水面に浮かぶ月を揺らすのは
午前中最後のチャイムが教室に響き渡る。
それは学生にとっては昼食の意味を持っており、教室に残っている生徒はバッグから弁当を取り出して友達と食べ始める。一方、弁当を持って来ていない生徒は昼食を確保するために全速力で購買に向かう。
そんな当たり前に流れる昼食の時間、冬夜はいつものように自分のバッグから弁当を取り出そうとしていた。
しかし、どれだけ探しても冬夜のバッグの中に弁当らしきものは見当たらない。
(しまった、今日は天野さんの家から学校に来たから弁当持ってきてないんだっけ)
冬夜は考えて、一番最初に思いつくのは購買で買うこと。
購買に買いに行くのはいい、だがそれには少々問題があった。
問題はあそこが――――戦場であるということ。
なぜならこの学校の購買はとてもリスキーなのである。その理由は需要と供給。その日によって購買の人が持ってくる量が変わる。
前の日に買っていく生徒が少ないと次の日に持ってくる量が少ないときがあるのだ。その頻度は一か月に二回ほど、その少ない日に丁度買いに来る生徒の数が多かった時があり、その日はこの学校の歴史にのこるような戦争が起きたことだってある。
それで程までにこの学校の購買は狂っているのだ。
と冬夜が悩んでいる冬夜の隣では、きなが可愛らしいお弁当を広げていた。中には彩り豊かなおかずと一緒に玉子のふりかけのかかったご飯が盛られている。
おいしそうだなぁ、とみていた冬夜の視線にきなが気付く。
「あれ……とうや、お弁当は?」
冬夜のほうを見たきなは、いつもの速さで尻尾を振りながら彼の方を不思議そうな表情で見る。
その質問に内心ドキリとしながら冬夜は正直に答えた。
「……持ってきてない」
「え、それじゃお腹減っちゃうよ? 午後の授業だってあるのに」
「大丈夫だよ、購買で買ってくるから」
そう言って冬夜は机を立つとすぐさま購買に向かうために駆け足で教室を出た。
チャイムが鳴ってから五分。まだ時間はある、と不確定な希望を抱きながら冬夜は走る。
今日の昼食を確保するために。
購買に向かった冬夜はまず観察する。
人の並びは人数にすると約十人、そして購買の中に残っているパンや弁当は合計二十五個。自分が買う頃には数個ぐらい余っているだろう。と冬夜は確信した。
冬夜は一人の生徒の後ろに並ぶ。目の前の生徒は大きめの男子で、学校の制服よりも戦闘服のほうが似合いそうなイメージがある。
時間が経つにつれて人が徐々に減っていく。同時に購買の品も減っていくが、この調子なら冬夜にも買えると思った。
そして目の前の大柄な男子が購買に注文をする声が聞こえてくる。高校男子にしては低く重みのある軍人顔負けの声が冬夜の耳にも届く。
「すまん、ここにある残りの品全てをもらおう」
そういわれ、購買の女性店員はすぐに全ての品を袋に詰めると男子生徒に渡す。
袋を渡された男子は財布の中から二千円を取り出して店員に渡すと、「釣りはいらん」と言って小走りで走って行った。
その横顔は冬夜の知らない顔であったが、尻尾は黄色と黒の縞模様でクラスで見たような虎の獣人に特徴が似ている。
男子生徒の背中を見送っていた時、冬夜は気付く。
「あの……」
「すいません、今ので売り切れてしまいました」
「そうですよね」
泣き出しそうな顔の冬夜に、女性店員は申し訳なさそうに頭を下げる。
女性には罪はないので冬夜は渋々とどこかへ歩き始めた。
ふらふら歩いていた冬夜はいつのまにか屋上まで歩いてきてしまっていた。お腹はぺっこりで無駄な体力は使いたくないはずなのに。
屋上には冬夜以外誰もいない。見えるのは涙が出るくらいにきれいな青空。
それを見た途端、冬夜は教室に帰るのをあきらめた。
(いざ教室に帰ってきたらきなが心配するだろうし、あげくには僕に自分のお弁当を食べさせようとしてきそうだ)
