その86
「こんにちはー、っと、あ、いたいた。キャロルさーん……、ん?」
冒険者ギルドの中へ入り、まずは挨拶。いつものテーブルに座るキャロルさんを見つけ、呼びかける。
おや、リズさんとライナーさんも一緒だね。Aランクが三人も一つのテーブルに着いている。
誰も話しかけてないところを見ると、怖がられて……、それは無いか。リズさん美人だし、キャロルさん可愛いし。ライナーさんは怖いと言えば怖いが、この二人、特にリズさんとお近づきになりたいと思う男性は多いと思うんだけどな。このギルドには、美人を見かけたら即声をかけるような面白い男の人が何人もいたはずなんだが……
「む? あ! シラユキ様、シア姉様、こんにち、わあ! うううウルギス様!?」
顔だけをこちらに向け挨拶と同時に驚いたキャロルさんが、勢いよく席を立つ。
「え? ウルギス様、ですか? え?」
「ウルギスってーと、エネフェアさんの旦那か……。!? 世界最強のハイエルフじゃねえか!!」
「あああアンタたちも早く立ちなさい!! ライナーは死んで償え!!」
「はい!」
「何でだよ!? ああ、呼び捨てはさすがに不味いか? うおおおお! 俺死んだ!!」
二人とも、一瞬遅れて立ち上がり、頭を下げる。
三人の慌てっぷりは中々面白いな。父様がついて来ると言い出したときはどうなるかと思ったけど、これはこれで中々……
今日はキャロルさんに会いに冒険者ギルドまで来ている。こちらから会いに行くから、今日はギルドにいてねー、という言付けをミランさんにお願いしておいたのだ。
そして当日になった今日、何故か父様も一緒に行くと言い出した。
父様とは一度も町に一緒にお出かけした事は無いので、実は結構嬉しかったりする。森の中でしか一緒に遊んだ事無いからね、今日はちょっと甘えてみようと思う。
「ああ、頭を上げてくれ、礼を払う必要など無い、座って楽にしてくれ。この国での王族なんぞただの金持ちに過ぎんからな」
「は、はい! あ! その前に紹介します。こ、この有翼族の子がリズィー、こっちのでかい竜人がライナーです。ほ、ほら、アンタたちも自己紹介しなさいよ!」
ああ……、緊張して話すキャロルさんは可愛いね。
リズさんは当たり前として、さすがにライナーさんも父様の前では緊張するのか。母様の前では開き直ってただけなのかな?
「二人とも、この前みたいに普通に話しても大丈夫だよ。確かに父様はすっごく強いけど、怖くないよ? 優しいよ」
父様を目の前に、言葉も出せない二人に助け舟を出す。
「敵対者には容赦はせんがな。まあ、シラユキの友人をどうこうするつもりは無い。肩の力を抜いて楽に話してもらえるとこちらとしても助かるな。俺も堅苦しいのは正直苦手な方でな」
「は、はい……。ふう……。わ、私は、リズィー・ランと申します。よ、よろしくお願いします」
まずはリズさんが、一息ついてから名前のみの簡単な自己紹介。
「次は俺か、あー……、ライナー・ランガー、です。よろしく、お願いします」
二人とも名前だけか。さすがに二つ名とかは言わないんだね。
それにしても、ライナーさんの敬語は似合わないこと似合わないこと。
「ふふふ」
「笑うなよ姫さん……」
「ふふ、ごめんなさい。三人とも、座ってくださいね。それと、ミランさん?」
「ひゃい!? ななな何ですかシラユキ様!!」
とりあえず三人には座ってもらう。それと、後もう一仕事しておこうか……
「椅子をもう一つお願いしていいかな? 五つしか無くて」
「は、はい! すぐに!」
奥から持ってくるのかなと思っていたが、偶然いたラルフさんを蹴り落として、その椅子を持ってくるミランさん。
いきなりな事に驚くラルフさんと、ナナシさんの笑い声が聞こえた気もするが、多分気のせいだろう。……ごめんなさい。
「お、お待たせしました! って、あれ? 五つでよかったんじゃ? 今日はバレンシアさんも座るんですか?」
「いいえ? 私はただのメイド、お心遣いは不要です。姫様?」
「もちろんミランさんが座るんだよ? ふふふふ……」
お友達はみんな父様に紹介したいからね。
べ、別に面白そうだからとか思ってないよ? 思ってないったら!
「そんな!? はっ!? す、すみません! み、ミーラン・スケイロです! うう、受付をやっています!!」
「精霊通信でたまに聞く声だな。君がそうか……。ああ、座ってくれ」
「はい! 失礼します……」
シアさんが、また数秒でテーブルをセッティング。二度目では驚きも無いか、残念。
やっと四人とも席につかせることができたよ。私も座ろうか。
さてさて、椅子に座るまででもこれか、この先は一体どんなお話になることやら……
父様が最後に席につき、口を開く。
「俺の紹介は必要無さそうだが、一応言っておくか。ウルギス・リーフエンド、この子の父親だ。ただそれだけの男だ、緊張する事などありはしないだろう? 今日ここに来たのは、まあ、暇だったからだな。娘と一緒に町を歩きたかった、というのもある。ただ友人が父親と一緒に来ただけなんだ、いつも通り話をしてやってくれ」
「はい! 私は、その、大丈夫だと思いますけど、こっちの三人はちょっと難しいかもしれませんね……」
リズさんも多分大丈夫かな? ライナーさんも、少し話せばすぐに慣れるだろうと思う。
ミランさんは……、頑張ってもらおう。
私も父様の前でお友達と話すのは初めてだね。変なところは見せないようにしなきゃ!
