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自覚

 納涼会・夏祭り・合宿と重ねていったサークルの活動は、私たち六人を、一つのグループとしてまとめる効果をもたらした。

 特に、悦ちゃんと野島くんは、二人で一緒に居る事が格段に増えて。

 亜紀ちゃんと『アレは絶対に付き合っているよね?』と、互いの認識を、こっそり確認してみたりはしたけれど。

 前期試験が終わって後期が始まる頃には、お神酒徳利のような二人にこっちが慣らされしまって、『付き合っているの?』なんて尋ねる気も起きなかった。



 そんな中。

 わざわざ斬られに行く物好きが、一人。


「野島たち、付き合いだした?」

 広尾くんの問い掛けに、えっちゃんのお箸がピタリと止まった。私の斜向かいでお弁当を食べていた彼女は、助けを求めるような顔で、隣に座る野島くんの顔を見上げている。

 夏合宿の頃まで、困ると俯いていた えっちゃんが、素直に野島くんに助けを求めている。

 その仕草一つで、二人の関係が変わったことなんて、判ると言うのに。


 広尾くんたら、どうして今更そんなことを確認するかなぁ。


 スパゲッティにミートソースを絡めながら、隣に座っている広尾くんの様子を横目で伺う。

 カサブタを剥こうとしている子のような彼の表情に、心がざわめく。


「合宿からでしょ?」 

 横から口を挟むようにして“事実”を突きつけた私のことを、広尾くんはほろ苦い笑いを浮かべて見ていた。


 今、私は

 何を考えて。

 何をした?


 彼の静かな眼差しに、心が凪ぐ。

 そして、浮かんできたのは。


 私、広尾くんのことを?



