その90
フォルベーが消えると、また辺りは鳥の鳴き声と葉ずれの音しか聞こえなくなってしまった。
まったく、あの人は何やってるんだか。いくら私が泣きそうだったからってホイホイ出て来ていい人じゃないだろうに。まったくまったく、優しい人だね、もう……
これでもう、本当に二度と会う事は無いんだろうね。元々そうだった筈が、おまけで一回出て来たような物だ、運が良かったと考えよう。
これでまた一人か……。フォルベーとのお話が楽しかった分、それが無くなってしまった寂しさも凄い。泣き出してしまいそうだ、早く家に帰ろう……
今歩いてきた道を振り向く。当たり前だが誰もいない、人の気配が全くしない。家に帰るまで一緒にいてもらえばよかったよ。
そういえば時間はどれくらい経ったんだろう? まずい、軽く一時間は過ぎている気がする。時計は大きな柱時計が家にあるだけだから、外だと正確な時間は分からないんだよね。成人したら腕時計が能力で作れないか試してみよう。
うーん、走って帰ったほうがいいかなこれは。もしかして、みんな私の事を探し回ってたりするんじゃ……。早く帰ろう、そうしよう。
でも、何故か、足が前に進まない。みんなの事を思い出してしまったのが、とどめになってしまったみたいだ。
寂しいよう……
家に帰ればみんなが待ってる、それは頭の中では分かっている。でも、寂しい、悲しい、涙が止まらない。
広場、せめて広場まで戻れば、誰か見に来てくれているかもしれない。そうだ、広場まで、頑張って戻ろう。
よし行くぞと決めて、歩き出そうとした時に気づいた。
こんな涙目じゃ転んで怪我しちゃうか、少し落ち着くまでここにいるしかないね。
いやいや、涙なら拭けばいいじゃない、と、ポケットに入れてあったハンカチを取り出す。私の名前が刺繍してある、真っ白なハンカチ。もちろん刺繍してくれたのはシアさんだ。
失敗した。さらに涙が出て来てしまった。それに、このハンカチは涙なんかで汚したくないな……
「ひっく……、ううう……、とーさまー……、かーさまー……。寂しいよう……、帰りたいよう……。シアさぁん……」
駄目だ、もう嫌だ。帰りたい、みんなに、会いたい……
どれだけ泣き続けたか、多分数分だろうと思う。
「姫様!!!」
遠くからだが、はっきりと声が聞こえた。
「ふぇ? シア、さん……?」
顔を上げると道の先、少し離れた所にシアさんがいた。広場までの道、広場にいない私を探してくれていたようだ。
「姫様! ああ、……良かった……。姫様……」
目が合った次の瞬間には、すぐ目の前に。驚くよりも早く全力で抱きしめられていた。苦しい。
「シアさんだ、うう……、シアさんだ……! 寂しかったよう……」
「姫様……、どうして、こんな、う、うう……」
私もシアさんも大泣きだ。どれだけ心配を掛けてしまったんだろう……
抱き合って泣く事また数分、シアさんが離れようと身じろぐ。
「やだ、もうちょっとこうしていたい……」
「ひ、姫様……、分かりました。今から少し大きな音が上からします。大丈夫ですよ、ただの合図ですから」
そういうとシアさんは、一度左手を放し、またすぐに戻す。
そのすぐ後、パン、という乾いた、思ったより大きな音が頭上から聞こえた。ちょっとビックリしてしまったよ。
上を見上げると、黄色い煙が広がっていた。合図なのかな? 私の居場所を探し回ってるみんなに伝えたんだろうと思う。
むむむ、そうなると、ここには人がわらわらやってくるんじゃないのか? さ、さすがに恥ずかしいぞ……
この年に、十二にもなって迷子捜索だよ! ううう、でも、自業自得か……
「大丈夫ですよ、姫様が見つかりましたという合図です。合図を確認したら館へ戻る手筈となっていますから」
「そうなんだ……。うん、ありがとね……。ねえシアさん、ちょっと我侭言ってもいい?」
「館へ戻るまでの間でしたら何なりと、どんな事でもどうぞ。その後は皆様からのお説教が待っていますからね」
やっぱりお説教はあるかー。寄り道しないっていう、姉様との約束を破った私が悪いからそれはいいんだけどね。
「だ、抱き上げて連れて帰ってもらってもいい、かな? 後、できたら泣いてた事は内緒に……」
