転生令嬢(♂)は切腹する
『ジャリス・クゥ・ヴァーナ、先ほどヴァーナ侯爵家より正式に貴様を絶縁すると届出があった、全ては貴様と今は亡き先代の謀だとの証言も得ている。相違ないな』
「はは、相違ございません。全て私が亡き先代より受けし命に従ったゆえのことです。生家とも何の関わりもなくなった今、全ての罪は私にあります」
「恐れ多くも長きに亘り天下を欺いたるは如何なる法を持ってしても重罪。この上は、この場でこの腹、切ってお詫び申し上げる所存にございます」
前世の知識をもとに、この文化圏では理解できない謝罪を、侯爵令嬢、ジャリス・クゥ・ヴァーナは堂々と言ってのけた。
それは彼女のあまりの肝の据わり具合と合わさり、周囲の人間には衝撃と混乱だけが齎された。
(これで良い、これで)
自分を取り巻く国の重鎮達の顔ぶれも見ながら、ジャリスは内心安堵する。
ジャリスは今日、この瞬間、断罪されるためだけに生を受けた。そのためならば、たとえ家に見捨てられようとも、悪しざまに罵られようと構わない。
しかし、できることならば最後まで弱みを見せることなく、堂々としていたい。
思えば窮屈ではあったが、殿下のおかげで良い人生だった・・・
きっかけは二十年前にヴァーナ家に持ち込まれた縁談だ。当時、年齢を理由に隠居を考えていた国王から内々に次に王となる王子にいずれ生まれる子の婚約者をヴァーナ家から輩出してほしいと命が下った。
世継である王子にはすでに三人の妻がおり、いつ子供ができてもおかしくない状況にあり。嫡男として産まれてくる子供の婚約者をちょうどのタイミングでヴァーナ家から出せとのことだった。
この縁談の裏には、あやふやな王家と貴族の力関係をはっきりさせる目的があり。力ある貴族の中でも王家に対して忠実なヴァーナ家を取り込み、国内全体の貴族に対して改めて王家による縛りをきつく絞めなおすために計画された。
それから新たな王が即位すると同時に、ヴァーナ家では戦いの日々が始まった。家の人間の中で若い者に率先して子供を作るよう命じ、王家に嫁がせる人材の確保を始めた。また、王宮、それも後宮に間者を放ち、三人の王妃達の様子を探らせ、いつ懐妊したか逸早く知ることのできるようにもした。
王妃懐妊の知らせが届くと同時にヴァーナ家の子作り合戦もピークを向かえ、なにがなんでも健康な女子をと励み、その結果、ちょうどのタイミングで家は三人もの健康な女子に恵まれた。
ただ、これで前王の命にも答えられるとヴァーナ家に安堵が広がった瞬間、王家に生まれたのは男子ではなく、女子であったと知らせが入った。
嫁がせるのは嫡男が生まれたときのみ、女子では仕方が無い。
そしてまた、次の王妃が懐妊するも女子が産まれ、その次も女子が、そしてその次も女子と立て続けに王家には女子が生まれた。
こうなってくると、流石のヴァーナ家も息が切れてくる。王家の嫡男に合わせて女子をといきまいていたのは子作り合戦突入から最初の二年だけ。その二年の子作り合戦の間に、ヴァーナ家では十七人の女子と九人の男子が無計画に産まれ、ヴァーナ家は子作りから一転、子育てに追われるようになった。
そんな中、王宮から王妃懐妊の知らせが届いた・・・
もはや悪夢となった王妃懐妊の知らせ、ヴァーナ家はまた子供を仕込もうとするも、家の若者達は今や皆すでに子持ち。すぐに次の子供を作ろうとする者はいなかった。要するにヴァーナ家は玉切れに陥ったのだ。
これは不味いと手立てを講じるも立て続けの子作り合戦と大子育ノ乱によりヴァーナ家は疲弊しきっていた。
そんな中、ヴァーナ家の当主にとんでもない朗報が入った。十五歳になる末の息子がメイドに手を出し、孕ませたことが明らかになったのだ。
「でかした!」
平時ではいくら叱っても叱り足りないところだが、緊急時では別だった。ときの当主は子作り合戦最後の一撃に全てを賭けた。
数年の間の家族が倍以上に膨れ上がったヴァーナ家の祈りが天に届いたのか、王家には待望の嫡男が産まれ、ヴァーナ家はやっととばかりに喜び、嫡男に恵まれた王家を上回る勢いで喜びを露にした。
が、ヴァーナ家にも男子が生まれたことで、その歓喜も一瞬で冷めた。
