その87
今回から『十二歳以上編』が始まります。
これは、その名の通りシラユキが十二歳以上の頃にあった出来事のお話ですね。
十二歳編であった内容と前後する場合もあります。……あるかな?
そのまま続きとして読んでもらって全く問題はありません。
今日も今日とて読書のお時間。しかし今日は読書とは言っても、図鑑や参考書ではない。挿絵付きの創作話、所謂小説という奴だ。
内容は割とよくある感じだね、ファンタジー冒険物。
ん? ここはファンタジーな世界だったね。という事は、これは現代物なのか? 現代冒険物なのか! 面白いなそれ!!
あらすじを簡単にまとめると。
ある冒険者が旅先の森で迷い、誤って伝説の剣を抜いてしまい、おまけで付いて来た妖精と共に旅を続け、なし崩しに何故か復活した魔王と戦う事になり、そして旅の途中加わった仲間と共に戦い、勝利。世界に平和をもたらし、お姫様と結婚して幸せになる。というベタベタな展開だ。
笑いあり涙あり感動ありの、子供向けではなく、かと言って大人向けでもない作品だ。
メイドさんズが言うには、こう言った作品はかなり多く、世界中で出版されているらしい。
現実には魔王だの世界の危機だのはやはりおとぎ話でしかないみたいだね。でもこれって、私のようなお姫様に読ませる本なんだろうか?
そ、そう言えばこれもシアさんが選んだ本だった! 何かしら裏があるに違いない。きっとそうだ、そうに違いない!
「何もありませんよ?」
「口に出してもいないのに即座に否定!?」
どうやら何も含むところは無かったようだ。
「最近姫様の夢や憧れを壊してばかりの様な気がしてましたので、たまにはこんな内容の本もいいのではないか、と思いまして。如何でした? 姫様好みのお話だったのではないでしょうか?」
理由を聞く前にシアさんは教えてくれた。
ああ、気を使われちゃったのね……。確かに色々な現実を見せ付けられたよ。でもね、別に夢や憧れを持ってた訳じゃ無かったからいいのに……
「う、うん。ありがとねシアさん。でもさ……」
「はい? なんでしょう?」
「私一応お姫様だよ! お姫様は魔王との戦いや冒険には憧れないよ!?」
シアさんは私をなんだと思ってるんだ! まったくもう!
「え? す、すみません……。てっきり姫様はこう言った冒険物が大好きなのかと……。女性、女の子向けの作品の大体は、町の一般庶民の娘がどこかの国の王子と結婚するまでのお話ばかりですし……。もともとお姫様である姫様が読む必要などありませんからね。どこかの王子との結婚話など、絶対に!!」
「普通はそっちを薦めようよ! うん、でも、冒険話の方が確かに好きではあるかな……。さすがシアさんだよ」
女性向けのベッタベタに甘い恋愛物は結構苦手な部類に入る。たまに主人公が酷い目に遭ったりとかさ、恋人との生々しい表現ありのアレのシーンとかさ……
「女性が主人公の冒険活劇物もあるにはありますよ? 数は少ないですが。しかし、そちらもラストはどこぞの王子との結婚で終わる物が殆どです。絶対に読ませたくはありませんね!」
むう、シアさんは何が何でも私に結婚どころか恋愛もさせたくないようだね。娘煩悩のお父さんか!
「最後結婚じゃないのもあるんでしょ? 女の子が主人公の冒険物でもさ。そういうのにしてあげればいいじゃない」
このままでは喧嘩になるとでも思ったのか、メアさんが話に割り込んできた。
「ええ、何冊かはありましたよ。ですが、姫様にお薦めできるような物は中々無いんですよね」
何冊かはあったんだね……。うん? もしかしてシアさん全部読んだのか!? 私に読ませる本を選ぶために全部?
何というメイド魂。これは文句を付けちゃいけなかった!!
「それ、ちょっと気になるね。レン、どんな終わり方だったのよそれって」
そうだった、そうだったね、さっき私も考えたじゃないか。シアさんが選んでくれた本には何かしら意味があるってさ。
「自分で読んだ方がいいと思いますよ? まあ、冒険物を楽しめる年ではありませんか、いいでしょう」
という事は、シアさんはあの蔵書を全部読んだっていう事?
「と、年って、傷つくなあ……。そう言うレンだって私の倍以上生きてるくせにさー」
いやいやそれは無いわ、何冊あると思ってるんだあれ。多分千どころの話じゃないよ。
「シアはシアで五百近くには見えないよね。普段はちゃんとしてるんだけど、姫が絡むと、ねえ?」
それでも、私が興味を惹かれるような物は目を通しているんじゃないかな?
「失礼な。成人したエルフに年などどうでもいい事ではないですか。と、終わり方の話でしたね」
うん? 一体いつ読んでるんだ? まさか、私が寝た後とか?