 また、いつものパターンか。

 どうしてこう……実らぬ恋ばかりするかなぁ。


 内心で頭を抱えていたのは、どのくらいだったのだろう。

「あの……ヨッコちゃん、どうして?」

 おずおずとした えっちゃんの声に、我に返る。

 何事もなかったふりでスパゲッティをフォークに巻き取って。

「だって。亜紀ちゃんが合宿のときに二人がダイニングから抜けたの見てたんだもの」

 伊達に、実らぬ恋を重ねてきてない。

 大丈夫。心を隠すくらい……。


 ほら、向かいに座る亜紀ちゃんと、『ねー』と言いながら、顔を見合わせることだってできるし。

 平然とフォークを口に運ぶことだって。


「新歓から、野島ってあからさまに“えっちゃん狙い”だったし」

 隣からの声に、スパゲッティを喉に詰めかけた。

 野島くんが狙っていると知っていながら、広尾くんてば。

 なんて、不憫な。

 自分と重ね合わせてしまって、余計に辛いじゃない。



 その日の午後は、どうやって過ごしたのか。

 よく覚えていない。



 恋は思案の外。とは、よく言ったもので。

 人を想う心は、自分自身にも止められない。

 まして、他人がどうこうできることでもない。


 相も変らぬ、出遅れた恋に悶々としつつ、日は過ぎる。

 やっとの思いで運転免許を手にして、学園祭があって。季節は冬へと向かおうとしていた。


「ヨッコちゃん、こんなの行ってみない?」

 ある日の午後、広尾くんがパンフレットのようなものを見せてくれた。

 三限目に私と広尾くんが取っている一般教養の古文が休講で。カフェテリアで二人、お茶を飲みながら四限までの時間つぶしをしている時のことだった。  

「テニススクール?」

「うん。ちょっと離れているんだけど……」

 広尾くんのバイト先に、宣伝のためにと置かれたパンフレットを貰ってきた、とか。

「ヨッコちゃん、サークルだけじゃ物足りないみたいだから」

「物足りないとは、言わないけど」

「でも、フォームが直らないって、ふて腐れてるだろ?」

 そう言いながら、ジンジャーエールの紙コップに口をつける彼を、軽く睨む。

 ふて腐れているなんて、人聞きの悪い。


 自動車学校も無事卒業したし。金額的にも……学割が効くみたいだから、何とかなるか。

「俺は一度、体験に行ってみようかと思っているけど。一緒にどう?」

「うーん」

 一緒に、という言葉に小さく心臓が跳ねる。

「えっちゃんや、亜紀ちゃんにも声を掛けてみる?」

「いやぁ、あの二人は行かないだろ?」

「……それもそうか」

 亜紀ちゃんに自主練習を持ちかけて、『これだから、硬派な軟テ部は……』としかめっ面で言われたのは、最初のテニス会の帰り道だった。

 私たちの通った高校での女子テニス部は、“軟派な硬式、硬派な軟式”なんて言い方をされていて。毎年、県大会上位に入る軟式テニス部の実力は、ハードな練習の賜物でもあった。

 亜紀ちゃんに言わせると、私にはその体質が骨の髄まで染み付いている、ってことらしい。部活動でもないのに、“自主練”の発想が出てくるあたり。

 えっちゃんは、もともとインドア派っぽいし。


 そんなことをつらつらと考えながら、パンフレットに目を落とす。

 “硬派な軟テ部”出身として、もっと上手くなりたいのは本心だし。

 何よりも、えっちゃんのいないところで広尾くんと……ってことが、抗いがたい誘惑に感じる。


 もっと広尾くんに近づきたい。

 バイト中の彼に、美しく紙カバーを掛けてもらうだけじゃ物足りない。


 そうして水曜日に通うことにしたスクールは、広尾くんも同じコマでレッスンを受けていて、暗くなった帰り道を二人一緒に駅へと向かう。

 レベル別クラスは違うものの、少し近づいた距離に毎週のレッスンが楽しみで、楽しみで。


 ここからレベルアップして。 

 次は、広尾くんと同じクラスを目指す。



 毎週のレッスンを指折り数えるように日を過ごすうちに、二十四節気の大雪も過ぎた、十二月半ばのある月曜日。

 えっちゃんが右手の中指にシルバーリングを嵌めてきた。

 『十九の誕生日には、シルバーリングやん』と当たり前のような顔をした野島くんに、思わず『指が違う』とつっこんでしまった。

 照れ笑い混じりに野島くんが言うには、サプライズを狙ってサイズを間違えたとか。


 それから二日が経った、水曜日の夜。

 いつものようにレッスン後のラウンジで広尾くんと落ち合っての帰り道、話題は自然と“誕生日の指輪”へと流れていって。


「十九の誕生日って、ヨッコちゃんはいつ?」

「勤労感謝の日が、誕生日」

「あ、ついこの間なんだ」

「広尾くんは?」

「俺は、九月の……」

 聞いた日付は、お彼岸の数日前。今年は確か、お月見の頃。


「指輪ってさ、普通に自分のサイズを知っているものなのか? 靴みたいに」

「うーん。どうだろ? 人によりけり?」

「ちなみに、ヨッコちゃんは?」

「計ったことないし、しらなーい」

「計るって、どうやって?」 

 指の直径? とか言いながら、そのがっしりした手を眺めている。

「円周でしょ?」

「円周か……だったら、紐を巻くとかか」

 うん、まあそんなところだろうね

 