その後、前国王との内密な会議の末、ヴァーナ家は生まれた子供の性別を公式に偽り、女子とし。王家は前国王の肝いりということもあり、嫡男の婚約者を同時期に生まれたヴァーナ家の息女とした。また、そのことを知る者はヴァーナ家と前国王を始、ごく少数であり、国王すらも知らない機密事項として扱われた。
必要なのは王家の嫡男とヴァーナ侯爵家の息女との間で結ばれた婚約関係、それ以外には何も求めていない。
婚約の発表から、ジャリス・クゥ・ヴァーナのすでに積んだ人生が幕を開けた。
ああ、苦しい。
全身を締め付ける特殊な骨格矯正コルセットの痛みを噛締め、ジャリスは王子の婚約者である侯爵令嬢の顔を保つ。
六歳の頃よりかれこれ十年、性別を偽るために体格の成長を制御するため、常に身体を絞め続けてきた。それは成長期と重なることでより凶悪な痛みとなって全身に走る。
苦しいのはコルセットだけではない。成長を抑制するために食事は制限され、胃は常に空腹状態にある。ドレスの重さに動きは辛く、胸に入れた詰め物のせいで肩はこる。
そんな痛みに耐えながら、ジャリスは第一王子の婚約者として社交界に顔を出し、公務に従事し、また王家に嫁ぐための教育まで受けてきた。
その甲斐あってか、ジャリス・クゥ・ヴァーナは誰が見ても儚く幻想的な、それこそこの世の者とは思えない“美女”に成長することができた。だが、ジャリスには分かっている。どれほど形を似せても産まれた性別は変えられない。年を重ねれば誤魔化しも利かなくなるし、女として役立つこともできない。
「ジャリス、気分はどうだ?疲れたのなら今日は早めに帰ったほうがいいんじゃないか?」
「いえ、ご心配なく殿下。たいしたことではございません」
「そうか・・・だが、顔色も悪そうだ。今日はもう王宮に帰ったほうがいい、今度オレのほうから足を運ぼう」
ジャリスの婚約者、ベネディクトは現在慣わしとして王宮を離れ、学院と呼ばれる学び舎の生徒の一人として学業に従事している。本来ならジャリスもそれに習うべきなのだが、体調などの都合により入学するわけにはいかなかった。代わりにジャリスは体調の良い日を選んで学院まで足を運ぶ。
「では殿下、重要なことのみ申し上げておりますが、そろそろ本命の婚約者をお選びください」
ジャリスとベネディクトの婚約は一時的なもの、ときが来れば婚約はうやむやにされる予定だ。
「ああ、分かっている。だが、こちらも準備というものが必要だ。周りはオレとお前が来年にも正式に結婚するものだと思っているぞ」
「この件については知っている者もほとんどおりません、前陛下がお隠れになり、残った王族方には誰も話しが回っておりませんでした。もはや真実を知る者もごく少数、無理は承知です」
ほとんどの王族を始、ジャリスの正体を知る者は国内外にほとんどいない。当時の人間はほとんどがいなくなり、当事者であるヴァーナ家でも情報工作が功をなして知っている者が制限されている。
ベネディクトでさえ、ジャリスが自ら明かさなければ真実を知ることがなかったほどだ。
「案外、このまま結婚してしまうのも手かもしれないぞ」
「そうはいきません、私が表に出ていられるのも後数年が限度、王妃を数人迎えるにしても私の存在は邪魔になります」
「とはいえ、オレのほうも難しい。王妃を複数迎えれば世継の心配も軽くなる、しかし第一王妃は別だ。政治的な意味合いの他に王家の方針を示す窓口としての役割もある。お前との婚約歴も長い、ここは次期国王として軽率な振る舞いは避けるべきだとも考えている」
「それでもです」
婚約して十六年する婚約者をあっさり捨てる王子というのも外聞が悪い。しかしスキャンダルを抱えた婚約者をなし崩しに結婚するのも後々良くない。ここは発案者達の死去を理由に婚約を解消し、殿下には改めて適切な婚約者を探してもらうのが安全だ。
「分かった・・・新しい婚約者を探そう。だがジャリス、婚約の解消はまだだ。それと情報漏洩を防ぐため婚約解消後もお前の身柄は王宮で預かる、いいな」
「畏まりました、一日も早く良縁にめぐり合えることをお祈り申し上げます」
「どころで、ジャリス。話は変わるが―――」
「はい、なんでしょうか、殿下?」
「お前はもう少し表情を柔らかくしたほうがいい。いや、こんな話をしながら笑えとは言わないが、こっちに来ている間は社交のつもりでいてくれ」
ベネディクトの知る限りでは、ジャリスの評判は悪い。社交界ではそれほどではないが、学院では酷いありさまだ。
