その94
書状とは言っても小さな手紙だ、数分と掛からずに読み終わったようだ。
ミランさんは内容が信じられないのか、目を閉じて深呼吸をした後、読み直しを始めた。ん? 少し震えてる?
一体どんな内容の手紙だったんだろう? 差出人は父様だよね。シアさんの話し方からすると、メイドさんとしての勧誘? それともBランクの冒険者としてのミランさんに依頼でも?
「ば、バレンシアさん、冗談では、ないんですよね……? わ、私が……?」
何度呼んでも書かれていた内容が信じられないようだ。シアさんに確認をとるミランさん。
「私も書状の内容までは……。見せて頂いても?」
無言でシアさんに手紙を手渡すミランさん。とても不安顔だ。
シアさんはゆっくりと渡された手紙に目を通し、一息つき……
「おめでとうございます、ミランさん」
笑顔で一言。おめでとう?
「シアさんミランさん? 私は仲間はずれ? 泣いちゃうよ?」
おめでとうなんて言葉を贈るんだ、私が聞いていけない内容じゃない筈だよね。
「ふふ、すみません姫様。リーフエンドの森に住む許可証のような物ですよ。ここ数百年での前例は私一人だけだったらしいのですが、ふむ……、なるほど」
許可証? ミランさんも森で住む事になるんだ? という事は、ミランさんメイド化計画の実行も夢ではない、という訳だね!
何かに納得してるシアさんはとりあえず放置。
「おめでとう! なのかな? よくわかんないけど、おめでとうミランさん!!」
「あ、ありがとうございます……。し、信じられない……、私、ただの冒険者ですよ? ただの受付ですよ?」
ミランさんはそれでもまだ信じられないようだ。
そんなに信じられない凄い事なのかな。シアさんが言うには数百年間で二人目になるって事だね。ああ、それは確かに凄そうだ。
「冒険者でありただの受付である前に、姫様の友人、という事だからでしょうか。ちょっと理由としては弱いですよね……、ミランさんの考えであっていると思いますよ。ただの冒険者が聖地での居住権を手に入れるなどありえない事です。私も例外的なものですから、恐らくミランさんにも何かしら制限がつくのでは、と思いますけど、基本的に特に気になさらなくても問題ないと思いますよ」
私にはただの自分の住んでいる家とその庭のような感覚なんだけどな……
それより、シアさんが例外? ミランさんもか。シアさんは護衛として一緒に住む許可が出てるだけっていう事なのかな。まあ、これは私が勝手に永住権でもあげちゃうとして……。ミランさんにも何かお仕事を頼んで、そのお仕事をするのに森に住む事が必要になる訳か。
「受付のお仕事はどうするの? 森に住む事になるんだよね? 私は嬉しいけど、ミランさんにだって都合があるよね」
「あ、ええ。まだこの仕事は続ける事になると思います。森へ住む許可が与えられた、というだけですから」
うん? 許可が出ただけ? 森から通うのは大変なんじゃないのかな……?
「森で何かお仕事しろっていう手紙じゃなかったの? 駄目だ、全然分かんないや……」
「特に強制という訳では……。私は今まで通り町で暮らしますよ、まだまだしたい事も沢山ありますからね。もっと年をとった後の話でしょうか……、私には身に余る事過ぎて、まだ現実感が沸きませんけど」
ああ、なるほどそういう事。外での生活に飽きたらいつでも森に来ていいよっていう事ね。うーん……、それならそれでまた分からないね。なんで父様はミランさんだけに特別に許可なんて出したんだろう。私の友達だから? それだと他のエルフの人たちに示しがつかないと言うか……。うーむむむ……
「姫様、ここでお悩みになっても答えは出ることはありませんよ。ウルギス様に直接お答えして頂くしかないのでは……」
「う、うん……、そうだね。うん! 考えるのはやめよっと。とりあえずミランさんは、いつでも家に来てメイドさんになってもらってもいいからね! 今日からでも!!」
「ふふふ。ありがとうございます、シラユキ様」
答えの出ない事をいくら考えてもしょうがない。将来的にミランさんが私の家のメイドさんになるかもしれない可能性が出てきたことを素直に喜ぼう。
「それじゃミランさん、お話ありがと、ラルフさんたちのところに戻るねー。あ、ラルフさんとナナシさんの仲の事が分かっても手紙はくれなくてもいいよ。付き合い始めたー、とかなら教えて欲しいけどね」
「はい。私もまだ死にたくありませんから!」
大袈裟な……、でもないか。
やっぱり気になるなー、二人が付き合えない理由、ナナシさんが告白できない理由か? 考えてはいけない事だって分かってるんだけどね……
席に戻ると……、エディさんが絶望していた。何があった。
「お? 戻ってきたのか」
「あ、シラユキちゃんおかえりー。何話して来たの?」
こっちの二人は普通だね、いつも通りだ。お酒を飲みながらになっているって事は、次の訓練予定が決まったのかな?
