その83
「くそう?」
「くそう、です」
「くそう、か……」
翌日早速父様母様の前に連行されてしまった。美形三人でくそうくそう連呼しないでよ……
「ふむ……。まあ、それくらいはいいんじゃないか? いや、良くは無いんだが、シラユキはまだ子供だからな。子供のうちくらいは大目に見てもいいだろう? 本質は礼儀正しい良い子じゃないか」
さすが父様、分かってくれている。
か、母様は……?
「私もいいと思うんだけれど、ね……、くそう、はちょっと……。ねえ、ウル? 私たちは実際に、シラユキの口から直接聞いた訳じゃないからそう思っちゃうのかもしれないわよ? バレンシア、正直に答えなさい、貴女はどう思う?」
あ、これは私、終わったな……
明日からお姫様っぽい言葉遣いを習わされる事になるのか……
「姫様は大変可愛らしいと思います」
「そういう意味じゃないよ!?」
キリッ! とか付いてたよ今の。
父様母様、それに私の緊張を解くためのボケなのか、本心からの行動なのかは今ひとつ分からないが、場の空気が緩くなった気がする。さすがシアさんだ。
「失礼しました。個人的には自由奔放、元気に我侭に子供らしく成長して頂ければ、と思います。お世話のし甲斐もあるというものです。ですが、やはり言葉遣いは別でしょうか。他の国の王族のように無駄に偉ぶった喋りではなく、そうですね……、裕福な家庭のお嬢様程度の淑やかさは身に付けて頂きたいですね。確かに冒険者ギルドに通うようになってから、極々たまにですが、ちょっとした口調の悪さが気になる事があります。姫様には申し訳ないのですが、しばらくギルドへの訪問は控えた方がよろしいかと」
冒険者の人とお話しすぎたのかなあ……。でも、口の悪さが移る、なんて事あるのかな?
うーん……、どうしたものか……
このままだと本当に冒険者ギルドへ遊びに行くことを禁止されてしまいそうだ。
「俺たちの前では、そんな気になるような言葉を口に出した事は一度も無いんだがな。それはどうしてだ?」
「お二人の前では、姫様も変に大人ぶることなく、年相応の子供らしく振舞っているからでしょうか? 私たちはやはりメイドです。下に見ている、とは言い過ぎですね、すみません。恐らくは兄弟姉妹のように気安く接して頂けているのではないかと」
シアさんは私の事を本当によく見てるんだなー。
うん、みんな家族。メイドさんズもみんな、とても優しいお姉ちゃんたちだね。
「確かに私たちに対する甘えっぷりは凄いからね。完全に気が抜けている感じかしら? それじゃ、ルーとユーネにはどう? 私から見ると問題無い様に見えるのだけど」
「はい。ルーディン様ユーフェネリア様に対しても特に問題は無いと思います。大きな声でツッコミを入れていることはよくありますが、お二人とも成人された年上の兄姉ですからね、まだ甘えの方が強いでしょう」
ツッコミを入れるのは変な事言うからだよ……
私に対する過保護が主な原因なんだけどさ。あれは突っ込まない訳にはいかないよ。
「貴女たち、メイドたちとあとは外の冒険者に対してのみなのかしら。それはちょっと……、複雑ね。……うん? ウル、それってやっぱり……」
シアさんの言葉を聞き、母様は少しだけ考えて、何かに気づいたように話し出した。
「あ、ああ、そうだな。しかし言っていいものなのかこれは……」
父様も何かに気づいたのか、何かに納得したのか、しかし言いよどんでいる。
「言って、父様。わ、私が悪いんだよね? ギルドに行くのも我慢するから……」
何を言われるのか分からないが、覚悟はしよう。この優しい両親からの、初めての本格的なお説教になるのか。ああ、大泣きしそうだ……
「シラユキ、そんな顔しないで? 多分、いえ、ほぼ確実ねこれは。あなたは悪くは無いわ、安心していいわよ」
「うむ、間違いないな。バレンシア、メアリー、フラニーハナルスヒアメアロ。三人ともこっちへ来るんだ」
私は悪くない? へ? え? 今のフランさんの本名だ! 一瞬なんの魔法の詠唱かと思ったよ……
「!? は、はい……」
「え? ははははい!!」
「うえ!? わ、私もですか? 名前全部で呼ばれるって事は……、やばい?」
三人が父様の前へ並ぶ。
メアさんフランさんはいきなり呼ばれて大慌てだ。
まさか、三人のせいにするって事!?
しまった! メイドさんズは私の教育係も兼ねてるんだった!! 私がちゃんとしてないと、この三人の責任問題になっちゃうのか!?
「だ、駄目! 父様駄目ー!! 三人は悪くないよ!! わ、私が悪いんだからね? 人のせいになんてしたくないよ……」
「シラユキは少しだけ大人しくしてなさい。すぐにその考えも変わるからね?」
父様を止めようと前に出ようとしたら、母様に抱きとめられてしまった。
「母様! ……え?」
ど、どういう事? まさか、メイドなんていうのはそんなものとでも……、言う訳無いか。
母様の言うとおり、少しの間大人しく成り行きを見守ろう。
「まず最初に言おう。悪いのは主にお前たち三人だろう」
!?
