堕ちた世界
人の命が平等だなんて保証がどこにある?
人の命は金で買えないなんて本気で思ってる?
人類皆兄弟―笑わせるな。そんなに綺麗事が好きならとっとと天国にでもいけよ。
人殺しが罪なのは何故だ?人は何故人を殺してはいけない?
戦争は無くならない。戦争が悪い事だというなら、それは矛盾だ。戦争は人を殺さない。殺すのは、銃だ。ならば、銃を裁判にかければいい。けれど君は、「銃の裁判なんて聞いたことが無い」そう言って否定するだろう。
もう一回、もう1度いう。
人の命は平等では無い。
だって僕が、この-「堕界«ディス・ワールド»」に堕ちたのだから。
★★★
その記憶はひどく曖昧で、有耶無耶で、雲か霞のようだった。けれどもこの耳ははっきりと覚えてる。
「天界の審判«ジャッジ»」の最高裁判官が告げた言葉。
「助ける必要の無い女を助けた罪で、お前を堕界送りとする」
深くフードを被った奴ら-「選定者«ジャッジメント»」の総意による判決。低く、低く、闇のような絶望を孕んだ声だった。
「ん…?」黒い空白から目を覚ますと、そこは墓地だった。この時、彼は初めて記憶が夢でないことを認めた。
「あれ?起きちゃった…?折角-食べちゃおうと思ったのに。残念だな」可愛いわけでも無い、冷たいわけでもない。ただの声がする。声の主は、ふわふわと浮く、小さな妖精-否、この世界だ。小さな悪魔だった。
「私の事、不思議そうな顔で見てるねぇ…。そりゃそうだよね。うん。私はピクシー。妖精だよ」……妖精だった。
「まあ、いいや。食べちゃおう!いっただきま-」小さな口が、彼の左腕に噛み付く。
「イってぇ!!」覚えず、彼は叫び、腕を振る。刹那-彼の腕が、白く輝く。その光に、ピクシーは目を細め、離れる。
離れたのはピクシーだけ。その光に反応して、「魔物«モンスター»」が寄って来る。狼の魔物が飛びかかる。それに対して反射的に腕を伸ばす。すると。
再び腕は光り、魔物を消し去った。
「あ、あれ…?」彼はその事象を理解していなかった。その隣で、ピクシーは頷く。
「ねえ、青年。名前は?」
「テミス。テミス・O・チェルノボク。変な名前だろう」
「ねえ、君の力。世界を変えることができるかもしれない。君だって、憎いんだろう?殺したい程に。アノ選定者達が。どうだい?彼らに復讐したくないかい?」その、『復讐』という言葉に、眉を顰める。彼は、テミスは、目の前の妖精の言っていることがわからない。
「だから、君の、その力だよ!その力はね、選定者の力と真逆なのさ」
選定者の、堕とす力「堕落«エヴィル・ダウン»」の真逆。さしずめ、「昇天«ヘヴン・アップ»」-といったところか。落とす。堕とす。その真逆。ならば。
「そう。棄て«ディス»られた者を返す-還す力さ」
ピクシーは、言う。その言葉は、真実かわからない。けれど、この力を使って復讐したい人物がいる。ならば、もう、答えは出ている。
「やろう。アイツらに一泡吹かせてやる」青年は。テミスはそう言って、ピクシーの方を見る。
「決まりだね!」彼女はそう言って笑った。彼は、笑わなかった。
☆★★
この墓場に堕ちた青年の、小さな1歩がやがて数十万の大群を率いていく。暗い大地の、たった1歩が、後に世界を変える大戦争になっていく。けれど、それは-。
まだ先の話しである