#09 親友との出会い ‐後編‐
俺の目の前に現れた、クラスメイトの男子生徒。
そいつは、初日から人の輪を作るほどの、超カリスマを持つ奴だ。
通称――俺の脳内の、だが――関西カリスマ。
そして、さっきまで俺が目を留め、何事かと話しかけた家の前で体育座りをしていた少女の、兄。
というところまで、理解した。理解したが――
「あのね、あのへんなひとがね、はなしかけてきたのー!」
この少女、早々に俺の地位が危うくなる発言を投下してきやがりましたよ。
……いや、俺はただ家の前でぽつんと座ってるから、心配して話しかけただけなのに、この変人扱い。
子供って純粋だけど、純粋なだけに酷いことを何の気がかりもなく平然と言い放つのな。怖いわー。
「うん?そうなのか。怖かったなー」
「こわかったよぉ、うえぇえぇん」
関西カリスマ、ちらっと俺を見てから直ぐに目を逸らし、妹を慰める。
あいつの脳内では、俺はもうそういう人なんだろうか。
何だろう、このいたたまれない感じ。俺の居場所はもうここには無い気がする。実際、無いよな。
けど、もう逃げはあの関西カリスマが現れた時点で失敗している。
今逃げたら、あのカリスマの兄がこの事を悪い方向で言いふらしてしまう可能性があるからだ。
そうなってしまったら俺の未来はバッドエンドへと向かってしまう。
クラスメイト、酷ければ学校中からの痛い視線。そして、ここ一体の近所からの冷たい視線を毎日浴び続ける羽目になり、中学とは違う原因で辛い三年間を歩むのは、屈辱的だ。
ならどうすればいいのか。
もう一つの切り札を使うしかない。
それは――謝ること。
もう迷っている暇はない。先手必勝だ。
鞄を下ろして膝をつき、両手を地面に付け全力で言うのだ。謝罪の言葉を。
大きく深呼吸し、体中の力を声に凝縮して叫ぶ。
「ご……ごめんなさいッ!」
周囲がしん、と静まり返ったように思える。
俺はまだ、自分が悪いとは思っていない。思っていないからこそ、謝罪の後に言い訳を連ねたくなる。
それこそもう、怒涛の勢いで。
だが、それをするのは今の状況だとマイナスにしか働かないからダメだ。
歯をぐっと噛み締める。ギリ……ギリと歯が擦れる音だけが、耳に入ってくる。
……いつまでこの姿勢を保っていればいいだろう?
いや、相手側が行動を起こすまで、決して姿勢を崩しちゃダメだ。
関西カリスマに、俺に悪気があったわけではないと伝わるまで。
足が痺れ、血が通らなくなったとしても、俺はDOGEZAをし続ける――
「やめろよ。どうせうちの舞が勘違いしただけだろ?……あいつ、言う事なかなか聞かなくなっちまってよー」
その言葉に顔を上げると、俺に手を差し伸べてくれている関西カリスマの姿があった。
「立てよ」
「あ……ありがとう」
許された……のだろうか。そう思っておこう。
ひとまず、よかった。これで俺は無罪だ。
俺の脳内で、未来の扉が開かれていく光景が浮かぶ。
その先にあるのは、孤独をひしひしと感じる砂漠ではなく、どこまでも広がる真っ青な草原。
――ああ、美しきかな。これが希望ってやつか。ここまで感動できるものだとは思わなかった……!
感慨に浸っていると、「よし!」と男子生徒が声を上げた。
そして、くるっとあの娘の方へ振り返ってから、俺の方を指差して、言った。
「舞、こいつは兄ちゃんの友達なんだ。だからもう悪く言わないでやってくれ」
……え?友達?いつの間になったんだ?
『友達』という単語を聞いて感慨から覚めた俺は、かなり驚いていた。
友達は欲しい。
けど、いきなり友達認定されるのはちょっと違和感を感じる。
何か……こう、友達ってのは自然になるもんじゃなかったっけ?
