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千年の冬  作者: やくも
33/34

第三十三幕:遠い日の約束


 1


 動くに動けない状況が続いている。

 一問に対し、返るはずの一答はいつまで待っても呟かれることはなかった。

 黒い二人は対峙したまま動かない。

 間合いを計るわけでもなく、攻撃の機を覗うわけでもなく、ただ膠着し続けている。

 本当に君は死神なのか?

 ふいに投げられたその問いに、カルマはとうとう答えなかった。

 いや、答える必要がないと判断をしたのだろうか。

 再び地を蹴り、再度その黒い大鎌を振りかぶった。

 正真正銘、目の前のそれを殺すつもりで。

 風が切り裂かれ、音が生まれる。

 が、にもかかわらず、それは微動だにしない。

 動かなければ直撃は免れず、それはつまり即死を意味するものだと理解しながら、しかし動こうとはしない。

 当たり前だ。

 なぜなら、そんな攻撃が当たるはずがないのだと、それは理解しているからだ。

 直後に、先ほどと同じ爆発音のようなものが耳に響いた。

 衝撃の際に生じた砂煙は、大小の石片などを撒き散らしながら周囲へ広がっていく。

 離れた場所に立つ冬夜と飛鳥の足元や頭上にも、その残骸は降り注いでいた。

 二人はさらに数歩ほど後ずさりながら、それらの弾幕を回避する。

 見れば、すでに教会の一部が丸々取り壊されたようになっており、見るも無残な姿に変わり果てている。

 威力だけを見れば、それは相当のものだとすぐに理解できた。

 あんな一撃を真正面から受ければ、普通は無事であるはずがない。

 そう、あくまでも、普通ならば……。


「……ふぅ。気は済んだかな?」

 瓦礫の中から、変わらぬそんな声が聞こえる。

 分かっていたとはいえ、やはり理解できない。

 一体どういう理屈で、それは傷一つ負わずにいられるというのだろうか。

「あまり建物を壊さないでほしいんだけどね。仮にもここは、神聖な場所なのだから」

 教会を背に、それは哂った。

「……ふん。悪魔にもなれなかった幻影が、神の名を気安く語るな」

 その言葉をあっさりと一蹴し、カルマは言い放つ。

 と、そんな両者の対話を裂くように、襲い掛かる二つの刃。

「よせ、神楽!」

 気付き、カルマが静止の言葉を叫ぶが、すでに遅かった。

 一足飛びに跳躍した神楽は、頭上から大木を真っ二つに両断するが如く、その刃を勢いよく振り下ろす。

「はぁっ!」

 しかし切りつけられるそれは、一瞬だけ視線を向けたかと思うと、何かこう、とてつもなくつまらないものを一瞥するかのようなそんな視線を見せつけ、不愉快そうに口元を閉じた。

 しかしそんなことになどいちいち構ってられず、神楽はそのまま力任せに刃を振り下ろした。

 真逆の方向からは、同じく刃を構えた冬夜が迫る。

 引き抜いた刃はすでに軌跡を描き、横薙ぎの一撃へと切り替えられている。

 頭部を狙い打つ神楽とは別に、冬夜はそれの腹部を狙っていた。

「もらった!」

 間合いは完璧であり、今からでは後退しても回避は絶対に間に合わない距離だ。

 無理に回避しようとすれば、それだけ頭上への注意もそがれることになり、結果として神楽の一撃が命中する。

 しかしそれこそが勘違いなのだと、二人は気付かない。

 そもそも避ける必要性など、それには存在しないのだ。

 そのことを、嫌でも思い知ることになる。

 二人のそれぞれの一撃が交差する。

 一方は頭上、もう一方は側面。

 だが……。


 ――それがどうだというのだろうか?


「…………」

 無言のまま、それはそっと両の手を伸ばした。

 頭上と、腹部と、その二方向へ。

 そしてさらに不気味なことに、なぜかそれの顔は哂ってはいなかった。

 まるで目障りな虫でも払い落とすかのような、そんな卑下するような表情で、迫り来るその二つの刃にそっと指先で触れるかのように……。

 が、しかし。

 ギィンという金属同士がぶつかり合う衝撃音と共に、冬夜と神楽の体は後方へと弾き飛ばされた。

「な……」

「ぐ……!」

 まるで形の見えない金属の塊を切りつけ、その反動で弾かれたような感覚。

 しかし、そんなものはあるはずはない。

 では、何が二人の刃を弾き飛ばしたのか?

 弾かれ、体勢を崩して着地した二人が顔を上げる。

 その視線の先にあったのは、どうしてか大鎌を掲げるカルマの姿だった。

「……カルマ、どういうこと?」

「どうして邪魔をする!」

 口々に二人は言う。

 無理もない話だ。

 どう見たって、その光景はカルマが敵であるそれを庇っているようにしか見えなかったからだ。

「…………」

 静かに大鎌を下ろし、カルマは背後を振り返った。

 そこには、当然のように無傷のままのそれがいる。

「……どういう風の吹き回しなのかな?」

「とぼけるな」

 それだけのやり取りを終えると、それは再び先ほどのような不気味な笑みを浮かべた。

 その様子に一度だけ舌打ちしながら、カルマは二人の元へと歩み寄る。


「おい、どういうことだ、答えろ!」

 冬夜は激昂する。

 目の前の展開が意味不明すぎる。

 倒すべき相手を、どうして庇うというのか?

