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熱量

 約束の日曜日は、梅雨らしい雨空で。

 でも、初めての占いに、遠足の小学生のようにはしゃぎながら、電車に揺られる。


 大通りに建つ市役所を過ぎて、信号を二つほど渡って。

 地図を見つつ、コンビニの角を曲がる。裏通りっぽい道をさらに進む。


「あ、ここにもライブハウス」

 えっちゃんの呟きに、傘を傾げて看板を見上げる。

「ユキちゃんたち、こんなところでするようにもなるのかな」

「大きそう、だよね。いつも織音籠(オリオンケージ)がしているところより」

「うん」

 夏には、インディーズからCDを出す話があるらしいと、言ったえっちゃんの不安げな声に、傘を叩く雨音が伴奏のように重なる。



 そこからは、なんとなくお喋りがストップして。その分、緊張感が高まる。

 占い師って、どんな人だろ? 何を言われるかな?


 ドキドキと共に歩むうち、目的地に到着した。

 深呼吸を一つ、互いに顔を見合わせて。亜紀ちゃんを先頭に薄暗い階段を上がった。 


 店内も薄暗くって、いかにも……な雰囲気を醸し出していた。

 受付のようなところで見料を払って。今日、観てくれる占い師さん数人の、簡単な紹介をうける。

 占い師さんによって、得意な占い方があるらしい。三人でヒソヒソと相談した結果、それぞれが興味のある方法で占ってもらうことになった。


 終わったら、受付前の待合で落ち合うことを約束して、理科室の暗幕のようなカーテンを掻き分け、占い師さんの待つ小部屋へと足を踏み入れた。



 私が観てもらったのは、星占いをメインにしている人だった。年齢不詳、の女性に勧められるまま、テーブルを挟んだスツールへと腰を下ろす。

「占ってほしいのは、恋愛?」

 核心を突くような問いに、コクコクと頷いてしまう。

「彼氏とか、気になる男性は?」

「あ、はい」

「居るわけね?」

「あー、一応。彼氏が」

「じゃあまず。貴女と彼の生年月日と、出生地を」

 問われるままに答える。

 テーブル上の用紙にメモをとった彼女は、分厚い本を手に取った。


 使い込まれたページがめくられる音と、『金星が……』『木星は……』と呟く声。合間に、円をいくつかに区切った図のなかになにやら書き込む占い師さん。 

 それを見つつ、『そういえば、今年の合宿も流星群が見られるかな?』とか考える。


 そうしている内に、テーブルにペンが置かれた。


「相性は、まあ……良い方でしょう」

 重々しい口調で告げられた言葉に、ホッと息をつく。

「ただ……」

 続きがあるらしい。姿勢を正して、耳を澄ます。

「お互いに、何と言うか……熱量が少ない、かな?」

「熱量?」

「そう。割と、淡泊じゃない? 燃え上がるような恋、とかじゃないでしょ?」

「あー」

 確かに えっちゃんたちほど“熱烈”ではない、か。


「炭火のように、じわじわと長持ちする面もあるけど。こう……大きな変化も無い感じね。将来においても」

「あの、それはどういう?」

「ズルズル付き合い続ける、いわゆる腐れ縁になるか、ふわっといつのまにか自然消滅になるか」

「別れる?」

「うーん。それすら、浮気が……とか、ケンカが……という大きな転機はなさそう。どちらが悪い訳でもなく、縁が消える、みたいな?」

 なんだ、それ?


 眉間にシワを寄せて、見ても解らない用紙を見つめる。

 書いてある記号や数字の、どれがどう変わったら。

 運命は、変わるのだろうか。


「ちょっと、手を見せて」

 言われるまま、両手をテーブルに乗せる。そういえば、この人、メインは星占いだけど手相もって。


 爪の長い冷たい指が、手の平を辿る。

 二つ、三つ頷いた彼女が、口を開いた。


「仕事には、恵まれる人生ね。ただ、″家″との縁は薄い」

 さっきの結果と合わせると。ひーくんと家庭を持つのは難しいってこと?  