曰く、ジャリス・クゥ・ヴァーナ侯爵令嬢は第一王子との婚約が早くに決まった所為で我侭に育ち。図々しくも結婚前から王宮で王族のように暮し。婚約者が学院に入学したのに対して本人は入学を拒み。たまに婚約者に逢いに学院を訪問しても終始不機嫌そうにして、愛想が悪い。
事情を知らない人間にはジャリスのことが頭の足りない我侭娘に見える。考えれば分かることではあるが、ベネディクトには納得が行かなかった。
「ふふ、だからですよ。私が馬鹿女を演じれば、次の婚約者には遠慮がいらなくなる。国の癌を殿下と共に追いやり、大手を振って殿下の隣に立てましょう」
「そんなことまで考えていたのか、だが、それではお前の立場はどうなる」
「殿下、ジャリス・クゥ・ヴァーナに“私”はございません。この存在は“公”であり、この命はあくまで“公”のために生産された措置でしかありません。そのことをお忘れなきように」
「ああ、知っている。何度も聴かされたからな。だが、人が“私”捨てるなどできることではない。無理もほどほどにしたらどうだ」
「殿下、この際ですのではっきりと申しあげます、よろしいですね」
「分かった、許そう」
「―――“為せば為る、為さねば為らぬ何事も、為せぬは人の為さぬなりけり”」
「そういえば、それがお前の座右の銘だったな。少々前のめりな気もするが」
「私の人生は一本道、前に向って進む意外ございません」
ジャリスは元々、これぞ貴族の家女と評されるほどすっぱりとした性格をしている。自分の想いではなく、家の為になることを優先する。
「では、ジャリス、オレからも一つ頼みがある。なにも訊かずに“うん”と言ってくれ。
―――ブラン・ブロッサム男爵令嬢を潰せ」
「畏まりました」
ブラン・ブロッサム男爵令嬢、家格こそ低いものの将来を有望視されている若い男を何人も取り込み、将来的には新しい勢力図を描くとまで考えられている要注意人物。その言動は貴族の令嬢とはとても思えない物も数多く、これまで庶民的もしくは親民派と考え、二人はブランを放置してきた。
事実、平民出身の生徒と貴族出身者の間を取り持ち、双方の理解を求めた実績はジャリスもある程度は評価していた。男にだらしなく、礼節に疎いが手を降すほどではない、そう思っていた。
(今回の件、理由があるとすれば、ブロッサム男爵令嬢の男癖の悪さが原因だろうか?)
「殿下、あの女にはなにかと取り巻きも多うございます。私としても迂闊なことはできません」
「構わん、アレの力を削げ、取り巻き諸共やってもいい・・・連中には婚約者探しを妨害され、彼女の取り巻きの一人に加わるようにとまで言われている」
「はい、では、そのように・・・殿下、来ました!」
ジャリスがベネディクトとの会話を切ったと同時に遠くでブロッサム男爵令嬢とその一派の姿が見えた。人気のない場所を選んだと言っても、ここは学院の敷地内。彼女達が現れても不思議ではない。
「ジャリス、途中まで送ろう、今すぐ王宮へ」
「はい、近くの門に供の者達が控えておりますれば、そちらまで」
二人は逃げようとするも、ブロッサム男爵令嬢は常識外れにも二人目掛けて走り出し、退路を塞ぎにきた。
距離さえあれば、二人は気づかなかったこととして無視する事も出来たが、相手のほうから来てしまってはそれもできない。
「ベネディクトさん、こんにちは。こんな所でなにをしているんですか?」
ブロサッム男爵令嬢の一言に、言われた側のベネディクトに旋律が走った。
「これは、ブロッサム男爵令嬢、もうしわけないが、我々はちょうど帰る所なんだ。ジャリスをそろそろ帰してやれねばいけない時間でな」
「へぇー、ジャリスさんっていうんですね。こんにちは、ジャリスさん」
礼節を無視し、ズカズカとした物言いにベネディクトは恐る恐るジャリスに視点を移すと、そこにはすでに笑顔でブチ切れたジャリス・クゥ・ヴァーナ侯爵令嬢がいた。
すでに目が語っている、“こいつ殺す”と。
「お初にお目にかかります、ヴァーナ侯爵家・家女、ジャリス・クゥ・ヴァーナと申します。 いささか無作法ながら、私はこれから帰らなければならず、殿下共々、本日はお暇させていただきます」
心でなんと思うとも、ジャリスは貴族の令嬢であれば、感情を易々と露にすることはしない。ぐっとこらえて、その場を離れることを優先する。
