その74
ギルドに着いた私たちはカウンターの奥のドアへ案内された。こっちの方へ入るのは初めてだ。ちょっとワクワクしてしまう。
ドアを開けた先、短い廊下の左右にはドアが三つずつの合計六部屋。奥はこんなに広かったんだ……
通されたのは特に飾りも無い普通の部屋、広くもなく、狭くも無い。大きな長方形のテーブルが一つあり、向かい合わせの形で椅子が二対置かれている。
こちらでお待ちください、と部屋に残されたのは、私たち四人とリズさん。ギルドの人は一人も残ってはいない。
最初はギルド長も交えての謝罪、と言うか話し合いの予定だったらしいが。貴方に何か関係があるの? という母様の一言で、当人同士のみでの席となった。
リズさんは、ライナーさんが万が一何か仕出かさない様にとのお目付け役。ただギルド側からも一人くらい出したかっただけなんだろうけど……
「座って待ちましょうか。どうぞ、姫様。エネフェア様も」
シアさんが引いてくれた椅子に腰掛ける。母様の椅子はクレアさんが引く。
椅子が二つずつという事は、私と母様、ライナーさんとリズさんが向かい合って座るのかな?
そう思ったが、リズさんは席に着かなかった。さすがに王族と一緒の席には気軽に座れないのだろう。 気にしないでいいのに……
「えーと……、リズさんは、ライナーさんとはお友達なの?」
ライナーさんが来るまで軽く雑談でもしようと思い、リズさんとライナーさんの関係を聞いてみる。
二人とも一緒に町に来たっぽいしね、何かしら関係はあるはずだ。
「友人と呼べるような仲では、ないですね。キャロル先生、私の冒険者としての先生、の事なんですけど、その先生の、お知り合いなんです」
Aランクのリズさんの先生か……。まさかキャロルさんってSランクの人だったりするのかな。
「キャロルさんはリズさんの先生なんだよね。Aランクの人の先生って、やっぱりSランクの人なの?」
「いいえ、私と同じ、Aランクですよ。先生は、私がまだ冒険者になっていない、子供だった頃からの、先生なんです。今では同じ、Aランクなのですが、私は下位、先生は最上位の、とても素晴らしい方なんです。今はSランクの試験待ち、らしいですよ。ギルド内の噂話、ですけどね」
やっぱり凄い人か! シアさんもSランクだったし、同じくらいの強さ? シアさんの強さはまだよく分からないけど、きっと相当なものだよね。
リズさんも六十歳でAランクになった、所謂天才という人らしい。
有翼族の寿命は人間の約三倍、人間で言えばやっと大人になった辺りだろう。
それでAランク、凄いよね……。見た目は私なんかよりずっとお姫様っていう言葉が似合う人なのにさ。
「キャロルさんにも会ってみたいな……。リズさんの先生なら優しそうな人だもんね。お友達になれるといいなー」
「はい、とても優しい方ですよ。近いうちに、この町へ来る事になると、思いますから、その時には、ご紹介しますね」
き、来ちゃうんだ? す、凄いね……
Aランクの人が二人も来て騒ぎになったかと思ったら、次はさらにもう一人、しかもAランク最上位、Sランク一歩手前の人か。
なんか、戦争でもできちゃいそうな戦力なんじゃないかな……
「お話を遮ってすみませんが、キャロル先生という方は、『双塊』のキャロル・ウインスレットの事、なのでしょうか?」
シアさんがキャロルさんのことが気になったのか、話しかけてきた。
『双塊』? 二つの塊って事かな? 変わった二つ名だね。
「え、はい、そうですけど……。先生を知っているのですか?」
「いえ、私が知っているのは二つ名と本人の名前くらいです。失礼しました、お話の続きを、と、来たようですね」
シアさんも知っているくらいの有名人なのか。ますます会ってみたいね。
その後すぐ、ドアがノックされる。何で分かったんだろう……
「どうぞ」
母様がそれに答えると、失礼する、と言う一言の後、ライナーさんが部屋に入って来た。
前にあったときの荒さというか、軽さは全く感じられない。緊張しているのだろうか。
立ったままのリズさんを見て、自分は座っていいのか判断がつかないようだ。
「二人とも座って頂戴。立ったままでは話し辛いでしょう? こっちの二人は気にしないでね、ただの付き添いよ」
二人に席につくように母様が勧める。こちらのメイドさん二人は立ってはいるが、いないものとして扱え、という事かな。
「私は、この人が失礼をしないかの、見張りですので、このままで。ライナーさんは、座ってお話、してくださいね」
リズさんはそう言うと、壁際の方へ下がって行ってしまった。
これは、ライナーさん、見捨てられた? 荒い言動の人だから、可愛い物好きのリズさんには、余りいい印象を与えていないのかもね。
ライナーさんはリズさんに恨みがましい目を向け、諦めたように席に着く。
そして、ゆっくり、はっきりと話し出す。
「まずは謝罪を。今回の事は」
「それはいいわ」
「え?」
「母様?」
母様は、ライナーさんの謝罪の言葉をいきなり止めてしまった。
「どうせギルドの考えた文章でしょう? そんな物はいらないわ」
ギルドの考えた文章?