「その程度の事でしたら喜んで。むしろ私からお願いしようとしていたところです。ですが泣いていたことも含めて、何故こんな所にいたかという理由は、皆様の前で全てお話して頂きますよ。では、まずは失礼を」
ううう……、話さないと駄目なのかー。恥ずかしい……
シアさんは私を抱き上げてくれる。いつも優しいが、今日は特に優しい抱き上げ方をしてくれている気がする。
「それでは、帰りましょう。しっかり掴まって、いますね、失礼しました」
「うん。まだ離れたくない。ありがとシアさん……」
ものの数分で家に到着、片道徒歩で三十分くらいの距離が数分だ。私も舗装された道ならこれくらいの時間で帰れたはずなのに、ホント何やってるんだか……
う、うわあ……
家の前には家族が全員そろって待ち構えていた。メイドさんズたちも後方で待機しているね。みんな涙目だ。
「シラユキ! ああ、もう! この子は……。心配掛けて……!!」
「ご、ごめんなさい姉様」
駆け寄ってきた姉様、まだ泣いてるね。ああ、私の無事を確認してまた泣き出しちゃったのか。
「叱るのは後だ、今はまず、無事で良かった……」
父様から後でお説教があるらしい。何気に初めてなんじゃないかなそれって。
「広場までの道でどうやったら迷子になるんだよ……。バレンシア、ちょっとそいつこっち寄越せ」
「はい。降ろしますよ姫様」
抱き上げたままだった私を地面へと降ろす。
「待って、ルー。先に私にお願い」
母様が兄様を抑えて私の前に出てきて、抱きしめる。いつもよりも強めだ、苦しいね。でも、嬉しいな。
「本当に私たちがどれだけ心配したか……。でも、無事で良かった。見たところ怪我も無いようね。暫くは放してあげないんだから、覚悟しなさい」
「うん……。ごめんなさい母様。ごめんなさい、みんな……」
折角止まった涙がまた出て来てしまったよ。
場所は変わり、いつもの談話室、メンバーは例の十人だ。
私はあの後、そのまま母様に抱き上げられてこの部屋まで連れてきてもらってしまった。母様は本当に暫くは私から手を放す気はないらしい。
抱き上げたまま椅子に座り、私は膝の上に横抱きで座る格好になる。私としても、母様に全力で甘えたい気分なので全く問題はない。
「あー、何から聞いたもんかな……。こいつが無事だったならもうそれでいいや、とも思っちまうんだけど」
兄様はさすがと言うか……。気が抜けちゃったかな?
「そういう訳にはいかんな。危険は無かった様だが、どうして花畑の近くになどいたんだ。家とは完全に反対方向だろう?」
「話すまでは絶対に許さないからね。私との約束を破ってまで、どうして花畑に向かったの?」
「あ、ええと、そのー……」
何て説明したらいいかな……。あった事を全部そのまま話すと問題になるってレベルじゃないしなー……
「シラユキ? お願い、話して? 一人でもっと遠くへ行ってみたかったの? コーラスに会いたかった?」
「う、ううん。そういう訳じゃないんだ……。ええと、えっとね? よ、妖精さんがね?」
「え……?」
「妖精?」
「よ、妖精さん? 何なのこの子可愛い……」
や、やっぱり駄目か! 誰も信じないよそんな事!
「会ったの!? 会えたの!? さ、さすがシラユキよ!!」
姉様は信じちゃったー!!!
「よ、妖精かよ……。やっぱ凄いなシラユキは……」
兄様も信じてる!?
「シラユキに妖精が見えるのは当たり前だろう? 今さらそんな事には驚かん」
「そうよね? 何か驚く事でもあるの? と、それは今は置いておきましょう。シラユキ、妖精がどうしたの?」
誰も疑う気配すら見せないよ!
「何でみんなそんなに簡単に信じちゃうの? よ、妖精さんだよ? おとぎ話の中の存在だよ?」
「お前がそんなくだらない嘘つく訳無いだろ」
「純粋な心の優しい子供の前には顔を見せるんでしょ? シラユキが一人になったら出て来るわよね」
「シラユキに妖精が見えるのは間違いないんだ。そして俺たちにそんな言い訳じみたつまらん嘘もつかない。考えるまでも無いな」
「ユーネには見えなかったのにね。ふふふ。シラユキ、誰も疑ったりしないから大丈夫よ。ゆっくりでいいから話して、ね?」
もうちょっと疑おうよ……。はっ!? 反対に考えれば、私の家族は全員妖精を信じているって事に!?