きなならやりかねない、と冬夜はきなに食べさせられる自分を想像した後、顔を横に振って一人つぶやく。
「お昼休み終わるまでここで寝てよう……」
冬夜は屋上の入り口の壁に腰かけながら空を眺める。
この学校、世界が変わる前は危険だからと屋上に上るのは禁止されていたのだが、世界が変わった後はフェンスに特殊な加工が施され、生徒が落ちる危険性はほとんどないように設計したので開放することにしたらしい。
そんなことを考えながら空を眺めていると、屋上の階段を誰かが階段を上ってくる音が聞こえてきた。
その人物とは、
「はぁ……探したっすよ冬夜君」
多少息を切らしながら階段を上ってきたのは、短めの蒼色の髪の毛を風になびかせながら独特の語尾で喋る佐野であった。
「どうした、佐野君」
「そんな悠長にしている場合っすか、きな姉ちゃんが冬夜君のことを探しているんすよ?」
「そのことなんだけど佐野君……」
冬夜のことを引っ張って連れて行こうとする佐野に冬夜はさっきあったことをありのまま話す。
もちろん、包み隠さず。
そのことを聞くと佐野は冬夜の隣に座ると己の携帯電話を取り出して何かをし始める。一通りの行動を終えると佐野はズボンのポケットにそれをしまう。
「佐野君、何を……?」
「姉貴にメールをしただけっす。冬夜君が無事だってことを教えるために」
「教えるって、きなも一緒にいるの?」
「おそらく一緒っす。きな姉ちゃんは冬夜君のことを姉貴と一緒に今も探していると思うっすから」
佐野は続ける。
きなは冬夜の帰りが遅いことを気にして佐野に探すのを手伝ってほしいといったそうだ。さらに人数がほしかったのか、きなは別のクラスにいる照にもお願いに行ったらしい。
「まったく、そこまでしなくても僕は、大丈夫なのに」
「冬夜君……」
「本当に優しいよ、きなは」
「そうっすね」
優しい笑顔を浮かべながらつぶやく冬夜に共感したのか佐野も空を見る。
「俺もきな姉ちゃんの優しさが好きっす」
「というと?」
冬夜が不思議そうな顔を向けると、佐野は思い出話を語り始めた。
それは冬夜と別れたきなが天界の天野家に住むことになり家族になったときの話。
最初はお互いに初対面のちょっとした壁もあったけど、すぐに打ち明けられた。
そんなある日、佐野と照がつまらないことで喧嘩して別々の部屋に居た時、二人の仲裁役としてきなが入ったことがあったらしい。
その時彼女はこう言った。
『駄目だよ、仲良しなら一緒にいないと。こんな喧嘩なんかで。……わたしは大事な人と喧嘩もしてないのに別れて悲しいよ。そんなことになったら、きっと照も同じように悲しむよ?』
そんな一言があってかその時の喧嘩はすぐに収まり、さらにきなが自分たちのことを大切にしてくれているということを知った二人ときなの絆は深まったのだ。
そして佐野にとっては勉強も教えてくれたりと、きなは彼にとって照と同じくらいにお姉さん的な存在で彼女にはとても感謝している。
だから今になってもきなのことを『姉ちゃん』と言う癖は抜けないっす、と佐野は嬉しそうに冬夜に語った。
「それもこれも冬夜君のおかげでもあるっす。あんないい子に育ったのは冬夜君がきな姉ちゃんを大切に想っているからだと思うっす!」
にかっ、と笑うと佐野は勢いよく立ち上がる。
そしてブレザーの内ポケットから何か取り出すと、冬夜にそれを投げつけた。
投げられたものは――――スポーツクッキー。そこらの店にあるスポーツマンが口にする食物だ。
「それ食べればなんとか今日一日は持つはずっす。いつも食ってる俺が保障するっす」
そういって佐野は階段を駆け下りて行った。
嵐のような人だ。と少しあきれながらも、空腹を満たすために袋を開けてスポーツクッキーを一本口にする。
少しぱさぱさしているが、栄養価は高いらしい。
