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涙珠

 こんなに綺麗な人を、今まで見たことがない。

カルは初めてレナに会ったときの事を思い出しながら、心の中でそうつぶやいた。

ヴァレス家の秘蔵っ子の噂を聞きつけた彼は、親友の名誉を守るという大義名分と、幾ばくかの好奇心を携えて、その邸宅を訪れた。

浮いた噂がなかった親友に振って沸いた、好奇心をくすぐる噂の種は、どちらかといえば世間に疎いカルの耳にまで入るありさまだ。訪れる前は、それを幾ばくかでも解消しようと、真剣に考えていたはずだ。

だが、カルの目の前に現れたのは、噂をされることも無理のないことだと、ため息がでるほど美しい少女であった。

親友のディリは、そのことに意識的なのか無意識なのかはわからないが、全く頓着していないことが気にかかり、カルはそこからレナのもとへ足繁く通うこととなった。

いや、それは言い訳であり、カルはただひと時だけでもレナと供に過ごしたかったのだ。

彼女の目が誰を映し、そして誰を追っているかなど、どれほど鈍いカルにすらわかっていたことなのに。

結局、レナはディリを選び、ディリはレナを選んだ。

当然の帰結のような結果に、家族は落胆し、そして自棄酒に付き合う殊勝な同僚たちがひっきりなしに彼の家を襲撃した。

時がたち、自虐的に彼女の話ができるようになるころ、カルは庭で一人酒を煽っていた。

付き合うのは夜空の月だけ、柔らかな光は庭へと注ぎ込み、そしてそれはレナの面影をそこここに浮かび上がらせていた。

無理に笑っていた彼女。

思いつめたような彼女。

この家に居たときのレナは、ディリから逃げる途中であり、笑顔を見せることはあまりなかった。

それでも時折見せた笑顔は、やはりカルを魅了し、いつまでたっても諦め切れなかったその時の気持ちを思って、彼はまた杯を煽る。

働き先が決まり、次の日にはカルの家を出て行く日の夜、レナは家族に隠れこの庭に立っていた。

それをカルは何も言えずに黙って見守っていた。

結い上げていない髪は背中に流され、時折風に吹かれて舞い上がっていたのを覚えている。

そして声を殺して、ただ静かに涙を流していた姿を。

はらはらと、綺麗な珠のように流れ落ちるをそれをただ呆然と眺め、彼女の中には自分の存在が入る隙がないのだと思い知った。

綺麗だと、ただただ綺麗だと涙を見つめ、そっと彼女に背中を向けた。

それはカルの中で、彼女への思いが一区切りついた瞬間でもあった。




 徐々に酒精に満たされ、月がおぼろげになっていく様を楽しみながら、カルはさらに酒を流し込む。

瓶の中が空となり、静かに杯を置いた。

つい先ほどまで飲んでいたとは思ない足取りで庭を後する。

残された杯は静かに月明かりに照らされていた。



 次の日、カルは自らの手で見舞いの品を選び、久しぶりにヴァレス家へと赴いた。

幼子を抱えたレナに迎えられたカルは、その祝福された赤ん坊に笑いかけた。

そして、どうかこの子がレナのように泣くことが生涯ないようにと祈った。

成長した幼子がディリにまとわり付き、あまつさえ恋人にすると言い張るのはそう遠くない将来の話。

capriccio(http://noir.sub.jp/cpr/)さまのサイトからいろはにほへと/「11. 涙珠」をお借りしました。

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