「そうなんですか?残念です」
「ジャリス殿、それはあんまりでは?」
「そうです、いくら殿下の婚約者であろうと、ブランに対して失礼です」
ジャリスに対して取り巻き二人からの非難が飛ぶが、それが益々ジャリスの怒りを買うこととなる。ここまで来るとわざとしているとしか思えない。
「すまないが、ジャリスは急ぎなんだ。我々はこれで失礼させてもらおう――ジャリス、門まで送ろう」
ジャリス同様、逃げを選んだベネディクトのとりなしで二人はどうにかブロッサム男爵令嬢とその一派から逃げることができた。
「なんなのですか、アレは」
ブランから離れ、待機していた者達とも馬車の前で合流したところで、ジャリスはブラン達の物言いを思い出す。
「学院の生徒の間では身分の上下はない、その校則を逆手にとっているんだ」
苦虫を噛み潰したような顔でベネディクトが言う。
ブラン本人が少し暴走したところで生まれた身分の高い取り巻き達が抑えてくれると思っていたが、ジャリスに対する態度からそうではないことが分かった。
あれには悪意があった。
「だとしても・・・―――」
言いかけてジャリスは意識無く倒れた。
「ジャリス!やはり外に長く居すぎたんだ! 医者だ、すぐに医者を呼べ!」
「・・・でん、か・・・いしゃは・・だめです」
ジャリスは医者にかかれない、秘密を知る者を増やさないため、また露見しないため、これまで医者にはかからないようにしてきた。
「ジャリス、だが」
「大丈夫・・です、ただの立ちくらみです。少し休めば、大丈夫です」
一度は倒れたジャリスだが、すぐに立ち上がり、自力で馬車に乗った。
立ちくらみはよくある。原因も日頃の無理が祟ったのだろうと推測がつく。体格調整の他に疲れもあったのだから当然だ。
無理に無理を重ね、すでに満身創痍のジャリスにとって、新しい敵の出現は心身ともに“きた”。
その日からジャリスの対ブロッサム男爵令嬢工作が始まった。
狙うのはブラン・ブロッサム本人ではなく、その生家のブロッサム男爵家だ。実家を叩いてしまえば、娘も貴族社会から消える。
ジャリス本人に貴族の家一つ潰す力はないが、自らの立場を使い、圧力をかけることならできる。遠回りになるが、ブロッサム男爵家に娘の振る舞いについて知ってもらい、そこから現状の改善を願う程度のことしかできない。
後は情報を集め、自分の次にベネディクト王子の新たな婚約者となる人物に仕事を引き継いでもらう。それが限界だ。
ただ、後々悔やむのなら、それはジャリスのこの力不足にあった。
自身を孤立させてまで徹底してジャリスの情報統制が破られ、ジャリスの正体が露見した。
裏切ったのはジャリスを産んだメイド、この期に及んで貴族に情報を売り、その情報が流れた。
ジャリス出生の謀を描いた当事者達のほとんどはすでにこの世を去り、事実の継承もされていなかったことと、ジャリス本人が婚約そのものを破棄させるための準備が重なり、ジャリスは孤立し、囚われ、単身で国を謀った罪を問われた。
ああ、やっと楽になった・・・
誰の面会も許されないまま、投獄されて初めてジャリスは一心地ついた。
身体を締め付けるコルセットからも、重いドレスからも、次期王妃の重責からも自由になった。ついでに言えば、動きを制限する鎖もかけられていない。
いつかこんな日が来るかと思っていたが、あっけないものだ。
この十六年、謀が功を為してか王家も力を蓄えた。きっと自分の役割が終わったのだろう。ブロッサム男爵家については経過を見るとしても、本来の目的は達成された。これまで間違ったことはなに一つした覚えはない、このまま順当に自分が責を負えば、後は殿下も安泰のはずだ。
「ずいぶんと落ちぶれたものね~~ジャリスさん」
本来誰も来るはずのない牢獄に、この国の言葉ではない言語、日本語が響く。
「ブラン・ブロッサム男爵令嬢殿でしょうか」
そしてジャリスも同じく日本語で返す。
「やっぱり貴女も転生者ね、最初はおかしいと思ったのよ、同じ転生者ならもっと上手くやると思ってたのに。あっさり投獄されちゃうなんてね」
「私には私のやることがありましたので。それよりもここは立ち入り禁止ですわよ」
「大丈夫よ、ちゃんとお願いして入れてもらったから。それよりもその喋り方どうにかならないの?」
