第1話
隆盛を誇る大都市。
そんな表現が似合う、聳え立ち並ぶ高層ビルとごった返す人の波。
すでに夜の時分となっている為、ビルからは一つ残らず街灯なしでも街を照らす程に光が灯り、なおも人の波は衰える事がない。
そんな栄華を誇り、極めんとする大都市の――
ヴィーッ! ヴィーッ!
その一角の高層ビルは、外の喧騒とはまるで正反対の事態に直面。
「どうなってる! 何故外部と連絡が取れない!?」
「セキュリティも、全く機能してません!」
『第1警備部隊、沈黙しました!』
『こちら第2警備部隊、至急増援うわああああああああああっ!!』
『ひいっ! くっ、来るな! 来るなあっ!!』
『たっ、助けて!!』
まるで怪獣映画か何かの様に、ビルの警備部隊およびセキュリティ管理要員は慌てふためき、恐れ慄き、そしてただひたすらに蹂躙されて行く
――たった1人の侵入者に。
「……えーっと、ブツはあっちか」
その喧騒を意にも介さず、ビルの見取り図を手に侵入者――全身を覆い尽くすマントに、眼の部分に2つ穴が空いているシンプルな仮面をつけた何者かは、歩を進める。
セキュリティが全く機能せず、警備部隊を蹴散らし、ロックの方から解除するかのように開くドアをくぐって。
「あったあった」
地下の倉庫に辿り着き、目当ての物を見つけると声を弾ませ、物が詰められたコンテナに歩み寄り、そっと仮面を外す。
「――さっ、エサの時間だ」
「――魔王だ」
駆け付けた警備部隊は、侵入者の姿を見て唖然とし――ポツリと呟かれた言葉だけが、その場に響く。
「――噂は、本当だったのか」
「……あらゆるセキュリティも権限も、人の業が何1つ通用しないVR世界の魔王」
「魔王は実在したんだ!」
「あれは魔王だ!」
「あれは人間じゃない――あんなアバターが、人間である訳がない!!」
VR技術の向上。
それが齎す恩恵は、エンターテイメントの枠に収まりきる物ではなくなり、もう1つの世界として人が幾つもの自分を持つ事が常識となった。
政治、経済、社会、学業、娯楽、医療。
人の生活、そして発展に至るまでVRは密接となった、世はまさにVR全盛時代。
「おい、聞いたか? “アインス”で起こった事件」
「ああっ、また“魔王様”かな?」
「そうだろ、また明らかに人の業じゃ考えられないって、居合わせた奴全員が口そろえてるらしいし」
「何処からともなく現れ、思い上がった人間とその産物を喰らう魔王様か」
「――アホくさ」
そんな噂にただ1人。
寝癖をそのまま髪型にした様なぼさぼさ頭に、覇気どころか生気さえ欠片も感じさせない冴えない風貌の少年、東城太助が眠たそうな眼をタブレットに向けたままぼやいた
「ねえ、たっちゃん」
「……何? また勉強教えろとでも?」
「いきなりそれはないと思うけど?」
「暇だから別に構わないけど、どの教科?」
「会話を成り立たせなさい!」
そんなに歩み寄って、まるっきり漫才のようなやり取りをやる少女。
背中まで伸びた髪をポニーにし、どこか古風な雰囲気を纏いつつも快活そうな少女、桜庭湊が、頬を膨らませて太助を睨みつける。
「もうっ、少しは周りに興味持とうよ」
「興味ないよ。ここに来たは、次世代教育の試験校であるこの学校の生徒視点での監査としてだから」
「――興味ないって言ってる時点で、学生の視点になってないんだけど」
「……わかったよ。けど今の話題って、あれでしょ? VR世界に巣食う魔王って」
「じゃあIQ220の天才で、既にVR技術者として名を馳せてるたっちゃんから見て、はどう思うの?」
「――どう考えても不可能だよ。今やVR世界は趣味趣向仕事と、まさに星の数程存在するその垣根を飛び越え、あらゆるセキュリティ、ID権限が通用しないなんて」
「じゃあやっぱり、魔物の類かな?」
「……あーくっだらない」
「もうっ、なんでこういう無愛想な子になっちゃうかな?」
「あれから8年だよ? 変わらない訳がないじゃない」
キーンコーンカーンコーン!
「ほら、時間だよ」
「わかってる」
「--魔王、か……本当にくだらない」