#03 神様、友達ってなんでしたっけ。
皆様お久しぶりです。
あれから定期的に我が家へ遊びに来る真琴さま。しかし、最初に宣言した通り、仲良くは全くなってません。もう三ヶ月近く経ちましたが、終始ほぼ無言の空間で仲良くなるのは私には無理です。
真琴さまは本を読み、私はお絵描きに勤しむ(真琴さまのプライドのために漢字は封印しました)。というように、各々自由に過ごしています。
先に述べた通り、会話はほとんどありません。たまに、本を読み終えて、退屈した真琴さまが会話を仕掛けることがありますが、それ以外は本当に静かです。
お母さま方が心配になって子供部屋の扉を開けば、時計の針音と紙のめくれる音、クレヨンの摩擦音。この3つに支配された静寂の空間が広がっています。
「……子供らしくはしゃいでも怒らないわよ? 」
と、お母さま方が言うのは、私達の元気な姿が見たいというリクエストでしょうか?
残念ながらお母さま、真琴さまにその気は皆無なので私達のその姿を納めるのは難しいでしょう。
真琴さまがことあるごとにウチに来たがるのは、他の子の相手をせずに済ませるための盾兼言い訳なんですよ。本の虫真琴さまは、読書の時間を(自分にとって)どうでもいいことで削られることが我慢できないご様子。
簡単な例を挙げると
「友達? 読書の妨げになる煩いやつだろ。要らないよ。ボッチ? 大歓迎だ(cv 私)」
というような思考をお持ちです。
私と友達になってやる。とか言い出したのも
「一人でもいいの。お友だちを作りましょう? そしたら、もうしつこく言わないわ。ね?」
という美琴さまの言質があり、さらに私が放っといてくれる、ものわかりのいい人材だったからだ。と言ってました。
友情の『ゆ』の字もありません。
つまり、読書の時間を削って子供らしくはしゃぐなんてしてくれる訳がないのです。
お母さま、諦めてください。
ちなみに、私も疲れそうなのでやりたくないです。お絵描きの方がずっと楽しい。たぶん。
お互い、わが子にやっと出来たお友だち。仲良くやってると思いたいのでしょうか?
事態は進みます。
美琴さまが「年の近いご子息やご令嬢ともお友達にならない?」と真琴さまに聞く度「つぼみでいい」とか「つぼみがいるからいい」とか彼が宣うおかげで、私と真琴さまが本当に仲がいいのだと勘違いしたお母さま方。
両親共働きの私と真琴さまのために。土日に私の両親が不在のときには私が真琴さまのお家、翠川家に。真琴さまのご両親が不在の時はわが家に。両家とも両家が不在のときは、家政婦さんのいる翠川家に預けられるようになりました。
各々、黙々と一人遊びをしているだけの二人が、何故仲良しに見えるのか。不思議です。
もちろん、真琴さまは嫌そうに眉をひそめていました。とても失礼です。私一人を盾に使うからですよ。いい気味です。
真琴さまは嫌そうですが、私はエンジョイしてます。
真琴さまのお家、とても楽しいです。いろいろな画材があって沢山の色もあって、夢中でスケッチブックにペタペタして楽しんでいます。おかげで楽しく文字の練習ができ、文字を小さく書く練習した結果。2ヶ月でスケッチブック1ページに12文字まで書けるようになりました。
ただ。お洋服にインクを付けてしまい、翠川家の家政婦さんに洗われ、お母さまに怒られてしまったのは痛いおもいでです。
あとは、挨拶するかしないかの真琴さまより、翠川家の家政婦さん達と仲良くなりました。
人付き合いより、読書を優先させる真琴さまを心配していた皆様が、私に彼の様子や親しくなった経緯を探ってきたのが切っ掛けでした。情報のお代に美味しいお菓子を貰っているので、素直に答えました(正直にとは誰も言ってません)。
よかったですね真琴さま、超愛されてます。私は賄賂を貰っている気分です。
そして現在。
美琴さまのお部屋に居ます。賄賂がバレてました。
何故か着飾らされています。脹れたお腹が少し苦しいです。
「大変よくお似合いです、つぼみさま。奥様、如何でしょう?」
「えぇ。とても可愛らしいわ。私の思ったとおりね」
未琴さまと、家政婦さんが楽しそうに笑っています。
