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千年の冬  作者: やくも
11/34

第十一幕:そして戦いの鐘は鳴る

 1


 上着のポケットの中、乱暴に放り込んだ携帯が振動を告げる。

 走っていた足を止め、対馬は息を切らしながら携帯を取り出した。

 着信――亜城冬夜。

 一瞬ぎょっとしたが、すぐに頭を落ち着かせる。

 今、冬夜の携帯は叔父である巽が連絡用のものとして所持している。

 従って、着信画面に表示されたのは冬夜の名前ではあるが、電話の向こうの持ち主は巽であることに間違いはない。

「はい、もしもし?」

 折りたたんであった携帯を開き、対馬は声をかけた。

「ああ、対馬君か? 私だ」

「叔父さん、どうかしたんですか? もしかして、冬夜が見つかったとか、帰ってきたとか?」

「いや、残念だが私も同じことを聞こうとしていた。だがその様子だと、そちらもまだ手がかりは掴めてないようだね……」

 電話越しの巽の声は微かにくぐもっているように聞こえた。

 それは明らかに焦りと不安の色を如実に表しており、普段から冷静沈着という言葉が似合う巽にしては珍しいことだった。

「こっちも今、あちこち探し回ってます。有紀のやつも、何かあったら俺に連絡来ることになってるんで」

「そうか……。すまないな、君達にまで迷惑をかけてしまって……」

「何言ってんですか。友達探すのくらい、別に迷惑でも何でもないですよ」

 対馬はつとめて明るい声で言う。

 だが、内心ではこうして電話越しに話している今でも、胸の奥底で何か言葉には形容できない得体の知れない不安が渦を巻いている。

「とにかく、もうちょっと色々探し回ってみます。まだ回ってない場所の方が多いんで」

「そうか、わかった。何かあったら私からも連絡をするから、そっちもよろしく頼む」

「はい、分かりました」

 通話ボタンを切る。

 プツッという電子音を聞くか聞かないかのうちに、対馬は折りたたんだ携帯電話を再びポケットの中に突っ込んだ。


 通話の合間に、上がった呼吸は正常に戻っていた。

 紛れもなく熱量を消費して火照っていた体も、今では寒空の下に吹く風のせいで冷たくなりつつある。

「くそっ……!」

 誰に言うわけでもなく、舌打ちする。

 対馬が今立っている場所は、アーケードからやや離れた場所にある住宅街付近の道だ。

 さすがにここまでくると、あの馬鹿みたいな人ごみからは開放される。

 しかし、今の時間帯はどこの家庭でもそろそろ夕食やだんらんの時間なのだろう。

 一軒家やマンション、アパートなど様々に立地されてはいるが、家の明かりは見えても外を出歩く人影は皆無に等しい。

 こんなところをうろつきでもしようものなら、逆に嫌でも目立つので発見こそ容易だろう。

 しかし、そこらじゅうに目を向けても冬夜の姿は見つからない。

 人気がないのは人探しにおいてある意味では好都合かもしれないが、住宅街という場所がまずかった。

 ようするに、多くの家々が密集しているためやたらと入り組んでいるのだ。

 実際、対馬自身もいくつの曲がり角を直感に頼って曲がったか覚えていないほどだ。

 まるで迷路のようなつくりにも思えるこの場所は、すでに落ち始めた夜の帳が重複して余計に迷宮じみた感覚を思わせる。

「……ここも違うか」

 荒っぽい探し方かもしれないが、大方の場所は見回りつくした。

 どうやらここにも冬夜の姿は見受けられないようだ。

「あと、他に回ってない場所っつーと……」

 ちょうどここから反対方向になる市の中央公園方面は、佐野が探しているはずだ。

 となると、残す場所はある程度限られてくる。

 一つは対馬達も通っている学校地区の方向。

 今の時間帯、向こうの方面も人影は少ないだろう。

 もう一つは、街外れにある倉庫区画だ。

 だけど、あの場所は数年前に公示の中止が発表されて以来、一般には立ち入り禁止区域になっているはずだ。

 どちらかに冬夜がいると仮定したら、明らかに学校付近の方向性が高かった。

 あくまでも仮説だが、例えば何かしらの忘れ物などを取りに行っているという可能性も捨てきることはできない。

 風邪で学校を休んでまで取りに戻る忘れ物というのもおかしな話だが、それはそれで……。

「……え?」

 ふと、脳裏に妙な違和感が生まれる。

 風邪で、学校を休んでまで……?