と俺が驚きつつも考えていると、関西カリスマがちらりと俺の方を見て、微笑んだ。
その何か言いたげな顔を見た瞬間、もやもやが解消された。
こいつ、もしかして……。
関西カリスマの奥を見ると、あの娘も俺と同じように目をぱちくりとさせて、動揺していた。
「え……で、でも、このへんなひと、おにいちゃんのおともだちじゃないって……」
うん、その通りだ。俺はさっき、こいつとは友達じゃないとはっきり言ってしまった。
でも、この場を乗り切るにはほんの少しの嘘も必要だ。
関西カリスマが、「友達だよな?」と言って肩に手を置いてくる。
俺も「お……おう!」と返して同じく肩に手を置き、反対側の手でガッツポーズをする。
そして、関西カリスマのノリに合わせて一緒に笑いあった。
この兄も、妹には手を焼いているのだろう。さっきの微笑みで、分かった。
こいつは、俺と妹の仲を取り持とうとしてくれているのだ。
あの娘は、しばらく懐疑的な目で俺たちを見ていた。冷や汗が浮かんだが、何とか納得してくれたみたいで、口を尖らせながら「……わかった。ごめんなさい」と言った。
俺も、頭を下げて「いきなり話しかけてごめんね」と謝る。
一応、紛らわしい行動をしたっていう非はあるからな。
いきなり、関西カリスマが「一見落着だな!」と笑いながら俺とこの娘を一気に抱き締めてきた。こいつ、随分アクティブだな。凄いやつだ。俺には、真似出来ない。
「じゃあ、舞は家ん中に戻っててくれ。もう勝手に外に出るなよ?」
「……うん。このあとのやくそく、まもってね、おにいちゃん!」
「あい、わーったよ」
妹の頭を撫でる兄。こういう感じって、やっぱり微笑ましいな。
あの娘が家に入っていった後、関西カリスマが話しかけてきた。
「これでようやく、話せるな」
やけに真剣な表情で俺を見てくる。
何だろう?と不思議に思う。
やっぱり妹に話しかけて泣かせたのは許せないとか……?いや、それはさっきまでの行動を見てると、無いと信じたい。
じっと次の言葉を待っていると、急に表情が曇った。軽く俯き、何かを堪えているような。
え、そんなに深刻なのか?と思ったが、次の瞬間にはその表情は消えて、さっきまでの笑みを浮かべていた。
「なぁ、せっかくだし、マジで友達にならねーか?俺、坂谷勇人。勇人でいい。よろしくなっ!」
「え……うん、いいけど……」
さっきの深刻な顔は、どうしたんだ?
その問を口にする前に、そいつは俺にとって衝撃的なことを言ってきた。
「それにな、お前の噂、知ってるぜ。腕っ節、強ぇんだろ?」
俺は目を見開いた。
腕っ節。つまり、俺の異常な腕力の事をこいつは知っているのか。
「……その噂、何処で聞いたの?」
「え……あ、ああ。お前の知り合いって奴から聞いたんだ」
……しまった。すっかり忘れていた……俺は、馬鹿だ。
俺の知り合い。つまり俺と同じ中学にいた奴。そこから俺の腕力についての情報が学校中に流れる可能性を考えていなかった。
そいつが悪い方向で噂を流してしまったら、中学の二の舞じゃないか。
それは関西カリスマ……勇人だっけか、にも言えることだ。
「な……なぁ、勇人。その事は、他の人には話さないで欲しいんだが……」
「え?何で?かっけーじゃん。むしろ広めた方が人気者になれるぜ?」
か……かっけーって。
だめだこいつ、何とかしないと。
「広められると困るんだよ。あまり公にできるものじゃないから……」
「そういうもんなのか?腕っ節が強けりゃ、部活とか無双できんじゃん」
「そうじゃないんだ。俺の力はそういうのに使うには危険すぎる。だから」
「なんだよそれ、中二病かよ。ははっ、久しぶりに見たわ」
「笑うなよ。俺は真面目に頼み事してるんだぞ?」
こいつ、俺の話をまともに聞いてないな。
それに中二病ってなんだよ。俺はもうその時期は既に脱している。
確かに異常な腕力っていったら中二病っぽいのかもしれない。
けど、これは俺自身の事実。現実の話だ。
「自覚なしか、こりゃ重症だな。じゃあ、そうだな。見せてみろよ、お前の力ってやつを」
そいつは突然座り、肘を地面に付けて俺を見上げる。
「腕相撲で、さ」
俺は、困惑した。
その勝負事を、受けるか否か、すぐに判断することができなかった。
腕相撲。
今までに、やった事は一度もない。
