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優しい味

作者: 文 詩月

最上級に甘い(*当社比)作品となっております。作者自身が悶えながらアップ致しました。どうぞ、よろしくお願いします。

 今日、夢を見た。

 最悪の悪夢だった。


 あなたとわたし、重い鉄枷に繋がれていて、二人共身動き一つ取れやしない。

 そんなわたしたちのもとに、黒いベールを全身にまとった闇の使いが現れて、こう述べる。


「お前たちのうち、どちらかの足を私に寄越せ。

 そうすれば、二人共自由にしてやろう」


 そう言いながら、ギラギラ光る鎌をちらつかせる。


 わたしは、ただただ怖かった。

 自分が痛い思いをするのは嫌だった。


 闇の使いは鎌を突き出して、わたしたちに問いかける。


「さあ、どちらだ! 述べろ!」


 わたしは唇が震えて声が出ない。

 どちらかなんて選べない。


 すると、あなたの澄んだ声が、世界に響き渡った。



「―――僕の足をさしあげます」



 びっくりしてあなたを見ると、あなたは闇の使いをまっすぐに見据えていた。


「女」


 毒々しい声がわたしに向かって語りかける。


「お前はどうだ?

 この男の足でよいのか?」


 そう言って、鎌を彼の足の前にかざす。

 わたしは泣きながら、ついに言った。


「わたしではなく、彼の足を・・・」





 ――――そこで、目が覚めた。

 爽やかなはずの日曜日の朝は、どんよりと暗かった。


 時計を見ると、針は8時11分を示している。

 ああ、今日は彼と会うんだった。もう用意して行かないと…

 昨日まであんなに楽しみだったデートも、何だか気が重い。

 気乗りしないまま服を着替え、約束の場所に向かった。


 待ち合わせ場所にあなたの笑顔。

 晴れていく私の心。

 大丈夫、あんな夢、すぐ忘れる。

 そう思っていた。



 ・・・・・・けど、


 あなたが笑うたび、浮かび上がってくる今朝の夢。


 だからかな。いつもはあなたが笑うと、わたしも心から笑えるのに…

 今日は涙が零れそうになる。

 それを隠すために、ずっと下を向いて歩いた。




「帰ろっか」


 時刻はまだ2時を回った頃、唐突にあなたは言った。


「なんで?」


 思わず間の抜けた声で聞き返す。


「由利子、今日ずっと気分悪そう。

 ・・・休んだほうがいいよ」


 そう言って、あなたは寂しそうに笑った。


 わたしは何も言えず、下を向く。

 あなたの優しさが、何だかとても・・・・・・

 ・・・・・・痛かった。


 急に黙りこくって、何も言わないわたし。

 気遣うようにあなたも何も言わなかったけれど、しばらくして遠慮がちに口を開いた。


「あの…何なら、僕ん家 来ない?」


 その言葉に、わたしが顔を上げると、

「そしたら、ゆっくりできるし・・・」

 と付け加えて、照れくさそうに笑うあなたがいた。


 そんなあなたに、わたしも少しだけ笑って「うん、行く」と答えた。




 ◇ ・ ◇ ・ ◇ ・ ◇




「はい」


 目の前に差し出される、コーヒーの入ったマグカップ。

「ありがとう」と口をつけると、苦くて優しい いつもの味。

 コーヒーをこんなに優しい味だと感じるのは、あなたが淹れてくれる時だけ。

 同じ材料、同じ容器で、同じようにわたしが淹れても、こんな味にならない。この優しいコーヒーを飲んで、また泣きそうになった。


 向かい側に座って、あなたもコーヒーに口を付ける。2、3口飲んで、眉をしかめると「…やっぱり、ちがうな」と笑いながら言った。


「何が?」


 きょとんとした顔で、尋ねるわたし。あなたは「んー」と相槌を打つと「やっぱりさ、僕の淹れるコーヒーと由利子に淹れてもらうコーヒーじゃ全然ちがうなって」と目を細めた。


「由利子に淹れてもらうコーヒは、なんかさ・・・あったかいんだ。優しい味っていうのかな?

 ・・・きっとコーヒーにも人柄が出るんだろうね」



 その言葉を聞いて、今朝見た悪夢の情景が駆け巡る。


 …優しい?……わたしが?


 ちがうよ。自分が痛い目に遭うのと、あなたが痛い目に遭うのだったら、後者を選ぶわたしなんだよ?