だ、駄目だ、落ち着こう……
「冒険者の言葉遣いが少なからず影響しているのは間違いない、がだ」
三人は完全に固まっている。
多分父様がメイドさん、家族に対して怒る、なんていう事は今まで無かったんだろうね。メアさんは既に半泣きだ。
駄目だ、もうこれ以上見てはいられない!
「父様……、お、お願い、やめて。私が、私が悪いのになんで……」
「まったくこの子は優しいんだから……。ウル、もったいぶらないで一言で済ませてあげて。シラユキが泣いちゃうし、あなたも嫌われるわよ?」
「何!? そ、それはいかん!! よし、一言で説明するぞ。お前たちはシラユキをからかいすぎだ」
父様を嫌いになるなんて……、なんですって?
「え? か、からかいすぎですか?」
「あちゃー……。話の流れからそうなんじゃないかなとは思ってたけど、やっぱりかー……」
メアさんは言われた意味が分からない様だが、フランさんは大体の予想は付いていたようだ。
シアさんは黙っている。どうしたんだろう?
「お前たちが無闇やたらとからかわなければ、シラユキも声を荒げる事など早々無いだろう? つまりはそういう事だ」
あ、ああ!! なるほどね! そういう考え方もあるのか!!
「ど、どうしよう……。私はそんなつもりじゃ……」
「し、シラユキー、タスケテー」
フランさんが小声で私に助けを求めている。
ふふふふ、どうしたものかね……
「ああ、心配するな。悪気があっての事ではないというのは分かるさ。シラユキ可愛さからの行動というのも分かっている。ま、少しやり過ぎたな」
「す、すみませんでした!!」
「うう……、ごめんなさい。シラユキの反応が可愛くってついつい……」
おっと、フランさんは大丈夫そうだけど、メアさんは気にしちゃってるっぽいね。そろそろフォローを入れなければ。
「大丈夫。父様も母様も、もちろん私も怒ってないよ。からかうのはちょーっと控えてほしいけどね」
「ごめんね、姫。私たちやり過ぎちゃってた?」
「ううん。でも、たまに、ちょっと、ね?」
「うわー! ごめーん!! い、今のはウルギス様の言葉より効いたよ……」
「あはは……。私もごめんね、シラユキ。……レン? どうしたの?」
そういえばシアさんずっと黙ったままだね……
まさか、また変な事考えて自分を責めてるんじゃ!?
「シアさん? シアさーん!」
「は、はい……? 姫様……」
何かシアさん、茫然自失と言うか、心ここにあらずと言うか……、どうしちゃったんだろう?
「お二人は……、姫様は……、私から、生きがいを奪うおつもりなのですか……?」
はらはらと涙を流すシアさん。
そこで泣くの!? 大袈裟すぎるよ!!!
「ば、バレンシア? 泣かないで頂戴……。貴女の生きがいって、この子をからかう事、なの?」
「はい、私の存在理由を否定された様で……。しかし、私の生きがいが姫様を苦しめることになっていようとは……」
「存在理由とはまた……。少しくらい控える事はできないのか?」
無言で首を振るシアさん。
少しでも減らすと死んじゃいますと言った顔だねこれは……
はあ……、仕方ないか。シアさんのこんな顔は見ていたくないからね。
「もう……、今まで通りでいいよ。シアさん辛そ」
「あ……、この子ったらまた……、ふふふ」
「え?」
母様が呆れた様に笑う。
「はい! 今まで通りですね、分かりました。大変心苦しいのですが、姫様たってのお言葉とあれば断るという選択肢はありませんね。メア、フラン、いいですね? 姫様直々の命です。今まで通り、今まで通りですよ」
「シア……、さすがにそれは無いよ……」
「駄目よメア? シラユキはお姫様。ちゃんと言う事聞かなきゃね」
「あるぇー!? なんか前にもこんな事なかった?」
「気のせいではないですか? ですよね? フラン」
「うん。気のせいだと思うよ」
「あはは……。うん、気のせいだよ、姫」
くそう! やられた!! 心の中でくらい悪態つかせて!!
「くっ、くくっ。シラユキがそう言うのなら、俺たちからはもう言える事は無いな」
「ふふふ。ええ、そうね。シラユキ、しっかりからかわれなさい。でも、下品な言葉は使っちゃ駄目よ?」
「あれ!? やっぱり私に来ちゃうんだ!? 分かったよ! これからは上品にツッコミを入れるよ!!」
父様母様に笑われてしまった。
ええい! 二人が笑顔ならもうそれでいいや!!
冒険者ギルドへも今まで通り行ってもいいそうだ。それだけが救いか……
いいもんいいもん、私が荒い言葉を使わなければいいだけのことだもんね。お姫様なんだからしょうがないよね……
どうしてこうなった!!!




