#08 親友との出会い ‐前編‐
※前後編に分かれています。
※過去編です。
夢の中の出来事。
それは、
――過去の追体験。
◇
俺は、高校生になった。
厳密に言えば、入学式を終えていないのでまだなっていないが、もう気分的にはなったようなものだ。
「いってきまーす!」
「はーい、気をつけてね~!」
家を出て、今までとは違い、新しくなったように感じる空気を深呼吸して体の中に取り入れる。
周りを見渡すと、ようやく暖かくなってきた春の代名詞、桜がそこらじゅうに咲いていた。
新しい制服と、中学の頃から愛用している鞄。
それらを身につけて、今日から通う事になる高校へとしっかりした足取りで歩いていく。
胸に抱くのは、これから歩んでいく未来への希望、そして、不安。
二つの感情が混ざり合って、ついつい早歩きになってしまう。
通り、過ぎ去っていく道の途中で見かける家や犬、おばちゃんズの会話、自分と同じ制服を着た生徒。
今見ているものと、これから関わっていくことになるだろう。
俺はもう、中学の時のような失敗はしない。
自分自身をコントロールして、普通の、変わらない日々を過ごしていくのだ。
そんな思いを巡らせながら、誠は、高校の門をくぐった。
◇
案内掲示板に張り出されているクラス名簿。
俺は、それを後方から限界まで背伸びをして見ようとする。
だが、同じ新入生がその掲示板の周りに群がって人一人通ることすら難しい黒い壁を作っているおかげで、全く見えない。かわりに視界に映るのは、黒や茶色の髪ばかり。
(うーん、どうしたものか……)
結構早く起きたつもりだったんだけどな。皆がこんなにも早く集まっているとは思わなかった…。
目の前の騒ぎようを見たら、苦笑せざるを得ない。
仕方なく、後ろにある木のところまで下がって、生徒が少なくなるのを待つことにした。
正門からびっしり並んでいる桜の木や、昇降口の端っこにぽつんと立っている初代校長らしき銅像をぼんやりと眺めながら、これからの学校生活を想像してみる。
まずは、希望。誰でも思うことだろうけど、やっぱり友達は欲しい。
中学の頃は大体独りだったから、高校では少なくとも一人は「友達」と言える人を作りたいな。
でも、その為には、今まで抱えてきた不安を、取り除かなくてはいけない。
自分自身の「異常な力」。自分の異常な腕力に関しては、特に慎重にならなくてはいけない。
力を制御するためのトレーニングは、少なからずやってきた。でも、未だに少し力を入れただけで鉄をグニャリと曲げることが出来てしまう。
この制御が未熟で、失敗を繰り返してしまった中学の頃と比べれば今はまだマシだ。
でも、異常なのに変わりはない。これからの三年間、抑えられるように努力しなくては。
自らの手を見つめ、ぐっと力を入れ、決意を固める。
数分後、昇降口から教員らしき人が出てきて、バリケードに向かって言い放った。
「自分のクラスが分かった人から、直ちに教室へ向かってくださーい」
体育教師なのだろうか。若くて、入学式だというのにジャージを着ている。
テレビに出てくる体操のお兄さんのような爽やかな声だった。
おまけに顔もイケメンという完璧ぶりだ。
にかっと白い歯を見せて笑顔になる体育教師。それを見て甲高い声を上げるバリケードの中の女子。
あの先生、これから大変そうだな。
とたわいのないことを考えながら、徐々に生徒がいなくなりつつある掲示板の前へと歩き出す。
俺の他にもあのバリケードに辟易していた生徒がいたらしく、明らかにホッとした表情で掲示板を見に来ている生徒がいた。
その生徒と頭の中で思いを共感しながら、自分のクラスを確認した。
◇
一年二組の教室の前。
さぁ、入るぞと意気込んでから、ガラッとドアを開けて教室へ足を踏み入れる。
そこには、様々な生徒がいて、ざわざわと話し声が聞こえてきた。
中学の頃から仲良しだったのだろう、クラスが同じになって喜んでいる人。
なりふり構わずいろんな人に話しかけて、さっそく友達を作ろうとしている人。
緊張のあまりか体を強張らせて、じっと席に座っている人。
ぱっと見ただけでも、ここは高校なんだな、と実感させられるほどの様々な個性で溢れていた。
パンフレットによると、この高校は多数の路線が集まる大きな駅にほど近い場所に建てられており、毎年各地から人が集まってくるらしい。
だから中学の頃の知り合いよりも、初めて見る顔が多く、新鮮な気分だ。
(さて、俺の席は……と)
教室の黒板に書いてある自分の名前を探して、出席番号と席を確認する。
真ん中の列、最後方だった。結構いい席だとは思う。今ちょうど人だかりのある席じゃないし。