口の中のメープルの風味を楽しんだ後、これ以上きなに心配させないように冬夜も小走りしながら教室に向かう。
教室についたころには彼の空腹も満たされていた。
「それじゃあ今日はここまで、また明日」
最後の授業が終わり、教室の生徒たちも帰り支度をするなか冬夜はいつもよりも早く帰り支度を済ませえる。
「きな、今日は僕用事があるから佐野や照と一緒に帰ってくれる?」
「用事? わたしは一緒じゃだめなの?」
「うん、少し時間がかかるかもしれないから」
「そう。わかった、今日は佐野と一緒に帰る」
「気を付けて帰ってね」
そういって冬夜はきなのもとを離れると佐野の方に向かう。
「佐野君、今日はきなと一緒に帰ってあげて。それもよく用心しながら」
「……なんでっすか?」
佐野の問いかけに冬夜は声を小さくして話す。
「きながまた狙われているかもしれないんだ」
その言葉に佐野は顔つきは真剣なものに変わる。
「だから、今日は君がきなを守るんだ」
「冬夜君は……どうするんすか?」
「僕は、敵の情報を掴むために図書室で調べものをしてくる。それにこのことはきなに言わないでくれ、多分心配するから」
「分かったっす」
一通りの会話が終わると、二人を置いて冬夜は教室を出た。
二人の会話を不思議そうに見ていたきなに佐野は近づくと、きなを多少強引に引っ張る様にして同じく教室を去った。
教室を出てから数分後、冬夜は図書室にたどり着く。
放課後の時間帯のせいか図書室には誰もいない。
静かなこの空間の中で普通の人ならそう思えるだろうが、冬夜にはわかる。
天野との修行で開花した、自分の周辺にある神力の気配を読み取る『神受性』。元々は神力のみを読み取る能力だったが、意識さえすれば少しの範囲なら色々な気配を読み取れる。
勿論、この静かな図書室に――――自分以外にもう一人いることも。
その気配が自分を襲ってくるような殺気は感じないので、とりあえず冬夜は本棚を見ていく。
世界が変わる前とは一変して置いてある本が変わっている。
『共存する人間と異種間』、『神具の取り扱いと精製法』、『属性による力の作用』など、昔の世界では見たことのないタイトルの本がずらりと本棚に並ぶ。
昨日の手がかりになりそうな本を探そうと歩いていると、
「何を、探しているのですか」
「……えっ?」
突然の声に驚きながらも冬夜は声がした方向に向く。意識をしていないと神受性が使えないのだ。
そこには、きなほどではないがそれなりに小柄な少女が立っていた。
感情を表に表すことが少なそうな無表情だが綺麗な顔、相手を見据えるようなジト目気味の紫の瞳、それなりに似合っている紫の髪はセミロングのパーマになっている。
「だから、何を探しているのですか」
「何をって」
そんな少女は答えを聞くために再度冬夜に問う。
「ちょっとした探し物だから大丈夫だよ」
「言ってくれれば、すぐにわかります」
少女は変わらず言葉は少ないが、瞳に偽りの色は見えない。
ふと、冬夜は少女の制服の胸ポケットにあるマークを見る。三年生のものだ。
「つかぬことを聞くけど、君って三年生?」
「……そうです。ついでに、図書委員です」
少女は冬夜の言葉に無愛想な顔から不機嫌な顔になったが、質問にはきちんと答える。
「だから、言ってくれれば、分かります」
「うん、わかった。ちょっと探してほしい本があるんだけど……」
そうして冬夜は自分の希望に合う条件を彼女に伝えた。
すると彼女は何も言わずに冬夜に背を向けて歩きはじめる。冬夜も少女を追うように彼女の背中を見ながら歩く。
歩きながら少女は冬夜の方を向かずにその小さな口を開いた。無愛想な顔はそのままで。
「ところで、どうしてそんな本を?」
「それは……守りたい人がいるから、その勉強にと」
ぴたり、と彼女が止まるので冬夜もすぐに止まった。
変なことでも言ったかな、と冬夜は少しだけ心配になったが、次の瞬間に気のせいだと冬夜は理解する。