た、確かに、何となくライナーさんって、こういう畏まった謝罪なんてできそうにないよね。
まさか、練習して来たのかな? それは、面白いな……
ライナーさんは黙り込んでしまった。どうやら図星のようだ。
「ギルドなんて関係ないわ、ただの場所の提供者よ。私たちは貴方の言葉を聞きに来たの。本当に謝罪したいという気持ちがあるのなら、畏まった喋りも、敬語も必要ないわ、貴方自身の言葉で話しなさい」
そうだよね、私たちはライナーさんが謝りたいって言うから来たんだった。それなのに、ギルドが考えた文を読まれてもね……
母様でよかった……。父様だったら、多分、ギルドを潰していたかもね。物理的に……
置いて来て本当によかった!!
「形だけの謝罪をしたいと言うならそれでもいいわよ? その時は、こちらも中身の無い事務的な対応で返すから。意味は……、分かるわよね?」
はいこの人死刑ね、っていう感じでハンコをポンと押すだけかな。怖いね。
できたらちゃんとライナーさん自身の言葉を聞きたいものだけど……
数秒考え、ライナーさんは話し出す。
「分かった、まずは謝る、悪かった。アンタの言う通り、ギルドが作った謝罪文を読もうとしてた。内容は分かるよな? ぐだぐだと書かれちゃいるが、俺に全責任があるからギルドは関係ないぞ、やるならこいつだけやれよ、っつー内容だよ。そんなの当たり前だってのになあ? 俺がやった事は俺の責任だっつの」
凄いなこの人、母様の前なのにこの態度。あ、開き直って諦めてるだけか。リズさんも何も言わないし。
シアさんは我関せず。クレアさんは……、怒ってるかな……? 武器に手をかけないで!!
「そうよね。ここのギルド長はまず保身に入ろうとするから嫌いよ。いい年の大人が情け無いったらもう……」
「まあ、お偉いさん何てモンはそんなモンじゃね? おっと、アンタらは別だ、悪い。どの国のお偉い様も皆そうなら分かりやすくていいんだが」
「他の国って面倒そうよね……、もっと自由にゆったり過ごせばいいのに。貴方もこの街に住んじゃいなさいな。いい所よ?」
「あー、それもいいな……。でも、平和すぎるものなあ。俺みたいのはやっぱ、荒事してるのが一番性に合ってるさ」
平和すぎる? ここのギルドの依頼が少ないのって、そういう事なのかな?
「あら残念。若いうちはそうね、思うが侭に暴れなさい。もう少し年を取ったらまた考えてね。……それじゃ、お話、聞こうかしら? 二人に説明は聞いたんだけど、貴方、悪く無いんじゃない?」
え? あ、本題に入った?
なんか会話が普通すぎて逆に付いていけなかったよ……
「いや、姫さん泣かしちまったのは事実だしな、それは全面的に俺が悪い。悪かったな、姫さん、バレンシアもな。その、許してくれ」
「え? あ、は、はい! ゆ、許します!!」
いきなり話を振らないでよ、もう……
まあ、ライナーさんに特に思うことは無いからね、許すも許さないもないよ。
「そこで私の名前を出しますか。この脳筋が……」
お、怒らないでシアさん! あの怖い冒険者モードは嫌だよ?
「バレンシア、さん? え……?」
今まで黙っていたリズさんが、シアさんの名前に反応した。
シアさん元Sランクだしね、名前はやっぱり有名だったんだろう。
「は? いや、まさか、リズにまだ話してなかったのか!? す、すまん! 悪い!! わ、わざとじゃ……」
「はあ……、少し考えれば分かりそうなものでしょう……。これだから考え知らずの子供は……」
まったくもう! シアさんは静かに暮らして生きたいんだからね! ……多分。
「あ、あの!」
「はいそこまで。こっちの二人は付き添いって言わなかったかしら? それとも、問題、起こしたい?」
「リズさんごめんね? シアさんの事は何も聞かないで欲しいな。ライナーさんも、お願いします」
母様の軽い脅しに加え、私からのお願い。
「俺はもう何も言う気はなかったんだが、まさかリズが何も聞いてないとは思わなくてな……。悪い」
「で、ですけど……、あの……」
リズさんは諦め切れないようだ。何か深い理由でもあるのかな?