「レンが言い出したんじゃない……。ま、いっか、教えてよ。例えばどんなのがあったの?」
な、なるほど、夜の警備の間に読んでるのか!
「一番多いのはやはりどこぞの王子との結婚ですね。その後の結婚生活を描いたファンサービス的な内容の続編が出る事もあります」
ふう……、珍しくすっきりした回答が出たよ。
「その次に多いのは……、また結婚ですね。こちらの場合は共に戦った仲間の男性との結婚になりますね。冒険譚と言うより、冒険中の恋愛模様が人気なようです。最初は仲の悪かった仲間や、敵対組織の幹部が仲間に加わり、というのがありがちな内容ですが、ありがちなだけにやはり人気が出るのでしょうね。女性主人公を取り合う、所謂逆ハーレム的な物も絶大な人気を誇っています」
謎メイドであるシアさんの謎が一つだけ解けた気がするね。長考した甲斐もあったと言う物だ。
「し、シア、そういう話好きなんだ……。い、意外過ぎるんだけど」
さて、考えるのもここまでにしてメイドさんズのお話を聞こうか。何か面白そうな話題になってるっぽいしね。
「い、いいじゃないですかそんな事は。姫様に読んで頂く本を選ぼうと読んでいたら、まあ、気に入った、程度ですね」
え? 逆ハーレム?
「でもレンの場合は、小さくて可愛い女の子に囲まれるハーレムがいいんじゃないの?」
ロリコンハーレムであるか。じゃなくて、シアさんが逆ハーレム好きのところを詳しく!
「姫様お一人いてくだされば他には何一つ、誰一人必要ではありませんね。話を続けますよ?」
くう! 気になる! いいや、後で聞きなおそう。
「後はそうですね……、自分の命と引き換えに魔王を打倒、もしくは封印、ですね。聖女○○として後世に伝えられた、という終わり方もありますね。主人公が死んでしまって終わり、などという物は姫様に読ませたくはありません」
確かにそれはなんだかなー、だよね。
主人公っていうのはやっぱり幸せにならなきゃ! だからこそ結婚エンド物が多いんだけどさ。
「他にも、まあ、色々と。魔王と結婚したり、勇者が国を追われたり、世界が平和になったと思ったら今度は勇者が世界を狙ったり、魔王に捕らえられりょうじょ、こほん。失礼」
りょうじょ? なんだろう?
「ストップストップ! シラユキにそれは聞かせちゃ駄目だって!」
フランさんの反応からすると結構ひどい話なのかな? 聞かないでおいた方がよさそうだねこれは。
「よかった……。フラン、大丈夫だよ。姫意味分かってないっぽい」
「こ、子供でよかったー! レン! 今のは危なかったよ! シラユキには絶対読ませちゃだめだからね!」
「え、ええ……。猛省します……」
あらら、シアさん落ち込んじゃったよ。
「まったく、誰の趣味よ! 見かけたら全部焼いておいてね? もしそんなのをこの子が読んじゃったりしたら……、うう、考えたくもない」
「わ、っとと」
フランさんに抱き上げられて苦しいほどに抱きしめられる。
特にフランさんの胸があたってる辺りが圧迫されて苦しいね。もげろ!
「どの世界でも人の考える話っていうのは同じような物なんだねー。私のいた世界とそこだけは変わらないよ」
でも、異世界に送られるとか転生するとか、異世界トリップ系の話は無いみたいだね。これも中々面白い発見だ。
「おやおや? 姫も恋愛物、好き? 逆ハーレムとか?」
「ど、どうかな……。小説読むのは好きだったけど、恋愛物は読んでて恥ずかしくってさ……」
逆ハーレム物なんて特にそうだ。お、男の人に囲まれるとか、言い寄られまくるとか……、考えただけで恥ずかしいよ。興味はあるんだが……
「超安心しました」
「超!?」
いえいえお気になさらず、と、シアさんはにこにこ顔だ。
私は一生恋愛なんかできないだろうと安心してるんだろうね。
駄目だ! このままじゃシアさんと結婚する事になってしまう!? だからそれは無いって。
そういえば、ちょっと気になった内容が。
「この世界にさ、魔王とか、伝説の剣とかそういう、何て言うんだろ? そういう物ってあったりするの?」
魔法あり冒険ありの世界だし、もしかしたら、魔王っぽい存在や、伝説の武具がどこかに封印されてたりするんじゃないだろうか?
「どうなんでしょう? 私も長く生きているとは言え五百程度ですからね。世界の全てを知っているという訳では……。ですが、現在この世界に魔王はいませんよ。今後生まれる可能性はありますが」
いないんだねやっぱり……、現在はいない?
「現在っていう事は、過去にはいたの? ってシアさん知ってるの!?」
「ええ、この大陸ではありませんが、あれは、ええと……、三百年ほど前、ですね。噂を聞いたことはあります」
や、やはりファンタジー世界だった!! 魔王は本当にいたんだ!
