異国の姫君 〜姫騎士のお仕事〜
スラビアーヌからリュエマへの「頼みごと」とは、様々な国から「初夏の大舞踏会」へとやってくるという姫君達の警護をするというものだった。
今年は海を越えたアストキアや、山の向こうの国エルン、今の正妃様で、ノルディアス王子の義理の母の故郷グラード、色々な国から貴族の姫や王家の姫がやってくるという。
間違いなく「次期正妃」候補が集うイベントだ。
「なるほど」
と、リュエマは思う。この国には「女騎士」は少数で、確かにやんごとない姫君達の寝室や、浴場の警護は人数が足りないだろう。
それならば、自分が役に立つだろうと、そう納得したのだった。
リュエマが割り振られたのは、山を越えた隣国エルン皇国の姫君の警護だった。
「はじめまして。ティアーヌと申します」
そう言ってすっと手を差し出した姫君は、美しい銀に近い真っ直ぐな金の髪を持つ、青い瞳の姫君だった。瞳には強い光を宿し、気位の高さがにじみ出ている。さすがは皇家の姫といったところだろうか。美しい姫だなと、リュエマですらそう思ったほどの美貌の持ち主だった。騎士姿のリュエマが跪いて騎士の礼をとって、その華奢な手の甲にそっと口づけを落とすと、ふんわりと頬を桃色に染めるのもなかなかに初々しい。
「私はシャルア男爵家のリュエマと申します。「女騎士」として、エルン皇家の姫君の警護に当たらせて頂くこと、名誉に思います」
そう告げると、ティアーヌは満足そうに頷いてきちんと騎士への返礼の所作を返して見せた。
彼女は幾人かの侍女と供を連れていた。その中に栗毛色の巻き毛に水色の瞳を持った、愛らしい少女がいた。
ティアーヌの荷物を持っていた彼女が段差につまずいて転びそうになったのを、ふわりと騎士姿のリュエマが受け止める。
「フリューレ!なにをグズグズしているの!」
苛立つように、ティアーヌの声がフリューレと呼ばれた少女を鋭く叱責した。
「す、すみません、ティアーヌ様・・・」
侍女達とは違って、地味ではあるがドレス姿のこの娘は、ティアーヌ姫の世話係だろうか。
「フリューレ様、私が」
そう一人の侍女が手をだそうとしたが、それをリュエマは止めた。
「その荷物は私がお運びしましょう」
にっこりと、いつものように微笑んでそう言うと、リュエマは荷物をフリューレと呼ばれた少女の手から軽々と取り上げてしまう。
「あ・・・ありがとうございます・・・」
少女は真っ赤になって俯いた。
「フリューレ!置いて行くわよ!!」
ティアーヌに言われて、慌てて後を追いかけるその後ろ姿を見て、リュエマは違和感を覚えた。あの娘、足・・・引きずってる?
翌日開かれたお茶会の主役は、もちろんエルン皇家の第一皇女、ティアーヌだった。
エルン皇家では女性には相続権が無い。ティアーヌは長子であるが跡取りは弟の第一皇子サリエスが継ぐことが決まっている。だから、彼女は年齢的に見ても、このリアルシャルンの王太子ノルディアスの最有力の王太子妃候補だった。
お茶会を主催したのはもちろんノルディアスの叔母で、今回の仕掛け人であるスラビアーヌだった。
美貌の皇女をエスコートして、紺色の騎士装束に身を包んで、略式礼装の短い白いマントを纏い、長い黒髪を後ろに束ねたリュエマが会場に姿を現すと、あちこちから感嘆のため息や、小さな悲鳴が上がる。
自分をエスコートしているのが、会場に居るこの国の貴族の娘達にとって憧れの存在なのだと気が付いたティアーヌ姫は、この状況をいたく気に入ったようで満足そうだった。
今日の彼女の装いは、サーモンピンクのスカートがふんわりと膨らんだ流行のドレスで、頭には同じ色の小さな薔薇を散らすように飾っていた。
そのティアーヌとリュエマの後ろから、地味な水色のドレスを纏ったフリューレが付いてきていた。頭には小さな白い花が少し飾られている。
