二日目 午前
一話目がとても長かった気がするので、今回から一話分を二部制にしようと思います。ご不満のある方は感想におねがいします。
それでは、ごゆっくりどうぞ。
『探し物を探しに』
12月27日 朝八時
柴咲冬夜はいつものように朝を迎えた。と思っていたのだが……。
彼のベッドの中には、昨日出会った少女のきなが寝息を立てながら静かに眠っていた。
「おーい、きな。朝だよ」
そう言いながら、僕はきなのほっぺをつんつんと突っつく。
すると、彼女は不機嫌そうな顔をしてこう言った。
「にゅー、まだねむい……」
そう言ってきなは布団を被って寝始めた。
こんな冬の季節なのだから気持ちはわからなくもないが……。
冬夜は、「しょうがないな」とため息をついたのであった。
とりあえず、きなはもう少し寝かせておくことにして。お腹も減ったので、朝食を作りに冬夜は下に降りるのであった。
一階のリビングに降りた冬夜がすること、それは一つである。
それはストーブを点けることである。
布団の中ならきなも居て暖かったが、一階は凄く寒かった。
ストーブを点けることを終えた冬夜は、さっそく僕は朝食づくりに励むためにキッチンへと向かうのであった。
その頃、冬夜の部屋
「にゅー…………ふぇ?」
(なんかさっきより寒い。)
そう思って起きてみたきなだが、隣はに冬夜が居なかった。
冬夜が居てくれたおかげで暖かかった布団は、今では冷たいとは言わずとも少し寒かった。
「……どこにいったんだろう?」
寝ぼけながらだが、きなは考える。
すると、鼻孔をくすぐる良いにおいが冬夜の部屋まで漂って来た。
「いいにおいがする?」
この匂いはどうやら下から来ているようだ。
寝ぼけ眼をこすりながら、きなは下に降りるのであった。
「~♪」
冬夜はキッチンで楽しそうに料理をしていた。もちろん、一人分ではなく二人分を。
今から起きてくるきなのために。
トントン、と階段を降りてくる音が聞こえる。
降りてきた人物は、さっきまで眠いと言っていたのが嘘かのように元気に挨拶をしてくれた。
「とうやー、おはよう!」
「おはよう、遅いお目覚めで」
少し茶化しながら、僕はきなに笑顔を向けた。どうやらきなはそのことに気づいていないようだが……。
きなも可愛らしい笑顔を僕に向けながら、こっちに向かってきた。
「何つくってるの?」
「朝食」
「それだけ?」
「それだけ」
そう言って、簡単に皿に盛りあわせた朝食をテーブルに持っていく。
一人分なら一回で持っていけるのだが、二人分だったので、
「きなも手伝ってくれる?」
「うん!」
きなにも朝食(重さ的に軽い物)を持たせてテーブルに向かった。
「いただきます」
「いただきます!」
二人は仲好く手を合わせる。
今日の朝ごはんは、昨日の残りのシチューと食パンと目玉焼きである。
きなは一番に箸をとって食事を口にした。どうやらお腹はとてもすいていたようだ。
それをおいしそうに食べるきなをみていると心が和む。
一昔前では味わえなかった感情である。
――普通に家族と過ごす僕の日常の中では……。
そしてなぜだろう、どこか懐かしい感じがするのだ。
「とうや、食べないの?」
「あぁ、食べるよ」
考え事をしていたせいで箸が止まっていた。
しかし、食事をしようと箸を取ろうとしたとき、きなの方をみて僕は驚愕する。
「きな、なんで目玉焼きに何もかけていないんだ……?」
「えっ!? これってこのままたべるんじゃないの?」
きなの皿を見てみると、目玉焼きの上に何もかかっていないのだ。醤油やソースがテーブルの上に置いてあるのにも関わらず。
そういえば、教えるのを忘れていたことに冬夜は気付いた。
それでも、おいしそうに食べるきなに僕は聞いた。
「本当にそのままでおいしい……?」
「うん。……でもいっぱい食べたらあきちゃう味かも」
「……そのためにこの調味料があるんだけどね」
調味料の説明はあとでするとして、とりあえずきなに好きな方を選ばせることにした。
「二つのうち……どっちがいい?」
そうして僕は、きなの前に醤油とソースを出す。
その二つを興味深そうに観察した後、きなは指をさした。
「こっちの方がいいにおいがする」
「じゃあ、これをかけて食べようか」
きなが指をさして選んだものは――醤油だった。
それをぽとっ、ぽとっ、と数滴の醤油を目玉焼きに垂らしていく。
