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僕と尻尾の冬休み  作者: 柴健
僕と尻尾の冬休み編
12/30

八日目 後

「きな君を……私に譲ってもらえないか?」


 最初、冬夜は天野が言ったことを理解することが出来なかった。それに何かの間違いかもしれないと思ったからだ。

 それを聞いたきなも、隣で不安そうに冬夜の服の裾を震えた両手で握っていた。

 だから、再び冬夜は天野に尋ねた。――自分の聞き間違いだと信じて。


「天野さん、今なんて?」

「だから、きな君を私に譲ってくれと言ったんだ」


 天野は冬夜に冷たく言い放った。その言葉はもう、自分と知り合いだった言うことを忘れるくらいに、冷徹な顔であった。


「……ふざけているんですか?」

「ふざけてはいないよ」

「じゃあ……何で」

「冬夜君には『四気神』を守ることが出来ないと私が判断したからだよ」


 冬夜は訳が分からなかった。

 なぜなら自分はあの時、天野との修行によって常立神をこの手で倒すことができた。――――それなのに、なぜ今更になって天野は自分にきなを守ることはできないと言うのだろうか。

 どうして、自分からきなを切り離すようなことを言い出すのだろうか?


「どういうことですか? 僕はあの力できなを助けたじゃないですか」

「でもあれはきな君の力じゃないか。現に今、君はあのときの力を発揮することはできないだろう」


 そう言われ、自分の力を証明するために冬夜は心のなかで白刀・白雪を呼び出し具現化させる。

 右手に美しい刀、白雪が現れる……はずだった。

 しかし、冬夜の右手には白雪は現れず、手のひらの中には冷たい冬の空気が流れるだけだった。

 冬夜は右手の手のひらを目の前まで持っていくと、絶望した顔でそれを眺めていた。


「なんで」

「君のあの能力は、きな君が一時的に君に預けたものだ。神が神力を完全に受け渡すのにはもっと本格的な儀式が必要なのだよ」


 ゆえに君は……もう必要ないのだよ。


 その言葉を聞いた冬夜はあまりの驚きと絶望に言葉も出なかった。

 きなが冬夜に気付いてもらおうと必死に体をゆするが、それすらも反応できないほどに冬夜は絶望の渦に叩きこまれたのだ。

 その間に、天野は冬夜の目の前に手のひらを広げる。手のひらの中には光の弾が現れ、だんだんと成長していき、野球ボール並みの大きさになった。

 手のひらサイズに収まった光弾を天野は意思で冬夜に発射した。

 座っていた冬夜は後ろに吹き飛ばされ、家の壁に直撃する。送れるようにして冬夜の座っていたイスが倒れる音が部屋中に響き渡った。

 あまりにも大きな音にきなの尻尾と耳は大きく震える。

 そんなきなのことは気にせず、吹っ飛んで行った冬夜のそばまで天野は歩み寄る。

 どこまでも冷徹に。どこまでも残忍に。

 そして天野は冬夜の頭を掴もうとするように、開いた片手をゆっくりと冬夜に伸ばした。

 その瞬間、ぱんっと拍手のような乾いた音が空気中に広がった。

 その音は、天野が伸ばした手に冬夜が自分の平手で叩いた音であった。


「天野さん……どうしてもきながあなたに必要なら、僕を倒してから連れて行ってください。そしてあなたが負けたのなら、二度と僕たちの前に現れないでください」

「……わかった。だったら私は外で待っていよう。外に出るときはきな君も連れてくるように」


 そうして天野は玄関のドアを開けると、静かに外へと出て行ってしまった。遅れてドアが閉まる音が聞こえた。 

 冬夜は疲れている様子で、頭を下げる。冬夜の呼吸はあれだけの緊迫感のせいか荒くなっていた。


「とうや、大丈夫?」

「大丈夫だよ、きな。君のことは僕が絶対に守って見せるから」


 冬夜はきなの頭をぽふっと撫でた。こんな状況でも、冬夜はきなに優しい笑顔を向けていた。

 そしてきなの頭から手を放すと、ふらふらと立ち上がると玄関の方まで歩き始めた。

 その時、きなが冬夜が倒れそうになるくらいの勢いで片手を強く引っ張った。何事かと思い冬夜はきなの方に顔を向ける。

 きなは不安そうに冬夜の腕を強く抱きしめていた。


「どうしたの……きな」

「とうや……負けるの?」

「……っ」


 冬夜はきなの言葉を返すことができなかった。

 今の冬夜には、なんの力もない。天野のいうことが本当ならば、これから冬夜は裸で天野に立ち向かうことになるのだ。それは今の現状を理解している者ならだれにでもわかる状況であった。

