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近づく距離 〜姫騎士は逃げ出す〜

 クレリレアからの依頼は、一緒に聞いていた次兄トリステラも眉をひそめる内容だった。

「あちらは、フリューレ様をこの旅の最中に亡き者にするか、行方不明にしようとするか、とにかくよからぬ事を企んでいるのです!」

 そう、言い切るクレリレアに、

「ん〜〜気のせいじゃないの?何か証拠はある?」

 と、トリステラが明らかに話しの内容に似合わぬ軽い口調で話しかけた。リュエマは知っている。この次兄がこんな風に話しかけるのは、相手に気を許させるためだ。トリステラは誰の懐にもスルリと入っていく人なつっこさはあるが、抜け目がない所がある。だからこそ彼は「情報通」なのだ。それが単なる「情報通」の域を超えていることは、シャルア男爵家の家庭内では暗黙の了解なのだった。

 とにかく、これからはさりげなくフリューレ姫に危険が及ばないようにこちらも見守るから、そちらもフリューレ姫を一人にすることが無いようにと言い聞かせて、クレリレアを帰す。



「全く・・・どうしてうちのお姫様は厄介事を拾ってくるんだい?」

 クレリレアが帰ってから、お茶が飲みたいと言うトリステラの為に新しくお茶を入れ直して一緒に座ったリュエマは、なんとなくそう言われることは予測していた。

「別に・・・好きで拾ってくる訳じゃないし・・・」

 そう言ってそっぽを向くリュエマに、トリステラはため息を付く。

「だから、変なことに巻き込まれて欲しくないと言ったのにね〜」

 リュエマはその言葉にハッとして顔を上げる。

 確かに、フリューレが第二皇女であるということを教えてくれたときに、この次兄はそう言った。

「トリス兄上は、何かご存じだったんですね・・・」

「ん・・・まあね・・・」

 トリステラがすっと目を反らすのは、それ以上聞かれたくない時の癖だった。 

「本当は、ここから先は近衛の俺に任せて忘れておしまいと言いたいところなんだけど・・・」

 困ったようにリュエマを見つめる次兄に、リュエマは言い放つ。

「無理ですね」

「まぁ、そう答えると思ったよ。だが、約束して欲しい。決して一人で行動しないこと。絶対に我ら兄の中の誰かに相談すること」

 リュエマはため息をつく。

「決してリュエマの騎士としての腕前を評価していない訳じゃないんだ。ただ・・・」

 何かに迷うように、トリステラは一瞬その瞳を彷徨わせた。

「何?」

「いや・・・、ちょっと今回の拾い物は厄介そうな、そんな気がするからね・・・」

「分かりました。何かあったら必ず兄上達に相談します」 

 そう、素直に頷くと、トリステラはにっこり笑ってリュエマの部屋を後にしたのだった。



 その日の午後はリュエマは久々に休みをとっていた。

 特に用は無かったが、ずっと警護の任務についていると訓練が滞る。久しぶりに弓を引くために訓練場に足を運んだ。

「あれは・・・」

 リュエマの前に弓の練習をしている人物を目にして、リュエマの足が止まる。残念だが、弓の稽古は今度にしようかと、リュエマがそっとその場を立ち去ろうとした時、その人物が振り返る。

「リュエマ!」

「・・・ごきげんよう、ノルディアス様・・・」

 そのまま立ち去るのも、なんだか「避けています!」と公言しているような気がして、仕方なく、ノルディアス王子と並んで弓の練習をすることになったリュエマは、矢を射ることに集中することにした。



 カッ・・・タン!

 のどかな初夏の午後の日差しの中、いつの間にかリュエマは隣にいるのがノルディアス王子であることも忘れて、ひたすら己の射に集中していった。


 しばらくして、手の甲で額の汗を拭うと、すっとハンカチが差し出された。

「随分と熱心だな。これを使うがよい」

 うっかり王子が隣にいることも忘れるくらい集中していて、しかも女の身でありながら、殿方に汗を拭うためのハンカチを差し出されてしまうとは・・・。さすがのリュエマも赤くなって俯きながら、差し出されたハンカチを受け取った。

「ちょっと休憩せぬか?」

 そう誘われて、指を指された方を見ると、練習場の端にある木陰に、テーブルがセッティングされており、お茶の支度をしている侍女の姿が目に入った。

 気が付かなかった・・・。リュエマはため息を付きながら、ノルディアス王子に付いていくしかなかった。


 思えばリュエマはこれまで、ノルディアス王子とゆっくり話しをしたことも無かった。

 狩りの場でいきなり求愛され、断り、お互い忙しくすれ違いざまに求婚され、断り、それからもずっとそんな調子だったし、リュエマ自身が王子を避けていたこともあって、そんなことになっていたのだった。


「ずっと、そなたとゆっくり話しがしたいと思っていたのだよ」

 そう、にっこりと人なつっこそうに微笑まれて、リュエマの胸がドキリと高鳴った。

 端正な顔立ちに、陽の光の下では濃い藍色に輝く美しい瞳。決して女性的ではなく、でも、やはり美しい人だなとリュエマは思う。



「そなたを見初めたのは確かにあの狩りの時だったが、もっと以前より、そなたのことはよく知っていたのだ」

 そう、ノルディアス王子は話し始めた。

 時折、姫君など女性の要人の警護に当たっているのは、あのシャルア男爵家の騎士兄弟の末の妹姫だと聞いて興味を持ったのだと。そして、その凛々しい姿を、いつも眩しい思いで見つめていたのだと。そして、決定打となったのが、あの日の狩り場での事件だったのだと。


「そなた、あの男鹿に謝罪したであろう?」

「謝罪?」

「男鹿に向けて「すまない」と」

「あ・・・」

 男鹿の眉間を射抜いた時に得たのは、確かな手応えと、ほろ苦い後悔・・・。

 男鹿は倒れる寸前に、澄んだ瞳をリュエマに向けた。

 私は、何故、ここで死ななければいけないのですか?と、その瞳は問いかけたような気がしていた。

「私は・・・楽しみのための狩りは嫌いです・・・」

 そう、俯いたリュエマがそっと呟く。

「そうだな・・・私もそうだよ」

 ハッと顔を上げると、そこにはリュエマを労るように、柔らかい笑顔を浮かべるノルディアス王子が居るのだった。

 

 この人のこと・・・嫌いでは無い・・・。

 そう、その瞬間、リュエマは思った。

 むしろ・・・少し惹かれ初めていたからこそ、避けていたのだと改めて自覚する。

 自分の気持ちを、この人なら分かってくれるかもしれないと、どこかで期待し始めている自分がいる。


 だが・・・。

 自分にはそれは許されない。

 

 戸惑って俯いたリュエマの手に、そっとノルディアス王子の手が重なる。 

「改めて言おう。リュエマ、私はそなたが好きだ」

 ぎゅっと重なり合った手に力が込められた。

「わっ・・・私・・ダメなんです!!」

 リュエマはそのまま席を立つと、そのまま脱兎のごとく駆けだした。


 リュエマはノルディアス王子を置き去りに、逃げ出したのだった。

 

 



 読んで下さってありがとうございます!!


 なんとか体調復活しましたが、まだまだ油断は禁物です。

 体調弱っている時だからこそ、インフルエンザとかもらっちゃわないようにと、ずっとマスク着用で過ごしています。

 

 みなさまも、流行の病にはお気を付けて下さいませ!



 さて、リュエマが悩んでいるのは何なのか?

 もう少し先で種明かしします。

 お待ち下さいませ。


 雨生あもう


2015年1月11日、誤字訂正いたしました。

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