「食べてみて」
「うん。……おいしいにゃ」
ほっぺを手で押さえながらきなは言った。
どうやらご満悦のようだ。……どこでこんなしぐさ覚えたのだろうか。
これで彼女は、『目玉焼きには醤油派』になったであろう。
「とうや、こっちはまた別の味がするの?」
「うん。ちなみに今食べたのは醤油で、こっちがソースね」
「へぇー。食べ物ってふしぎだね」
そうして再びきなと僕は食事に戻った。
食事が終わった僕は、食べ終わったお皿を洗っていた。そして、きなに感想を聞く。
「きな、おいしかった?」
「うん! とうやはすごいよね」
「……なんで?」
「だって、お料理上手なんだもん」
「きなも覚えればできるよ」
「そうかにゃ?」
「あとでお勉強しようか?」
「うん!」
こうしている一分一分が・・・・僕にはとても楽しい物であった。
十時
「とうや、きょうはどんなことを教えてくれるの?」
「きな、今日はあんまりお勉強しないよ」
防寒具を身に着けながら冬夜はそう言った。それはまるでどこかに出かけるような厚着で。
「どうして?」
「今日はきなの手がかりである場所に行くって言ったでしょ」
昨日僕はお風呂で言った。
きなの手がかりを探すために、きなと出会ったあの森に行くと。もちろんきなも一緒に。
「あっ、忘れてた」
「やっぱり」
「わふぅー」
「とりあえず、きなも出掛けるんだから暖かい格好しようね」
部屋から取り出してきた自分の小さいころに使用していた防寒具をきなに身に着けさせる。
小さい時の物なので、サイズ的にはあまり問題ないようだ。
「それじゃ、出掛けようか」
自宅の扉を開けて、僕たちは再びあの場所に向かうのであった。
「おさんぽ~、おさんぽ~!」
冬夜の目の前を、きなは楽しそうに歩く。
昨日とは違い、今日はすがすがしいほどに晴れていた。
地に降り立った雪たちは、日の光をきれいに乱反射していた。
その時、楽しそうに歩くきなの足取りが危なっかしかったので、
「きなー、転ぶなよー」
と言ったのだが、時すでに遅し。
どしゃ、と言う音が似あうような転び方で、きなは転んだ。言った傍からである。
「ふぇーん! 痛いよー!!」
「だ、大丈夫?」
怪我が気になるので膝を見てみると、泥と血が混じった傷になっていた。
とりあえず、持ってきていたハンカチにペットボトルの水を垂らして、膝を拭いていく。
「ひっく……痛いよぉ」
きなの瞳には涙が浮かんでいた。それもとても大きな涙だ。手では拭ききれず、きなの手から流れていく。
一粒、また一粒と。
「大丈夫だよ。痛くない」
「ふぇ……うぅ」
ハンカチがこすれて痛いのか、きなはずっと泣いていた。
しかし、きなは汚れが落ちるころには泣き止んでくれていた。
きなが普通の子供と違い、精神的に強いことを改めて知らされた。まぁ、獣耳と尻尾が生えている時点ですでに人間とは違うのだろうけど。
「きなは本当に偉いな。きなぐらいの年の子ならもっと泣いている子もいるだろうに」
そうして、ご褒美のように僕はきなの頭を撫でた。
まだ少し目に涙が浮かんでいたが、それでもきなは笑顔を向けてくれた。
「きな、えらい?」
「うん、偉いよ。可愛い可愛い……きな」
「わふぅ」
きなは嬉しそうに鳴くのであった。
防寒具の中の尻尾を、ばさばさと大きく揺らしているのが分かるくらいに。
「それじゃ、行こうか」
「うん」
立ち上がったきなに、冬夜は手を差し出す。
彼女と・・・手をつなぐために。
「次は転ばないように僕と手をつなごう」
「うん。わかった」
きなもそれに応じるように、自分の手を冬夜に差し出した。
二人は、さっきよりゆっくりと道を歩き始めた。
「着いた」
そこは、僕が昨日訪れた……そしてきなと出会った森林の入り口。昨日と同じように中は薄暗かった。
「ここ?」
「いや、きなと出会った場所はもう少し奥の方だよ。だから、もう少し歩こう」
僕は手を離さず、きなのペースに合わせるようにその中に進んだ。
「わふーーーー。ずいぶんと歩いてきたね」
「もう少し頑張ろうか」
入口から出口までの距離はやはり少し遠かった。きなの顔にも疲れが出ているようだった。
再び歩こうとした時、奥の方を見ると明かりが見えてきた。どうやらあと少しで出口のようだ。
「とうや。奥のほう明るいね」
「出口が近いみたいだよ」
光が満ち溢れる出口に僕達は飛び込んだ。
「わぁーーーーー!」