「貴女はもう少し貴族の令嬢らしくするのですね。私はこれが素です」
「あら、お嬢様だったのね。にしてもまさか正体が男だとは思わなかったわ、ゲームにはそんな設定なかったし。じゃあさ、王子様ひょっとしてホモだったりとかするの?」
「さて、ご本人に聞いてみてはどうでしょう。最もそのとき貴女の首がどうなるかは分かりませんが」
「な~んだ、つまらないわね。ああ、私、前世じゃ桜井優香っていうの」
「桜井殿ですか・・・私は徳川家家臣、大奥中老・白浜と申しました」
「・・・・・・徳川、大奥って、いつの人間よ。まあ、いいわ。久々に日本語が話せて楽しかったし。貴女の裁判はこれからよ、もう偉い人が大勢集まってるわ。まあ、精々お慈悲懇願することね」
「ふふふ・・・」
「なにが可笑しいのよ」
「いえ、死ぬ覚悟でここにいるだけです」
ジャリスが牢の扉に手を触れると、牢の扉は開いた。
「!?」
「皆様、もう集まっているのでしたね。では、待たせる訳にも参りませんわね。
見ていなさい、武家の女の誇りを見せて差し上げましょう」
牢を抜け出し、枷の無い身体でジャリスは牢獄の廊下を進んだ。
「囚人が逃げたわ!誰か来て!」
後ろで騒ぐ小娘がいるが構いはしない。
「止れ!止らねば斬るぞ!」
ちょうど、護送するところだったのか、武装した衛兵が立ちふさがるが、こちらもそうはいかない。
「逃げも隠れもせん!大人しく裁きを受けさせろ!」
こちらに恥ることはなに一つないと、ただ、堂々と慣れ親しんだ王宮を進む。
それだけで衛兵は言葉を失い、最終的には道をあける。
王宮で働く使用人は左右に並び、あたかも王妃を迎えるかのように道を作り。
文武両官は礼を持って主君を見送った。
孤立したジャリスだが、次代の王妃としては宮の人間に認められていたのも、また事実だった。
すでに限界を迎えた身体に鞭を打ち、捌きを受けに自分の足で向う。
捌きは大勢の有力貴族と殿下を含む王族の前で行われた。広い部屋の中、中央の罪人を取り囲むように。
『罪人、元・侯爵家子息、ジャリス。己を女と偽り、王家に近づいたこと、相違ないな』
王の側近でもある大臣が罪を確認する。
「相違ございません」
『ジャリス・クゥ・ヴァーナ、先ほどヴァーナ侯爵家より正式に貴様を絶縁すると届出があった、全ては貴様と今は亡き先代の謀だとの証言も得ている。相違ないな』
「はは、相違ございません。全て私が亡き先代より受けし命に従ったゆえのことです。生家とも何の関わりもなくなった今、全ての罪は私にあります」
『では、貴様に対する罰を言い渡す・・・罪人、ジャリス、貴様をひやぶりに・』
「お待ちくださいませ」
『貴様に発言を許した覚えはない、黙れ!』
「恐れ多くも長きに亘り天下を欺いたるは如何なる法を持ってしても重罪。この上は、この場でこの腹、切ってお詫び申し上げる所存にございます」
『なにを言っている』
「大臣、オレからも頼む。ジャリスの好きにさせてやってくれ」
「殿下!なりません、殿下!」
「ジャリス、私の短刀だ、使え」
「かたじけのうございます、殿下・・・」
「気にするな、お前には苦労しかかけていなかった、そして今も」
「ご安心なく、怨んだり、化けて出たりはいたしません。真直ぐあの世へ旅立ちます。そうそう、それと殿下―――“為せばなる、為さねばならぬ何事も”」
「“為せぬは人の為さぬ為りけり”」
「はい、では、さらばにございます・・・
お集まりの皆々様、わたくしより、皆様に最後のお願いがございます。
我が祖父は先王陛下の命により、形ばかりの婚約をとりつけ、王家の力となることを選びました。結果として我等は国を欺くこととなりましたが、皆々様、どうか、どうか、殿下のこと、この国の行く末のことをよろしくお願い申し上げます」
そして両手で握った短刀で、ジャリスは己の腹を刺した。
ぼんやりと視界が開けたとき、自分は花の中に埋もれていた。白く小さい綺麗な花だ、そう、まるで真っ白な浜も上に寝転んでいるようだ。
「ここは・・・冥界でしょうか」
「残念ながらそれは違う」
「え・・・でんか・?」
「お前はまだ生きているぞ、ジャリス。私がそうさせた」
「っ!?・・・」
「“為せば為る、為さねば為らぬ何事も、為せぬは人の為さぬなりけり”―――だろ?お前を死なせたりはしない。また、オレのことを支えてはくれないか、ジャリス」