「リズ、やめとけ。こいつはただのメイドだ、お前らが探してる奴じゃない」
「そんな! キャロル先生がこの方にどれだけお会いしたがっているか、貴方も知っているでしょう!?」
これは相当だね、あのゆったりとした喋り方のリズさんが、こんな大声を出すとは……
会いたがってる? シアさんに? ああ! そういえばあの日、ライナーさんもそんな事言ってたような……?
「家のメイド、私の家族に手を出すっていう事でいいのよね? 貴女がそうしたいのなら止めないけど……、できると思うの?」
ひい! 母様が怒ってる!? は、早く謝っテ!!!
「あ……、お、お願いします! せめて無事だったというだけでも伝えさせてください! 私にできる事なら何でもします! 命でも何でも差し上げます! どうか……、どうか、お願いします……」
「わわ! リズさん頭上げて!!」
「お、おい、やめろ! 今回は相手が悪すぎるって、俺たち程度じゃどうしようも無えよ……」
ど、土下座で、決死の覚悟でお願いされてしまった……。しかも命懸けだよ。
リズさんの体の震えが凄い……。Aランクが二人いると言っても、母様の前では何の意味も持たないからね……
「折角のシラユキの新しいお友達だし、私も個人的に貴女の事は好きなのよね、困ったわ……。でもね、何より家族を優先するのよ私は。考え直しなさい、貴方達はバレンシアには会わなかった、それでいいじゃない?」
「母様、シアさん……。駄目なの? シアさんに会いたい、心配してる人が探してるんじゃないの?」
話を聞く限り悪い人じゃないと思うんだけど……
「駄目よ。バレンシアは会いたくは無いのでしょう?」
そ、そうか。いくらいい人でも、シアさん本人が会いたくないなら、しょうがないよね。
「お……、お願い、します……」
まだまだ土下座を敢行するリズさん。
母様の気持ちは変わらないみたいだ、何とか諦めて貰わないと本当に命が危ない……
「え? いいですよ? と言うより、元々会うつもりだったんですが……」
「お願いしま、え?」
「あら? そうだったの? あらいやだ、私ったら、勘違いしちゃってたみたいね……。リズ、ごめんなさい、頭を上げて頂戴?」
「え? あ、はい?」
「ど、どういう事だ?」
リズさんライナーさんはまだ、急展開が続きすぎて頭が追い付いていないようだ。私が代わりに聞くしかないか。
「いいの? シアさん」
「ええ、以前姫様にもお話しましたよね。キャロ、キャロルはその時話した弟子のような子の事ですよ。でも、おかしいですね……。ギルドには、私の名前を本人だけには伝えるよう言っておいたのですが……」
そういえばそんな話もあったね。確か、リーフサイドのギルドに来るように連絡を回してもらったんだっけ。
「ああ、あの時の。連絡が付いてこちらには向かってはいるけど、いつになるかまでは分からないーって手紙来てたわよね」
「と、とりあえずリズさんは立って。何か、ちょっとした行き違いがあっただけみたいだよ? シアさんもキャロルさんには会ってくれるって」
固まっていたリズさんに簡単に説明をする。私にもなにがなんだかわからないよ……
「え……? あ……! ありがとうございます!!」
また土下座しちゃったー!!!
「恐らく、ギルドのくだらない、小さなプライドのせいでしょう」
「だな、メンツって奴だ。元Sランクって言っても、もう辞めた奴だからな。そんなのにいいように使われるのが癪に障ったんだろ。たかが伝言じゃねえか、小せえ奴らだな……」
「私は国の依頼、という名目で呼び出してもらうつもりだったんですけどね。まさか、国からの圧力とでも感じたんでしょうか……。これが自由を謳う冒険者ギルドとは、情けない……」
「なるほどね。まあ、いいわ、報いは受けてもらうから、安心してね。ここのギルド長にはどこかに飛んでもらいましょう」
「ブールジーヌとか、どうでしょうか? 山奥のいい町ですよ」
「いいわねそれ、採用しちゃう」
「あっははは! 簡単に決めちまっていいのかよ!」
「キャロの指導も中々のモノの様ですね。安心しました」
「ふふふ、ありがとうございます」
「クレアさんクレアさん。ブールジーヌってどこだっけ?」
「北の山脈の山間にある小さな町、いえ、村の事です。確かに冒険者ギルドもあるようですが、訪れる冒険者なぞ皆無と言っていいでしょう。村に住み着いている数人の冒険者相手の仕事しかないはずです。恐らくギルド長とは名ばかりで、受付など、全ての業務を一人でこなさなければいけない事になるでしょう。いい気味です」
「あはは……。母様を怒らせるとそうなっちゃうんだ……」
「命があるだけいい、と思いますが……。エネフェア様は本当にお優しい……」
わ、私だけ!? 私がおかしいのか!?