「優しくないよ……」


 蚊のなくような声で、ぽつりと言う。

 すると、あなたはマグカップをそっとテーブルに置いた。



「……何か、あった?」


 静かな声で、あなたはわたしに問いかける。


 わたしは、言い出そうとして、何度もやめて、

 けれど、沈黙に負けるように、やがて「今日、夢を見たの」と言った。


 あなたは何も言わずに、目配せして続きを促す。

 だから、ポツリポツリと夢の内容を語りだした。


 闇の使いがどちらの足を差し出すか選ぶようにと要求したところまで説明して、わたしの言葉は途切れる。

 そして、目を合わせないまま、あなたに聞いた。


「……将人だったら、何て答える?」


 左手が小刻みに震えてる。

 それを隠すように、もう片方の手で必死に握り締めた。

 時がどこか遠のく中、あなたの声が空気を貫く。



「―――僕の足をさしあげます」


 まるで、夢の時と同じようなあなたの声が、世界に響き渡った。



 ……そりゃ、彼女から聞かれたら、そう答えるよね。

 所詮、キレイ事でしょう?


 わたしの中に、澱んだ感情が沸き起こる。

 それは、まるで揺れ動く心を覆い隠すようで……


 ふと、逃げていた視線が、あなたとぶつかる。

 あなたはわたしをまっすぐに見据えながら「僕はそう答えるよ」と真顔で言った。


 わたしはその瞳を知っている。

 それは、真剣な時のあなたの目。

 …嘘をつけないあなたの目。




 ―――ああ、ダメだ。

 この人は、綺麗すぎる。

 この人は、優しすぎる。


 わたしでは、あなたにふさわしくないと思った瞬間、今日何度堪えたかわからない涙を、今度こそ止められなかった。


 泣きながら「ごめん」と言い続けるわたし。

 あれは、たかが夢で、本当にその状況になるわけじゃない。

 それにもし、現実になったとしても、わたしがああいう風に答えるとは限らない。


 ……でも、怖い。


 あなたの足に鎌がかざされた時、わたしは心のどこかで思った。

「――ああ、よかった」と。

 夢は、深層心理を表しているという。

 だから、怖い……。


 泣きじゃくるわたしの隣にあなたは座ると、そっと手を添えた。

 その温もりにすがるように、わたしはついに吐き出した。


「わたしは…闇の使いに向かって『わたしではなく、彼の足を・・・』って言ったの……!」


 最後まで言うと、もはや嗚咽が止められなかった。

 そんなわたしを、あなたは両腕でしっかりと包んだ。


 あなたの胸の中で、ただただ泣いた、日曜日の午後―――――――――







 ――――――窓の外から聞こえてくる、子供の声。

 バットでボールを打ち上げる、甲高い音。


 どのくらい、こうしていたのだろう。

 涙はいつの間にか止まっていた。

 わたしは「ごめんね」と身を起こして顔をそらす。

 夕焼け空が、目にしみた。




「……いいんだ」


 突然に沈黙を破って降ってきたあなたの声。

 何のことかわからずにあなたの顔を見ると、いつもより凛々しく笑いながら、あなたは言った。


「由利子は、優しいよ」


「優しくないよ…っ」


 わたしは咄嗟に言い返して、唇を噛み締める。

 引っ込んでいた涙が、また顔を見せ出すから、慌てて両手で拭った。


 そんなわたしの両手を掴んで優しく下ろすと、あなたは親指でわたしの真っ赤に染まった唇をそっとなぞる。


「……優しいよ。

 由利子は優しいから、足のない僕を見捨てられない。

 例え足がなくなっても、僕のそばにいてくれるでしょう?」


 熱のこもる瞳であなたがわたしをみつめるから、わたしは導かれるように首を縦に振った。


「だったら、いいんだ。

 …全部、いいんだ」


 嬉しそうに笑いながら、あなたはまた腕の中に私を閉じ込めた。


「足がなくなっても、由利子と、この腕があれば・・・

 ・・・ほら、こうやって、最高の幸せを感じれる」



 そう言ったあなたの声は、本当に幸せそうだった。

 だけど、その声を聞いたわたしは、あなた以上に・・・・・・






 ―――あの夢を見て一番怖かったのは、こんなにも汚いわたしに、あなたが幻滅して離れていくと思ったから。


 だけど、あなたは教えてくれた。

 くちづけと共に「それは、ちがうよ」って教えてくれた。



 窓の外には満天の星空。

 あなたとわたし、隣どうし、おそろいのマグカップに口を付ける。


 あなたのカップには、わたしのコーヒー

 わたしのカップには、あなたのコーヒー



 のどを通るのは……ほら、こんなにも優しい味。

彼は善人の皮を被ったヤンデレです。


身内では、実際に闇の使いに「どちらかの足を出せ」と言われたらどうするか、という話題で盛り上がりました。


皆様はどう答えられますでしょうか?


最後までお付き合い下さり、感謝致します(^^)

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