 だからこそ、きなは目の前で笑顔で立っている冬夜のことを止めたいのだ。

 小さな少女の腕は、そのために震える手で少年の腕を引っ張る。


「とうや……」

「大丈夫だから、」

「大丈夫じゃないよ!」


 きなは冬夜の腕をさらに強く、離さないように抱きしめながら、冬夜に向かって叫んだ。――きなが冬夜に向かって激昂したのは、今日が初めてであった。


「なんの考えもないのに……どうしてとうやはいつも突っ込んでいくの? きなはとうやのことが……」

「分かってる。だから、僕はきなを守りたいから戦いに行くんだ。きなのことが大切な存在だから」

「分かってない、とうやは……全然わかってない! わたしがとうやのことを、とうやがわたしのためにたたかって傷ついていることを心配していないとでも思っているの?」


 きなはぺたんと床に泣き崩れる。冬夜の服の袖は……離さないままで。きなの涙がリビングの床に音を立ててこぼれていく。

 冬夜は膝を地に付け、泣き崩れているきなの肩に両手を置いた。そのことに気付いたきなは泣いている顔を上げた。

 そこには今にも泣きそうなくらい不安な表情をした冬夜がいた。

 それでも、冬夜の眼は絶望の色をしてなかった。

 冬夜はそんな目で、真剣にきなのことを見た。きなもそれにこたえるように顔を合わせる。


「きな。僕は別に負けに行く訳じゃない。これから僕が君を守れることを証明して見せるよ。僕はきみのことが――好きなんだから」

「とう……や」


 冬夜は指先で、泣き続けるきなの涙をふき取った。

 そして、冬夜はきなの手を優しく引くと、きなと一緒に玄関まで向かう。


 ――これが、最後の戦いだ。



「来たみたいだね。二人とも」


 玄関を出ると、そこには真剣な眼差しの天野が立っていた。

 それは冬夜にとって、修行をしたときのことを思い出させた。――忘れはしない。あの時の真面目な天野の表情を。

 (本当なら、感謝をするはずの天野さんとは闘いたくない)

 冬夜はあれだけのことをされながら、心の中では本気でそんな風に考えていた。


「甘えは捨てた方がいいよ冬夜君。これから私は君のことを本気で立ち向かうつもりなのだから。一応忠告はしたからね」

「分かりました。僕も本気であなたを倒させていただきます」


 冬夜の甘い考えを読んだ天野は冬夜に忠告したのち、右手に力をため始めた。

 前にも見たことがある。それは『神域(ゴド・フィールド)』を展開するためのものである。

 天野の右手の光が家の庭の空間を包んだその時、冬夜ときなは空間が捻じ曲げられるような感覚にとらわれた。

 二人が目を開ける頃には、外の風景は変わっており、その場所は修行の時に来た場所と同じすがすがしいあの幻想的な青空の下であった。


「さぁ、私を殺す気でかかってくるがいいよ冬夜君」


 天野は前と同じように神力で創った光弾を宙に漂わせる。それはもう、戦闘の準備はできていると言う合図でもあった。

 冬夜はきなに声をかけて危なくない場所まで移動させると、天野に近づいてぼそっとつぶやいた。


「もし……僕が負けたのなら、僕ときなの今までの記憶を消してください。神様ならできるでしょう?」

「どうしてそんなことを私に頼むんだ?」

「あなたがきなを連れていくのだとしたのなら、きなにとって僕との思い出は邪魔なものになるでしょう。それに……」


 (僕自身もきながいないのに、そんな思い出は苦になるだけだ。)

 これが冬夜の率直な本音であった。――冬夜にとって、きなとの思い出はそれほどに大事なものであるのだ。


「分かった。最後の情けとしてその願いだけは聞いてやろう。私も神様だからな」

「ありがとう……ございます」


 そうして冬夜は離れた。そうして、天野に向けて己の体を構える。

 武器の無い冬夜は、どうやら徒手空拳で天野に挑むようだ。

 (とうや、あまのさんと何を話していたんだろう)

