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千年の冬  作者: やくも
19/34

第十九幕:舞台裏のささやかな抵抗(2)

 1


 普段より少しだけ慌しい朝の時間が、ようやく静けさを取り戻した。

 対馬と佐野はいつもどおりに登校し、巽も朝食の後片付けをもう間もなく終えようとしている。

 神楽は先ほどのまま居間に座り、何やら考えている様子。

 カルマの姿は起きたときから見当たらず、巽が言うには気になることがあるから夕方まで留守にするという伝言を受けたとのこと。

 カルマが単独で行動するというのはなかなかに珍しいことだったが、行動するからには必ず理由があるはずだ。

 それを神楽に告げずに開始したということは、思い当たることがまだ確実性の薄いものなのだろう。

 余計な心配をさせまいとするのは、カルマのいつものやり方だ。

 カチコチと、居間の壁掛け時計の秒針が規則正しい音だけを連ねていく。

 時間は確実に流れているのだが、こんな風に静か過ぎる場所で一人でいると、時間の流れの中に一人取り残されたような錯覚を覚える。

 神楽はただ、正座をしたまま俯き加減で座っていた。

「……」

 言葉はない。

 かといって、内心で考え事をしているのかと聞かれてもそうだとは答えがたい。

 無心というわけでもない。

 何も考えていないというよりは、何を考えていいか分からずにいると言った方が正しい。

 現段階で言えることは一つ。

 どういう偶然と奇跡の折り合いか分からないが、冬夜にとっての最悪の状況だけは避けられたということ。

 そう。

 あくまで、その一点に過ぎない。

 決して、冬夜とその周囲に巡る数奇な環境が打開されたわけではないのだ。

 胸は確かに、一度撫で下ろした。

 安堵の息もついた。

 しかし、全身の緊張は微塵も揺るがない。

 これはただ、天災の合間の束の間の急速に過ぎない。

 地震が止んだと思えば、次は津波が。

 津波を食い止めても、次は台風が。

 災厄は止まることを知らず、次から次へと溢れ来る。

 その全てを、一つずつ打破していかなくてはならないのだ。

 いや、一つずつでしか打破することができない。

 だからこそ、今まではぎりぎりのところで最悪の事態を逃れることができたのだ。

 無論それは、いくつもの偶然や幸運を味方につけることができたからであって。

 わずかにでも風向きが変われば、全員が命を落としていても何の不思議もないのだから。


「……大丈夫。今はまだ、向かい風じゃない」

 神楽は一人で呟く。

 自分で自分の背中を押すように。

 震えを隠せないその足を、一歩前に踏み出すための勇気が欲しい。

 悪夢はまだ覚めない。

 今だって、自分の掌はあの時の不気味な感触とむせ返るほどの血の匂いと色で染まっている。

 それを受け入れろと、言い聞かせる。

 命の重さと尊さは、誰よりも理解しているはずだ。

 振り返るな。

 今だけは前を見据えろ。

 現実の中の非現実に向かい合え。

 たとえそこに、自分ではない自分がいるとしても。

 全てを振り払って、成し遂げることがある。

「今度こそ、絶対に……」

 ぎゅっと、握る手の中に思いを込める。

 だから今は、体よりも心を休ませておかなくてはならない。

 冬夜はまだ眠ったまま。

 本当に、死んでいるかのようにすら見えるほどの深い眠り。

 次に何かが起こるとすれば、それは冬夜が目覚めたとき。

 何を生かし、何を殺すのか。

 できることなら、何も殺したくはない。

 それが人ではない、ただのモノに過ぎない存在だとしても。

 だけどそれは、叶わぬ願いだ。

 殺さなければ殺される。

 それはカルマが教えてくれた言葉。

 悔しいけど、その言葉は正しい。

 そして、重い。

 まだ、手は震える。

 恐れも不安もある。

 だけど、迷いはない。

 その手に白銀の刃を握ったあの日から、分かっていたはずだから。

「……お母さん」

 泣きそうな声で、ぽつりと。

 次の幕はすでに上がりかけている。

 だから、今だけは。


 ――精一杯の強がりの中で、溢れそうな涙を枯らしておこう。


 カチリ。

 ボーン、ボーン、ボーン……。

 壁掛け時計が九時を告げる。

 時間は確かに流れている。

 後戻りなんてできないと、とうの昔に知っているだろう。

 それでも、願わずにはいられない。

 過去に帰りたいと願うわけではない。

 だからせめて、どうか……。


 ――この暗闇の果てに、当たり前の日常を用意してくれますように……。


 2


 この日、学校はすでにその学び舎としての雰囲気などかけらも見せることはなかった。

 校門の前、対馬と佐野は並んで立ち尽くした。

「……何、これ……」

 か細い声で佐野が言う。

 二人の目の前には、多数の警察車両。

 白と黒の車体の屋根の上で、赤いランプがくるくると回っている。

 校門にはすでに警官が配置され、登校してきた生徒の多くを校舎内に誘導している。

 教員も少なからずグラウンドまで出向き、ざわついた生徒の波を直すように指示を出している。

 尋常ではない状況に、多くの生徒は何事かと足を止める。

 事件だ。

 何事件だ?

 強盗か、それとも殺人か?

 信じられない、冗談じゃない。

 何がどうなったんだ?