相手の腕を壊してしまうのではないかと、恐れていたからだ。
今の俺に、自分自身のこの異常な力をうまく抑えて使うことが出来るのだろうか。
小学、中学の頃は少し力を入れただけで、すぐに「物」は全て壊れてしまった。
シャーペンや、鉄、目覚まし時計、テレビのリモコン、その他多数。
今も、少しは改善したものの未だ壊してしまうものがある。
「物」でさえこんな状態だ。
「人」に対してこの力を出してしまったら、どうなってしまうのか。
「おい、やらないのか?」
あいつが、俺に催促してくる。
どうすればいい。
出来るのだろうか。
力を、抑えるという事が。
しばらく俯いて黙っていると、あいつが立ち上がった。
「……できねぇか。ま、しょうがないわな。お前の言うことが本当なら、俺の手がどうなるかしれたもんじゃねーからな」
……勝負をしなくてもいいのか、助かる。
俺としても、危険な真似はしたくない。
このまま、このことについては何も関わらないでくれたら……
「てことで、別にお前が強ぇーってことは、言ってもいいよな?」
「……は?」
「大丈夫だ、変な噂を流したりはしない。俺、知ってることは話さねーと気が済まないタチだからな」
なんだよそれ。
冗談じゃない。
中学の頃も、こんな感じだった。
学校での握力検査の時に、力を抑えているつもりが百キロを叩き出してしまったあの時。
クラスの中で一番の人気者だったやつが、俺の握力測定機に出た数字を見て、すげーすげーと騒ぎ出したんだ。
そのおかげで、クラスのみんなからの注目を浴びた。
みんなからの羨望の的となった俺は、まんざらでもなかった。
むしろ、隠す必要なんてないとすら思ったこともあった。
だが、その後が最悪だった。
力の制御が未熟だったせいで色々なものを壊してしまう度に、みんなの目が羨望から恐怖へと変わっていった。
みんながあからさまに俺を避けるようになり、「化け物」といって蔑んでくるやつもいた。
今もまた、こいつによって、あの悪夢を見ることになるのか。
「……やめろ……!」
俺は湧き上がる感情を抑えながらも、その言葉を絞り出した。
だが、こいつは俺を見てへぇ、と軽く笑うだけだった。
「嫌ってんなら、腕相撲、受けるぜ?」
やっぱり、やるしかないのか。
……今迷っていたら、最悪の結末が待っているかもしれない。
力の制御なんか、言っている場合じゃない。
俺はもう、中学の頃のような失敗は、しない。
「……分かった。やろう」
「その言葉、待ってたぜ」
二人の間に、見えない電撃が迸ったような気がした。
◇
処変わって、近くの公園。
俺達は、そこにある休憩所で席に座り、肘を机についた状態で顔を見合わせていた。
緊張感が高まっていく。
出来ることなら何事もなくこの場を切り抜けたいが、難しいだろう。
彼――勇人の目には、闘志のようなものがみなぎっていた。
「さ、やるぜー!」
俺からすれば、何故ここまで熱心になれるのか、疑問だ。
でも、今それを考えている暇はない。
この腕相撲に勝つにしても負けるにしても、自分の力に気を配らなければならない。
極限に近くなるほどの集中力を発揮しなければ、取り返しのつかないことが起こるかもしれないから。
人に対して力をいれるのは、初めてのことだ。
いつも以上に、慎重になる必要がある。
「俺、腕力には自信があるんだぜ。そう簡単に負けると思うなよ?」
「……そうか」
「じゃ、10秒後に始めるぜ。あの時計の一番細ぇ針が12を指したら、開始な!」
左側の遠くに見える高い柱の上に設置されている公園の時計を指して、始まりの時間を指定してきた。
「分かった」
そう答え、すっ、と右手に意識を集中する。
今から俺がやるべきことは自分の力を極力最小限に抑え、なおかつ、勝つ事。
それだけだ。
大丈夫、いける。
そう自分を落ち着かせる。
針が12を指すまで残り3…2…1…
…0。
軽く、力を入れる。
それだけでも、俺の異常な力はすぐに発揮される。
がくん、と腕が傾き、「うおっ」とあいつが驚きの声を上げる。
よし、順調に傾いていっている。
このまま……このままいければ、何事も無く終わ――
「う……ぬおおおおお!」
――らなかった。
傾きは途中で停止し、徐々にだが、あいつの力が押し返してきている。
「く……っ」
こいつ、かなり力が強いぞ。