現在、真琴さまのお家で真っ白なさらさらふわふわのドレスを着てます。シフォンドレスと言うそうです。Aラインとかいう形で、ヒラヒラとした細いリボンを後ろで結んである可愛いデザイン。髪の毛はふわふわにいじられ、お花の冠がちょんとのっています。絵本の妖精さんみたいでちょっと楽しいです。
お母さまが本気を出した去年の七五三を思い出します。
「もうすぐお迎えが来るわ。妃那子、きっとびっくりするわね」
私もそう思います。
お母さまの『まぁっ! 』と指先を合わせて喜ぶ顔が浮かんで、思わずによによしてしまい、慌ててだらしないほっぺたを手で隠した。
何故こうなったのか、それは約1時間ほど前のことです。
家政婦さんの手作りアップルパイを真琴さまにナイショでもぐもぐしてました。もはや、お決まりのようになってる家政婦さん達とのティータイム。愛されてますね、真琴さま。
そこへ、ニコニコとお向かいの席にいらっしゃった美琴さま。
「つぼみちゃん、お願いがあるの」
うさぎさんのクッキーを餌に私を釣り上げました。
要件も聞かずにうさぎさんに手を伸ばした私。
現在に至ります。
「実は私、真琴がお腹に居るとわかったときにね。男の子が女の子まだどちらかわからなかったけど嬉しくて、沢山のお洋服をデザインしたの」
デザイン? 美琴さまが?
聞きたいけど、ティータイム中にそのまま連行されたのでスケッチブックとみかんクレヨンは置き去りです。
こんなときは必殺。首を横に倒して、説明を要求します。
「ふふっ。私はお洋服やジュエリーのデザインをするお仕事をしているのよ」
おぉ~っ! 美琴さまは女社長さんでありながらデザイナーさんも勤めていらっしゃるとは! 超スーパーウーマンじゃないですか、格好いい!
思わずスゴい、スゴい! と拍手を贈ってしまいました。
「あら、褒めてくれるの? 嬉しいわ。
さっき、真琴が女の子だったときのために沢山デザインしたって言ったでしょう? 女の子のパーティードレスをデザインしたときについつい形にしたくなってしまって……今つぼみちゃんが着ているものも、そのひとつよ」
美琴さまが柔らかく笑う。美しい……じゃなくて、そんな大事なものを私が着てしまっても……かといって、真琴さまが着るとは思えませんが。
「そんな不安そうな顔をしないで。いいのよ、つぼみちゃんに合わせてお直ししたものなんだから、貴女のためのものなのよ。着ていいに決まってるじゃない」
そんな顔してたでしょうか。見透かしたように気がかりを取っ払ってくれました。私の表情筋がだらしないのは知ってましたが顔に出やすいんですかね。いやいや、美琴さまがエスパーなのです。
私のため……嬉しいです。ありがとうございます。
コンコンコンコンッ
「どうぞ」
「失礼致します。奥様、妃那子様がお見えです」
「すぐこの部屋に通してください。つぼみちゃん、お母さまがお迎えに来たわ。どんな顔をするか楽しみね」
イラズラっ子のように笑う美琴さま。
お母さまの笑顔が思い浮かんで、私も嬉しくなりました。
「こんばんは、美琴さん。いつもありがとう。あら! つぼみちゃんどうしたの、その素敵なドレス」
お母さまは私の姿を見ると、一瞬だけ目を見開くとパッと顔を輝かせる。想像通りの、無邪気で少女のような可愛らしい笑顔。
可愛いもの好きのお母さまは、やっぱり喜んでくれたみたいです。嬉しくなって、自然と私も笑顔になる。
「こんばんは、妃那子さん。前に売り物にする気はないけど、着る人がいないと話していたドレスよ。覚えているかしら? でもね、つぼみちゃんを見て、この子にきっと似合うと思ったの」
「もちろん、覚えているわ。二人でつぼみと真琴くんに会える未来をお話したこと。あれからもう5年近く経ったのね。美琴さんの愛情が込められた大事なドレスをつぼみに着せてもらえるなんて、感激だわ」
二人のお母さまに温かな眼差しを向けられ、嬉しいようなむず痒いような気持ちになる。
お母さまが優しく私を撫でて、美琴さまに微笑む。
バーンッ!
ビクッ!! 乱暴に開け放たれたドアに驚き、肩を震わせる。
「母さまっ、つぼみがいない! ……いた」
……びっくりした。
空気クラッシャー、真琴さまのご登場です。