 そんな声があちらこちらから飛んでくる。

「何があったんだろ……」

「……」

 佐野の問いらしき言葉に、対馬は答える言葉を持っていない。

 ただ、警察が動いているということは、少なからず事件性のあることが学校で起こったのは間違いないだろう。

 それが本当に強盗なのか、それとも殺人なのか、はたまた放火なのか。

 それは対馬には分からない。

 だが、何か嫌な予感がする。

 いや、すでに起こってしまったことを予感と表現するのはおかしい。

 これは恐らく、警告だ。

 関わるな。

 関わればこうなる。

 という、誰かも分からない存在からの言葉なき警告。

「有紀ー!」

 と、二人の横からそんな声が聞こえた。

 呼ばれた佐野がその方向を振り返ってみると、そこには駆け足で走ってくる二人のクラスメートの姿があった。

 河内と木村の二人である。

「美樹、それに奈津も……」

 友達の無事を確認できたという無意識のうちの安心感と、どうしてそんなに息を切らしているのかという疑問がごっちゃになる。

 二人はそれなりの距離を走ってきたようで、肩が大きく上下していた。

「よ、よかった。有紀は無事みたいね……」

 整わない呼吸のまま、河内は言う。

「無事って、どういうこと?」

 佐野は聞き返す。

 言葉の意味は理解できるが、その言葉をかけられる理由が見当たらない。

「そ、それがね……」

 隣の木村が口を開く。

 が、直後に。


 『全校生徒は速やかに校舎内に入り、各自の教室で担任の指示を待つように。繰り返します。全校生徒は……』


 校舎の上空から聞こえてくるそれは、校内放送のアナウンスだった。

 普段校舎の中で聞くのとは違い、その音声は寒空の下に割れるように響いた。

 校門前やグラウンドで立ち尽くしていた生徒の波も、その放送の指示に従うように少しずつ流れ始める。

 改めて周囲を見回してみると、学校近隣の住民の人達も何事かと家を出たり、窓を開けて顔を覗かせたりしていた。

 無理もないだろう。

 普段から学生の通学路として使われている道の上をパトカーがサイレンを鳴らして次々に駆けつければ、それはただ事ではない。

 誰もが何事だろうと世話しなく囁きあう中、無機質にもチャイムの音だけが鳴り響いた。

「……とにかく、中に入ろうぜ。ここにいたって何もわかんねーよ」

 言って、対馬は一人先に歩き出す。

「あ……」

 佐野は無意識のうちに、その背中に手を伸ばす。

「私達も行こう、有紀」

「そうだね。詳しくは中で話すよ」

「あ、うん……」

 立て続けに河内と木村に急かされ、三人も急ぎ足でグラウンドを歩き出した。

 こうして、あまりにも衝撃的な朝が始まった。


 教室にはたどり着いたものの、そこは見るからに野次馬の塊だった。

 ほとんどの生徒はベランダへと出て、目下の警察車両やその周辺を眺めている。

 教室内に残った生徒も、大半が輪になって何かを囁いては不安そうな表情をしていた。

 言うまでもなく、話題の中身はこのあるまじき朝の景色の正体だろう。

 対馬をはじめ、佐野、河内、木村はひとまず自分の席に各自の荷物を置いた。

 そして河内と木村は、そのまま佐野の席へと駆け寄ってきた。

 ほとんどの座席が空席になっているので、二人は空いている座席の椅子を借りて腰を下ろす。

 対馬の席は佐野とさほど離れていないので、対馬は自分の席に座って視線だけを三人に向けていた。

「それで、一体何があったの?」

 佐野は二人に問いかけた。

 河内と木村は互いに目配せし、できることならあまり話したくはないといった具合の表情を見せる。

 一拍の間を置いて、木村が口を開いた。

「……私も美樹も、たまたま聞いただけだから、確証はないんだけど……」

 そこでもう一度、木村は河内に視線を投げる。

 河内は一つ頷いて、そこで言葉のたすきが渡される。

「体育館でね、うちの生徒が死体で見つかったって」

