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#04 神様、これはお友達の1歩だと思うのです。

 「……真琴、どんな時でもノックをしてからドアを開けなさいと言っているでしょう?」


 「っ、ごめんなさい母さま。俺、気付いたらつぼみが居なくて焦ってた。気を付ける。妃那子さん、失礼しました」


 それは、それは……面倒かけました。

 家政婦さんと取引後、美琴さまに釣り上げられただけなんです。すみません。


 丁寧に頭を下げた真琴さまに、お母さまは

「あらぁ、いいのよ。つぼみを心配してくれてたのね、ありがとう」

 なんて柔らかくほほえんだ。

 ……真琴さまが私を、心配。ですか? 確かに慌てて来てくださったようですが……。


 「つぼみっ!!」

 「っ!!」


 はいぃっごめんなさいっ! 強い口調で呼ばれ半ば条件反射で腰を折る。ダラダラ頬を伝う冷や汗が冷たい。怒ってらっしゃる!!

貴方さまの貴重な読書タイムを邪魔してしまったからですね!


 「別に。……怒ってない。ただ、心配した」


 はいっ、ごめんなさい!! ……? しんぱい……??

 心配!? 真琴さまが、わたしを??


 え、え? エマージェンシーですよ!! 真琴さまの様子が変です! そんな訳ないもん! 今までだったら、無駄足だったとばかりに、頭を下げる私に目もくれず立ち去ります。間違いないです。……そもそもとして探してくれるかも怪しいところですが。


そして私は真琴さまにとって都合のいいビジネスフレンドなのだと、彼は仰ってました! 間違いなく、しかと! テレビでも言ってました、『ビジネスフレンド』とは、友情のない偽物の友人関係のことを指すのだと!

まさに、ドライでコールドな私と真琴さまの関係にぴったりです。ちょっぴり悲しいですが!



 「……二人とも、ママ達ちょっとお話したいからもう少し遊んできていいわよ」


 「ええ。仲良くね」


 何かを感じ取ったお母さま方。フェードアウトするみたいです。あわわっ待ってください。2人にしないでください!! この真琴さまおかしいです!!


 「はい。行くぞ」


 あっ、はい!!

 前頭を歩く真琴さまの後を追いかける。いつも通りの沈黙。途中でキッチンの机からスケッチブックを回収して二階の子供部屋に向かいます。

 怒ってないと言いつつもご機嫌の悪そうな背中に、怖いながらも私が原因なのですから、黙って大人しく歩きました。


 ……真琴さまに心配してもらえてるほど、私は仲良しさんじゃない。残念ながら、仲良くしたくないと言われています。なので心配なんて、そんなことはないのです。

 仲良しだと思い込んでいるお母様方の手前、そう言っただけに決まってます。


 それなら。怒っているのは、何故?

 読書時間を削るハメになったから?

 でも、それなら私を放っておけば良かったのでは?


 ……違う。私は翠川家にお呼ばれしているのだから、一応『お客様』という立場になる。だから、居なくなった私を放っておく訳には行かなかったのではないでしょうか。

 優しい子だと家政婦さんから伺っています。もしかしたらそうでなくても探してくれたのかも知れません。


 じゃあ、『お客様』である私が黙っていなくなったから、やむを得ず探すことになったということでしょうか。しかし、かと言って読書に没頭されているところをわざわざ……あぁっ!! 置き手紙という手段がある!!


 うぅ、私が至らないばかりに余計な時間を……重ね重ねすみません。


 ドアを開けた真琴さまは私に先に入るように促した。

 テレビで見たレディ・ファーストっていうやつですね。しかしながら、テレビでやっていたようなトキメキは1ミクロたりとも感じません。強いて言うなら。敵地へ乗り込んで捕虜にされてしまい、牢屋へ入れられている気分です。先週末にパパさんと見た海外映画を思い出します。



