その88
私一人での散歩、それが実現したのはあれから数日後になった。
父様と姉様の説得に始まり、説得し終わったと思ったら今度は無人を徹底させる事に。当日、家から広場までの道の周辺を完全に無人にしようと言うのだ。やるからには徹底的に、という事なんだろう。もしかしたら、寂しがる私が途中で帰ってくるんじゃないか、という策略か?
シアさんは結局最後まで納得してはくれなかったが、やはりメイドさんの一人が反対したところで父様母様の決定は覆せない、ちょっと悪い事をしたなと思ってしまう。後で何か埋め合わせをしようと思う。
現在家の正面入り口、見送りは父様、姉様、メイドさんズの五人。母様と兄様は何を大袈裟な、と見送りには来なかった。当たり前だね、ただの散歩だよ……
「それじゃ、ちょっと行ってくるね。広場で軽く休憩したら帰ってくるから。んー、全部で一時間くらい?」
掛かって往復四十分、休憩を十分くらい入れるとして、余裕を見て一時間か。
結構長いかな? また疲れて熱を出すなんてことにならないといいんだけど。
「何に、とは言えんが、気をつけてな。怖くなったり寂しくなったりしたらすぐに戻って来るんだぞ?」
「絶対に道から外れちゃ駄目だからね? 疲れたらすぐに休憩する事! 飲み物もお菓子も、仕舞ってあるでしょ? あ、誰も見て無いからって飲みながら歩いちゃ駄目だからね!」
ちょっとそれはやってみたかったな……。やめよう、お姫様がお行儀の悪い事しちゃ駄目だ。
まったく、二人とも過保護なんだから、母様と兄様も呆れるよ。この森がどれだけ安全かなんて自分たちもよく分かってるくせに……
ここで、なるべく視界に入れないようにとしていたシアさんを見てみる。
うわあ、泣いちゃってるよ……
「シアさん……、大丈夫だよー。いつも行ってる広場だし、迷う事もないし、絶対安全だよ? ね?」
「姫様ぁ……」
何か今生の別れの様だ……
初めてのお使いに子供を送り出す親、くらいの心配でいいのに……。今にも泣き崩れてしまいそうな感じのところをメアさんフランさんに支えられ、慰められ、宥められている。
「ううう、私も心配になってきた……。姫、転ばないでね、足元には気をつけるんだよ?」
さめざめと泣くシアさんを見て、メアさんも不安が増大してきてしまっている様だね。
「レンは私たちが抑えておくから安心して行って来ていいよ。でも、なるべく早く帰ってきてあげてね」
「うん。あんまり長い時間だとホントにシアさん死んじゃいそうで怖いよ……」
これ以上は逆にみんなの不安を煽るだけか、そろそろ出発しよう。
「それじゃ、みんな、行ってくるねー!」
開いているドアから外に出て、一旦振り向く。
「ああ」
「うん、いってらっしゃい」
「気をつけてね、姫」
「いってらっしゃい。お土産はー、無理か、あはは」
広場の土でも持って帰ろうか? ふふふ。
「いってきまーす!」
「姫様!」
元気に歩き出そうとしたところで、シアさんに呼び止められてしまった。
「シアさん……?」
なにその悲痛な表情は……、罪悪感が凄まじいんですけど!
「姫様……、いってらっしゃいませ……。どうか……、どうかお気をつけて……!!」
私は今から戦場にでも向かうのか!? とツッコミを入れたいところだが、我慢我慢。シアさんは本気だ。
「うん! ありがとね! それじゃ、今度こそ、いってきまーす!!」
メアさんとフランさんが、それぞれ左右のドアを閉める。完全にみんなが見えなくなった。
シアさんの泣き声が聞こえるような気もするが、きっと気のせいだ、前に進もう。
……なんなのこの罪悪感は!?
