03 女の買い物とはいかなるや
「ねえねえさっきおばさんとなにはなしてたの?」
道路を商店街に向かいながら依織は訪ねてきた。
「べつに、なんでもないわよ」
なんでもなくはない。でも依織は別に気にした様子もなく、
「ふ〜ん。ま、いいや」
と、だけ返してきた。もしかしたらどこかで察しているのかもしれないけれど。
「とりあえず、最初はどこいこっか」
さりげなく話を変えてくれる。
「そうね、まずは洋服とかをそろえたいかしら。食器とか割れやすいものは後にしましょう」
「ま、そうだね〜」
服飾店の前に着く。
「とりあえずはここにししよっか」
といって依織はずんずんと店内に入っていく。
「ん?どうしたのよったん。はやくはいろうよ」
依織は扉のまえで後方、私の方を振り返る。
「え、ええ。いまいくわ」
私もひとかどの女としてそれなりに呉服店などにも足を運んだことはある。
しかし彼女が選んだ初めの店は私が今まで一度も訪れたことがないような、いわゆる今風のお店たっだ。
「…こういうお店って高いんじゃないの?」
心配になって依織にそっと耳打ちする。
「ん〜、まぁ高いのもあるけど、こっちの方がいいの多いいし、何を選ぶとかの基準にはなると思うよ?」
…よくわからない。
いつもユ○クロばかりだからわからないのかしら。
そう思いながらも彼女の後ろについていく。
「いらっしゃいませ〜。お客様今日はどのようなものをお探しでしょうか?」
店員の人が声をかけてきた。
ふと、どうでもいいことを思い出す。
こういう店では一日何回以上お客に声をかけなくてはいけないとかそんなルールがあるといううわさを聞いた覚えがある。
話しかけたくもないのにお客に話しかける店員。
話かけらたくないのに店員に話しかけられる客。
どちらにもメリットが存在しないルールにも思えるがお店には利益が出るんだろな〜とかなんとか考えていると依織と店員の話は終わっていたらしい。
一人の女性としてどうかと思うが、依織と店員の会話の意味が全く分からなかった。
女性と買い物に来た男性もこんな気持ちになるんだろうななんて非生産的なことを考えていると腕を依織に引っ張られた。
「ねね、みてみて。あっちの服なんかよったんに似合うんじゃない?」
そういって彼女は私をそのブースの方へ引っ張っていく。
「ほら、これこれ。ん〜やっぱけっこうにあうね〜」
そういって私の体に合わせるように出された服はワンピースタイプのすその少し短いものだった。マスカットグリーンで色合いもいい。
「たしかに、そういうのは好きね。でも、もう少しおとなしいのはないのかしら…」
そういっておなじブースの中の服を少し物色する。
ピラッ、とタグが一枚目の前に降りてきた。
「…?!」
あまりの0の多さに一瞬目を疑った。確かに一枚二枚なら買えるかもしれないがあまりにも高すぎる。他にまわす予算もすべて消えてしまうような値段だった。
「ちょ、ちょっと。やっぱり高いじゃない。こんなところじゃ私買えないわよ!?」
なんとか声を潜めながら依織にささやく。
「ん?あ〜大丈夫大丈夫。ここじゃ買わないから!」
…いいのだろうか。
そうして少し物色して彼女は何か納得したのか、私たちは本当に何も買わずに店を出て行ってしまった。
ありがとうございましたーとは背後から聞こえてくる店員の声に少し気まずさを感じる。
「じゃ、次はここね」
そういって彼女が引っ張っていったの少し離れたところにある店だった。
「いらっしゃいませ〜」
また同じ言葉が店員からかけられる。しかし今度はこちらの方まではやってこない。
「ほら、ここならそんなにたかくないでしょ?」
そういって彼女が見せたタグには、なるほど少し高いようにも思えなくもないが先ほどの店に比べれば十分手が届く範囲だ。
「じゃ、ここで探せばいいのね?」
そう聞くと依織は首をかしげる。
「もしかしてよったんてあまりこういう買いものしたことないの?」
「え、ええ。いつもはもっと違うところで買っているから…」
さすがに私でもユ○クロというのははばかられた。
「あ、もしかしていつもはユ○クロとかでまとめ買い?」
「な、どうしてそれを!?」
「いや、ふつうにわかるっしょ」
ちなみに今来ている服もユ○クロです。
どうやら彼女にはバレバレらしい。
「ん〜。じゃぁ、あまり長時間の買い物とかもしたことなかったりする?」
「ええ。普段は買いたい物だけかってすぐに帰るけれど…」
そういうと彼女はにやりと不気味に唇を引き上げた。
「ほっほーう。そうかそうか。では、覚悟するのだな…」
「な、何を覚悟するのよ…」
不気味だ。ただ、ただ不気味だ。
「ふっふっふ。
女の買い物を甘く見ているよったんに本当の‘買い物‘というものを教えてあげるヨ…」
今度は目が怪しく光りだした。
「な、なんかこわいわよ?あなた」
背中にはなぜかタラーと汗をかいてしまう。
………
……
…
「つ、つかれたわ…」
「えー、こんだけで疲れたなんてよったんほんと今までどんな買いものしてたのよ」
喫茶店で一休み、コーヒーを飲みながら思わずため息がこぼれる。
「だってあなた、あれから何軒はしごしたと思ってるのよ!?」
そういうと依織はひーふーみーと指を折って数え始める。
「んー、五件ぐらい?」
「それだけまわれば疲れるのも仕方がないじゃない!!むしろ疲れてないあなたがおかしいのよ!?」
普通の女の子がどれだけ回るかなんて知らないけど、十分多いように思えるし時間にすれば二時間は歩いているのだ。
「んー、普通だと思うんだけどな〜?」
「こんなふつうなんてしらないわよ…」
とにかく疲れた。
足の先に血が流れるのがわかる。もうへとへとだ。
他にも買い物があると思うと腰まで重くなってくる。
「でも、その分いい買い物できたでしょ?」
「ま、まぁ、そうだけれども…」
たしかに戦果だけみればなかなかのものだと思う。
「それに食器類とかは一か所でそろえられるところがあるかるすぐにすむよ」
「それを聞いてすごく安心したわ」
コップに残っていた液体でのどを潤す。
「でも、やっぱり疲れたことに変わりはないわ。もう少し休憩しましょ?」
「しょうがないな〜。すこしだけだよ?」
彼女も渋々ながら付き合ってくれる。
しばらくすると足にも力が入るようになってくる。
「ふう、そろそろいいわ。いきましょうか」
「ん、もういいの?」
「ええ。買い物も終わらせないといけないのだし。時間もあまりないわ」
現在一時で、五時までには叔父の家についていなければならないからそこまで時間があるとは言えない。
「それじゃ、割れ物とかも買いにいこうか」
「ええ」
勘定を済ませて喫茶店をあとにする。
「とりあえずどっちに向かえばいいのかしら?」
「こっちだよ」
そういって依織はずんずんと前にいく。
「あ、ちょっと待ちなさいよ!」
同じ数だけの荷物を持っているはずなのに彼女の歩く早さと私の早さは全く違う。
「どうしたよったん!早くいかねば売れ切れてしまうぞ!さあ、いそぐんだ!」
「うれきれないわよ!お願いだからもっとゆっくり歩いて!」
そういっても彼女は足の運びを緩めない。
結局は私は小走りになる他なかったのだった。