止まった彼女は図書館に置いてあるような踏み台を上ると慣れた手つきで一冊の本を取る。辞書のように分厚い本を持ちながら彼女は冬夜の方を向く。
「ありました、これが……あっ」
横を向いた少女の足が踏み台の端に引っかかる。
少女はバランスを崩して冬夜の方に倒れるように落下してきた。
「危ないっ!」
冬夜は落下してくる少女を抱きとめる構えを取る。
その時冬夜は見た。
落下してくる少女の無愛想な顔が少しだけ嬉しそうに、それでいて恥じらいに頬を赤く染める瞬間を。
次の瞬間、冬夜は少女を受け止めることに成功。
しかし受け止める衝撃で足を滑らせて冬夜も地面に落下する。
その時、彼の頭を二つの衝撃が襲う。
一つは落下により地面にぶつけたこと、もう一つは彼女が持っていた辞書のように分厚い本が冬夜の頭に直撃したのだ。
その二つの衝撃をモロに受けた冬夜の意識はそこまでの場面を理解した後に消滅した。
冬夜が意識を戻したのは、夕日が暮れそうになる時間帯であった。
冬夜は辺りを見渡す。さっきまで一緒にいた少女はそばにいない。
意識をして神受性を利用するが、やはり気配は感じられない。どうやら帰ってしまったようだ。
「そりゃそうだよなぁ、あれだけ帰って欲しそうだったし」
冬夜に本を教えてくれたのは親切心もあるのだろうが、あの態度からしておそらく帰ってほしかったのだろう。と冬夜は推測した。
時間もとっくに過ぎているので帰ろうとしたとき、冬夜の枕になっていたものに目が行く。
さっきの少女が取ってくれた本だ。
冬夜は、少しだけ、とその本を手に取る。
『生物の力の種類』と書かれた本。そのページをめくって自分が知りたい内容を探す。
だが、昨日の少女から受けたような力は載っていなかった。
諦めた冬夜は本を閉じるとそれを本棚に戻して図書室を出る。図書室から見える外はもう真っ暗になっていた。
家に帰るため冬夜は下駄箱に向かって小走りする。
そんな冬夜の様子を見つめる少女が一人。
彼女は冬夜が自分に気付かずに去っていくことを確認すると、黒いフードを揺らした。
「お母さん、もう少しだよ」
黒いフードの少女は嬉しそうに、それでいて悲しそうに呟くと自らも暗い階段を降りていく。
それはまるで暗闇に吸い込まれるように。
下駄箱に到着した冬夜は急いで靴を履きかえる。
その時、ひらりと一枚の紙が冬夜の足元に落ちた。
拾い上げた紙には、丁寧な字でこう書かれていた。
『今日の午後七時三十分、――――に来てください。彼女を守りたいなら』
それを目で追った冬夜は、紙を握るとポケットに突っこんで携帯電話を取り出す。
彼はメールで母宛に『今日も遅くなります』と入力して送信すると、歩く向きを変えた。
帰る方向とは逆方向である――――に。
時間は過ぎ、午後七時。
その頃天野家では夕食の時間帯だった。
照と天野が作って盛った料理を佐野ときながテーブルに運ぶ。
そんな日常的な空間に電子音が短く響き渡る。
電子音の正体は照のメールの着信音であった。
水で洗っていた手をふきんで拭き取るとすぐに照はケータイを開く。中身を確認するとすぐに照は天野の方に向くと、何とも言えない顔で口を開く。
「お父さん、今日も母さん仕事で遅くなるって~」
「はぁ……またか。あっちの仕事もこの季節で大変になったみたいだな」
あきれ気味にそういって、天野は一つの皿――――家内の皿にラップをかけた。
一通りの作業が終わった四人はそれぞれの椅子に座ると、天野は手を合わせる。
「それでは、今日も命に感謝しながら……いただきます」
「いただきます!」
天野の言葉の後に三人も手を合わせて食事の挨拶を交わす。
白いご飯に、味噌汁、それと適当な三品目。
四人は箸でそれらをつつきながら食事を進める。
「そういえば、今日とうやがお腹空かせてたの助けてくれてありがとう、佐野」
