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#00 プロローグ

 どこまでも続く暗い空間。所々に浮く蝋燭の火が二人を照らす。鍋を挟んで座る、小さな影と大きな影。大きな影が小さな影に湯気のたつ器を渡した。


 「まだ熱いから気を付けろよ」


 「……すき焼き。これも神様が作ってくれたのですか?」


 小さな影が大きな影、神に問いかける。


 「まぁな、好きだろ?包丁の腕もお前のために鍛えたんだ。だいぶ慣れるまで時間がかかったがな」


 「はい。上手になったと思います。ほら、今日のは繋がってません」


 器からネギを持ち上げて小さな影、少女が笑う。


 「でも、私のためにってことは、また早死にするとわかってたんですね?」


 少女は悲しそうな顔をして呟いた。


 「っ、違う!本当に俺が仕組んだことじゃないんだ!」


 慌てて頭と手を振り弁解する。それと一緒におたまも振ってしまい、付いていた春菊が彼女の頬へと飛んでしまう。


 「っつぅ!」


 「っあぁぁぁぁ!すまないっ、大丈夫か、痛むか?」


 わたわたと、自分より慌てる神に少女はくすりと笑った。


 「大丈夫です。それに、わかってますよ、神様がわざと私を送り込んでいるわけでないことくらい。」


 気付いていたら表情を作ることが得意になっていた少女。今のはそれを使ってちょっとからかってみただけだった。


 一方、そうか。と息をつく神は気まずそうに目をそらした。


 「それでなのだが……」


 神は1年前と同じことを人の子だった少女に問う。


 「まだ、輪廻転生を望んでくれるか?」


 輪廻転生。この魂の巡りを司る神の仕事であり、娯楽。記憶を持たせたままの転生という娯楽の駒に選ばれた彼女は、何十年間も神の遊びに付き合っている。


 「……次の母親は、父親は私を愛してくれるてしょうか」


 長い沈黙の後、彼女はポソリと泣きそうな声を漏らす。何度も歩んだ人生において、彼女は家族に愛されることがなかった。


 一番最初。妻を失った父に酷い虐待を受けて死んだ。幼い頃にあった幸せを忘れるほど殴られ、傷だらけの身体で眠った。この後、偶々一部始終を見ていた神に輪廻転生の提案をされ、受け入れる。


 次の人生は賭け中毒な父が多額の借金を残して消え、母は娘である自分を男共に売り借金を返済、他の男と再婚。彼女は性奴隷のごとく生きることに絶望し、自殺を選んだ。


 その次は、どうにか愛されようと愛想よく聞き分けよくいたのに、4歳で育児放棄。監禁されて部屋の一室にて餓死。夜泣きもしない、お漏らしもしない、欲しがらない。よく笑い、可愛らしい仕草も心がけた。こんなに、都合のいい子供なんていない筈なのに何がダメだったのだ。少女は頭を抱えた。


 更にその次は神に頼み性別を変えてみるも、次は女の子が欲しかった。と両親は自分は放ったらかし、後に生まれた妹ばかり可愛がった。

 今までの人生からすれば、痣もなく身体は綺麗で、愛はなくとも毎日ご飯が食べれる。恵まれていた筈なのに一番辛かった。


 中学では、男の癖に女みたいだといじめられた。すぐに収まったが。相変わらず、両親は彼女に見向きもしなかった。いじめられようが、どうでもいいらしい。名門の進学校に受かっても、「あっそう」で終った。

 その進学校では何をとち狂ったのか、クラスのイケメンが外見男である彼女に惚れたらしい。今度はそれを知った女子にいじめられた。いじめが度を過ぎ、窓から突き落とされそうになったので、わざと自分から落ちてやった。投身自殺は過去に経験済み、不思議と怖くはなかった。おそらく死ねるきっかけを探していたからだろう。

 これが過去最長寿命の16歳だった。


 残したイケメンを心配した彼女は、神に頼み、世界の続きを見せてもらう。

 同姓という、衝撃のパターンではあったが、今までで唯一愛をくれたかもしれなかった人。ショックを受けていないか心配したのだ。

 しかし事実は残酷で、このいじめはイケメンが仕組んだことだったらしい。彼女の成績を妬んでの行動。結局、彼女は誰にも愛されてはいなかった。

 心配する神に、彼女は涙を貯めた目で必死に笑っていた。


 もうやけくそのように挑んだ5回目。前回の経験を受けて、性別は女を選んだ。空気を吸って眠り、恐る恐る母親に迎えら入れらる日を待った。しかし、気が付くと鉄の壁に囲まれていた。数分で悟る。捨てられたのだと。

 泣いて周囲に訴えることもせず、彼女はコインロッカーの中で息を引き取った。これがつい一時間前。


 こんなに繰り返しても愛されない。親から愛を受けることをひたすら望んで、神の遊びに使われてきた。否、転生を望み続けた。でも、一向にそんな人生は来ない。


 何度、神がわざとこんな家庭ばかり選んでいると思ったことだろう。しかし、還ってくるたびに土下座で誠心誠意謝られ、ご馳走を並べ迎え入れられてはそんな気も失せる。

 

 自分の魅力では愛されないのだろうか。特別な魅力(チートスキル)の付与を拒み、転生を繰り返し続けた彼女は思う。もう、いい加減苦しい。そろそろ楽になりたい。


 「長い間お世話になりました。私が選んでいいなら、もう」


 「お前がもういらない。というならばっ」


 少女が、もういやです。と言いかけたところで神が遮った。


 「お前が、もう輪廻転生を望まないというなら、一度だけ俺に委ねてはくれないか。生まれる場所も、環境も、すべて俺が整える。一度、愛される。ということをお前に感じて欲しい」


 頼む。そう言って神は深々と頭を下げる。


 神にとって少女はもう、ただの娯楽の駒ではなかった。情が沸いたとでもいうのか、彼女に幸せな人生を知って欲しい。そう心から思っているのだ。


 「……神様、私はあなたの駒でしょ?前から思ってましたが、もっと偉そうにしてもいいと思いますよ」


 私なんかに頭を下げすぎじゃありませんか。と笑う。


 「ありがとうございます。本当、神様みたいな人が世界にもいればいいのに。もちろん、あなたの好きなようにしてください」


 「任せろ、さっそくセッティングに」


 「ちょっと待ってください、神様」


 張り切って立ち上がる神を少女は止める。

 「なんだ」と聞き返す声は不満そうだ。


 「両親にせっかく愛して貰えても、造られた愛だと知っていてはきっと虚しくなってしまいます。できれば記憶を、自我を持てる程度に薄めて欲しいのです。」


 「わかった、善処しよう。それではっ」


 「それから!」


 今度こそ立ち去ろうとするが、またもや少女に止められる。


 「……まだ何かあるのか?」


 「転生についてではなくですね。神様、この鍋を私一人でつつけというのですか?」


 「む……」



 目の前の鍋は少女一人で味わうには大きすぎる。

 それに、鍋は一人で食べても美味しくない。誰かと囲んでこそなのだ。それは、少女のために練習し、一人で食していた神自身がよくわかっていた。大人しく座り直し、腕を組む。


 「ツボミ、豆腐としらたき多めで盛ってくれ」


 そして偉そうに、少女に命じた。


 「はい、わかりました」


 ツボミは笑って、大きめの器に豆腐をよそう。


 ツボミ、つぼみ。名乗りたい名なんてない。そう涙を浮かべた少女に神が付けた名前。神はなぜこの名を少女に付けたのか。

 それは神のみぞ知る。

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