欲を言うなら、窓側の端が一番良かったんだが。
まぁ、これは出席番号順、つまり苗字の最初の文字の50音順になっているから、俺の「光月」という苗字だと大体ここらへんの席になってしまうんだろう。仕方ない。
ふう、と息を吐きながら席に座る。
荷物を脇に置いてから腕時計を確認すると、午前八時半を指していた。
もう少しで、先生が来た後、入学式が始まる。
胸を高鳴らせながら、俺はその時を待った。
◇
しばらくざわざわとした教室だったが、突然ビシィッ!とドアが乱暴に開かれた途端、一瞬にして沈黙し、ドアの方向を一斉に見た。
みんなの視線の先にあるのは、人の形をしたシルエット。
え?誰?と思った直後、その人は動き出した。
モデルのような軽やかな足取りで現れたのは、先生らしき女性だった。
ぱっと見た印象は、「綺麗な人」だった。右手に資料を持ち、スラリとしたスタイルで眼鏡をかけている出で立ちは俺にそんな印象を抱かせた。
――が、その印象はほんの数秒で消え失せた。
教壇に立ち、教室の中を見渡したその人は、うんうんと何故か頷いてから、右手の資料を見る。
そして、顔をみるみるうちに青ざめさせ、「忘れた……」と言って教室を騒々しく走り去っていったのだ。
その一連の出来事に、俺は、――おそらくクラスの皆も――唖然としていた。
しばらくしてから、「あの人は一体何なんだろう?」、「なんかおかしな人だねー」という会話がそこかしこから聞こえてきた。
あの人が担任なんだろうか。なんか、一年が早くも心配になってきたんだが……
朝のチャイム音。
来た時とは別人のような形相で教室に滑り込んできたその人は、やはり担任だった。
「林田凛子」という名前の先生だった。見かけと性格のギャップが物凄い人、というイメージが俺の中で出来上がってしまった。
◇
朝のホームルームの後、校長先生の長くありがたい話と生徒会長の送辞、新入生の答辞などの厳粛な雰囲気をまとった入学式を終えた。
これで晴れて高校生となり、これからの三年間を過ごしていくことになる。
『高校生として三年間、文武両道に励み、立派に卒業すること』
校長先生の長い長い話にもあったが、これを目標にしてこの高校の全生徒は活動していく。
俺はこの学校目標を達成しようという強い思いはないが、何か、物事に取り組んでいけば、いずれはそれに近づくこともできるだろう。
入学式の後に授業はなく、帰りのホームルームをして解散となる。
明日からは少しづつ学校に慣れるためのオリエンテーション等が始まっていく。
あの天然ギャップ先生――俺の中でその呼び名が定着してしまった――の解散の号令の後、教室は初めてここに来た時の様に騒然としていた。
俺の左前あたりの席に人の輪が出来ていて、そこが元のようだ。
(一体何だろう……)
そう思いながら、人の輪の隙間から覗いてみる。
中心に、一人の男子生徒がいた。
髪は短く、ぱっと見体育会系っぽい雰囲気だ。
屈託のない笑顔で、机に腰掛けながら周りの人に話をしている。
その男子が何か話す度に、周りからは笑い声が溢れている。
……凄いな。初日にしてもうここまで皆と打ち解けてるなんて。
いわゆるカリスマってやつかな。俺には真似できない。
しばらくその男子の話を聞いてみた。
成程。内容はその男子の体験談みたいだが、話し方が独特で凄く面白い。
妙にハイテンションで、関西弁のなまりのある話し方は、見てても聞いても飽きない。
しばらく俺は、その男子生徒、俺曰く関西カリスマの話を聞いていた。
数分後、盛り上がっているクラスを出て、昇降口に来た。
もう少しあの男子の話を聞いていたい気持ちもあったが、何だか抜け出せなくなりそうだったから早めに切り上げた。
家でやりたいことも結構あるし、時間は上手に使いたい。
さ、家に帰って明日の準備やらネットサーフィンやら、やるとしますか。
◇
学校から家までは、なんのひねりもない一本道だ。
中学の頃は高校とは反対の道を通っていたうえに、道が複雑だったから、比較的楽になったと言える。
だから、周りの様子を見る余裕もある。
他の小学校や中学校も今日が入学式だったらしい。
ピカピカのランドセルを背負った小さい子と親が手をつないで一緒に歩いていたり、ぶかぶかの制服を着て重い鞄を一生懸命運んでいる中学生がいたり。
それを見ていると、ほんわかとした気持ちになる。
自分もこれから高校生活が始まるんだ、と気分を高揚させながら歩いていると、ふと目に映るものがあった。
一つの家の前で、五歳位の女の子がじっと地面に座っていた。
両手で胸の前にクマのぬいぐるみ……のようなものを抱えて、体育座りで。
一体、どうしたんだろう?