「……カルマ、答えて」

 神楽も同じ問いをする。

 二人の態度は当然のことだ。

 だからこそカルマも、ここに至ってその事実を口にするしかなかった。

「お前達では、あれを倒すことはできない」

「……なん、だと?」

「どういうこと?」

「あれはすでに、存在していないものだ。ありもしないものを切り伏せることなど、できるわけがないだろう?」

 存在していないものを、切ることなどできない。

 それは言葉としては確かに理屈が通っているものだが、だがしかし……。

「……何だよ、それ。アイツはあそこにいるのに、それでも存在してないっていうのか?」

「そうだ」

 カルマは即答した。

 冬夜はわずかにたじろぐ。

「……でも、カルマの言うことが本当なら、そもそもアイツを倒すこと自体不可能になっちゃうじゃない……」

 まさしくその通りだった。

 存在しないものは切ることはおろか、殴ることも蹴ることも、触れることさえもできはしない。

 だとすれば、そんな存在を消し去る手段などどこにあるというのか?

 そんな手品や魔法があるのならば、見せてほしいくらいだ。

「……少なくとも、お前達ではあれに触れることすらできない。だが、あれはお前達に触れることができる。この意味が分かるか?」

「……それって、つまり」

 二人は嫌でも理解させられる。

 それはつまり、一方的に攻撃を受けるだけのことになるのだということ。


「待てよ、おかしいだろ、そんなの。こっちはアイツに触れることさえできないのに、あいつは俺達に触れられるっていうのか? 何だよそれ……」

 それはもはや、弱点を突くとか、隙を見つけるとか、そういったレベルの話ではなくて。

 圧倒的なほどの存在条件の違いの下による、一方的な殺戮のようなものではないか。

「ふざけるな!」

 冬夜は叫んだ。

 すぐ隣にいる神楽が、思わず肩を竦めてしまうほどに。

「構うものか! アイツは、父さんと母さんと、兄貴の敵だ! 絶対に俺の手で消し去ってやる!」

「落ち着け、亜城冬夜」

「落ち着いていられるか! 大体、お前はこのことを以前から知っていたんじゃないのか? 俺達じゃアイツに勝つ以前に、そもそも勝負にすらならないってことを、知っていたんじゃないのか?」

「……そうだな。その通りだ」

「……っ、だったら、どうして……っ!」

 冬夜はカルマの胸倉を掴み上げ、罵声を浴びせるように続ける。

「どうして俺は今ここにいるんだよ! 何もできないのに、どうして俺は今ここにこうしているんだ!」

「…………」

 カルマは答えない。

 冬夜の言うことは間違っておらず、反論の隙間はどこにも見当たらなかった。

「何もできないのに……戦えもしないのにこの場所にいることが、どれだけ意味のないことなんだよ!」

「……そうではない。意味はある。お前達は全てを見届ける権利と、義務がある」

「……っ、だから……っ!」

 胸倉を掴むその手に更に力を込め、冬夜は叫ぶ。

「どうしろっていうんだよ? 戦うことすら叶わない相手に、どう戦えっていうんだよ! そもそも、お前の言葉をそのまま借りれば、どうやったってアイツには勝ち目がないだろうが! 俺達とアイツとじゃ、存在する定義そのものが違うんだろ? だったら、どうやったところで無理に決まってるじゃないか! それこそ同じ立場のやつでもいない限り…………」


 そこまで言いかけたところで、冬夜はふと気がつく。

 力いっぱいに掴んだ胸倉から、その手がスルスルと解けていった。

「……お前、まさか……」

 消え入るような小声で、呟く。

「……そうだな。何もかもお前の言うとおりだ、亜城冬夜」

 上着を直しながら、カルマは再び振り返る。

「違う次元に立つ者同士が、対等に戦えるわけがない。それどころか、一方的な干渉をされるとしては結果は知れている」

「……カルマ、ひょっとして……」

「……言う必要のないことだと思っていた。こうなる前に、全てを終わらせるつもりだったからな。もっとも、そううまくはいかなかったが」

「……お前、最初から全部、自分一人で……」

「……お前達が気に病むことではない。いつかこうなると、自分でも分かっていたことだ。遅かれ早かれ、似たような状況はやってきていただろう。ただそれが、いつの間にかこの世界の存亡をかけたものになっていた。ただ、それだけのことだ」

 黒い死神は淡々と語る。

 まるで何でもないような口ぶり。

 最初からこの結末を一人、予想できていたかのように。

「……カルマ、あなた一体、何者なの? 死神じゃ……なかったの?」

「……死神さ。正真正銘のな。ただし……」

 振り返らず、しかしどこかもの悲しそうな横顔を覗かせて、カルマは続けた。


 「――永く、人と触れ合いすぎたのだよ、俺は。冷たい機械が熱を覚えた。たった一人の人間に関わったことによって、俺は変わった」


「それって……」

「……お前達はそこで見ていろ。最後の最後まで、目を離すな。これが俺の交わした、彼女との約束だ……」

 直後に、目の前にいたはずのカルマの姿が消えた。

「カル……」

 呼びかけた名前は最後まで紡がれず、カルマが立っていた場所には今、誰もいない。


「今生の別れは済んだかな?」

「お前が気にすることではない」

 煙のように、カルマはそれの背後から現れた。

 黒い大鎌を、肩に担ぎながら。

「それに、今生の別れはこれからだ」

「……と、いうと?」

 愉しげに聞き返すそれの目を見ながら、カルマは握った大鎌を振るう。


 「――俺とお前も、ここで今生の別れを告げるんだ」


 三度振りぬかれる一閃。

 歪んだ三日月の口元が、愉快そうに曲がっていた。



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