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受難の始まり 〜姫騎士は王子を救う〜

 そもそもの始まりは、去年行われた王家主催の「秋の狩り」だった。

 勢子が森から追い立てた獲物を、森の外れの草原で待ちかまえている貴族達が弓で射るという、比較的簡単な「お遊びの狩り」で、追われてくる獲物もウサギやキツネなどの小動物がほとんどだった。

 男性陣達が狩りに興じるのを、女性陣は草原の端に張られた天幕の中でお茶をしながら応援するといった催しだったが、王家主催ともなると規模が違って、草原の端にはぐるりと幾つかの天幕が張り巡らされていた。   

 社交界にデビューしたての貴族の子女は参加することが習わしだった。

 リュエマもその一人だったが、どうせなら狩りをする側に入りたくてうずうずしていた。

「今日はドレスで行くのよ!姫らしくしてね!」

 と、母から散々念を押されてしまってあきらめたのだ。

「退屈だ・・・」

 そう呟くと、ポンと頭を撫でてきた大きな手。四人目の兄ファルアルドだった。

「ちょっと休憩させてもらうよ」

 そう言って妹のリュエマの居る天幕にファルアルドが姿を現すと、天幕の中にいた他の女子たちは皆頬を染めて、ファルアルドを盗み見ている。

 父譲りの黒髪は短めにしているが、ほぼリュエマと同じ髪質でサラサラと流れる前髪を邪魔そうにかき上げて、侍女からお茶のカップを受け取ると。

「ありがとう」

 と、微笑んで優雅にお茶を飲む。その仕草に見とれていた女子達から熱いため息が漏れる。

 ファル兄様は・・・わざとやってるな・・・。猫っかぶりなこの兄は、こういう状況を楽しむようなところがある。リュエマは違う意味でのため息をついて、ふと草原に目をやった。


 その時だった。

 森と草原の境目に立派な角を持った男鹿が現れたのは。

「まぁ、大きな鹿が!」

「すごく立派な角ね」

「まずいな・・・」

 そう呟いて、ファルアルドが天幕から飛び出していく。大物用の弓と矢を取りに走ったのだ。

「ああ、まずい・・」

 リュエマも思わず天幕から出る。

 今日の狩りのために用意されているのは、小動物や鳥を射るための細矢だった。

 あのように大きな鹿を射止めるための物ではない。

 森から聞こえる猟犬の声に追われるように、男鹿は草原へと出てきて、大勢の人に驚いて駆け回る。

 弓を手にした男性陣が次々に矢を射かけるが、細矢では深手は負わせられない。

 一人の男性が正面から弓を射かけたが、逸れた矢が背に刺さり、狂ったように暴れる鹿は向きを変えて、一つの天幕に向かって突っ込んで行く。王家の天幕だ!

 まずい!そう思ったら、身体が勝手に動いていた。

 テーブルの上にあったファルアルドの弓と矢を手に、リュエマは駆け出す。射とめるには、確実に急所を狙うしかなかった。 

 そして、あろうことか天幕から出てきて弓を手にしたまま突っ立っている男性を突き飛ばし、目の前に迫った男鹿の眉間を細矢で打ち抜いた。

 男鹿は竿立ちになり、どうっと倒れて息絶えた。


「ノルディアス様っ!!」

「王子!お怪我は?」

 周りの声が耳に入り、はっと見回すと、リュエマが突き飛ばした男性が、皆に助けおこされているところだった。

「す、すみません!夢中で・・・」

 自分がしでかしたことに青くなって俯くリュエマ。よりによって世継ぎの王子を突き飛ばして転がすとはなんという失態・・・。

 すると、耳に優しい低い声が聞こえた。

「そなた・・・見事な腕前であった。まるで狩りの女神が現れたようだったぞ!」

 そう言って、泥だらけになった服を気にもせずにリュエマに跪き、その手を取って口づけを落として微笑んだのはこのリアルシャルンの世継ぎの王子、ノルディアスその人だったのだった。


 思えば、あの日から、リュエマの「災難」は始まったのだ。

 あの日から始まった王子の熱烈な求婚攻撃から、リュエマは逃げまどう。

 王子が嫌いな訳ではない。まだ良く知りもしないから、嫌いか好きかは決められない。

 そうして「リュエマを妻にするぞ!」と公言してはばからない王子のおかげで、他に求婚者も現れないという事態になってしまったのだった。


 ノルディアス王子は少しおっとりした性格であったが、決して愚鈍な人間ではない。穏やかで人々から慕われるタイプの人間で、とても頭が良く、賢王になるであろうと期待されていた。まじめで浮いた噂一つ無かった王子に訪れた突然の春は、周りの人々を驚かせはしたが、大きな反対の声は上がっていなかった。

 すらりとした体型に、整った顔立ち、煌めく知性。おまけに次期国王ともなれば、縁談は山のようであったが、王子が惹かれたのはリュエマ一人だった。


 リュエマとて、ノルディアスが嫌いな訳ではなかった。

 ただ、よく知らない人から、いきなりプロポーズされても困ってしまう、と、いった類の悩みだけではなかった。

 リュエマには、この縁談だけは断固として拒否しなければならない理由があったのだった。


 連投です。


 読んで下さってありがとうございます。

 「正妃の偽り」で登場した時、散々な評判だったリュエマですが、私としてはお気に入りのキャラの一人なんです。

 「番外編で名誉挽回させます!」とお約束してました。


 このお話し、もう少し続きます。 

 お楽しみ頂ければと思います。


 雨生あもう

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