俺は一旦立ち止まり、考えてみる。
誰かを待ってる……とか?
少し派手目のワンピースを着ているし、どこかへ出かける予定だったのかもしれない。
そこで、親の人が急な用事が出来て、「ここで待ってて」とか言われたからこの娘はその通りにずっとここで待ってる……みたいな。
うーん、それだったら普通「家で」待っててって言うよな。そのほうが安全だし。
……あ、けど待ちきれなくて家から出たってこともあり得るかな。
あれ?でもそれだと家の鍵をかけないで出て行ってることになるし、その親、無用心にも程がないか?
と思考を巡らせていると、その娘がこっちを見上げてきて、目が合った。
「……あ」
「……」
睨まれた後、無言で顔を背けられた。
うん、いきなり立ち止まってジロジロ見られたら、まぁ、変な奴に見えるよな。
逆の立場だったら俺も警戒心グングン上げてるだろうし、当然の反応だよな。
……でも、やっぱちょっと心に刺さるものがあるわ。
このまま立ち止まってるのもあれだし、話しかけてみるか。
何より、変態と思われたままなのは流石に嫌だ。
これからこの家の前を通る度に後悔する未来は全力で回避したい。
挽回せねば。
「どうしたの?ずっと家の前にいるみたいだけど……」
その娘の近くに歩いて行って、しゃがんで話しかけた。
もちろん、最高の笑顔で。
すると、若干涙目になりながらおっかなびっくりこっちを睨んできたその娘は、俺の制服を見てきょとんとした顔になった。
そして、こう言った。
「おにいちゃんの、おともだち……?」
「え?」
お兄ちゃんのお友達。この娘は俺の制服を見て、そう言った。
……そうか、この娘の兄にあたる人は多分、俺と同じ高校に通ってるのか。
残念ながら俺はその兄を知らないし、友達は今のところゼロだから、悲しいかな、違うと答えるしかない。
「……いや、違うけど」
「あっちいけー!」
「えっ」
「このおいえはまいがまもるのー!あっちいけー!」
いきなり立ち上がって、目に溜まる水滴を一層大きくしながら手を目一杯広げて拒絶された。
クマのぬいぐるみ落ちちゃってるよ……とそうじゃなくて。
これじゃ話しかけた意味ないじゃんか。
悪いイメージ一直線じゃないか。
しかも通行人がこっち見てる。恥ずかしい。見てないであっちいけ。
「かえれーっ!」
「ちょ、ちょっと落ち着いてよ」
「くるなー!あっちいけー!うわあぁあぁん!」
うわあぁ、泣き出しちゃったよ。まずい。これはまずい。
俺なんかしたか?話しかけただけだよな?
でもこうなってるからには俺が悪いんだろう。凄く納得できないけどさ!?
どうする、どうすればいいんだ俺!?
この場から撤退するか、必死に謝るか。
究極に悩んだ挙句、前者を実行しようとして――
「どうしたんだ?舞」
誰かが、来た。
逃げられなくなった。
「うわあぁあぁん、おにいちゃーんっ!」
その娘が泣きながら現れた人物に駆け寄っていった。
ああ、俺の人生、終わった……。
……ん?お兄ちゃん?
誰だ……
「おー、よしよし、だいじょーぶだからなー」
「お前は……」
そこにいたのは、つい先ほどクラスで人の輪の中心にいた、あの男子生徒――関西カリスマだった。
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※11.16 誤字、表現そこそこ訂正しました。