 誰が?

 それはもちろん、冬夜が。

 いつ?

 今日だろう。

 どうやってその旨を、学校側に伝えた?

 電話による連絡としか考えられない。

 では、それは誰の手によって連絡された?

 それは、保護者である巽が。

 では。


 ――その連絡を学校側に通達した朝の時点で、すでに冬夜はいなくなっていたのではないか?


「おいおい、冗談じゃねーぞ……」

 対馬は慌ててポケットの中の携帯を取り出し、リダイヤルのボタンを押した。

 コール音を聞く時間さえも、今は煩わしく思えてくる。

「はい、もしもし」

 電話の向こうで巽が出た。

「あ、もしもし叔父さん。俺、対馬ですけど」

「どうかしたのかね?」

「あの、ちょっと聞きたいんですけど。今日、冬夜って学校を休んでますよね?」

「うむ。その通りだが、それが一体どうしたというのだ?」

「そのとき、誰が学校に……その、欠席のこととかを連絡したんですか?」

「ああ、そのことか」

 電話の向こうで巽は話の内容を理解したように頷いていた。

 だが、そこから聞こえてきた次の言葉は。


 「それなんだがな、実はうっかりしていて欠席の連絡を忘れてしまっていてな」


「…………え?」

 今、何て言った?

 対馬は自分の耳を疑った。

 その言葉が。

 耳の奥に残る、残響が。

 信じられない。

 何か、大きな。

 それでいて、見落としてしまうほどに小さく。

 そんな、矛盾が。

「……連絡、してないんですか?」

 震えを堪えた声で、対馬は問う。

 頼むから聞き間違いであってほしいと。

 それだけを願う。

 しかし。

「ああ。私は何も連絡はしていない」

 その、あっさりと告げられた何気のない一言に。

 何かが、崩れ始める。

 通常、どこの学校でもそうだと思うが、無断欠席があった場合はほとんどの場合は学校側から家に確認の電話がかけられるはずだ。

 だからもし、辰巳の言うとおり欠席の通達ができていなかったとしたら、学校側から何かしらの確認の電話か何かがあるはず。

 だから、それさえあれば。

 矛盾も違和感も、晴れる。

 晴れるはず、なのに。

「……じゃ、じゃあ、今日の昼間、学校から何か電話があったりとかは?」

 声が上ずる。

 対馬は不安と混乱を隠し切れない。

 何かこう、確実におかしな異変が起きていることまで分かっているのに。

 その異変が何なのか、それに全く気付けない。

 それはまるで、目隠しをされたままで細い橋の上を渡らされているような。

 真っ直ぐ歩けば落ちないと分かっているのに、真っ直ぐ歩けているのか分からない。

 不安定な天秤。

 どちらに傾いても、異変。

 吊り合えば、日常。

 だが、電話の向こうの声は。


 「いや、そういう電話は受けていないな。今日は一日中家にいたから、気付かないということはないと思うんだが……」


 カシャン、と。

 片方の皿が、地に落ちる。

 バランスが崩れた。

 それは、日常の崩壊。

 携帯を耳に当てたまま、対馬は例えようのない不安に襲われた。

 ……じゃあ。

 一体、誰なんだ?


 ――その、鳴るはずのない電話を鳴らしたのは……何処の、誰?


 2


 対峙する二つの影は微動だにしない。

 それは膠着状態というにはあまりにも目に見えた優劣関係で、状況は何一つ変化していなかった。

 彼はただ、殺すために刃を振るい。

 彼女はただ、戦わぬように刃を抜かない。

 互いの内に秘めた行動理念とでも言えばいいだろうか。

 それはあまりに対極的な位置取りで、いわば鏡写しだった。

「……理解できんな」

 彼は呟いた。

 その声色には、わずかだが苛立ちにも似た感情がこもっているように思える。

「やらなければやられる。ならばやられる前にやれ。奪われる前に奪え。当然のことのはずだ」

「……」

 その言葉に、神楽は答えられる言葉を持ち合わせてはいない。

 口にはできないが、彼の言うことは確かに一つの真実としては決して間違ってはいなかった。

「前の夜、俺が斬った男。あいつも同じことを言っていた。……そうだ、それが正しい」

 連なる言葉は、まるで彼自身を納得させるかのようなもの。

「奪われたものを取り返すには、もう一度奪い返すしかないはずだ……」

「え……?」

 その言葉に、神楽は耳を疑った。

 奪われたものを、取り返す?

