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同窓会

 入社式、新人研修と終えて。


 配属された部署への初出勤の日、『ショック。ビートルズ来日の時に生まれてなかった子が、就職……私も歳だわ』と、教育担当の先輩に言われた。

 三十代だという人に『私も歳だ』なんて言われた事実に加えて、上司にあたる年配の人たちまでがその話題で盛り上がるのを見て、こっちがショックを受けたり。

 歓迎会の席で、課長に『彼氏はいるの?』なんて、突っ込んだことを聞かれてしどろもどろになったり。

 社会人としての洗礼を受けつつ、仕事を覚える。


 相変わらず、彼氏がいることをオープンにできずに過ごすうちに、会社では『横田さんには、恋愛の話を振っても、面白くない』と、周りに認識されるようになった。片耳だけピアスをしているって外見上の理由も、あったらしいけど。

 その頃には、先輩の『ビートルズ、云々』をネタとして、受け流すことも覚えて。



 気づけば、卒業から五年が経っていた。



 ひーくんは、北海道から九州まで。呆れるほど広範囲に転勤をしていて。会いに行くにも、電話をするにも、先立つモノが必要だった。

 日頃から無駄遣いを控えて、アフターファイブのお誘いも適度に断ってと、節約を心がけてはいても、毎日、声を聞くなんてことは、できないし。

 学生時代のように、休みの度にデートをするなんて、夢のまた夢で。

 

 だから、その分。互いに手紙を出しあう。

 初めて貰った一筆箋に描かれていた、アヤメの花言葉が“良い便り”だったように、便箋や切手の模様にも気を配って。

 多分、ひーくんは気づいているだろうし。

 ささやかなことが、互いの縁を補強してくれるような。

 そんな気が……する。


 そして、久しぶりに会えたときには。

 次の機会まで、心の熱が冷めないように

 身体の熱を、互いに高めあう。


 かつて、占いで言われたように、淡々とした私だから。

 彼がいない寂しさで、狂いそうになることだけは、なかった。



 亜紀ちゃんたちとは、卒業式の日に話していた通り、年に一度か二度くらい、飲み会をしている。

 香坂くんに、『ヨッコちゃん、次に広尾が帰ってくるのは、いつ頃?』とか言われて、予定をあわせてもらうこともあった。

 

 そして、ほんの時折。野島くんたち、織音籠のライブにも出掛けては、一ファンのような顔で客席にいる、えっちゃんの姿を目にすることも。



「横田さん、今日はライブ?」

 同期の塚崎さんに、ロッカー室で尋ねられたのは、ひーくんが二十八歳の誕生日を迎えようとしていた、ある秋口の金曜日。

 飲み会を断る口実に、織音籠のライブを使うことが多かったせいで、会社では織音籠の追っかけのように思われているらしい。

「ううん。今日は、飲み会」

「へぇ。珍しいじゃない」

「同窓会みたいなものでね。学生時代の友達で半年ぶりに、って」

 あぶらとり紙を額に押し付けながら返事をしていると、後ろにいた三つ年上の先輩が話に交ざってきた。


「横田さん、二十八だったっけ?」

「再来月で……なります」

「じゃあ、覚悟して行かないと」

 ニヤリと笑いながら、先輩が纏めていた髪を解く。

「覚悟って、何のですか?」

「そういう、同窓会的な飲み会でね。爆弾発表する子がそろそろ出てくるわよ」

「はぁ」

「『来月、結婚しまーす』みたいな、ね?」

 声色を作った先輩に、塚崎さんと互いに顔を見合わせる。


「横田さんの友達、どう? しそうな子、いる?」

 と聞かれて、思い浮かんだのは……えっちゃん。

「いなくも、ない、かも?」

「だよね。私も、ちらっと心当たりが浮かんじゃった」

 二人でそんなことを言いながら、化粧を直す。

 その間に帰り支度を済ませた先輩は、『お先にー』と言って、ロッカーを出ていった。


 

 その日の飲み会は、サークルの女子で集まって飲もうという話になっていて。

 会社からバスを二本乗り継いで、東のターミナル駅へと向かう。



 待ち合わせの目印、券売機横にある売店が見える辺りについたのは、やっぱり、えっちゃんが一番早かった。

 えっちゃんの働く市役所は、目と鼻の先だし。習慣というのは、そうそう変わらないらしい。

 挨拶を交わしながら、こっそり彼女の指を確認する。

 婚約指輪は、してないな。と、先輩の言葉に影響されたことを考える。

 えっちゃんの白い指には、学生時代と変わらないシルバーリングのみが、光っていた。

 