きながあまりの興奮に声をあげた。
一面には、昨日降り積もった雪が太陽に照らされ、一つ一つがまるで宝石のようだった。
あまりの美しい光景に僕は手の力を緩めてしまった。
昨日の暗いなかの光景とはまた違う物を感じさせられた。
そのとき、きなが雪に向かって走って行った。
「あっ! きなー、走るとまた転ぶよ!」
「とうや、だいじょうぶだよ! 今度はころばないからっ!」
わふぅー!と喜びの声を上げながらきなは雪の上を駆け巡る。
それはまるで、聖域で天使が踊っているようにも思えた。
と、考えている場合ではなかった。
きなの手がかりについて探しにきていたことをすっかり忘れていた。
だが、あんな風にはしゃぐきなを見て、止めようと言う僕の意思は風のようにどこかに行ってしまった。
「もう少し、この雪のワルツを見ていようかな」
とある晴れた雪の上。
僕は時間が流れて行くのも忘れて、一人の少女の無邪気なワルツを見学するのであった。
ここは。
目を覚ました僕は白い世界に立っていた。
記憶が曖昧なので、頭の中で整理をする。
そうだ。僕は確かきなと一緒にあの森に行ったはずなのだけれど。
そう思った時。見間違いだろうか?二人の子供が目の前を走って行ったような気がする。
なぜこんなに曖昧なのかと言うと、その二人は目の前ですぐに消えてしまったのだ。
そしてまた二人は楽しそうに遊びだす。
そしてやはり、消えてゆくのだ。
どうやら、間違いではなかったようだ。
――なんなんだ?
戸惑う中、どこからか子供の声が聞こえてくる。
――次は何して遊ぶ?
――次は、雪だるま作り!
二人はそうして雪だるまを作りだす。それはもう、楽しそうに。
なんなんだ?
そう思った時、冬夜を驚愕させる一言が聞こえる。
――楽しいね?冬夜。
「なっ!」
遊んでいる二人の内の一人が言った言葉だ。
そう、自分の名前。夢の中の見知らぬ女の子は自分の名前を呼んだのだ。
そして、心の底からその少女に問う。
「君は……誰なんだ」
「とうや、とうやっ」
「……んっ?」
目を覚ました僕の目の前には、不安そうに見つめるきなの姿があった。
どうやら僕は、樹に腰をおろして眠ってしまったようだ。
「だいじょうぶ?」
「あぁ。大丈夫だよ」
心配するきなの顔を見たくない。
そう思い、僕は座っていた場所から即座に腰を上げる。
「それより、何か思い出せた?」
「それが……」
きなは申し訳なさそうに下を向いて、体をもじもじさせ、尻尾と耳をしゅんとさせていた。
どうやら思いだせなかったようだ。
「無理して思い出さなくても大丈夫だよ。冬休み期間中は僕ができる限りのことをするから」
「ふゆやすみきかん中だけ?」
きなは不安そうな顔をしながら上を向いた。
どうしてかは分からないが、昨日の行動から察するに、どうやらきなは自分が離れて行く、離れて行ってしまうと言うことにすごく敏感のようだった。
だから、きなの不安を紛らわせるように適当に言葉を考えた。
「あっ……ほら、それだけの時間があれば思いだせると思うからさ。あはは」
「そう……だよね」
不安は残っているのだろうか、あまり良い笑顔はしてくれなかった。
すると、ぐぅ~と気の抜けた音が聞こえてきた。
「……・にゅー」
きなは不機嫌そうに、恥ずかしそうにおなかを抑えていた。
音の主はどうやらきなのようだった。
時計を見てみると、もうすでに十二時の針を過ぎていた。
「お腹すいた」
「そっか。じゃあ家に帰って何か簡単なものでも食べようか」
「わーい」
きなの記憶は戻らなかったが、これから思い出せばいいだろう。そんなに急ぐものではない。
そんな軽い気持ちで、僕達は昼食を食べるために家に帰るのであった。
もちろん、きなの手を繋ぎながら。
帰る道中、僕はあの夢を思い出していた。
寝ているときに見ていた、あの夢を。
ただの夢。と流せばそれで終わりなのだろうが、どうもあの夢には現実味があったのだ。
それに、あのどこか懐かしい光景。
朝食の時に感じた懐かしさととても似ていたのだ。
「ふーん。あの男が四気神を守護している者か・・・・・。」
森の入り口と出口を繋ぐあの道で、男はつぶやいた。
神社の神主のような格好をしていた男は、冬夜ときなの後ろ姿を鋭く見つめているのであった。
きなよりも、冬夜を睨みつけるように。
そのことに冬也ときなは気付かなかったのであった。