 それは一体、どういうことだ?

 彼は、何かを奪われた?

 それは、何だ?

 いくつかの想像が横切る中、彼はゆっくりと動いた。

「そうだ。全てが始まったあの日の過ちが、もうすぐ終わる……」

 それはなぜか、とても寂しそうな、苦しそうな声。

 深い深い闇の中、たった一人で助けを求め続けている子供のような。

「……あなたは、一体……」

 しかし神楽のその声は、一度は静まり返った空気を再び破裂させることになる。


 「――黙れ」


 空気が震えた。

 瞬間、神楽の背中を這いずり回るほどの不気味な寒気が襲う。

 ほんの一瞬で、明らかに空気が変わっていた。

 そこにはもう、あの寂しさや苦しさを思わせる乱れた空気は流れていない。

 あるのはただ、絶対にして唯一。

 身も凍るほどの、殺気。

「……っ!」

 神楽は身構える。

 しかし、相変わらずその手の刃は鞘の中に納められたままだ。

 一瞥するかのような視線で、彼は言う。

「もういい。結局、お前も俺にとっては一つの障害に過ぎない」

 その言葉に、色はない。

 黒すぎるほどの黒。

 そしてそれを後押しするかのように、二人の上空の半月が雲に隠れた。

 さらに。

「な……」

 神楽は思わず口を開いた。

 それは、目に見えて明らかな異変だった。

 彼の握った、あの満月の白銀によく似た刃が……。


 ――黒く沈んだ夜の色に塗り変えられていく。


「終わりだ。終わらせてやる」

 そして再び、刃の切っ先が向けられる。

 何が彼を、そこまで駆り立てるのだろうか。

 その理由を聞こうとして、でも聞けずにいる自分がそこにいて。

 気がつけば、彼は大地を蹴っていた。


 眼前に迫る黒い刃は、残像すら浮き上がらせる速さで振りかざされる。

 一歩身を引き、後ろへ跳ぶ。

 直後、一陣の風が空を薙いだ。

 鼻先の数センチ手前を掠める斬撃。

 わずかでも反応が遅れれば、それは間違いなくのど元を切り裂いていただろう。

 跳躍の滞空時間がなくなり、足が地に着く。

 そのときすでに、彼は次なる二撃目を放っていた。

 空を切った刃をそのまま遠心力に変え、その場で一回転しながら軸足の左足で再び地を蹴って前へ跳ぶ。

 斬り下ろしの一撃が見舞われる。

 視界の端でそれを捉え、神楽は右に跳んだ。

 振り下ろされた一撃は、地面のコンクリートとぶつかりあって共鳴を響かせる。

 その一瞬に生じた隙。

 神楽は鞘の先端を、がら空きになった彼の脇腹めがけて突き出した。

 鞘の先端は肋骨の合間を突き抜けるようにして、確実に彼の体に命中し……。

「しまっ……」

 次の瞬間、そこにあった彼の体がまるで煙のように姿を消した。

 突き当たるものを失った鞘は、ただ前のめりに体と共に倒れていく。

 それでもどうにか踏みとどまろうと、なんとか体勢を維持しようと踏み込みの足を地面にこすりつけ。


 「遅い」


 瞬間、耳元で悪魔が囁いた。

 その声の方向を振り返る。

 凛と構えられた漆黒の刃。

 それは確実に、振り下ろせば首とその他を二分できる。

 その刃が、堕ちる。

 しかし、そこに。

「ちっ……」

 彼はまた舌打ちした。

 まるで最初からこうなることが予想できていたかのように、彼はゆっくりと自分の背後を振り返る。

 そこに、予め予定されていた未来のように、神楽は立っていた。

「っ、はぁっ……はっ……」

 しかし、その呼吸は荒い。

 まるで全力疾走のあとのような息遣いだった。

 よく見れば、神楽の額や首筋にはすでにいくつもの汗の珠が浮かんでいることが分かるだろう。

「またそれか……」

 彼はつまらなそうに、しかしどこかに憤りや苛立ちを含んだ声で言う。

 これで二度目、どうやらただの見間違いでは済まされそうにない。

 確かに、二度も絶命できる拍子で刃を振るった。

 しかし、まるで最初からそこには誰もいなかったかのように、手応えは返ってこない。

 それはまるで、瞬間移動のよう。

 その場から一度消えて、再び現れたように思える。

「……」

 彼は神楽から視線を外し、ふと地面を見やる。