 遠くからきなは冬夜を見守りながら、その行動に少しだけ不安を感じたのであった。


「それじゃ、行きますよ!」


 冬夜は修行で培った脚力で天野に向かって突撃する。冬夜が走ったところにはいくつもの水面が大きく跳ね上がる。

 それに反撃するように天野は光弾を冬夜に向かって放出する。

 一応確認しておくが、天野の光弾には人一人を殺せるくらいの威力がある。前回は冬夜が木刀によってそれをはじいて見せたが、今回冬夜は木刀を持っていないのだ。

 だから、冬夜は反射神経と感覚のみで光弾を避けていく。


「どうした冬夜君、打つ手なしかい?」

「くっ」


 そんな会話をしている間にも、無数の光弾が冬夜に襲い掛かる。

 冬夜はそれを常人では成すことができない速度で反らしていく。常立神とのあの戦闘は冬夜にとって多くの経験値を得ることができたのだ。だからこそ冬夜はこの攻撃に対して反応することができる。

 しかし一人、それを見ている天野にとって、その冬夜の動きがどこか鈍いように見えた。

 無数の光弾を避けていく中で、冬夜が一つ二つの光弾を体すれすれで避けているのが見え隠れしていたからである。

 冬夜はそんなことは気にしていないように、天野に向かって距離を詰めようと足を速める。――それはもはや無謀とも言えるほどに。


「どうしたんですか……、こんな攻撃で僕を倒せると思っているんですか」

「倒せるとも。いざと言うときは、私は空を飛べば良いんだからね。君に負ける要素は何一つと無いんだよ」


 そう言いながら、水面に足を付いている天野は休む間もなく冬夜に光弾を浴びせ続ける。

 木刀で弾くわけでなく、全力で避け続ける冬夜にも疲れと言うものがある。

 そして今も、冬夜の息遣いはどんどん荒くなっていくのであった。


 あれから三十分の時間が経った。

 天野の攻撃はさっきからワンパターンの物であったが、いまだに冬夜は天野に触れることもできていなかった。

 それどころか、冬夜の目には疲れが滲み出ていた。

 体はがくがくと震え、膝が地面に着きそうな位の力しか残っていないのだ。

 それでも、飛んでくる一撃一撃を冬夜はすべて避け続ける。

 しかし、それももう限界の様で、光弾が冬夜の腕や足にかすり、服が破け、傷口からは血が滲み出ていた。

 天野はいったん攻撃をやめると、悲しそうな顔をしながら冬夜に語り掛ける。


「冬夜君。もう止めにしないか」

「あなたの負けで終わるのならやめにしますよ?」


 冬夜は傷ついた体を苦しそうに押さえながら、荒い呼吸で天野に偉そうに言葉を返した。

 その言葉を聞いた途端、沈黙していた天野は再び冬夜に向かって何百もの光弾を降り注いだ。しかしその攻撃も、疲れ切った冬夜には当てることができなかった。


「ぐっ!? はぁ……はぁ……」


 しかしその攻撃を避けた冬夜はついにガクンと膝をついてしまった。

 その瞬間を狙っていたかのように天野は今までよりも多くの光弾を冬夜に浴びせる。

 冬夜はその時、時間が止まったような感覚に捕らわれた。

 いくつもの光弾が止まっているように見えた。


「とうやぁああああああああああ!!」


 多くの数の光弾が冬夜に向かって着弾する。その勢いで大きな音とともに水面に大きな柱が立ち、冬夜の生死はここからでは見ることができなかった。

 きなは冬夜のことを確認しようと右足を前へ踏み出そうとした瞬間。


「来るなっ! きな!!」


 遠い場所から冬夜の叫び声を聞くことができた。それだけできなにとって喜びが湧き上がってきそうだった。

 冬夜の姿を直視するまでは。

 体は血にまみれ、口から血反吐を吹き出し、それでもまだ立っている冬夜の無様な姿がそこにあった。


「あっ……いやぁ……」


 さっきまで冬夜のもとに向かおうと立っていたきなであったが、冬夜の姿を見た瞬間足に力が入らなくなり、床に膝をついてしまった。

 (そうだよ……それで良いんだ)

 冬夜は心の奥で心底安心した。――これできなを戦いに巻き込むことがなくなったのだから。


「良く避けられたね冬夜君」

「はぁ……はぁ……。これでももう限界なんですけどね」

「それじゃあ、次で最後になるかな」


 そう言って、天野は天空に向かって右手を広げた。広げた手のひらには、天野の体よりも何十倍と大きい球体の神力が乗せられていた。

 あれだけの大きさの球体を人間に浴びせれば、おそらく生きていることは無いだろう。

 冬夜は恐ろしそうにその球体をまじまじと観察した。そしてあれを喰らったらひとたまりも無いことも理解したのだ。


「あっ……ぁ!」

「どうだい? さすがにこれは避ける見込みがないだろう?だからこれでいい加減果ててしまいなさい」


 それを合図にするように、天野は上げた片腕を冬夜に向かって振り下ろす。

 球体は最初はゆっくりと落下していくが、次第に加速して冬夜に襲いかかって行く。

 世界をも一撃で粉砕しそうな威力の球体が、冬夜に向かって斧のように振り下ろされる!