 「つぼみ」


 後ろ手にドアを閉めた真琴さまが口を開いた。

 いつもより不機嫌そうな声……これはっ、お説教の合図……!! 私は肩を震わせ、ぴしっと姿勢を正した。怖くてお顔が見れなくて、すぃーっと下に流れてしまう。


 「ウチに来るとお前はいつも、20分くらいいなくなる。別に、俺には関係ないし、お前が居ても居なくてもどうでもいいんだけど。今日は、一時間以上も戻って来なかった。

 そのせいで俺はお前が迷子になったかもしれないとか。鈍臭いお前のことだから、不注意で閉じ込められたのかもしれないとか。いっぱい心配したんだ。そのせいで本に集中していられなくなったのは嫌だ」


 『ごめんなさい』


 うつ向いたまま、予め水色クレヨンで書かれたページを掲げて、顔を隠す。

 どうしよう、怖い。

 いつも、私と口をきこうとしない真琴さまが、畳み掛けるように強めの口調で不満を吐き出す姿はそれだけで怖かった。

 極力会話をさせない彼が文句を言いたくなるほど怒っている。申し訳なさを上回った恐怖が、肩を小刻みに震わせた。


 「謝らなくていいって言ってるだろ」


 ひっ、ごめんなさい……。あぅ、また謝ってしまいました。すみません……て、あぁっ!! また……

 不満そうな低めの声に、スケッチブックで顔を隠したまま、思わずビクリと震えた。

だって、そんなこと言われても。怖いし、どう見たって怒っているじゃないですか……うぅ。


 「俺は怒ってないって言ってるんだから、ビクビクするこもないだろ。……それとも、俺が嘘ついてるって?」


 「っ!!」


 私は弾かれたように顔を上げて、ぶんぶんと首を左右にめいいっぱい振った。その後でやっぱりお顔を見れなくて、視線を下に向けてしまう。

 あ。いえ……怒ってるようにしか見えないのですが。ここで否定しないとややこしくなりそうでつい……。いけませんね。私が嘘つきになってしまいました……


 「……ふぅん? なら、ちゃんと俺の顔見て」


 そ、それは、その。


 「人と話すときはちゃんと目を見なくちゃいけないだよ。つぼみは知らないの? それとも……やっぱり、俺が怒ってるってまだ言いたい?」


 そ、それはぁ……確かにそういった内容を読んだことはあります。それでも、私は無礼なのはわかっていても、あなたが怖くて見れないのです。……って、そんなのではダメですよね。わかってはいるんです、わかっては……。でもそんな態度では益々真琴さまの機嫌を損ねてしまいます。その事態はよろしくないです。

 よしっ気張るのです私! 私は怖いのをぎゅっと我慢して、真琴さまにちゃんと視線を向け、た……!!


 「やっと、顔をあげた。つぼみ、俺は怒ってない。わかったか」


 そこにあったのは、ほんの少しひそめられた眉、幼いながらに少しつり上がった目、総じて言うと不機嫌そうに見える通常運転。いつも通りの真琴様のお顔。思わず私は目を瞬かせた。


 本当に、真琴さまは怒ってなかったのです。決めつけて1人怯えていたことが、私は途端に申し訳なくなって、全力でその言葉に肯定を示しました。何度でも首を縦に振ります。

 ……怒っていなくとも、ご機嫌斜めでいらっしゃることには間違いありませんが。


 私が全力でコクコクと頷いてみせると、真琴さまは満足気に「よし」とほんの少しだけ笑ってくれた。ちょっとびっくりしました。私はこの方の笑みを初めてた気がします。笑うと真琴さまもなかなかに可愛らしい。


 「で、つぼみも俺に言いたいことあるだろ。聞いてやるから言え。俺は言ったんだから次は俺が聞いてやる番、さっき何が言いたかった?」


 さっき? さっきとは。心当たりがない。と首を横に倒して詳しい説明を求めた。


 「今もだけど、母さま達の前で心配したって言ったとき、お前変な顔をしてた」


 あ、あぁ! ……う、でもなぁ。

 合点がいった私は、しかしながら話していいものやらと悩む。話すことを渋っていると、「何? 言えないわけ?」と眉を顰められてしまう。そうされては私は途端に縮み上がって、滅相もない!とスケッチブックをアワアワ開いた。みどり色のクレヨンを懸命に擦る私を、真琴さまはじっと待っていてくれた。


 『しんぱい したの』 『ほんとうに?』

『なぜ?』

 『わたしは ともだち』

 『ちがう のでしょう?』


 恐る恐る真琴さまを見上げて真偽を問う。


 「知らない」


 そんなぁ……!