「ただいま? 秘密です、ふふふ。それより、エディさんはどうしちゃったんですか?」
エディさんは机に突っ伏してお酒をちびちびと飲んでいる。拗ねていると言うか、諦めていると言うか、複雑な表情だ。
「ああ……、シラユキちゃんとバレンシアさんか、おかえり……。俺、死ぬかもしれないんだ……」
「それは、ご愁傷様です」
「ええ!?」
まさか、高難易度の討伐依頼にでも連れて行かされる事に?
「大袈裟なやつだなコイツは。それくらいで死にゃーしねえよ」
「冷えた体はあたしが人肌で温めてあげるから安心しなさいって。そのままセッ、運動始めれば温まる事間違い無しだよ? どうよ?」
「ナナシやめろって、オイ!」
「や、野外で初めては勘弁!! シラユキちゃん真っ赤になってるんだけど……、俺たち死ぬんじゃないかなこれ……」
「え? 今のアウト? め、メイドさん……?」
「アウトです。三人とも覚悟はいいですか? ああ、一瞬で死ねるとは思わないでくださいね。明日の朝日は拝ませて差し上げますからご安心を、その時まで両の目が残っていたらの話ですがね……」
「しししシアさん怖いよ!! ナナシさんもなんて事言うの! もう! ううう……」
二人とも生々しい表現過ぎる……! 人肌で暖めて、そのままう、運動始めるなんて……。な、あ、うわ、想像しちゃう!
「ホントにウブな子だよねシラユキちゃんって……。早く慣れて! あたし死んじゃうから!!」
「お前がそういう事言わなきゃいいんだよ……。シラユキちゃんは多分一生慣れないからなそんな話」
「魔法の修行のまえに死ぬかと思ったよ……。ナナシさんはもっと控えようよ……」
あーうー、まだ顔が熱いよ……
なまじ本人たちが目の前にいるだけに、想像がリアルになっちゃって……。ああ! また想像しちゃった! うう……、私のムッツリスケベ!!
「姫様はしばらく戻って来られない様なので私が。魔法の修行ですか? 凍らせる魔法の。修行方法が決まったのですね」
エディさん凍らせる魔法は苦手だって言ってたもんね。そんなに難しい魔法でもないんだけどなあ……
「ああ、やっぱりメイドさんの案で行くよ」
シアさんの案? それなら安心だね、確実に使えるようになると思うよ。よかったねエディさん。
「人手もどうにかなりそうだしね。ふふふ、楽しみだよ。あ、人肌で温める運動の事じゃなくてね?」
!?
「だからやめろってコラ!! ごめんなさい!!!」
「ひい! 今のは違うよ? ひ、否定しただけ……、ごめんなさい!!!」
「とりあえず俺も、ごめんなさい!!!」
次々とシアさんに頭を下げていく三人。
「あはは、三人とも息ぴったり。仲良いですよね本当に」
「む……。姫様が笑ってくださったので、まあ、よしとしますか……。ナナシさん、貴女は実際言葉にする前に、一度考えてから発言してくださいね、まったく……」
シアさんもあまり無理強いはしない。ナイフを投げたいからではないはずだ。
私の笑顔一つで許しちゃえるくらいなんだから、そこまで怒ってもいないんだろうけどね。
「それで、どんな練習方法なんですか? 物を凍らせる魔法ですよね? アイス、だったかな」
「あ、ああ、シラユキちゃんも止めてくれよー」
「穴掘って水溜めて、あ、氷も入れるよな?」
「うん。どうせやるならそれくらいしないとね」
「え?」
「深い、大人の身長程度の穴を掘り、その中へ氷水を溜め、エディさんを投入するんです。以前姫様にもお話しましたよね、一生モノのトラウ、思い出になるでしょう」
「トラウマにしかならないよ!! え? それって死んじゃうんじゃないの?」
「大丈夫だろ、多分」
「だよね、多分」
「多分で人を死地に送る師匠。やっぱりついて行く人を間違えたのか俺は……」
「私はどちらでも構いませんが、エディさんの生き死にに興味はあまり……」
「シアさんそれはちょっと……。エディさん、頑張ってね」
「あれ!? 止めてはくれないんだ!?」