「うおおおおおおおおおおお!!」


 冬夜はその攻撃に対して、その球体に対して……おそるべき速度で突っ込んで行った!――冬夜は今までこれを狙っていたのだった。

 自分が極限までに疲労すれば、相手は必ず大技でとどめを刺そうとするに違いないと冬夜は踏んでいたのだ。

 だからこそ今、最後の力を振り絞って、血が噴き出しそうなくらいに傷ついた両足で天野に向かって突撃を開始する。

 冬夜の動きを止めようと、天野は乱雑に光弾を冬夜にぶつけようとするが、最後だと思っている冬夜にはそんな攻撃など、避けるのに容易かった。

 覚悟を決めた冬夜は、それほどまでに強いのだ。――――大切な人を守りたいという想いはこれほどまでに人を強くさせるのだ。

 冬夜は天野との段々と縮めていき、最終的には天野に触れられそうなくらいまで接近することに成功した。

 今まで走ってきた勢いを乗せるように、冬夜は鋭い飛び蹴りを天野に放つ。


「良い攻撃だ。しかし私には空中に逃げると言う手段があるのだよ?」


 そう言うと、天野は神力で冬夜から距離を離そうと空中に飛び立つ。

 しかし、それをみすみすと逃がす冬夜ではなかった。

 天野が空中に飛んで行ったことによって外した飛び蹴りを地面に叩きつけると、冬夜は威力を上半身に乗せて地面に打ち付ける。しかしその衝撃は冬夜の両手によって受け止められ、冬夜はそのまま両腕を折りたたんだ。

 次の瞬間、その折りたたんだ両腕をばねにするようにして、冬夜は逆向きながら空中へと飛び立つことができた。その高さは天野と同じ、いやそれ以上であった。

 逆向きの体で冬夜は天野に体のばねを最大限に利用した横蹴りを放つ。天野はその動きに対して、即座に片腕で冬夜の蹴りを受け止めた。

 しかし、受け止めらたにもかかわらず冬夜の顔は、おもちゃでも貰った子供のように笑顔であった。


「やっと……あなたに一撃入れることができましたね」

「けれどこの一撃で私を倒さなければ、私はさらに上空に……君の届かない天空へと旅立つが、翼の無い君はどのようにして私を倒すのかな?」


 決まっている。それにここまで来るのに考えもなしに突っ込んできたわけではない。

 冬夜は受け止められた足を天野の腕に絡めると、足に力を込めて天野の腕の上に立つような姿勢で立ち上がった。

 そのまま、冬夜は天野の上から手刀を浴びせる。

 その動きに対して驚きを隠せない天野であったが、間一髪で冬夜の手刀をかすめるようにして避けた。天野の顔の横に冬夜の手刀が通り過ぎた。


「そう言えば、前の戦いでは私は君の手刀に負けたのだったね」

「そうですね。あの時とっさに思いついたは、自分でも良かったと自負していますよ」


 そう言って、冬夜は次に天野に対して、横腹を狙うようにして蹴りをぶち込む。

 その攻撃に反応した天野は即座に足を受け止める。そして受け止めた足を地上へと投げ飛ばす。――こうした後に、上空へと飛び立てば、もう勝利は確信したも同然であった。

 けれど、物事とはそううまく運ばないものだ。

 なぜなら、冬夜を投げ飛ばした直後天野に物理的衝撃が走ったからである。


「なっ……にっ!?」

「甘いですよ。あれだけの威力で僕を吹き飛ばせると思っているんですか?」


 衝撃が走った場所に天野は目を向ける。その場所には両手で足をつかむ冬夜の姿があった。

 吹き飛ばされる瞬間、冬夜は己の目でみた天野の足と自分の両手と運に最後の希望を託した。

 運よく差し出したその両手は天野のズボンである(はかま)をつかみ、地上に叩きつられるのを防いだのであった。

 (天野さんの服装がこれじゃなかったら、もう少しで落ちてたかもしれないな……)