「魔王とは言っても人間でしたからね。それから五十年と経たずに死んでしまいましたが」
「えー! なにそれ! 人間なの? 魔王なんでしょ?」
人間が魔王になったんじゃないのかな? 力だけ手に入れて寿命はそのままとか、何それ、面白くない……
「何か、姫様と私とで魔王という存在の認識の食い違いがあるようですね。魔王などというモノは勇者や英雄と同じく、自身の行動から付く二つ名のような物ですよ? 今話した魔王と言うのも、姫様にはとても話せないような悪行を行ったからこそ呼ばれるようになっただけであり、元はただの人間の国の王ですね。その王政を崩壊させた組織の長が勇者と呼ばれるのが現実ですね。まあ、件の国はその次の代で滅んだようですが。王族が好き放題した結果のいい見本ですね」
な、な、な、生々しい!!
「現実は生々しいよ! さっき読んだ小説の魔王は何だったの!? ああ! 作り話だったね! って! だから私はそう言うのを聞いてるんだってば!! 生々しい話はやめてよー!」
「何という可愛らしさ……。姫様の愛らしさが既に、魔王とも勇者とも英雄とも、いえ、女神とも呼べる、いいえ! 女神程度では表現しきれない! くっ! 私の表現力の低さをお許しください……」
「また大袈裟な! もうシアさんはいいや……。メアさんフランさん、せめて妖精さんはいないの? 精霊さんはいるんだしさー」
「よ、妖精さん! 姫可愛すぎ!!」
「私やっぱ子供作るのやめるわ。旦那には悪いけど、シラユキより可愛い子産める訳無いし……」
この二人もか!!
なんでか妖精もさん付けしちゃうのよね。直そう直そうとは思ってるんだけど、中々上手くはいかないのもだね。
「ふう、すみません、落ち着きました。姫様の仰る妖精とは、小さな人型で、背中に虫の様な羽の生えた存在の事ですよね。いない、とは言い切れませんよ?」
「え!? い、いるの? 見てみたい!!」
よ、妖精はいるんだ……。会えるならお友達になって欲しいな!
「妖精は、純粋で心優しく、それでいて汚れの無い心を持つ子供の前には姿を現すと言われています。妖精を見た、触れた、話した、という子供の証言は多いですよ。大人は信じずに嘘か見間違いだと決め付けてしまいますがね。実際見間違いも多いのでしょう、子供の目には、世界は不思議と輝いて見えるものですから」
それって、いないって言ってるも同じな気が……
まあ、でも、夢があっていいとは思うけどね、多分精霊が見えちゃっただけなんだと思うよ……
もしかしたら精霊の本来の形状が人型なのかもしれないね。どちらにしても実際にこの目で見てみたいものだ。
「姫なら見えるんじゃない? でも、一人で出歩かせたくないな……」
「発見報告、って言うのも大袈裟か。子供の証言だと一人の時にしか会えてないんだよね? シラユキを一人で散歩させてみれば、確かにわらわらと寄って来そうな気がするね」
「姫様ならば必ず見えることは分かっているんですが、ね。お一人で外出するなど、後五百年は早いです。お諦めください」
「見えないんじゃない? どう考えても私、純粋でも、心優しくも、ましてや汚れの無い心なんて持ってないよ?」
さらに言うとそこまで子供でもないよ!
「またまたご謙遜を。世界一愛らしく純粋で心優しく汚れのない心を持った子供の姫様が何を……」
「姫以上に純粋で優しい子なんていないよ? もっと自信持ちなよ」
「汚れの無い心っていうのも間違いないよね。シラユキは真っ白だよきっと。ふふふ」
「さ、さすがにそこまで言われると、ツッコミ以前に恥ずかしいんだけど……」
「うーん、一人で散歩か……。今度広場まで一人で行ってみようかな……」
お祭り、宴会、そして私が魔法の練習をしている広場までなら、子供の私の足でゆっくり歩いても三十分と掛からない。精々十五から二十分程度だろう。
「え、ちょっとやめてよ姫。転んで怪我して泣いちゃっても、誰も助けてくれないんだよ?」
「大丈夫じゃない? シラユキって小さな怪我くらいは自分で治せるんだよね?」
そういえば怪我の治療、傷を能力で治すっていうのはまだ試してみた事も無いね。
生き物に関係する事だけど、新しい部位を継ぎ足すわけじゃなくて、治す、だ。多分できるだろうね。
ああ! そうだ! クレアさんとキャロルさんの大怪我をその場で治せばよかったんだったよ!!
もっと自分にできる事、できない事を把握しておかなきゃ……
「ひ、姫様がお怪我!? いいいいいけません! 私、死んでしまいます!!」
「何でシアさんが死んじゃうの!! よし決めた! 広場まで一人で行ってみるよ!!」
「姫様! そんな……! お考え直しください!!」
「一人で散歩に行かせるくらいで半泣きにならないでよ!!」