てくてくぽてぽてゆっくりと歩く、会話が何も無いのは静かだね。普段全く気にならない鳥の鳴き声や葉擦れの音がやけにはっきり、大きく聞こえる。
立ち止まって上の方を見てみる。道の上はさすがに空が見えるが、ちょっと左右に目を向けると、緑。森だねえ……
転生前はこんな景色が見れるなんて思いもしなかったよ。山奥へ行けば見れたかもしれないが、そんな所へ足を運ぶ理由も無い。町の中にある緑なんて大抵は人の植えた物だった。道路脇、公園の隅に規則正しく並べて植えられている物しか見たことは無かったね。
でも、今見ている景色は違う。言葉では説明しにくいが、うーむ……、自然、と言うのが一番しっくり来るかな。その自然の中、石だろうか? レンガのような物で舗装された道が続いている。
いつもは、最低でもシアさんと二人で、お話しながら歩いていたからね、今日は普段目が行かないような場所へと目線が動いていってしまう。
道の脇にポツポツと生えている白雪草。木や草にとまっている小さな虫。ここからは確認できないが、鳴き声の聞こえる感じからすると、近くに鳥も何羽かいるんだろう。
一人で歩く、たったそれだけの事で、世界が変わったような錯覚を受ける。面白いね、世界が輝いて見えるって言う奴かな?
そろそろ半分くらいだ、時間的にも十分程度かな? 疲れは全く無い。当たり前か、ゆったりと歩いて来ただけだしね。
それにしても、本当に静かだ。静かとは言っても、葉擦れの音、鳥の鳴き声は相変わらず聞こえては来ている。人口の音が私の足音以外一切しないんだ。
この周りは多分、多分じゃないか、完全に人がいないんだろうね。
まったく、父様は毎回毎回限度と言うものを知らないんだから。またみんなに迷惑を掛けちゃったんじゃないかな……
おっと、そもそも言い出したのは私か。私が悪いんだったね。いやいや、皆さんごめんなさい。
しかし、何かイベントでも起こらないものかな。怖い事件は御免蒙るが、精霊がふよふよと目の前を飛んで行くくらいの事はあってほしい。ふふ、贅沢か。
んー……、ん? 精霊? 思い出した!!
妖精だ! 妖精が見えるかも、っていう話だったね。いつの間にか散歩する事がメインになってたよ。ま、どうせ見えないんだからいいんだけどねー。
こんな現実的なことを考えている私に、汚れの無い心などある訳が無い。たぶん煤だらけで真っ黒だよ。ちょっと残念に思う気持ちもあるにはあるんだけどね。
いや……、待てよ?
もし今回、妖精が見えてしまったら? 私の前に出て来てしまったら?
(妖精は、純粋で心優しく、それでいて汚れの無い心を持つ子供の前には姿を現すと言われています。妖精を見た、触った、話した、という子供の証言は多いですよ)
純粋で心優しく、汚れの無い心を持った子供認定!?
ななな、何それ! は、恥ずかしいってレベルじゃないよ!?
だだだだ大丈夫だ、慌てるな、まだ慌てるような時間じゃない。ふう……、落ち着け、深呼吸だ、素数を数えて落ち着くんだ……
(大人は信じずに嘘か見間違いだと決め付けてしまいますがね。実際見間違いも多いのでしょう、子供の目には、世界は不思議と輝いて見えるものですから)
「駄目だ! 世界が輝いて見える!! だ、駄目よ、駄目! 落ち着くのよ私! まだ見えると決まったわけじゃない!!!」
声に出し、頭を振り、悪い考えを振り切る。
さらに、目を瞑って大きく深呼吸を、一つ、二つ、三つ。
よし、目を開ける。
「ふふふ。何も見える訳無いじゃない、まったく、私ったら恥ずかしい」
当たり前だがさっきと変わりない景色だ。もし見えちゃうんだったら、家からここまで来る間に見えてるって。ふう、馬鹿馬鹿しい。一人だからって焦りすぎよ、私。
一人だからって、ね……
とぼとぼと広場へ向かい歩き続ける。足取りはやけに重い。
一人、という事を意識してしまうと途端に寂しくなってしまった。泣き出すほどではないが、ここは安全と分かっているからの話だ。例え人通りが多くあっても、町の中に一人残されでもしたら、三分と持たずに大泣きしてしまう自信がある。どんな自信よ。
私はやっぱり子供だねー、甘やかされすぎの寂しがり屋の子供か。うん、認めようじゃないか。
だけど、今回は初めてだからなのよ! 何回も一人歩きの練習をしていけば、きっと町にだって一人で行ける様になるさ!
