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01. 気まぐれの偶然

 第三騎士団第一部隊に所属するディリ=ヴァレスは、うんざりした面持ちで戦場だった土地を見つめた。

隣国をも巻き込んだ戦争がようやく終結する。誰もが願い、安堵する知らせを聞いても、彼の気持ちは一向に晴れなかった。

女神の娘がもたらした終戦を祝い、祝杯の一つもあげる同胞たちを尻目に、ディリは己がつい先日まで立っていた戦場に赴いた。

焼け焦げた匂いが彼の鼻腔に届き、ほんの先ほどまでそれが当たり前の世界であったそれらを不快に思う自分に驚く。

幾人を切り倒したのかわからない己の手を握り締め、まだ返り血の感触を忘れていないことを確かめる。


自分は、ここで何人の人間を殺したのか?


問いに答えるものはなく、ただ焼け爛れた野原が彼の眼前に広がる。

ここも、恐らく彼らが来る前は肥沃な大地であったはずだ。

もともと農業国であるローレンシウムは農地や牧草地が多数存在する。目を瞑れば青々とした光景が思い浮かぶのに、彼の目の前には黒くもはやなにものであったかすら、わからなくなった土地が広がるのみだ。

一際黒いものが、小山をなし転がっている。

それが、人間だったということを彼はよく知っている。

埋葬もされず、ただごみのように転がされただけの彼ら彼女らは、ローレンシウムの人間なのか、プロトアの人間なのか。人殺しの自分ではそれらに触ることすらためらわれ、彼はただ呆然と多量の死体を目に焼き付けていく。

空は憎らしいほど青い。

彼は歩みを止め、来た道を引き返す。

変わらずある、焼けた大地と、死体の山に、彼は終戦を祝う気持ちなどとっくにどこかへやっていた。

そもそも、こんなに簡単に戦争が終わるのならば、なぜ女神はもっと早くにその娘を遣わさなかったのか。誰にも言えない悪態をつきながら、彼はただひたすら凄惨な現場を歩き続ける。

ふと、彼の視界が何かを捕らえる。

足を止め、見渡したものの、やはりそこには今まで見た風景が広がるだけだ。

再び歩き始め、やはり彼は何かを感じ、歩みを止める。

正体を確かめるべく、彼は小山へと近づく。

その中に僅かに動くものを見つけたときには、彼は驚愕し後退した。

ややあって、彼はもう一度それに近づく。

思い切って、その物体を引き上げると、それは恐ろしくも小さい人間の形をしていた。

打ち捨てられた雑巾よりも汚いそれは、ディリの判断が正しければ子供であり、そんな子供までもが犠牲になったことに女神への悪印象が強くなっていく。

だが、そんな思考もそこまでのことであり、子供の瞼が微かに動いたのを確認した彼は、それがまだ生きている、ということをようやく気が付くことができた。

彼は慌てて、子供を地面に置き、様子を確かめる。

煤が付いた頬をぬぐえば、驚くほど白い肌が露出した。微かに震えるまつげも酷く長く、その子供の造形が美しいことが伺えた。容赦なく焦げた衣類を脱がし、彼は子供に火傷以外の目立った傷がないことを確認する。

弟妹以外の子供を知らないディリは、その子がいくつなのかも判断することができず、ただ小さいその体を持ち上げる。生憎と適当なものを持ち合わせていなかった彼は、外套で子を包み、数日前まで騎士たちがとどまっていた野営所に引き上げた。そこには動かすことのできない重傷者と、それを看病するもの、また帰るあてのないものたちも留まっていた。彼らの中には、家族を失ったものも、そもそもそんなものなどいないものたちも含まれている。

ディリは家名こそまだついでないものの、上流貴族の出身だ。

弟妹を失い、家督を継ぐこととなった彼が、このような戦場へと赴かざるを得なかったのは、政治的な問題であり、端的に言えば政敵の策略にはまったことによる結果だ。その結果を唯々諾々と受け、こんなところまでやってきたのは、彼が実家と折り合いがついておらず、彼らを厭っていたことが原因でもある。その家族も母を除いてすでになく、彼は否応がなく、逃げ出した実家へと帰らざるを得なくなった。




「おい」


懸命に重傷者の面倒をみている看護の女性に、声をかける。

やや横柄な態度ではあるものの、彼女たちを性的な目でみることも、見下すこともない彼は、彼女たちからは一定の信頼を得ている。そんな彼の呼び声に、もっとも年嵩の婦人が答え、彼の元へやってくる。


「すまないが、これを診てくれないか?」


焼け焦げた髪が痛々しい子供を差し出され、婦人は数瞬瞠目する。

戦場で様々なけが人を見てきた彼女も、騎士団の野営地で子供をみかけることはなかったからだ。


「・・・・・・どこで?」


無言のまま、来た道を指差す彼に、彼女は頷く。

戦時中ならば民間人をみる、などという余裕はないのだが、やはり彼女も女神の奇跡に酔っていたのだろう、あっさりと彼の頼みを受け入れた。

やがて、魔術で運ばれた水で体を清められ、清潔な服を着させられた子供が彼の前に差し出された。

思った以上に整った顔立ちに、彼は内心困惑する。

さらに、彼のその困惑に婦人が拍車をかけることを告げた。

ディリ=ヴァレス、上流貴族に生まれた彼は、戦場で子供を拾った。

それはただの気まぐれであり、偶然である。

だが、その後の彼の人生を決定付ける、何がしかのきっかけとなったことは確かであった。

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