「そうだ、キャロルさん、怪我はもう大丈夫なの? 見た感じ、もう痣も残ってない様に見えるけど……」
「はい、もう傷一つ残ってませんよ、ありがとうございます。この町の調薬ギルドには腕のいい職人がいましたしね」
クレアさんはまだ包帯だけはしてるんだけどな。魔法薬って凄いんだ……
「エネフェアさんと一緒にいたメイドだよな? 模擬戦っつっても、コイツが随分苦戦したらしいじゃねえか。やっぱこの国のエルフはそんなのばっかなのか?」
ライナーさんはもう普通に話せそうだね。また開き直ってるんだと思うけど。
「んー、どうだろ? 他のメイドさんは普通だったよ。ああ、もう一人の方、ええと、カイナさんだっけ? あの人は結構強いんじゃないかな。エネフェア様のお付メイドさんみたいだし」
「え? カイナさんも強いの? 父様父様、そうなの?」
「カイナは内政の補佐だからなあ、そこまで強くはないと思うぞ? 冒険者で言えば、精々Bランクと言ったところだろう」
Bランク? ミランさんと同じくらいかー……
「シラユキ様、Bランクは一流のレベル、ですよ? メイドさんでその強さは、普通におかしい、ですからね?」
「そ、そうだった、カイナさんも強いんだね。ミランさんBランクだし、ちょっと勘違いしちゃった」
「ええ……、私そんなに弱そうに見えます? ううう……」
おっと、ついつい正直な感想が口に出てしまった。
「ふふ、ごめんねミランさん。だってミランさんって、受付でボーっとしながらお菓子ポリポリしてる印象しか無いし……」
「ああ、確かに……。ここのギルドの受付は暇そうですよね。私もここに住んで受付しようかな……」
シアさんにも会いに行けるしね、この町に住んでもらえるのは私にも嬉しい、が、やはりメイドさんになって欲しいものだ。
「そうなってしまったら、私も独り立ち、ですね。できたら、後数年くらいは、一緒に旅を、続けたいのですが……」
「リズもAランクに上がったしねえ、そろそろ独り立ちかな。まあ、安心しなよ、冗談だから。ミーランの仕事を取るわけにもいかないからね」
「はい。もう暫くは、一緒にいてくださいね」
リズさんは嬉しそう。キャロルさんのこと大好きだからね、別れたくないよね。
キャロルさんも、シアさんと別れて独り立ちする時は寂しかっただろうなー……
ん? シアさんが私の手を取る。テーブルの死角でこっそりと、隠すようにして握る。
まるで、私はずっと一緒にいますから大丈夫ですよ、とでも言いたげだ。
危ない! ほ、惚れてまうやろー!!
その後暫く他愛の無いやり取りが続き、お菓子もジュースも尽きた頃。
「あ、そだ、えっと、シラユキ様? 私とリズは、そろそろこの町を出ようと思うんです」
今まで言い出しにくかったのか、そろそろ解散しようかなと言うところで、キャロルさんは切り出してきた。
「もう行っちゃうの? まだそんなに話せてないのに、寂しいな……」
「あー、俺もだ、この町は平和すぎるからな。リズも俺もまだ上に上がりたいんだ、他の町でもがんがん依頼をこなして回りたいんだよ。ま、俺たちはそう簡単に死なないから安心しろよ。何年か、何十年か置きに顔くらい出しに来るさ」
寂しがる私を思ってか、いつもより少し柔らかめな口調で再開の約束をしてくれる。
「私も寂しいです。こんなに可愛らしい、お友達ができた、というのに、もうお別れしなければ、ならないなんて」
「次にお会いできる時はSランクに上がってて見せますよ。その時は、メイドになりますか。ふふ」
そういえばメイドになるには最低Sランクってシアさん言ってたね。
「ふふふ、うん! 楽しみにしてるね!」
「ああ……、たまに来る高難度の依頼の消化がまた私に……」
Aランクが三人もいたんだもんね、ミランさんは今まで以上に楽できてたんだろう。
「あはは。その時は、あそこにいる三人組を連れて行くといいよ」
ラルフさんナナシさんエディさんの三人を指差し言う。ちなみにラルフさんはどこからか椅子を持ってきていた。
「ナナシさんはいいとしても、後の二人はまだまだねえ……。っと、すみません!」
口調が崩れた事を謝るミランさん。
この調子で行けば、私と敬語抜きで話せる日もそう遠い事ではなさそう?
「人間と獣人か……。シラユキ、あの三人も友達か?」
他のみんなが恐縮しちゃうからと、あまり喋らなかった父様が聞いてきた。
「う、うん……。だ、駄目だった?」
「いいや、そうじゃないさ。だがな、辛いぞ? お前は頭がいい子だ、俺の言わんとしていることは、分かるだろう?」
父様が言いたいことは分かる。分かるけど、それに怖がって逃げてるのはいけないと思うんだ。
「分かってるよ。多分いっぱい泣いちゃって、後悔もすると思う。でも、それまでは笑って話したいの、楽しくね」
「まったく……、十二の子の考えなのかこれは……」
父様にグリグリと撫でられる。
みんなの前だとさすがに恥ずかしいなこれは……
ちょっとしんみりしてしまったが、元気にお別れだ。もう二度と会えないという訳じゃない、一時的なお別れに過ぎないからね。
私もキャロルさんも、ライナーさんも長寿種族、リズさんはそこまで長くは生きられないかもしれないが、まだ二百年は余裕で生きると思うしね。まだ何度だって会えるさ!
帰り道に泣いちゃったんだけどね……。父様が優しく抱き上げて、家まで連れて帰ってくれた。
多分私が帰りに泣くだろうと思って、今日は一緒に来てくれたのかもしれない。本当に優しい父様だね。
少しあっさり目ですが、今回で十二歳編は終わりです。
次回からは十二歳以上編が始まります。
何が違うのかはまた明日の前書きにでも。