な、情けなさすぎるよ私……!
それから特に何のイベントも起こらず広場へ到着。転んで怪我をする事も、妖精はもちろん、精霊も見ることは無かった。
広場に用意してある私専用と言ってもいいサイズのテーブルに、能力で仕舞ってあったシアさん作のクッキー、いつものオレンジジュースとグラスを取り出し、椅子に座る。
ふう……。やはり甘いお菓子はいいね、心が洗われるようだ。
大袈裟な表現だが、寂しさも少しは薄まったかな? いや、一人で食べてると逆に……、危ない! 考えちゃ駄目だ! 考えちゃったよ……、遅かった……
一人で食べても美味しくないね……。いや、美味しいんだけどさ、やっぱりみんなと一緒じゃないとね……
「片付けて帰ろう……」
「あ、もう食べない? だったら頂戴! こんなに美味しそうなのに残すなんて、お姫様ってのはまったく……、贅沢だね」
「ちゃんと持って帰って食べるよ……。でも、いいよ。私はまた作ってもらうから大丈夫。ああ、ジュースもいる? オレンジジュース」
「いいの!? ほー……、話しかけてみるもんだね。前のお姫様は我侭放題だったってのに、今度のお姫様は随分と優しい子なんだね」
「前の……? ああ! ユー姉様の事? そういえば子供の頃は我侭だったってルー兄様も言ってたね」
話しながらもう一つグラスを取り出しジュースを注いで、対面のお客様の目の前へ置く。
「おっと、ちょいとアタシにはサイズが大きいねえ、残しちゃったらごめんよ」
「あ、注ぎすぎちゃったみたいだね、ごめんなさい。大丈夫、残ったら私が飲むから、気にしないで残して」
「あっはっはー、ホントに優しいお姫様だこりゃ。そいじゃ遠慮無く頂くよん。……クッキーうめえ!!」
小さなクッキーを両手で持ち上げ一口、大喜びだ。可愛いなこの人、喋り方も楽しくていい。
「ふふふ。シアさんのお手製だからね、お店のよりもずっと美味しいよ? シアさんって言うのは私のお世話をしてくれてるとっても凄いメイドさんで、あ、そうだ。私、シラユキ、シラユキ・リーフエンド。あなたは?」
危ない危ない。自己紹介もしないでお茶会は駄目だよね。
「んは? いい名前だね、女神様に付けてもらったん? それ、白雪草から来てるんだ? あはは、確かに見た目はそれっぽいわ。あはははは」
おお、さすがだね。まさか女神様の花の本当の名前まで知っているとは。でも笑わないでよう……
「あはははっと、名前だったね、ゴメンゴメンゴ。アタシん名前はいっぱいあってね、お姫様には何て呼んでもらおうかな……。うぬぬ……、ユーフォルビアは、駄目か、ユーって呼んでもらうとお姉ちゃんと被るね。それじゃ、よし! フォルビアでいいや! 好きに呼んで、あ、呼び捨ててね。さんとか付けたらキレるよ? アタシもシラユキって呼ぶからさー。いいね?」
ユーフォルビアって確か……
ま、いっか、前の世界の事なんてどうでもいいや。ただ同じ名前なだけなんだろう。
よ、呼び捨てか……
でも、これだけ小さいと抵抗も薄いね。ペット感覚で話せばいいか? 失礼だな私は……
「うん! よろしくね、フォル……、フォルビア……? フォルべえ?」
「ぶはっ! い、いいねそれ! 最高だね!! フォルベーか、うんうん、いいよいいよー!!」
盛大に吹き出して大喜びだ。クッキーが飛び散る。
ああもう汚いなあ、でも喜んでくれてるみたいだし、新しいお友達ができたし、いいや。いい事尽くめだ。
「ふふふ。改めてよろしく、フォルベー」
「あいあいよろしくう! お姫、じゃない、シラユキ!」
フォルベーは背中の羽をフリフリとさせて、とても嬉しそうだ。
続きます!
なんという箇所での区切り……、すみません。