#02 日常
※本編入ります。
――ピッ
――ピッ ピッ
――ピピッ ピピッ
――ピピピピピピピビグシャッ……ビッ
「……うるさいな」
ふあぁ、と欠伸を手で覆いながら体を起こす。
部屋の窓を見れば、カーテンの隙間からとめどなく朝日の光が溢れ出ていた。
「朝か」
呟き、右手を見る。
そこには、いくつもの金属の破片。
そっと斜め後ろを見れば、昨日まで無傷でそこにあったはずの目覚まし時計が、原形を留めることなく粉砕していた。
少年は、気だるそうに呟く。
「……また、やっちゃったな」
◇
光月誠は、力が強すぎる少年だ。
特にトレーニングしたわけではない。
幼少の頃から、常人とはかけ離れた握力と筋力を持っていた。
それゆえに、生活は少々苦労した。
菓子を貰えば食べる前に握り潰し、ゲームをプレイすれば数日でコントローラーに無数のヒビが入り、学校では一週間に一回はシャープペンシルを折り、目覚まし時計は叩く度に亀裂が走る。
少年に長く関わった「物」は、必ずと言っていいほど破壊され続けた。
少年が、自分は人とは違う、と認識したのは小学三年の頃。
周りの友達から奇怪なものを見るような目で見られ始めたからだ。
「居心地が悪い」と感じ、少年は努力した。
自身の常人とかけ離れた力を制御するために。
力を入れすぎず、抜きすぎず。
力のコントロールが出来るようになったのは、中学生になった頃だ。
以前よりも「加減」を覚えた少年は、日常生活にはある程度困らなくなってきている。
だが――
◇
また、時計を壊してしまった。
これで何度目だろう。
確か、今回で三十四台目だった気がする。
…ヤバいな。
元は目覚まし時計であった金属の残骸を処理しながら、誠は考える。
同い年の男子の平均よりも四十キロぐらいずば抜けている俺の握力は、信じられないくらいの破壊力を身の回りの物という物に発揮してしまう。
その中でも一番被害を被っているのは、朝起きてすぐ叩かれる目覚まし時計だ。
目が覚めているときは力を入れすぎないように気を付けることが出来るが、朝はそうもいかない。
脳が起きていないのと、純粋にまだ寝ていたいという衝動で無意識に全力で叩いてしまうからだ。
最初の頃は壊してしまった罪悪感と申し訳ない気持ちでいっぱいだった。だが、これがずっと続いてくると、もうそんな気持ちは薄れて、
(……寿命だな。)
としか思わなくなっている。
どうしてこんなに力があるんだ、とよく聞かれる。
答えは、『俺にも分からない』、だ。
学校では、未だにシャーペンをぽきっと折っちゃうし、握力検査で全精神を一点に集めて軽く握ろうと意識しなければ、簡単に百キロオーバーを叩き出してしまう。
昔から力加減に関しては出来る限りのトレーニングはしてきた。
でも、完全に抑える事は無理な気がする。
病院にも一人で行ってみた事がある。
だが、「どこにも異常は見られませんねぇ。人より腕力の成長が早いだけじゃないですかねぇ」と何の解決にもなってない事を言われた。
今はもう、俺はこういうもんだと割り切って生活している。
クローゼットを開け放ち、ハンガーにかけられた制服を取り出し、慣れた動作でパパッと着替える。
脱いだパジャマは上下とも軽く三回折り畳んでから、ベッドの上にポーンと放り投げる。はい、早着替え完了。
最初は丁寧にやっていたことも、日常として繰り返していくと段々とそこに「楽」を求めだして、無意識のうちに最終的には雑になっていってしまうと、どこかの番組で言ってた。
他の誰かが指摘したり自分で意識しない限り、現代の人間は怠惰へと向かっていってしまうのだ。この俺のように。
分かっていても、直す気は毛頭ない。時間を食わないし、なにより楽だ。
「おはよう」
「あら、おはよう!ねぇ、さっきあんたの時計の悲鳴が聞こえたんだけど、またやっちゃった?」
「あ~……まぁ」
「そっかぁ。じゃ、また買いにいかないとねぇ」
フンフフンと鼻歌を歌いながら料理を作っているこの人は、俺の母さん、光月美咲だ。
陽気な性格で、疲れというものを知らない。