 と、そこに。

 まるで何かに抉り出されたように、地面の一部が凹んで欠損していた。

 それはよく見れば、何か足跡のようなものにも見える。

「……なるほどな」

 再び彼は、神楽を正面に見据える。

「縮地、か」

 その言葉が誰に投げられたものかどうかは分からなかったが、答える代わりに神楽は一つ息を呑んだ。


 縮地とは、読んで字のごとく、まるで地面を縮めてしまったかのようなほどの速さで移動する技術のことだ。

 通常、人間でも動物でも、走るという動作には初速と最高速というものが存在する。

 当然、初速と最高速の間にも速度の上昇の過程があるわけだが……。

 縮地というのは、その上昇の過程を無視し、初速から最高速へと一瞬で転じることができるものだ。

 それを実際に目で捉えると、それはまるで瞬間移動したかのように映る。

 この技術は格闘技などの様々な分野で一つの技能として知られてはいるが、実際に成し得ることができる人間は数えるほどだろう。

「厄介だな。だが……」

 彼は切っ先を向ける。

「その体じゃ、そう何度もうまくはいかないみたいだがな」

 額から落ちる汗の珠に混じり、神楽の頬から一筋の赤い雫が流れていた。

 今の一撃、完全には避け切ることができず、切っ先はわずかにその頬を浅く切り裂いていた。

「……っ!」

 分かっていたことだったが、やはり逃げに徹するだけでは状況の劣勢はいつまでたっても変わらない。

 かといって戦うこともできず、防御に転じたとしても今の体力ではもう長続きはしない。

 完全に殺意を持って向かってくる相手に、逃げるだけでは最初から勝ち目などなかったのだ。

 それを神楽は痛感している。

 痛感してもなお、その手に握る刃を抜くことができない。

 怖い。

 自分の刃で、人を傷つけることが。

 死に至らしめることが。

 分かっている。

 目の前の彼は、すでに人の領域を超えている。

 割り切ればいい。

 もはやあれは、人間ではないと。

 だが、それでも彼は人間だ。

 自分と同じ、人間なのだ。

「分かってる……分かってるよそんなこと……っ!」

 神楽は自分に言い聞かせる。

 やらなければやられる。

 彼の言葉。

 そして、カルマの言葉。

 それはきっと、いつの時代のどんな場所でも正しい。

 そうだと、分かっているのに。

「だからって……」

 イコール、人を殺してもいいという理由にはならないじゃないか。

 カチリ。

 ほんのわずかに。

 鞘の中の刀身が揺れる。

 親指が押し上げる。

 覗く刃。

 銀色。

 重なり合う視線。

 その、向こうに。


 ――あの日と同じ、哂っている自分が見えた気がした。


「…………」

 神楽は俯いていた。

 荒げていた呼吸はシンと静まり返り、二人の間には静寂が佇んでいる。

「次はない」

 その最中、彼は告げる。

「これで、本当に終わりだ」

 その、漆黒の刃を。

 一度、鞘の中にしまい込んで。

 やや体を屈ませるようにして、身構える。

 刹那、詠う。


 「――死ね」


 そして。

 抜刀の残響が美しく響き、解き放たれた黒い刃が神楽の華奢な体を切り裂く、その寸前。

 ギィン――と。

 二つの刃が交差する音が、響き渡った。

 黒い刃と白い刃。

 重なり合い、微動だにしない。

 とうとう、神楽は刃を抜いた。

 その瞳の中に、もう、色はない。


 3


 対馬からの電話で、佐野はその場所に向かって走っていた。

 電話の向こうでの対馬は、終始全てが支離滅裂だったようにも思える。

 ただ、それでもどうにか聞き取れたことは。

「とにかく、街外れの倉庫区画に向かえ。詳しくはそこで話す」

 という、たったこれだけのことだった。

 こうして走っている今も、正直に言えば対馬の考えていることが佐野にはよくわからない。

 だが、佐野が探した公園やその付近でも、やはり冬夜の姿は見つけることができなかった。

 どうせこのまま探し続けていれば、まだ見回ってない街外れにも向かうことになっていただろう。

 ならば今から向かっても大差はないだろうと、こうして走り続けている。