「な……」

 あまりの衝撃に佐野は息を呑んだ。

 表情にも口にも出さないが、それは対馬も同じことだった。

「そ、それホントなの?」

 佐野はすぐさま聞き返す。

「……私達が実際に見たわけじゃないけど、聞いた話が本当なら、そうだと思う……」

 自信なさげに木村は言う。

 それもそのはずだ。

 もしも二人が実際にその死体とやらを見たとしたら、こんなに落ち着いて話ができるはずがない。

 それどころか、真っ先に発見者として警察のお世話になっていることだろう。

 どこから流れた話かは知らないが、実際にこうして警察沙汰になっているのだから、頭から否定することはできない。

 否定はできないが……。


「……」

 何もこんなときにこんなことが起きなくてもいいではないか。

 佐野は疲れたように俯く。

 昨夜ようやく、安堵の息をつくことを許されたばかりだというのに。

 どうしてこうタイミング悪く、妙な事件が重なるのだろう。

 ただでさえ寝不足でわずかに重苦しい頭の中が、このことでさらに拍車をかけた。

 こんなんじゃ、今夜も落ち着いて眠ることは難しそうだ。

「……誰なんだ?」

 その声は、意外な方向から飛んできた。

「え?」

 河内が振り返る。

 すぐ後ろで腕を組み、半ばどうでもいいように聞いていた対馬は口を挟んだ。

「その被害者。うちの生徒なんだろ?」

「え、あ……そ、そうだけど……」

 急な問いに、河内は少しだけ慌てた。

「そこまでは私達も分からない。たまたま聞こえてきただけだったから……」

 隣の木村に向き直る。

 肯定だと言う代わりに、木村も一つ頷いた。

「そうか……」

「……あ、でも」

 木村の言葉に、対馬は逸らしかけた視線を戻す。

「これも確かかどうかは分からないけど、多分、二年の女子だと思う」

「二年って、私達と同じ学年じゃない……」

 佐野は小さく言い返す。

 途端に寒気がこみ上げてくる。

 自分と同じ学年、あるいは自分と同じクラスの女子が被害者であると考えると、とてもじゃないが他人事とは思えない。

「……どうして二年だって分かる?」

 対馬が聞き返す。

「んと、その話してた子達が言ってたよ。青いリボンだったって」

 なるほどと、対馬は頭の中で理解した。

 この学校は男子はネクタイ、女子はリボンの色で学年が区別できるようになっている。

 男子の場合、一年から順にネクタイの色が茶色、紺色、黒となっている。

 女子の場合、緑、青、赤という順序になっている。

 つまり青いリボンというのは、この学校では二年の女子を示すことになる。

「でも、本当かどうかはわからない。勝手に噂をばら撒いて楽しんでる連中とかもいるからね」

 最後に河内が付け加える。

「確かにな……」

 対馬は一つ頷いて、机の上に肘をついた。

「でも、もしかしたらこのクラスの誰かかもしれないんだよね……」

 木村のその言葉に、佐野も河内も返す言葉を失う。

 それを調べるのは、あくまでも警察の仕事だ。

 少なくとも、自分達のような学生が出る幕はない。

 だから自分達にできることなんて、せめてその被害者の人が親しい人ではありませんようにと、祈ることしかない。


 誰もがそう思ったのか、自然と交わす言葉さえなくなっていく。

 ベランダではまだ多くの生徒が騒がしく雑談を繰り返している。

 しかし、それも長くは続かなかった。

 数分ほどして、担任の遠藤が教室へとやってきた。

 遅すぎるホームルームが、ようやく始まった。


 3


 当たり前だが、今日の授業は全て中止になった。

 担任の遠藤も詳しい事情は説明しなかったが、警察か絡んで臨時休校になるほどのことといえば生徒の想像に十分事は足りる。

 本来なら体育館に全校生徒を集めて臨時の集会でも行うべきなのだろうが、それはできない。

 その理由というのが、体育館は立ち入り禁止になっているからだ。

 つまり、そこが事件現場ということになる。

