それは一対の狼の耳だった。背後にはふさふさとした尻尾も草むらに横たわっている。色は髪の毛と同じ灰色だ。


 痛みを堪える女の子のもとに、小さな狼がとことこと近寄ってくる。体毛は女の子と同じ灰色だ。


 子狼は前足をついたまま尻を地面に下ろし、やや見上げるようにして口を開く。



「カナサン」


「なにー? ドベー」



 可愛らしい見た目に反した腹の底に響くような低い声で「ドゥベな」と訂正した後、子狼は言った。



「スライムには剣を使えと言っただろう」



 小さな前足をひょこっと持ち上げて、カナサンの腰の辺りを指し示す。



「うう?」



 言われたカナサンは自身の腰に装着されたベルトに手をかける。そこには簡素な鞘に収められた小剣が提げられてあった。



「小型のスライムは結合力も強くないし、吸着力も大したことはない。とにかく切り分けて分離させてしまえば、すぐに体を維持できなくなるんだから……」



 すらすらと喋るドゥベの前で、カナサンの表情は次第に魂が抜けてしまったかのように茫洋としたものに変化していく。それを見たドゥベは途中で話すのをやめた。



「おまえ、わかってないだろ?」


「そんなことないよ!」



 呆れたような顔をしたドゥベに向かって、カナサンはずいっと前かがみになって顔を寄せた。胸部に無駄に蓄えられた脂肪の塊がゆれた。



「なにがわかったって言うんだ?」


「ドベの話はわけがわからないことがわかった」



 突き出されていたカナサンの顔を、ドゥベの鋭くも可愛らしい前足の爪が襲った。カナサンの鼻の頭に赤い線が走った。



「いったー!」



 鼻を押さえて飛び上がったカナサンを無視して、ドゥベは再度ため息を吐いた。



「最低限、理解する努力をしてくれ」


「うー……なら、もっとわかりやすく教えてよー」



 とくに拗ねた様子も見せずに、あっけらかんとして言うカナサン。能天気という言葉がこれほど似合う生物は、長い命のなかでも初めて見たとドゥベは思った。それも、よりにもよってその相手は、自分の眷属なのだ。対照的に、彼の脳内に太陽は照っていないにちがいない。



「とにかくスライムには刃物」


「わかった!」



 返事だけはいいんだ、返事だけは……ひとつでもいいところがあってよかったじゃないかカナサン、と口には出さずにドゥベは思考した。。



「わかったら狩りを続けるぞ」


「うん!」



 鞘から小剣を抜き放ち、両手で持って腰の高さから突き出すような仕草を繰り返していたカナサンが振り返って笑顔を見せる。


 とりあえずいいところは二つに増やしておくことにしたドゥベの先導で、ふたりは草原を歩き出した。


 まだ日は高く、夕暮れまでには時間がある。


 ドゥベはすでに焦っているわけではなかったが、それでも染みついた習性とでもいうのだろうか、できる限りのことはやっていかなければという思いがあった。


 この世界には七柱の神が存在する。


 神は互いに争い合っている。なぜ争っているのかなどはすでに忘却の彼方だ。何かきっかけがあったというよりも、初めからそういう間柄であったというほうが正しいかもしれない。


 神々は直接的に殺し合いをするわけではない。互いにそれぞれが生み出した眷属を争わせ、大地にあふれるマナの力を奪い合っている。明確な線引きがあるわけではないが、大地から湧き出てくるマナは、そこに住み暮らす眷属の神のものになる。


 そしてもうひとつ、神々が力を奪い合うのに重要な要素がある。それがさきほどのような眷属同士の殺し合いだ。


 生息圏を奪い合うという意味合いだけではなく、眷属に付与された加護の力を強奪するという意味がある。



「お?」



 歩き出してほどなく、ドゥベを追い抜いて先行していたカナサンが足を止め、狼の耳をぴくぴくと震わせて周囲を見回す。ドゥベも立ち止まり、周囲にいくつかある背の高い草むらの一点に視線を送っていた。