「いいんすよ、冬夜君は俺の友達っすから」
そういって佐野はおわんの中の飯をかっ込む。
「そういえばとうや、ちゃんとおうちに帰ったのかなぁ?」
「きなちゃん、さすがにそこまで心配しなくても……」
「ゲホッ!」
きなの不意な言葉に照が彼女の過保護っぷりにあきれそうになったとき、突然佐野がむせた。
そんな佐野にきなは寄ると背中を優しく叩く。
「だ、大丈夫!?」
「……、大丈夫っす」
口周りを拭いた佐野は、皆と同じように食事に戻る。
だが一人、その行動に違和感を覚えていた者は佐野に向かって口を開いた。
「佐野、何か隠していないか」
「……!」
天野の言葉に佐野は凍る。
だがすぐに佐野はいつものように戻すと、冬夜に言われたことを今いる家族全員に伝える。
それを聞いた途端、きなが大きな音を立てて立ち上がった。
その顔には怒りに満ちていると同時に悲しみにも溢れていて、彼女の尻尾もぱんぱんに膨れている。
「……なんで、なんでみんなわたしにそのこと黙ってたの!?」
「だって、朝あんなことがあったし」
と困り気味に佐野は言う。その言葉に残りの二人もうなずく。
今日の朝あったことを思い出したきなの怒った表情はみるみる赤くなる。
だがすぐに首を横に振ると、
「そんなことより、とうやが今どうしているか確認しないとっ!」
「だったら家の電話で彼の携帯電話に繋げばいい」
天野にそういわれきなは一階にある固定電話の前に立つ。そして番号を押そうとしたとき、重大な事実に気付く。
そうして泣きそうな顔で天野たちを見る。
「わたし……とうやの携帯番号教えてもらってない……」
そういうときなはその場に泣き崩れてしまう。
そんなきなを照は寄り添って抱きしめる。
一方天野は昨日電話した番号を固定電話に入力して受話器を取った。静かな電子音が連続で耳流れてくる。
ブツッ、と電話同士がつながった音が聞こえた後、昨日と同じ女性――――冬夜の母親の声が聞こえた。
『もしもし先生? 今日はどうしましたか』
昨日と同じ番号だったので冬夜の母にはわかったようだ。
「その、お尋ねしたいのですが冬夜君は今は家に……?」
『いえ、今日も遅くなると連絡が来ていますが、今日は先生宅ではないんですね』
「はい、今日は私の家には来ていません」
『もしかして諦君と遊んでいるのかしら、……それじゃあどうして電話を?』
「えっと、私の息子が冬夜君に話があったそうなんですが、携帯番号を聞いていなかったようで」
『そうなんですか。それじゃあ冬夜の携帯番号を教えておきますね』
そうして、母親に言われた冬夜の携帯番号を天野はメモに記していく。
一通りの挨拶が終わると、天野はあわてた様子で番号を押す。
「どうしたの、お父さん」
「どうやら冬夜君は家に帰っていないらしい。とりあえず冬夜君の電話番号が分かった、だから待っててくれ」
番号を押し終わった後、天野は再度受話器を手に取る。
場所は変わり夜の学校。
冬夜は夜の警備を潜り抜けて校舎内に残っていた。
この学校はこの時間帯になると警備員と職員が見回りに入り、防犯カメラが作動するようになっている。
だが防犯カメラは学校の出入り口にしか設置されていないので、警備員の見回りだけをかわせば学校に残れるのだ。
そして見回りの警備員が去ったことを確認すると冬夜は携帯電話で現在の時刻を確認した。
「今は……七時二十分」
小さくつぶやいた冬夜は電話をしまうと、時間までに目的地にたどり着くために階段を音を立てない程度に小走りしながら上る。
目指すのは、学校の屋上。
階段をすべて登り終えた冬夜は屋上への扉の前にたどり着く。
閉まっているはずの扉のノブを回すと、自然な形で扉は前に開いた。
扉を進んだ冬夜は辺りを見渡す。屋上の周りには誰もおらず、見えるのは地上の家の明かりと夜空に浮かぶ星と月のみ。