「もしかして……横田?」

 斜め前からかけられた声に、自分の事かと顔を上げる。

 同年代の軽薄そうな男性に見覚えはなかったけど。どこかの学校での同級生だろうか。

「雲雀塚中の……」

「ええっと……」

 確かに、通っていたのは、雲雀塚だったけど。さすがに、卒業から、十年以上も経つし。


「覚えてないか。一年生で一緒に日直をした仲なのに」

「あー、美咲の……」

 彼氏だった野球部の、い……い……。

 ダメだ。名前までは思い出せないな。

「美咲か、懐かしいな」

  い……(ナントカ)くんは、そう言って笑った。



「今夜は、友達と二人? 俺もさ、男二人で飲みに行く寂しい週末なんだけど。よかったら、一緒にどう?」

「いや、それはちょっと……」


 どう? も、なにも。

 亜紀ちゃんたちも、もうすぐ来るだろうし。

 えっちゃんと一緒に、よく知らない男性と飲みに行ったりしたら、野島くんが怒ることは目に見えている、


 なによりも、ひーくんへの操立てを考えれば、絶対に行きたくなんてない。



 なんとか断ろうと、『行く』の『行かない』の押し問答を続けている私の横に、人影が並んだ。

 相手の言う、友人だろうかと、肝が冷える。


「ニィちゃん、何してるん?」

 野島くんとは、微妙にイントネーションの違う言葉と声に、えっちゃんが反応した。

「しょうじさん?」

「よう、久しぶり」

 片頬を歪めるように笑った顔には、確かに見覚えがあった。

 『自分探しの旅に出る』とか言って、大学に来なくなった先輩、だと思うけど。

 しばらく見ないうちに、なんだか雰囲気が、荒んでいるように見えた。


 その東海林さんは

「妹に、なんか用か?」

 と、凄みを込めた声で、件の同級生に詰め寄る。

「い、妹?」

「おうよ。なんか文句あるんか? あ?」

 私を指さす手が、ぐいっと握りしめられる。


 悲鳴のような声で、『ありません、ありません。人違いでした』と叫ぶ、い……(ナントカ)くんに、

「そうか。なら、とっとと去ねや」

 東海林さんは離した手で、ダメおしのように、相手の胸元を軽く突く。


 捨て台詞の一つも残さなかったのが不思議な姿で、かつての同級生が逃げ出すのを眺めて。

 その後ろ姿が人波に紛れた頃、亜紀ちゃんたちもやってきた。


「さっき、そこで亜紀ちゃんと遭って。ヨッコちゃんたちと飲みに行くって、言うから、一度顔を見るかと思ってさ」

 亜紀ちゃんから、使い込んだデイパックを受け取った東海林さんは、改めて再会の挨拶をした私と えっちゃんに、ことのいきさつを説明してくれた。

「一緒に待ち合わせ場所に来てみたら、変な男が絡んでいるな……と思って。な」

 手荷物を預けた亜紀ちゃんには、少し離れたところで待ってもらって、助けに来てくれたらしい。

  

「で、東海林さんも待ち合わせですか?」

 助けて貰ったお礼をした後で尋ねると、

「いやいや、仕事中」

 と、顔の前で手を振った先輩は、デイパックから一枚のチラシを出してきた。


「俺、今は、売れない役者をしててさ。よかったら見に来て」

 これが芸名と、チラシの下の方が指し示される。

「ジョージ広岡?」

 どこをどうしたら……? って、名前に、先輩はくすぐったそうな顔で頷く。

「セリフの少ない、チンピラ役だけど。どうだった? さっきの演技」

「あ、はい。ホンモノみたいでした」

「そう?」

 うれしそうに笑った東海林さんは、『また、皆で飲みに行こう』という言葉を残して、チラシ配りの仕事へと戻って行った。



 亜紀ちゃんたちと相談して、東海林さんの舞台を見に行ったのは、翌月のこと。

 お芝居のことは、よくわからないのだけど。


 なんと言うか……。

 織音籠のステージ程には、引き込まれないし。

 客席の熱も、低い。ような、気がする。

 なにより、お客さんの人数が、違いすぎる。


 こうして見ると、織音籠はなるべくして、プロになったのだと思う。


 言葉少なく劇場を出る私たちに、見送りに出てきた劇団員さんたちの列から離れて近づいてきた東海林さんは、小さな声で。

「高見にも、連絡しておくから。本当に一度、飲みに行こうな」

 と言って。


 疲れたような顔で笑った。 



 結局、その飲み会は、年が明けてからに決まった。

 関西の方にいる ひーくんは帰ってこないけど、野島くんは来れそう、という金曜日の夕方。

 この日は、西のターミナル近く。織音籠の行きつけだという居酒屋に集まった。


 『ご無沙汰してます』の言葉をお供に、先輩たちにビールを注いで、注がれて。合間に、互いの近況を報告しあう。

 そして、昔と同様。お酒が回ってくるのにあわせたように、座がばらけだす。


 えっちゃんの隣に座っていた私の正面に、ビール瓶を手にした東海林さんが腰をおろした。

 世間話をしつつ、箸を動かして。


 ふっと、会話が切れた時、だった。


「ヨッコちゃんさ、俺とつきあわない?」

 突然、言われた内容は、酔った頭を素通りした。

「は?」

「実は、学生時代から、ヨッコちゃんのこと、気になってたんだよね」

「あの、今……なんて?」

「うん? 聞こえなかった?」

「申し訳、ありません」

 おっと。つい、仕事口調に。


「ヨッコちゃんがさ、『ひろお くん』って呼んでる口調がたまらなくって」

「はぁ」

「俺、名前が弘夫だから、ヨッコちゃんにあんな風に呼んで欲しいと、思ってたんだけど」

 うん? うんんん?