勝負前の言葉も、ただのでまかせでは無かったのだ。
その事に気付いた時には、いつの間にか腕は元の位置にまで押し戻されていた。
「はっ、どうした、こんなもんか?お前の力って……さ!」
額に大量の汗を滲ませながら、俺を煽ってくる。
正直、その煽りに乗って全力を出してしまいたい。
今のままだと、若干あいつに押されているから、負けてしまうかもしれない。
だが、これ以上の力を出すと、あいつの腕にどんな負担がかかるかわからない。
なんせ、力を抑えても百キロオーバーの腕力だ。
全力は、出せない。
……でも。
あいつの目は、本気だ。
全力で、俺に勝ちに来ている。
だったら。俺も出すべきではないのか。
全力は無理でも、あいつの全力に応えられるくらいの力を。
「こんな……もんじゃ……!」
グッ、とさらに力を入れる。
「ないッ!」
次の瞬間、あいつの抵抗がなくなったように感じた。
そして、ドカン、という大きな音とともに、彼の手が強く机に叩き付けられた。
「が……っ」
「!」
しまった。力を入れすぎた。
机を見れば、肘をつけている机のあたりに、小さいヒビが入っていた。
「ご……ごめん!俺……」
「は……ははは……」
勇人は、痛みに耐えているような顔で、打ち付けた右手を抑えていた。
だが、そんな中で、勇人は笑った。
「ははは……本当に強ぇんだな、お前。最後の抵抗も出来ずに負けちまうとはな」
「え……」
「完敗だ。お前の言ってた事は守るぜ、誰にもお前の力は話さねぇ。むしろ話してるやつがいたら俺がとっちめてやるよ」
「あ……ありがとう」
さっきまでとは打って変わって、清々しさで溢れていた。
そして、立ち上がって左手を突き出してきた。
「さんきゅー、楽しかったぜ、腕相撲」
いきなりでどうすればいいのかわからず、とりあえず握手しておく。
すると、満足そうな様子で体を翻し、
「んじゃ、俺は妹との映画の約束があるんで、またな!」
と言って颯爽と公園を去って行った。
俺はというと、ただあいつの背中を呆然と見送っていた。
……嵐のような奴って、あいつのことをいうんだろうな、と思いながら。
◇
翌日。
一つ家の前で、俺を待ち伏せしていた奴がいた。
「……」
「やっほー!おはよーさん」
壁に寄りかかって、包帯を雑にぐるぐる巻きにした右手を振っていた。
そいつは、坂谷勇人。
昨日初めて会った、クラスメイト。
そして、腕相撲をした相手だ。
「……お前、右手大丈夫なのか?」
「ん?ああ、なんてことねーよ。少し骨が折れたぐらいじゃないか?」
……全然大丈夫じゃ無かった。
俺のせいで、やってしまった。
俺が顔を真っ青にしていると、勇人はきょとんとした顔になって、いきなり拳を打ち合わせた。
「そんなに心配しなくても、全然俺は大丈夫だぜ。勝負を吹っかけたのは俺だし、お前に本気を出させたのも俺。自業自得って奴だ」
そういって盛大に笑った。
……でも、拳を打ち合わせた時に一瞬だけ、痛みを堪える顔をしていた。
多分、俺に気を使ってくれているんだろう。
嬉しいけど、複雑だ。
やっぱり、俺の力は、「人」に対して使うもんじゃない。
これからは、絶対にこんな真似事はしないと、強く思う。
「……そうか、大丈夫なんだな?」
「おう。そんじゃ立ち話もなんだし、行こうぜ、学校。」
「……うん」
◇
その後、勇人は俺の頼みをしっかり守ってくれた。
勇人は、他クラスの俺の中学の頃の知り合い――時々絡んでくる――に俺みたいなやつとなんで友達になったんだと聞かれて、「通学路が同じだから」と答えていた。
だから俺も、どうして勇人と友達になったのかと聞かれたら、通学路が同じだったから、と答えるようにしている。
決して、「道の途中の少女に話しかけたら勇人と会った」とか「腕相撲をやって友達になった」とかは言わないし、答えたくない。
もっとも、そんなことを聞いてくる奴なんて、滅多にいないんだけどさ。
――こうやって俺と勇人は、出会い、友達になったんだ。
――そうだ。あいつは他人思いで、バカ元気な奴だった。
――あいつが死んだなんて、未だに実感が湧かないし、考えたくもない。
――まだ、希望があるなら。
――俺は、それに縋り付きたい。
――だから……。
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