何よこの、純粋な心を持った大人たちは……
「うん。本当の事だから笑わないでね? 広場でクッキー食べてたら妖精さんが目の前に出てきたの。それでね、お話しながら一緒に食べてたんだけど……、シアさん何で笑ってるの!? メアさんもフランさんも、カイナさんまで! やっぱりみんな信じてないんだ!!」
た、確かに、迷子の言い訳を妖精のせいにする子供にしか見えない!!!
よく見てみると、この部屋にいる全員がにやにやしてる……? クレアさんもか!?
「ああ、違うぞシラユキ。妖精との事を話すシラユキのあまりの可愛らしさに、ついにやけてしまうだけだ、気にするな。明日は祭りだな」
「気にするよ!! お祭りも駄目! もう……。えーと、その後、私と妖精さんの二人じゃクッキーが食べきれなかったから、その妖精さんのお友達にも持って行こうって事になってね?」
「なるほど、それでその妖精の友達の住処が、コーラスのお花畑だった訳ね、うんうん。いいなー、シラユキは、私も会ってみたかったな……」
「途中にちょっと、色々あって、妖精さんはもう元いた場所に帰っちゃったんだ。そこに、シアさんが私を探しに来てくれたの」
途中の色々はさすがに話せないけど、みんななら多分察してくれると思う。無理に聞こうとなんてしないよね。
「ええ、一人きりという寂しさに大声で泣く姫様は、大変可愛らしかったです。一生物の思い出を頂きました」
「シアさん!? な、何言ってるの!?」
こ、ここでそれを言う!?
「何だコイツ、一人が寂しくて泣いてやがったのか? 可愛いな」
「これはもう私は怒れないわ……、許しちゃう。お説教はお父様がお願いね」
「俺も無理だ……、寂しさに泣いてしまったシラユキを叱るなど……」
何その苦しそうな表情は!? この過保護家族め! くううう、恥ずかしいいいい!!
「そうなると私かしら? この子を叱るのはちょっと抵抗があるのだけれど……。仕方ないわよね」
かかかかか母様が!? やややややばい!! だ、誰か……、あわわわわわ……
「動揺しすぎよ、可愛いわね、もう。いい? シラユキ。いくら妖精と会えて嬉しかったからと言って、あなたはユーネとの約束を破ったのよ?」
「う、うん……。ごめんなさい姉様……」
「いいのよ、もういいの。もう怒ってないからね? お母様、許してあげて? シラユキが叱られるなんて見てるだけでも辛いんだもん」
「そうね、私も辛いわ……、これくらいにしましょう。ごめんねシラユキ? 厳しいお母様で」
許された! ……早すぎない!?
「どこが厳しいの!? 私まだ怒られたっていう自覚が無いんだけど!? あれ? 今怒られてたの私?」
「だってなあ、ホントに安全な散歩道だしな。泣いちまったのはちょっと誤算だったが」
「悪いとしたらユーネとの約束を破った事くらいだしな。俺たちが心配しすぎただけの結果じゃないのか?」
それならせめて、その約束を破った事に対してもっと怒ろうよー!!!
し、叱られないのは逆に罪悪感が残ってきついわ……
「あと十年くらいは一人で出歩くなんて控えさせ、ううん。一生駄目」
「一生!?」
「ふふ。一生は大袈裟だけど、当分は一人で外出なんて許可しないからね。……一生でもいいかしら?」
「思いっきり否定したいけど、あそこまで寂しく感じるなんて思わなかったし、当分はいいや……」
「姫様のお側には常に私がいます、寂しい思いなど決してさせませんよ。私ももう姫様無しでは生きていけない体ですから、責任はとってくださいね」
「い、嫌な表現はやめて!!! 頬を染めて言わないでよ!」
私もそうだよ! 家族が、みんながいないと生きていけない体になっちゃってるんだよ!!
それでもいいんだけどねー。
今日は自分が甘えん坊のお姫様という事を再認識させられた。
フォルベーの言うとおり、一人でなんて何もできなくていいのかもね。みんなに迷惑掛けて、世界中を旅するのもいいかも?
どうせなら冒険者にでもなってみようか? ふふふ、面白そうじゃない?