「そういえば、野島に『指が違う』とか言ってたけど。シルバーリングって、嵌める指が決まっているのか?」

 肩からずり落ちたラケットケースを直す私に、広尾くんが尋ねる。

「彼氏からの指輪だったら普通、左の紅さし指じゃない?」

「紅さし指って……最近、聞いたような」


 薬を塗ったり、紅をさしたり。

 そっと肌に触れる時には、力の込めにくい指を使うと聞いたのは、古文の講義中のこと。

 ノートを取る程ではないささやかな余談に思い出したのは、着物姿の女性が、薬指を使って蛤の紅をさすテレビのワンシーンだった。

 あんな仕種が似合う大人になりたいなぁ。

 そんな憧れとともに、新しく知った言葉を胸にしまう。


「どこで聞いたか、思い出せないけど。風情があるよな」

 憧れの言葉を使ってみた緊張感にドキドキしていると、広尾くんの声がする。

「でしょ?」

「うん」

 好きな人と感性が重なった嬉しさに、声が弾むのが自分でもわかる。


「ヨッコちゃんって、時々」

「え?」

 私をじっと見て、しばらく考える。過ぎる沈黙に焦れて。

「何? 時々」

「時々……予想外」

 なんだ、それは。


「例えて言うなら……アグレッシブな大和撫子」

「それ、言葉の前後が繋がってないから」 

「奥ゆかしいアマゾネス?」

「奥ゆかしい時点で既に、アマゾネスじゃないし」

 褒めてないよね? 絶対に。

「自分でも妙なのは解っているけど。なんかこう……それぐらい、ギャップのあることを言ったりするから」

 もっといい表現が、ありそうだけど。

 そう言って笑った広尾くんの笑顔に、身体中の血液が重力にさからって。

 寒さを忘れるほど、頬が燃える。



 この恋は、今までとは違う、

 恋敵の“想い”が、私を縛らない。


 恋の行方を決めるのは、広尾くんの心だけ。



 それから、十日ぼどがすぎた年内最終土曜日に、サークルの忘年会が行われた。


 毎年恒例、とかで四年生やOBまでが参加して、夏の合宿以上の人数が集まる。


 人数が多いとはいえ、やっていることはいつもと同じ、飲んで笑って……なんだけど。

「一年の女子は、スポンサーにお酌しておいで」

 と、二年生の先輩に言われて、上座へと向かう。今日の飲み会は、OBがスポンサーになっているらしくって、始まってすぐに副代表の根岸さんって女の先輩から『遠慮は、負け』と、妙な気合いを入れられたっけ。


 社会人な先輩たちは、私達の注ぐ泡だらけのビールに笑いながら口をつけて。返杯と、私たちも空いているグラスに注いで貰う。

 『学生の間は、いろいろ経験しておいた方がいいよ』とか、『あの教授のレポートは……』とか。世間話をしばらくして。

 話の切れ目を亜紀ちゃんが上手く拾って、席を立つ。


 さて、広尾くんの隣に戻ろう。


「あー。ひどい。私たちの席、ない」

 広尾くんの隣に、なんで三年生が座っているかなぁ。

 今夜はまだ、あんまり話をしてないっていうのに。まったく、もう。

 膨れた私に、三年生は『あっちのテーブルが空いている』と、新しい取り皿まで差し出す始末。

 亜紀ちゃんと二人分を受け取っているあいだに、えっちゃんは空いていた野島くんの隣に腰を下ろす。


「野島君、えっちゃんの席はキープしてるし」

「当たり前やん。えっちゃん、どっかに行かせたりせぇへんもん」 

 はぁ、そうですか。当たり前、ですか。


 広尾くんは、私の分をキープしてくれなかったのよね。


 多難な前途にため息を一つついて。

 亜紀ちゃんと二人、二年生が固まっているテーブルへと向かった。

 


「お二人さん、ようお越しー」

 座った正面の高見さんが、陽気に笑う。

「雷おこしは、持ってませんけどー」 

 ノリで返すと、膝を叩いて笑う高見さんと、その隣でキョトンとする東海林さん。

「ヨッコちゃんって、出身は関西?」

「いえ。母方の従兄が関西の大学を出てるので。高見さんは?」

「俺は、高校時代の連れが、奈良からの転校生でさ」

 関西限定ネタだよね、なんて話から、テレビの話題で盛り上がって。

 背後のテーブルのことは、考えないようにした。


 えっちゃんと差し向かいで飲んでいるだろう、広尾くんのことは。 

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