 先ほど窓の外から、救急車のサイレンが聞こえてきた。

 そのことから考えても、傷害事件、あるいは殺人事件にさえ進展してもおかしくはない状況なのかもしれない。

 結局担任の遠藤も、苦虫を噛み潰したような口調で淡々とうわべの事情だけを伝え、すぐに職員室へと戻っていった。

 時刻はまだ九時十分。

 通常の時間割なら、一限目の授業が始まって間もない時刻である。

 とりあえず生徒は九時半まで教室で待機。

 その後、担任の指示を仰いでから各自に下校することになった。

 残された二十分の時間が、無造作に流れていく。

 曖昧すぎた遠藤の説明は騒ぎ立てる生徒を後押ししてしまう形になり、やはりこれは事件ではないかという声が多く聞こえてくる。

 事件だとすれば、一体被害者は誰なのか。

 聞いた話によると、二年の女子が被害者らしい。

 体育館で首吊り自殺をしていたそうだ。

 などと、どこまでが本当なのか分からない噂だけがどんどん一人歩きしている。

 対馬はそんな騒がしい教室の隅、今日は家で休んでいる冬夜の席に座っていた。

 教室の端っこのその席に、佐野と河内、木村の三名も固まって同席している。


 四人は揃って黙り込んでいるだけだが、その輪の中で河内の様子がどこかおかしかった。

 いつも前向きで、弱音を吐いたところなど見たことすらない、性格もかなりボーイッシュな河内。

 だが、今は違う。

 遠目から見ても分かるほどにその顔は蒼ざめ、暖房の効いている室内にもかかわらずに小刻みに肩を震わせていた。

 膝の上に置いた手も、行き場を失ったように強く握り締められている。

「……美樹、大丈夫? 顔、真っ青だよ……?」

 佐野は河内の顔を覗きこんでそう言った。

 言われて、木村も同じように河内の顔を覗きこむ。

「美樹、どうしたの?」

 木村の声はややうわずっていた。

 こんなにも怯えた小動物のような河内を、木村は過去に見たことがない。

「う、ううん、なんでもない……平気、だから……」

 どうにか体裁を取り繕って、河内は言葉を返す。

 だが、その言葉も目に見えて震えていた。

 全身の血の巡りが止まっているかのように、目の前の河内は希薄で崩れ去る寸前に見える。

「……保健室行ったほういいんじゃねーか? マジで真っ青だぞ」

 それまで黙っていた対馬も声をかける。

 河内の怯え方は、どう見ても普通じゃない。

 まるで悪霊に取り付かれて呪われているようにも見える。

「……」

 しかし当の河内は、答えずにいっそう肩を竦ませた。

 どう見ても大丈夫には見えないが、本人が平気と言う以上は無理に連れて行くわけにもいかない。

 それにどのみち、もうあと少しで一斉の下校になるのだ。

 人気のない保健室に行くよりは、知ってる顔ぶれのある教室の方が精神的には落ち着くかもしれない。

 帰り道は一緒に付き添ったほうがいいかな。

 佐野がそんなことを思い、河内から視線を逸らした、その直後だった。


「……あのさ」

 消え入りそうなほどの小声で、河内は呟いた。

「ん、何?」

 すぐさま佐野が答える。

 対馬と木村も、視線だけは河内に向けている。

「……今日、伊原さんって、来てる……?」

「え?」

 唐突な問いかけに、佐野は少し驚いた。

 伊原と言われて一瞬悩んだが、すぐに思い当たる。

 伊原といえば、このクラスにその苗字を持った生徒は一人しかいないからだ。

 伊原香織いはら かおり

 佐野から言わせれば、あまり親しい間柄であるとはいえない。

 特に嫌われたりということもなかったと思うが、自分から話しかけてくるような活発な子ではなかったと思う。

 どちらかといえば物静かで、休み時間なども一人でいることが多かった。

 結構な本の虫らしく、図書室でもよく見かけたことがある。

 それとこういってはなんだが、ちょっとオカルトっぽい一面を持ち合わせていたはずだ。