 天野のぶかぶかの袴にしがみつきながら、冬夜は内心ひやっとしていた。

 そうして残り少ない体力を気にしながら、荒い呼吸で冬夜は次の攻撃に移ろうとした時、何か分からないものに体の自由を奪われ、締め上げられる。

 締め上げられた傷口からは、血が噴き出し、さっきまで忘れていた痛みが冬夜の体中に電流のように流れた。


「がはっ!? ……ぐあぁあああああああああああああああああああああ!!!」

「どうだい、痛むかな冬夜君?」

「ぐっ……! あなたがしていることなのに、ずいぶんと他人事ですね。……がふっ!」


 冬夜を縛り上げていた正体。それには冬夜にも覚えがあった。

 それは常立神との戦闘で使用されていた神力による強力な縄である。

 神力とは本来、個人個人によって能力や色が違うらしい。しかし例外もあり、簡単な物は神力で作成することが可能なのだ。

 だから今現在。冬夜は空中で天野によって作られた何本もの荒縄で体中を締め上げられていた。


「またこの手で僕を縛るんですか……。芸がないですね」

「何と言われようと、相手の動きを止めるのにはこの方法が有効だからね」


 そう言って、天野は目をつむった。なにか考え事でもするかのように。

 しばらくして、天野は両目を開いて、無表情で口を開いた。


「冬夜君。これで最後だから、君には選んでもらおう」

「選ぶって、何をえらべばいいんですか?」」

「決まっているじゃないか。降参するか。――それともこのまま縛り付けられたまま気を失うまで弄られるか。二つに一つだよ」

「そんなの決まっているじゃないですか、それはもちろん……」

「だめだよ! とうやぁ!」


 天野の質問に対して余裕な態度で返答しようとした時、下からきなの叫び声が聞こえた。

 どうやら、きなには冬夜の考えが分かっているようであった。


「どうして? きな」

「もう勝ち目も無いのに、これ以上わたしの目の前で傷つこうとしないで!」

「ごめんきな。その言うことだけは聞けそうにないや」

「どうして……?」

「これは……僕への罰だ。きなにあれだけ『守る』とか、『勝ってくる』とか言っておいて、『はい負けました』じゃ示しがつかないじゃないか」

「でもわたしはそんなこと、冬夜に望んでいないんだよ……?」

「きなが望んでいなくても、これは僕が受けるべき罰なんだ」

「なんで……、とうやは何もわるいことしてないよ?」

「幾つもしたよ。きなには悲しい思いを何度もさせたのだから」


 冬夜は目をつぶると涙を流した。それは悲しさからも、自分の無力さからも来るものであった。


「僕はきなに散々嘘を言って来たんだよ。そのたびにきなは悲しそうな顔を浮かべていた。だから、僕はきなと一緒に居てはいけないんだよ」

「そんなぁ……。きなはとうやにもっと一緒にいてほしいよぉ……これからもずっと一緒に」

「君を守る事も出来ない無力な化け物でもかい?」

「ばけ……もの?」


 それはいつぞやきなが気にしていた単語であった。きな自身が人間とは違うことに気付いた時に気にしていた言葉。

 しかしきなは、冬夜の説得によってその言葉を気にすることを止めることができたのだ。

 それを皮肉るように、冬夜はやるせない笑顔で言った。


「そう……力も無いのに、嘘ばかり散々吠え散らかす化物」

「そんな、とうやはそんなことない……」

「そんなこと、あるんだよ。――僕は君を守る。――何も気にしなくて良いんだ。そんな言葉を散々言って来たけど、結局答えは何も見つからなかったんだよ」

「な……なにを言っているの?」

「結局。僕は君のことを守れないんだよ。こんな事件が来ても来なくても、僕はきみのことを全力で守ることはできなかったんだ」

「わたしはただとうやが一緒にいてくれれば……それで良いんだよ?」

「冬休みが終わったら、僕はきなのことをどうしようか……今になっても決めることができないんだ。だから、僕は天野さんがこの提案を出してくれたことには、正直嬉しいとも思ってしまったんだよ」