 時刻はすでに夜の九時に差し掛かろうとしていた。

 この時間にもなれば、あれだけ人通りの多かった駅前付近も人影はまばらになってくる。

 すっかり人気の少なくなった駅前のロータリーを通り抜け、佐野は歩道を渡ってその道に入った。

 その細い裏路地は、今となっては昼夜を問わずに人の通りはほとんどない。

 数年前までは、この細い一方通行の路地を工事用の車両が一日に何度も往復していたというのに。

 今となってはそこは寂れているだけのただの一本道で、通りの両側にもこれといって目立つものはほとんどない。

 細く長い道を走り続けると、やがて大きく開けた空き地が見えてくる。

 そこは、今はもう使われなくなってしまった廃墟のよう。

 立ち入り禁止のプレートが垂れ下がったロープだけが、その広大な敷地を取り囲むようにして木枯らしに揺れていた。

「はぁ、はぁ……」

 立ち止まり、佐野は呼吸を整える。

 自分の真っ白な吐息がもうもうと立ち上り、なんだか排気ガスみたいに思えた。

 そこに、対馬の姿はまだ見当たらない。

 人気のない暗がりで、頼りになるのは古ぼけた街灯の弱々しい明かりだけ。

 佐野もとりあえず、街灯の下に足を歩かせた。

「ふぅ……」

 走り続けた疲労がわずかずつ抜けていく。

 まだまだ安心などできる状況ではないのは十分理解しているが、さすがに走りっぱなしで体力が底をつきかけている。

 今のうちに少しでも回復を図っておかないと、このあとが続きそうにない。


 数分ほど待って、一度対馬に電話をしてみようと思った矢先のことだった。

「有紀!」

 薄暗く細い路地の向こうから、対馬が走ってやってきた。

 対馬もまた先ほどまでの自分と同様に、全身で息をしている。

 だが、それよりも何よりもまず目に付いたのは、その表情に焦りの色が濃く表れていたことだった。

「悪い、遅れた」

「それはいいけど、どうかしたの? 圭一、顔真っ青だよ……」

 そう言うと、対馬はごくりと空気の塊を一つ呑み込んだ。

「詳しくは説明できねー。だけど、きっと冬夜はここにいる。そんな気がするんだ……」

「そんな気って……」

「分かってる! そんないい加減な理由じゃダメだって、分かってんだけど……」

「……」

「……すげぇ、嫌な予感がする。なんか、とんでもないことが起こりそうな……」

 そして二人は黙り込んだ。

 佐野にも分かっていた。

 対馬がこんなにも慌てふためく様を、佐野は初めて見た。

 普段からお調子者で、どっちかというとだらしのないイメージのある対馬だが。

 今の様子は、どうやらただごとではない。

「……とにかく、こうしてたって始まらないでしょ」

「……ああ。中へ入るぞ」

 佐野は一つ頷いた。

 そして二人が立ち入り禁止のロープをまたぎ、その敷地内に一歩を踏み入れた、その瞬間。

「!」

「!」

 どこかで、何かがぶつかり合う音がした。

 それは金属同士がぶつかったような音で。

 耳の奥を突きぬけ、頭の芯までに響き渡るような。

 それでいて。


 ――鈴の音が鳴り響いた残響によく似た、どこか美しい音色だった。


 どちらからともなく、二人は走り出していた。

 此処ではない、何処かに向かって。

 後戻りはできないと。

 このときは、まだ知らない。


拝読ありがとうございます。

作者のやくもです、こんにちは。

まだ表現としては弱いですが、物語の中では戦いが始まっています。

ここまでくると、もはやジャンルがホラーであるというのを自分自身で疑い始めてしまいますね。

やはり大人しくその他のジャンルにしておけばよかったかもしれません。

何はともあれ、戦いです。

流血します、ケガもします。

場合によっては誰か死んでしまうかもしれません。

グロテスクな表現もこれから増えるかもしれません。

あまり得意な描写ではないですが、がんばって生きたいと思ってます。

次回はもうちょっとグロくなりそうです。

では、また次回で。


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