 いわゆる黒魔術とか呪いとか、そういう魔術じみたことに興味があるようだった。

 その伊原を、佐野は視線で探す。

 だが。

「……いない、みたいだけど。休みなんじゃない? ほら、昨日も休んでたしさ」

 佐野は見たままのことを河内に告げた。

 しかしあろうことか、それを聞いた河内はさらに体を縮ませるように肩を竦めた。

 寒さのせいか、自分の体を自分で抱きしめているようだ。

「……有紀、奈津。あのさ、覚えてる? 昨日のお昼のとき、私が食堂で話したこと……」

「え?」

「昨日のお昼?」

 佐野と木村は口々に呟く。

 一方、その時間と場所に同席していなかった対馬は何がなんだかわからなままである。


 佐野は記憶の糸を手繰り寄せる。

 ほんの一日前のことだ、覚えていないはずがない。

 ……と思ったが、まるっきり覚えていなかった。

 というのも、昨日という一日は佐野にとっても対馬にとっても恐ろしく長い一日だったからだ。

 昨日一日だけで、一か月分の体力と緊張を使い切った感覚だ。

「あ……」

 と、対する木村は覚えていたようだ。

 だが、思い出すや否や、その表情の色が少しずつ変わっていく。

「……嘘。美樹、冗談でしょ……?」

 小さく笑いながら語りかけるが、その表情は笑ってなどいない。

 むしろわずかに蒼ざめ、引きつりつつある。

「何? どういうこと?」

 佐野が身を乗り出して答えを急かす。

 二人揃って蒼ざめるなんて、どうかしている。

「……ほら。伊原さんがさ……行方不明になってるって話……」

「……あ」

 佐野はその一言で思い出した。

 そうだ。

 確かにそんなことを言っていた。

 その話がちょっとだけ話題に上って、そして……。


 ――あのとき美樹は、何て言ったんだっけ?


 そう思い返そうとして……。

「……!」

 佐野は言葉を出さずに、その記憶を掘り返した。

 対馬を除く三人が次々に沈黙を決めていく。

 一人蚊帳の外である対馬としては説明を促したいところだが、三人の表情はとてもじゃないが催促をできるようなものではなかった。

「……まさ、か」

「……」

「そ、そんなことあるわけないよ。だってさ……」

 木村の言葉がそれ以上続かない。

 口ではいくら否定的でも、心のどこかでそのありえない可能性の一部を信じかけている。


 今日という日が。

 冬でなければ、こんなことは想像に浮かばなかっただろう。

 続く言葉はない。

 だが、三人は同じことを思っている。

 ありえない。

 けど、今の季節ならそれはありうる。

 それは。

 境に住む人々なら、誰もが知っている昔話。

 そして今なお続く、呪われし伝承の断片。


 ――毎年の冬、この街で誰かが消える。


 そして今。

 季節は、冬。

 行方不明の彼女は、どこへ行ったのだろう?

 死体と噂される、青いリボンの女子生徒は、誰なのだろう?

 二つの点。

 結んで線にすることは、この上なく容易い。


拝読ありがとうございます。

作者のやくもです、こんにちは。

気がつけばもう次回で20回目を迎えることになりますね。

そんなに長くする予定はなかったので、自分でもちょっと驚いてます。

物語そのものは着実に終着駅に向かってるんですが、途中途中の回想なども物語全体には必要だと思って書いているので、これが結構ボリュームを食っているのかもしれません。

何はともあれ、物語の終わりは少しずつですが見え始めてきています。

できれば、最後までお付き合いいただければと思います。

最後に宣伝になりますが、最近になって新しく同サイト内にて連載小説を書き始めました。

タイトルは「無条件幸福」というものです。

ジャンルは異なるものですが、もしよろしければお目通ししてくれると幸いです。

それでは、この辺で失礼します。


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