 草むらがガサガサと揺れ、鋭い牙をむき出しにしたウサギが飛び出してきた。勢いそのままにカナサンに向かっていく。


 カナサンは飛び掛ってきたウサギを難なく避けながら、引き抜いたままだった小剣を振るった。頭で考えての行動ではなく、ほとんど反射的な動きだった。


 切りつけられたウサギは飛び上がった軌道から逸れて地面に落下した。その場でわずかにうごめいていたが、すぐに動かなくなった。その体から紫色の淡い光が浮かび上がり、カナサンの体に吸いこまれていく。



「あれ、このウサギ、魔物だったの?」



 小剣についた血もそのままに首をかしげるカナサン。



「そのようだな」



 はっきり言って、見た目ではほとんど判断がつかなかった。


 この世界には、眷属のほかにもウサギや狼などの普通の動物もたくさんいる。気性の荒いものなどは襲い掛かってくることもしばしばある。といっても、さすがにそこまで荒っぽいウサギというのもそうはいないだろう。



 しかし、判断の基準はそこではない。



 運動能力の高さも加護の存在をじゅうぶん匂わせるものだったが、決定的なのは死んだ後に発した光だ。


 あれこそがまさに加護の力であり、いままさにカナサンを通してドゥベに吸収されたのだった。


 紫の光は、魔物の加護神であるベネトナシュのものだ。



「ふつうのウサギっぽいけど」



 ウサギの傍らにしゃがみこんで剣で突きながらカナサンが言う。



「成り立てじゃないのか。魔物化の技術はよくわからん。せっかくだから魔石を探してみろ」



 魔石とはマナが固体化されたものだ。魔物になる石、というのが由来である。


 動物がマナの濃い地域にいると、マナを体内に溜めこんでしまう。それが凝固してある程度の大きさになると、魔物となりベネトナシュの眷属になるのだ。


 どういった条件付けがなされているのかはまったくもって不明だ。


 現在、魔物と呼ばれている生物がもともと存在していて、それを眷属としたのか

、はたまた魔石を持った存在を利用して魔物という眷属にしたのかはわからない。かつては、魔物が先か魔石が先か、という言葉が人間のあいだにあったとかなかったとか。


 ともかく、魔物は体内に魔石を有している。その事実を把握できていれば問題ない。


 なぜそんなものを集めるかといえば、端的に言っていろいろと用途があるからだ。



「後でさばくから、そのときでいい?」



 カナサンがウサギを持ち上げて問いかける。



「べつにかまわんぞ」


「じゃあ持っててー」



 カナサンが下から放るようにしてドゥベに向かってウサギを投げる。


 ドゥベが持ち上げた前足の先に、瞬間的に赤い輝きがあふれ出した。それは空中に複雑な模様を描いている。


 飛んできたウサギが、限りなく薄っぺらい円盤のように形作られた赤い輝きに触れた瞬間、吸いこまれるようにしてその姿が消えた。



「ほんと便利だよねー」


「おまえは神をなんだと思ってるんだ」


「ドベはドベだよ?」


「おう、前々から言おうと思ってたが、事実だからって言っていいことと悪いこ

があるからな?」


「なにが?」



 不思議そうな顔をして首をかしげるカナサン。その様子に不自然なところは見られない。



「……ならいいけど、それならそれでずっとそうやって呼べよな? うまく発音できないだけだって信じるからな?」


「んー? よくわかんないけど……狩り、つづけなくていいの?」



 いつのまにか小剣を鞘に収めて、ぶんぶんとこん棒を振り回している。



「続けるに決まってるだろ。ウサギ一匹でレベルが上がるものかよ」



 そういってドゥベは歩き出した。ひとしきりこん棒を振り回して満足してから、そのあとについていくように歩き出したカナサン。


 現在のカナサンにとってドゥベは、たった一人の仲間と呼べる存在だ。


 そして現在のドゥベにとって、カナサンはたった一人残された眷属だ。


 七柱の神はまだ、だれひとりとして脱落していない。その中にあって、眷属がたったひとりというのは、当然、最下位に当たる。つまり、ドベだ。


 すでに滅んだも同然。ここから盛り返すことなどありえない。そんなことはドゥベにもよくわかっている。


 それでも歩みを止めるわけには行かないのだ。


 たった一人残された最後の眷属……わが子にも等しい存在に、たとえわずかでも幸せな生涯を送ってもらいたいと願うが故に。

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