「……っ!」


 ようするに、きなとは離れ離れになっても良い。逆向きから考えればそういう意味にも捉えられる。

 その言葉を聞いた瞬間、きなの顔から涙がこぼれ落ちた。その涙は頬を伝って水面にいくつもの波紋を生み出した。

 好きな人に見限られた。そんな感覚をきなは初めて感じていた。身をもって知ったのであった。

 ――でもそれは、冬夜にとっても同じことだった。

 この言葉も、冬夜にとっては半分が嘘だ。――けれども、半分は真実でもある。

 力の無い自分じゃ、きなのことは守れないし救えない。だからこそ、きなは天野さんのような力のある優しい人たちの場所にいた方が良いんだ。

 おそらく、天野自身もきなを悪用するような神ではないと冬夜は直感で思った。 ――あんなに自分に優しくしてくれたのだから。

 だからこそ最後に冬夜が出した結論がこれであった。――足りない知恵を振り絞って出した、偽ヒーローの最善策。

 それでどんなにきなに恨まれようと、憎まれようとも冬夜はそれで良いと思っているのだから。


「だから……これで、きなは僕とお別れだ」

「いや……、こんな終わり方でとうやとお別れしたくないよ」

「ここまで言っても、きなの気持ちは変わらないのか……」


 心の奥がズキズキとする。これだけの嘘を言っても変わらないきなの気持ちに本当に感動してしまったようだ。

 だからこそ……最後の示しはつけなくちゃ。


「天野さん、僕の選択は後者の方でお願いします」


 さっきまでのやりとりを見ていた天野は、いきなりの言葉に少し戸惑っていた。

 ――やっぱりだ。あれだけのやり取りを見ているにもかかわらず、天野さんが戸惑わないはずがないんだ。

 安心した冬夜は最後の追いうちに天野に言葉をかける。


「早くしてくださいよ……。なんですか……ここまでしておいてためらうんですか?」

「――――そんなことは無い。きな君は私がもらっていくのだからな」


 そう言うと、天野は空中に神力による玉を幾つも作成した。しかしそれは人を殺すほどの大きさは無い。


「いや、いやぁ……」


 絶望にたたき落とされたきなの願いも虚しく、光弾は冬夜に向かって鋭く突き刺さる。

 その攻撃を、冬夜はどこか幸せそうに受けていた。体から血は吹き出し、傷口が増えていく一方で、冬夜は何の抵抗もせずに受け止めた。


「とうやぁあああああああああああああああああああああああああ!!」



 どれくらいの時間が経っただろうか、分からない。

 けれど一つだけ確かなことがあった。それは冬夜が気絶していることであった。

 意味を無くした荒縄は緩み、冬夜は水面に落下した。しかし水面だったのが幸運だったんだろう。冬夜はそれ以上損傷することなく水の上に倒れた。

 冬夜は……あっけなく負けたのであった。

 気を失った冬夜のもとに、天野は寄り添った。後ろからはきなが泣きじゃくっている声が聞こえた。


「まったく……君はどうしてここまで自分ひとりで背負いこもうとするんだ」


 (一応私だって、相談相手には相応しいと思うのだけれど)

 天野は一人、倒れている冬夜にだけ本音を漏らしたのであった。誰にも言えない独り言を、眠っている冬夜の目の前でつぶやいた。

 天野は約束通り冬夜の記憶を消そうと片手を差し伸べた。

 (最初からこうする気だったけど、ここまで事が運ぶとは思わなかったよ)

 そう思い、冬夜の頭の上に片手を綿毛のように優しく添えた。そして神力によって冬夜のきなに関する記憶を消していく。


「とうや……とうやぁ……」

「泣くもんじゃないよ、きな君。君が信じれば冬夜君もきっと帰ってきてくれるさ」

「だけど、冬夜の記憶は」

「これは軽い『封印』に近いものだ。冬夜君が寝ている間に君に説明しただろう?」


 そう言って、天野は言うところの記憶の『封印』を行っていく。

 その途中、気絶しているはずの冬夜の顔が苦しそうに歪み、重たい口がゆっくりと開いて言葉を発した。


「き、な……ごめん、ね……」


 そして、ありがとう。


 単なる寝言だったのだろうか、それとも記憶の『封印』の間に今までのきなとの記憶を思い出していたのか、その答えは誰にも分からない。

 そして、『封印』が完了すると天野は冬夜から手を離すと、一言口にした。


「これからが……きみの分かれ道だ」


 意味深な言葉を冬夜に投げかけると、きなの手を繋いでどこかへと消えてしまった。

 消える最後の瞬間、きなは尻尾を揺らしながら冬夜に向けての言葉を発した。


 わたしは……信じてるよ、とうや。


 ずっと……待ってる。

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