「ティアーヌ姫、ようこそお越し下さいました」
そうスラビアーヌが挨拶をすると、ティアーヌが貴婦人の礼でそれに答える。
「それに、フリューレ姫、あなたも来て下さってうれしいわ」
えっ?思わずリュエマは振り返る。
「お招き下さって、ありがとうございます」
そこには、花のように微笑んで貴婦人の礼を返すフリューレがいた。
姫・・・だったのか・・・。
ティアーヌが侍女のように扱っていたので、供の一人なのかと思っていたリュエマは、慌てて警護の合間を縫って、会場警備に当たっていた情報通の次兄を捜し出して情報を得る。
フリューレは第二皇女だということだった。ただ、ティアーヌは正妃の娘で、フリューレはあまり身分の高くない母から生まれたらしい。
「どうやら第一皇女様はかなりこの第二皇女様を疎んじておられるようだ」
そう告げる次兄。
「ん・・・なんか、そんな感じだった・・・」
考え込みながら答えるリュエマ。
すると次兄は心配そうにリュエマの頭を撫でた。
「オマエは変なことに巻き込まれて欲しくないんだがな・・・」
リュエマはふっと微笑むと告げる。
「兄様、私はこれでも一応騎士なんだよ。皇女様方の警護をがんばるよ」
リュエマがお茶会の席に戻ろうとしていると、庭へと続くテラスに水色のドレス姿を見つける。
「フリューレ様?」
「あ・・・リュエマ様・・・」
驚いたようにリュエマを見つめるフリューレ。
「リュエマと・・・そう、お呼び下さい。私は騎士ですから、敬称はいりませんよ」
「でも・・・」
言いよどむフリューレに手を差し出すと、おずおずと手を乗せてくる。
「さあ、会場に戻りましょう」
そう言ってリュエマが手を引くと、
「っ・・・」
小さく息を漏らしてフリューレの手が震える。
「失礼します」
そう言うとリュエマはフリューレの足下に跪いた。
「リュ、リュエマ様?」
「様はいりませんよ。ちょっと見せて下さい」
そう言うとリュエマはいきなりドレスの裾を持ち上げて、フリューレの右足首を掴んだ。
「キャッ!」
「ああ・・・やっぱり、酷いな・・・」
フリューレの足はあちこちに無惨に靴擦れが出来ていた。
リュエマは眉間にシワを寄せて不機嫌な表情になった。
「なんで・・・こんなになるまで我慢したんです?それに、この靴・・・サイズが合ってない。貴方には小さすぎるでしょう?」
「えっと・・あの・・・」
しどろもどろになるフリューレ。
「・・・ティアーヌ様に・・・何か命じられたのですか?」
「いえ・・・この靴は・・・お姉様が下さったものなので・・・」
リュエマはため息をつき、手の中の彼女の足よりも少し小さいその靴を見つめた。
嫌がらせにも程があるだろう・・・。
「ここで座って待っていて下さい」
「あの、でも、その靴は・・・」
リュエマは立ち止まり、フリューレの前でバキリとその華奢な靴のヒールの部分を折ってしまう。
「靴は壊れたので、新しい靴を騎士が用意したのだと、そう言いなさい」
「リュエマ様・・・」
「リュエマですよ。様はいりませんから」
しばらくして戻ったリュエマの手の中には、履きやすい柔らかい素材で出来た靴があった。
「間に合わせですが・・・」
リュエマはフリューレの傷の手当てをしてから、そっとその靴をフリューレに履かせた。
「リュエマさ・・・ん」
「まぁ・・・様よりはいいでしょう」
「あの、すみません。ありがとうございます!」
そう言って微笑む笑顔は、ハッとするほど愛らしかった。
リュエマはそっと手を貸すと、フリューレを茶会の席にエスコートしたのだった。
何とか連投。
読んで下さってありがとうございます。
寒すぎて、毎日外に出たくないと思ってしまいます。
ずっと家にいて、ひたすら書いていたいなぁと・・・。
仕事と家事の合間を縫って、頑張ります!
雨生