 しょうじ ひろお? 

 じょーじ ひろおか?


「東海林さんの芸名の広岡って、そこからですか?」

「当たり! ジョージは、高校時代のあだ名なんだ」

 クスクス笑いながら手酌でビールを注いだ東海林さんは、一息に半分くらい飲んで。

「学生のときは、広尾に『彼女だから、手を出すな』とか、言われて諦めたんだけど。あいつ、いないじゃん。ヨッコちゃん、独りにしてさ」

 唇の端が、ピクリと動くのが分かった。


「もしも、ヨッコちゃんが付き合ってくれるなら、俺、浮き草稼業はやめる。結婚を考えて、就職するから」

 こめかみの辺りが、熱くなる。

 深呼吸でやり過ごす間も、東海林さんの声は続いてて。

「正直言って、フリーターしているのも、しんどくなってきたんたよね。年齢的にも」

 


 感情の手綱が切れた。

 音を

 聞いた。



「そんなこと、私を理由にしないでください」

 涙が、目尻から転がる。

「隣にいて欲しい、ひーくんの、将来、を曲げることも、できなかったのに。どうして。どうして」

 息が続かないのが、悔しい。

「しょ、うじ、さんの人生を、私に、決め、さ、せようとしないで!」


 涙で霞む目で、座敷を見渡す。

 懐かしい顔ぶれが揃っているのに。


 ひーくんだけが、

 いない。


 その事実に、涙が止まらない。止められない。

 何年ぶりだろう。

 しゃくり上げるほどの、号泣は。


 自分の中に、これほどの激情が潜んでいるとは、思ってもみなかった。



 泣いて、泣いて、泣いて。


 泣き続ける私の視界に、一台の携帯電話が差し出された。

「ヨッコちゃん、出てみ?」

 えっちゃんが居たはずの左隣から、野島くんの声がする。

 誘うように振られていた携帯が、広げた掌にそっと置かれた。


 通話中とディスプレイに表示されたそれを、恐る恐る左耳に当てる。


[もしもし?]

 泣きすぎて、かすれた声で話し掛けると、

[ほっこ?]

 懐かしい声がした。


[ひーくん、ひーくん]

[どうした?]

 彼の声、だけを耳に入れたくて。空いている右耳を、手の平で塞ぐ。

 親指に触れたオニキスの、かたわれピアスのタイピンは今、いずこ?


[……今、どこ?]

[うん? 駅にいる]

 聞き慣れない、発車ベルらしき音に彼との距離を、思い知る。


[ひーくん、寂しいよぅ]

 年末には会えたのに。

 もう、彼に会いたい。

 あの体温が、恋しい。

[分かった。すぐに行くから]

[うん]

[暖かくして、待ってろ。な?]

[うん。待ってるから]

 何時間でも、待つから。


 『野島に代わって』という言葉に従って、携帯を渡す。野島くんは、それを耳に当てながら、座敷を出ていった。


 いつの間にか、東海林さんは高見さんのテーブルへと移動していて。私の前には、泡の消えたビールが残っていた。


 思いっきり泣いた分、喉が渇いた。


 温いビールと、見ないふりをしている周囲の空気に、もう一粒、涙が落ちた。



「ヨッコちゃん」

 さっきまで野島くんの居た左隣から、えっちゃんに呼ばれた。

 頬を拭って、笑顔を作る。

「ごめんね。みっともないところを……」

「ううん。気にしないで」 

 心配そうな顔を横に振って、えっちゃんは

「ヨッコちゃん。あの……先に抜ける?」

 辺りを憚るような声で聞いてきた。

「うーん」 

「ヨッコちゃんが帰るなら、送るからって、ユキちゃんが」  

 このまま、この場に残って笑顔を作るのは、正直に言って、かなりしんどい。


 えっちゃんたちからの提案に、部屋のお布団が、手招きしているように思った。

 さらりとした寝心地が好みだと、いつの日だったか彼が言っていたワッフル地のシーツは、お正月に新品をおろしたところだし。

 肩までお布団にくるまって……ひーくんからの手紙を、順番に読むのもいいかも。


 当然、最初の一枚は、アヤメの一筆箋で。

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