現在の時刻は6時45分。母さんは大体この1時間前には起きて、いつも家族の朝食と俺の弁当を作ってくれている。感謝だ。
「誠、また壊したのかぁ?こりないやつだな、本当に」
「…壊してない、壊れたんだよ」
「嘘つけ。お父さんは分かるぞ、お前の怪力は半端ないから。時計がかわいそうだ。もっと物を大切に」
「まぁ、いいじゃない。あなたも、私の大事な物をなくしてくれたことがあったわよねぇ?」
「うっ、でもな美咲……」
ダイニングテーブルで笑顔の母さんに冷たい視線を放たれながらも必死に抗弁しているのは、光月剛、父さんだ。
俺から見てもまるで子供のような人で、母さんにはめっぽう弱いけれど、俺に対してはけっして甘やかしたりすることがなく、友達のように同じ目線にたって物事を考えてくれる。
あっ、母さんとの言い合いに負けて落ち込んでる。昔の失態も掘り返されたみたいだ……。哀れだな、父さん。
俺の両親は、俺の飛び抜けた握力については、何も気にしていない。
母さんは「硬い缶詰とか開けられて、むしろ便利じゃない」と笑い、
父さんは「その怪力をうまく制御するんだ。そうすればなんとかなる」と真顔で言う。
要するに、超楽観主義なのだ。
テーブルの椅子に座って、いただきますと一礼してから朝食を食べる。今日は和食といったらこんな感じというメニューで、ほかほかの白米、豆腐とワカメの味噌汁、よく味付けされたたくあんに鮭の塩漬け。うん、安定のうまさ、いつもの母さんの味だ。
朝食を済ませた後、いつも見ているニュース番組を十分程見てから、家を出た。天気予報によると、今日は晴れのち雨だ。念のため傘を持っていこうか。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい!忘れ物はなーい?」
「大丈夫だと思う。傘持ったし」
「そう、気を付けるのよ~」
「はーい」
左肩に手さげバッグ、右手に傘を持ち、車が行き交う道を左側通行で学校目指して歩いていく。家から学校まではほぼ一本道。途中では元気な犬がワンワン吠えてきたり、鴉がゴミを漁っていたり……、微笑ましく小学生達が行列を作って歩いていたりしていた。
「誠、おはよーさん!」
「ああ、おはよう、勇人」
俺に向かって軽く手を振りながら、爽やかな笑顔で道の脇に立っている男子は、俺の友達の一人、坂谷勇人。
今通っている高校で同じクラスになってから、通学路が同じ方向だったのもあって次第に仲良くなった。
いつも朝に勇人の家の前で合流して、一緒に登校している。
「はぁ~、今日は一時間目から数学だぜ!?マジダルい。また仮病使ってサボろっかねぇ」
「やめとけ勇人。先週もそうやってサボって、結局呼び出されて怒られてただろ?成績下がるだけだぜ?」
「へっ、大丈夫だそんぐらい。数学なんてオレにはミスマッチだから。部活と体育っていう生きがいさえあればじゅーぶんだぜ」
「相変わらずだな、勇人は」
こんなノリで談笑しながら10分ほど歩いていくと、右側に学校が見えてくる。歩道橋を渡り、校門をくぐる。
俺の通っている高校は、一学年九クラスという首都圏であればそこまで大きくもない、普通科の高校。特に特徴といったものはないが、ただひとつ挙げるとすれば敷地の面積がそこそこ広いということぐらい。入学式の時の校長先生曰く、東京ドーム十個分、らしい。
…あ、今なんとなく疑問に思ったんだけど、なんでニュースとかでは広い土地の面積を東京ドーム基準で考えるんだ?俺は東京ドームになんて行ったことないから、大きさが全く分からない。どうしてなんだ、勇人?
オレに聞くなよ、知らねえよ、というもっともな答えを返されながら上履きに履き替え、二年のクラスへと続く階段を上がっていく。
こうして、誠の学校での一日が始まっていく。
◇
いつもの日常。いつも通りの朝。いつも隣にいてくれる友達。
いつもと変わらないこのゆっくりとした時間の流れの中で、少しずつ運命の歯車が傾き始めていることを、まだ誠は知らなかった。
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