 ……言えと言ったのは真琴さまなのに。

 ぴしゃりと言いきられてしまい、私はしおしおと肩を窄めスケッチブックを閉じた。悲しい。


 「でも。つぼみが1時間も戻って来なかった時に、心臓のあたりがモヤモヤして気持ち悪くなった。これはたぶん心配したってことだと、思った。なんでかって言われても俺も困る。したものはした」


 してくれたことは、否定されなかった。真琴さま、私を心配してくれた。……少しは 仲良しさん になれていたのですね。


 「あと1つ間違えてる。つぼみは友だちだ。仲良くする気はないけど」


 あぅ。やっぱり友情はないみたいです……しょんぼり案件ですよ、これは。


 ……あれ?

 そういえばですよ。そもそも、なぜ私は落ち込んだのですか? 真琴さまと仲良くなりたかったわけでは、ううん、仲良しな方が良いとは思いますが。私はひとり遊びで充分だったはず。


真琴様だけじゃない、なんだか私も変です。


 「だけどお前は母さまを欺く、『共犯者』だ!!」


 共犯者!!

 グルグルし始めていた思考が思わず、四散してゆきました。だって、私が……共犯者!!

 仕方ありません、心踊る言葉です。えぇ。ワクワクしちゃいました。


 ふふふ。私、知ってます。共犯者とは友達だなんて暖かな関係ではありません。しかし、ただのビジネスフレンドでもない、ある種の仲間のようなものだと、この前パパさんが読んでいたお話、『闇夜のブルース』に出てきました!! ふむ。真琴さまにとって私は、共犯者だったようです。


 『きょうはんしゃ』『まかせて ください!』


 とん。と胸を叩いて任せろ!とアピール。えぇ、それはもう、どーんと任せてください!!


「あぁ。俺の本の時間を守るため、頼んだ」


 ははーん。なるほどですよ。

 噂をすれば。向こうのクッションに見えるは『闇夜のブルース』では。 真琴さまも読まれてたんですね! 愛用のしおりが外れているあたり、なるほど。読了ほやほやということでしたか。道理で。あ、今度テレビでやるらしいですよ。


 「あ、そうだ。つぼみが何かするやつだとは思わないし勝手にしてていいけど、今度から手洗い以外で何処か行く時は俺も連れて行け。もうあの気持ち悪いモヤモヤは嫌だ」



 え。えぇぇ。

 困りました。シンキングタイム来襲です。再びスケッチブックの影に隠れて考える。だって給湯室に行っていたのは、真琴さまのご様子を報告することで、お菓子をもらえたからで……。そこに真琴さまを連れていっていいものでしょうか。



 「つぼみ? 返事は?」


 っは!!

 えっと、その……


 「何? 文句があるなら聞いてやるけど」


 いえいえ! めっそうもございません!! 不機嫌そうなお声に私は再び全力で今度は首を横に振る。


 「じゃあ、いいな?」


 もっ、勿論です。よろしくお願いします。私は親指を立てて了承を示しました。うぅ……家政婦さんになんて報告しましょう。




 結論だけ言いますと。なんの問題もありませんでした。家政婦さんとお話してお菓子を頂くその隣で読書に勤しむ真琴さま。20分ほど給湯室で過ごして真琴様のお部屋に戻り、それからいつも通りひとり遊びに興じる。

 二人で訪ねるようになってから、家政婦さんはむしろ嬉しそうにお菓子を2人ぶん用意してくれるようになりました。お話する内容も真琴さまの報告は無くなり、代わりに私のお話を聞いてくれるようになりました。嬉しそうに話を聞いてくれるので私も嬉しいです。


 そして。以前より一緒に行動するようになったので、私と真琴さまは少し会話が増えました。そのぶん、ほんの少し仲良くなれたようで、寝落ちした私にタオルケットを掛けてくれたくらいには進展しました。真琴さまが眠ってしまった時には私が掛ける所存です‼



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