もっと探索をしようと冬夜が足を進めようとしたとき、ポケットの携帯電話が音を鳴らす。
電話の液晶に表示されるのは知らない番号。
時間まであと数分であったが、とりあえず冬夜は電話に出る。
次の瞬間、聞き覚えのある声が焦りの色を交えて聞こえてきた。
『もしもし、冬夜君!?』
「……! あ、天野さん!? なんで僕の番号を」
『そんなことはどうでもいい、そんなことより君は今どこにいるんだ!』
「どこって――――――!!」
天野に教えたらたぶんきなも知ることになる。
そう思った冬夜は自分の場所を天野に伝えることを躊躇っていると、
目の前に昨日と同じ黒いフードの人物が立っていた。
『おい、冬夜く……』
目の前に敵が現れたと同時に冬夜は電話を切る。
ここまで来てしまっては――――もう後戻りできないから。
電話をポケットにしまった冬夜はその人物を見据える。
「どうしてこんな回りくどいことを」
「別に。騒ぎにしたくない、ただそれだけ」
少女は昨日と同じように少ない言葉で話す。
そんな様子を観察しながら冬夜は攻撃のチャンスを狙っていた。
昨日のようにはならない。なってはいけない。
誰かに助けてもらいながら戦うんじゃ、自分へのけじめにならない。
「今日こそ、あなたを四気神の人質として捕える」
「やれるものならやってみてください、だけど夜が明ける前にあなたには星屑になってもらう!!」
いつかの常立神に放った言葉を吠えるように言い放った冬夜は少女に突撃を開始する。
「もしもし、冬夜君、冬夜君!!」
電話を切られた音が天野の耳に届く。
その様子を見ていたきなの顔が恐怖のものへと変わる。
「と、とうやぁ……!!」
抱きしめられていたきなは照の胸の中から飛び出すと、玄関の方に向かってよろめきながら走った。
そんな彼女の小さな手を照はとっさに掴む。今のきなを行かせたら何か大切なものを失ってしまいそうに感じたから。
その手を振り払うように力を込めてきなは泣き叫ぶ。
「は、はなしてよぉ、照! とうやが、とうやがぁ……!!」
「ダメきなちゃん! 今動いても冬夜君は絶対に見つからない!」
だから、と彼女はきなの手を掴んで走る。
「ウチと一緒に探しに行こう、もしかしたら相手は神域を使っているだろうから」
そうしてきなをだっこした照はすぐさま天野家の玄関を飛び出す。
その様子を見ていた佐野は、自分が間違っていたことを後悔した後に照達の後を追う。
「……父さん、もとはと言えば俺のせいっす! だから絶対に救ってくるっす!!」
一言天野に伝えた佐野も冬夜を見つけるために外に出た。
外はもう真っ暗で、手当りで探すのはかなり難しい、そして先に出て行った二人に合流すると、驚異的な速さで走りながら話しあう。
「冬夜君、一体どこにいるんだろう」
「きな姉ちゃん……冬夜君の分かりそうっすか?」
そういわれきなは何かを感じ取ろうと何とか頑張ってみるが、冬夜の気配どころか何も感じない。
記憶のない彼女には力の使い方が分からないのだ。
「だめ、わたしには何もわからない」
「そう……っすか」
「佐野、暗い顔にならないの。こういう時こそ冷静に行かないと。佐野には冬夜君がどこにいるか目星ある?」
佐野は真剣な顔で考える。いつもは回らない頭を回転させて考える。
冬夜は図書室で情報収集すると。それに一度も家に帰っていない。だとすれば図書館に行っているという可能性だってある。
そこから導かれる答えは――――。
「姉貴、この町の図書館と高校をつなぐ道はおよそどれくらいあるっすか」
「商店街の方に大きいのが一つだけだからそんなにないはず、なんで?」
「その地点なら姉貴の力で神域の場所が分かるはずっす」
「……なるほど、そうだね」
そうして、二人はさらに速度を上げて目的地のポイントに向かう。
照に抱かれているきなは願う。
自分の大事な人が遠くに行かないことを。