 なんか、聞かなきゃよかった。

「人生の転機は、二十七と二十九。後は五十代」

 続く言葉に、首を傾げる。

「転機って?」

「三十前のその頃に、何かはありそうね。うまく掴めたら、結婚もアリ」

「結婚、できるんですか?」

 勢い込んだ私に、占い師さんは優しく微笑んで。

 『このラインが……』と、何の変哲もなさそうなシワを、指が辿る。


「今の彼とだったら、さっきも言ったように、穏やかな結婚生活でしょうね。淡々と歳を重ねていけるわ」

 その言葉に、空いている方の手を、ぐっと握る。


 二度の転機

 この手で、掴んでみせる。

 一生に一度だけでも。

 出遅れずに進んでやるわ。



 占いが終わって、三人で階段を降りて。

 建物の入口で一つ伸びをしてから、傘を開く。


「えっちゃん、何て言われた?」

 亜紀ちゃんが、尋ねる。

「あの、ええっと……」

「野島くんとの相性、占ってもらった?」

 赤い顔で えっちゃんが頷く。

「で、どうだった? 相性、バッチリって?」

「将来、いろいろあるだろうけど、頑張りなさいって」

「あー。将来かぁ。いろいろねぇ」

 亜紀ちゃんの相槌は、いわゆるおうむ返しってモノだった。

 そして、えっちゃんの

「織音籠、プロになるんだって、言っているから……」

 か細い声の語尾は、まばらな雨音に紛れた。


 不安、だよね。確かに。


 亜紀ちゃんと顔を見合わせて、頷きあう。

 これ以上、えっちゃんに突っ込むのは酷な話だ。


「ヨッコちゃんは?」

 代わりに、と私に話が振られる。

「なんかねぇ。仕事に生きる人生! みたいなこと、いわれちゃった」

「何を聞いて、そんな答えが?」

「うん? 将来、結婚できるんですか? って」

「それ、ダメじゃない?」

「やっぱり、そう思う?」

「まるっきり、望み無しなの?」

「三十歳頃のチャンスを掴まないと、次は五十って」

 二十歳のオトメには、残念過ぎ! と叫ぶ亜紀ちゃんに

「そう言う亜紀ちゃんは?」

 と、質問を返す。


 亜紀ちゃんがクルリと回した臙脂色の傘から、雫が跳ぶ。

「高望みは、ダメよー、って」

「高望み、してるんだ?」

「だってほら、鳥だって魚だって条件のいい雄を選ぶじゃない? ニンゲンだってねぇ?」

 何が悪いと開き直る亜紀ちゃん。


「どう思う? 唯一、彼氏のいるえっちゃんとしては」

 条件は大事でしょうか? と、空想のマイクを向ける。

「え、あの……」

 焦ったように、キョロキョロと私たちの顔を見比べた えっちゃんに

「野島くんって、条件悪くないじゃない」

 亜紀ちゃんが、自分の味方を見つけたように言う。


「まず、高身長でしょ」

 亜紀ちゃんの言葉に えっちゃんは、傘を傾げるようにして軽く顔をあげた。

 彼女の視線の先は多分。空に描いた野島くんの、顔の高さ。

「百八十……三、とか四センチくらい、だったと……」

 うわ、大きい。

 サークルの男子で一番、背が高いとは分かっていたけど。

 ひーくんとは、十五センチくらい差がある。

「学歴は、まあ……ね?」

 わざとらしく難しい顔をした亜紀ちゃんに

「同じ大学の私達が、『低い』なんて言ったら、何様よね」

 軽く突っ込んで、三人で笑いあう。



 『いい条件の男は、やっぱりさっさと彼女を作っているのよね』なんて、ブツブツ言っている亜紀ちゃんを宥めつつ、駅までの道を歩くうちに、いつしか雨も止んで。

 歩調にあわせて、閉じた傘を軽く振っている私の横で、小さな声がした。

「私は、このままユキちゃんの彼女でいても、いいのかなぁ」

 横目で伺ったえっちゃんは、迷子のような困った顔をしていた。


 私たちと違って、熱量の高いお付き合いをしている えっちゃんでも、先行きは不安、らしい。

 

 がんばろう、えっちゃん。

 『私も仲間』とは、まだ言えないけど。

 “彼女”であり続けられるように。



 梅雨も明けて、夏休みを迎えて。

 流星を楽しみにしていた夏合宿の前日。

 お昼の少し前に亜紀ちゃんから、電話がかかってきた。


〔台風が来ているでしょ?〕

 今朝から、つけっぱなしのテレビはどうやら明後日あたりに直撃、と言い続けている。

〔二泊三日のうち、二日ぐらいはつぶれると思うのよね〕

〔風台風だって、言ってるね〕

 行ってもテニスには、ならないだろうし、下手をしたら向こうで足止めということにもなりかねない。

 宿泊先のペンションとも相談して、中止が決まったらしい。


[中止は分かったけど。亜紀ちゃん、もしかして、全員に電話してるの?]

[ええっと。とりあえず香坂くんと手分けして、経済大の方は私が担当]

 そのうえで、差し入れに来てくれるだろう四年生には去年の代表だった高見さんから、二年生には幹事の子から連絡を回してもらうように電話を入れたらしい。

[じゃあ、経済大(うち)の三年生は私から回そうか?]

[そう? 頼んじゃってもいいかな?]

 野島くん以外の三人、お願いね。

 申し訳ない表情が思い浮かぶような声に、OKを伝えてから、受話器を置いた。



 まず最初にかけたのは、合宿への参加が二年ぶりになるはずだった、えっちゃん。『残念だよね』なんて話をするつもりが、バイトに出ていて。留守を伝える弟らしき人物に伝言を頼む。

 次は……ひーくん。

 すっかり指が覚えた番号を辿って、コールを聞く。


 用件を伝えて、木下くんへは、ひーくんが連絡をしてくれることになって。

[ほっこ。台風の間を凌ぐ準備はできてる?]

[準備なんて、大層な]

 風台風とはいっても、雨戸を打ち付ける必要はないだろうし、そもそも雨戸なんてないし。

[食糧の買いだめとか、停電対策とかしてる?]

[あ……]

 明日から、合宿の予定だったから。冷蔵庫の中味はかなり寂しいことになっている。


 相談の結果、午後から一緒に買い出しに出ることになって。そのまま、三日間、ひーくんは私の所に泊まる。



「懐中電灯くらいは、準備してあるけど」

 スーパーの入り口、買い物かごを手に取りながら、言ってみる。

「ほっこ、夜目がきかないからな」

「人をニワトリみたいに、言わないでくれる?」

 別に鳥目なわけじゃないけど。暗闇は、ちょっと苦手で。夜、寝る時も必ず常夜灯はつけている。


「おかげで俺は、“いい光景”を見せてもらっているし」

 耳元でされた内緒話はきっと。

 二人で過ごす“夜”のこと。

「ちょっ……」

 慌てて辺りを見渡して、近くに人がいないことに、胸を撫で下ろす。 

「なんてことを言うのよ、もう」

「想像、した?」 

 その言葉に、お腹の辺りが切なくなる。

 今夜もきっと、って。




 その夜からの、三日三晩。

 時の許す限り、寄り添い過ごす。


 軽く触れて、深く交わり。

 誰にも知られぬ、二人の時を。


 炭火で炙るように

 心と身体の熱を高めあう。

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